第21話 ファヴリツィアが仲間に加わった。

 ――2日目(水曜日)。


 午後の実践授業の時間だ。

 俺はビリー先生に提案する。


「ふむ。確かに理に叶っているな。よし、採用だ」


 俺の提案はかなりムチャなものだったが、ビリー先生が頭の硬い教師でなくて良かった。


「よし、全員揃ったな。今日の授業だが、オルソンが良い提案をしてくれた。一度、それを試してみる」


 なにが起こるのかと、皆、興味津々だ。


「リオン」

「はいっ!」

「今日の主役はお前だ。今日の授業、それは――リオン対オルソン以外の全員だ」


 これが俺の提案だ。

 通常のカリキュラムだと、生徒同士一対一の模擬戦を行うことになっている。

 だけど、それじゃヌルい。

 演習場は何度死んでも生き返る――ならば、それを最大限に利用するべき。


 この戦いは、リオンにとってだけではなく、他の生徒にも大きな経験となる。

 俺とのタイマンを繰り返すよりも、リオンには多対一の戦い方を学んで欲しい。

 他の学生もチンタラやってる場合じゃない。

 彼らがどれだけ成長するか、それは彼らの生存確率に直結する。

 ここはゲーム世界ではないし、彼らはモブではない。

 演習場では死なないとはいえ、その苦痛と恐怖は、彼らを強くしてくれる。

 頑張ってくれ。


 そして、俺は――。


「先生、得意武器でもいいですよ?」


 今日も、ビリー先生とタイマンだ。


「ふっ、そういうのは俺に勝ち越せるようになってから言え」


 ビリー先生は昨日と同じく、ダガー装備だ。

 俺は彼の本気を引き出すべく、全力でぶつかる――。






「――よし、止めっ」


 授業終了のチャイムが鳴る。


「惜しかったな」

「四勝五敗。勝てませんでした」

「俺は全勝するつもりでいたんだがな。昨日の今日で、きっちり調整してくるのは凄いぞ」

「ありがとうございます。明日こそ」

「すぐに抜かれそうだ。こっちも現役時のカンを取り戻さないとな」


 ビリー先生は他の生徒に向かって告げる。


「オラ、いつまで寝てるんだッ! とっとと立てッ!」


 残りの生徒はリオンを含め、全員へばっている。

 今日の授業で、皆、何回も死んでいる。

 入学早々、この授業はキツすぎたようだ。

 それでも、ビリー先生の声に皆、なんとか立ち上がる。

 昨日と今日の授業が彼らのなにかを変えたのだろう。

 入学時の緩んだ態度は完全に消えていた。


「では、解散ッ!」


 ビリー先生の号令で全員、頭を下げて授業は終了なのだが――。


「おっし、やるぞ」

「お前は俺とな」

「リオンに負けてられねえ」


 皆、居残り修行をするみたいだ。

 やる気は万全らしい。


 そして、彼らを主導しているのは、リシパだった。

 奴は俺に向かって、親指を立てる。ドヤ顔つきで。

 まさか、リシパが役立つことになるとは……。

 原作のかませっぷりを知っている俺としては衝撃だ。

 俺は嬉しくなって、笑顔を返した。


「オルソン、行こっ」

「ああ」


 リオンに手を握られ、演習場に向かう。


「何回、死んだ?」

「二回。上手く連携とられちゃって」

「上出来だよ。五回くらいは死ぬかと思った」


 いくらステータスも戦闘スキルも上だとはいえ、相手は八人。

 取り囲まれてしまえば、なすすべもないのだが、リオンは上手く立ち回ったようだ。


「それが、昨日と全然動きが違うんだよ。身体が軽いし、剣も扱いやすかった」

「さっそく昨日の効果が出てるね」

「うん。ダンジョンって凄いんだね」

「この調子でどんどん鍛えていこう」

「うんっ!」


 リオンは嬉しそうに腕をブンブンと振り、つられて俺の腕も振り回される。

 少年らしい面影を残した、中性的な顔。

 演習後の甘くかぐわしい汗の匂い。

 思わず俺は抱きしめてしまいそうになり――危ない危ない。

 もし、俺にアルダがいなかったら、確実に抱きしめていた。


 リオンが俺をどう思っているのか分からないように、俺も自分がリオンをどう思っているのか分からなかった。


 ――転移室前。


「おっそーい!」


 転移室前では、ナタリアーナが先に待っていた。


「あー、ごめんごめん」

「ごめんね」


 待っていたのはナタリアーナだけではない。

 少し離れた場所にポツンと一人近寄りがたいオーラで立っている。

 俺は彼女――ファヴリツィアをチョイチョイと手招きで呼ぶ。

 それに気がついたリオンとナタリアーナがギョッと固まった。


「今日から、ファヴリツィア殿下も一緒だよ」


(あああ、今日もオルソン様は格好いいですぅ)


