第20話 約束の場所へ行く。


 ――夕方。


「次で最後にしよう。いける?」

「……うん、なんとか」


 リオンは剣を支えにして、はあはあと肩で息をし、全身汗だくだ。


「よく頑張ったね」

「さすがに、ヘロヘロだよ~」


 終盤では、俺の助けなしにリオン一人で倒せるようになった。

 その分、疲労も増えただろう。

 それでも、弱気を見せないところがリオンらしい。


「明日は一人でできる?」

「うん」

「どれだけ成長するか、楽しみにしてるよ」


 俺たちが転移室に戻ったとき、女子二人はまだ戻っていなかった。

 アルダが予定の時間を過ぎるのは珍しい。

 まあ、その理由に予想はつくが。


「遅れて申し訳ございません」

「構わないよ。ナタリアーナが原因でしょ?」

「こんなに不甲斐ないとは、思いませんでした。オルソン様の爪の垢を煎じて飲ませましょう」

「俺基準で考えたら、かわいそうだよ」

「ナタリアーナちゃん、大丈夫?」

「…………」


 リオンが気遣うけど、返事をする元気も残っていない。


「明日は、もう少し本気出しましょうか」

「ひっ…………」


 アルダがニコリと微笑むと、ナタリアーナは絶望の表情を浮かべる。

 俺のせいで、アルダにとっての修行のハードルがムチャクチャ高くなったからな。


「まあ、頑張って!」


 今は苦しいかもしれない。

 だが、ナタリアーナが生き残るためには、どうしても必要だ。

 心を鬼にするしかない。


 ダンジョン攻略が終わり。

 四人一緒に夕食を済ませ。

 アルダとイチャイチャし。


「――そろそろ、約束の時間だ。行ってくるよ」


 昨日、ファヴリツィアに渡した手紙にはこう書いておいた。


『明日、夜一〇時、第二演習場の裏で』


 ここで改めて、ファヴリツィアについての情報をまとめておこう。


 ファヴリツィア・ブルニョン。

 ブルニョン王家の第一王女。


 幼少期より、王女として振る舞うことを強いられ、彼女はその期待に応えた。

 王族としての気品で周囲を惹きつけるカリスマ性を備え、その上、同