「えっ、王女さまが!?」

「だっ、大丈夫かな?」


 平民二人組が困惑している。


「気にしなくていいよ。学園内では王族も平民も対等だから。ねっ、ファヴリツィア?」

「ええ。オルソンの言う通りです。同じ生徒として、よろしくお願いします」


(二人もお友だちができちゃいましたぁ。これも全部オルソン様のおかげですぅ。オルソン様は私の欲しいものをなんでも与えてくれますぅ。これで惚れるなってのはムリですぅ)


「よっ、よろしくお願いします」

「お願いしますっ」


 緊張しきりの二人の挨拶をファヴリツィアは姫さまらしい鷹揚さで受け止める。

 ちゃんと仮面は被れているなと安心し、俺の中でイタズラ心が沸き起こる。

 済ました顔のファヴリツィアに近づき、耳元で「ふぅ~」っと息を吐きかけると――「はふぅ~」。

 咄嗟に顔をそらし、口元を手で隠したから二人にはバレなかったが、俺だけ蕩けたファヴリツィアを堪能させてもらった。


 仮面を被り直し、咎めるような視線を向けてくるが、俺が強い視線を返すと、彼女はそっと目を伏せた。

 リオンとナタリアーナはなにが起こったか理解できずに、怪訝そうな顔だ。

 これ以上、時間をムダにはできないと、俺は話を切り出す。


「じゃあ、今日の予定だけど。リオンは一人でマラソン。念のためにポーションは渡しておくけど、できるだけ使わないように」

「うんっ!」

「ナタリアーナとファヴリツィアはアルダと一緒だ」

「お願いしますわ」

(ドキドキしますぅ。オルソン様の知り合いなので、情けないところは見せられないですぅ。私、ファイトです!)

「…………うん」


 なにも知らないファヴリツィアは気軽な返事だけど、昨日地獄を味わったナタリアーナは始める前からテンションが低い。

 まあ、頑張れ!


「オルソンはどうするの?」

「俺はやることがあるんだ」

「無理しないでね」

「俺を信じてよ」


 不安そうなリオンの頭を撫でてやると、顔を赤くする。

 リオンは明らかに俺に好意を持っている。

 だが、それがライクなのか、ラブなのか、分からない。

 リオン自身、恋愛感情がなにか分かっていないようだ。


 そして、そんな姿をじーっと眺めている王女さま。

 俺が視線を向けると、彼女も顔を赤らめる。

 さっきのがだいぶ効いたようだ。

 さらに、視線を厳しくすると、慌てて、王女の顔に戻った。


 頼むよ、王女さま。

 俺と二人きりのときはいいけど、みんなの前ではしっかりしてくれよ。

 リオンたちには聞こえないように、ファヴリツィアの耳元で囁く――追い打ちだ。


「アルダは俺の従者。アルダの命令は俺の命令だ。分かったな」

「はひっ」


 息のかかるほどの近さ。低い声で告げる。

 それだけで、ファヴリツィアはキュンキュンだ。


「その顔、俺以外に見せるな」


(はぅぅ。そのお顔とお言葉、もうダメですぅ~)


 追い打ちをすると、腰砕けになり、倒れそうになる。

 俺は彼女の腰を支え――。


「だっ、大丈夫ですか?」

「えっ、ええ。失礼しました」

(きゃっ! 抱っこされちゃいましたぁ。でも、いけません。オルソン様が言われた通り、二人きり以外のときは、ちゃんと王女をしないといけませんね)


 わざとらしくみんなの前でとりつくろう。

 リオンもファヴリツィアも、最後まで気がつかなかったようだ。

 気がついているアルダは、にんまりと笑っている。


 体勢を戻し、俺から離れようとしたファヴリツィアの耳にもう一度フッと息を吹きかけると、「はふぅ~」と情けない声が漏れた。

 良い反応だ。ずっとからかっていたいが、これくらいにしておこう。


「じゃあ、夕方、ここに集合しよう」


 俺たちは三手に分かれ、スゼモリホダンジョンに潜る――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『スゼモリホダンジョンをソロ攻略する。』


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   ◇◆◇◆◇◆◇


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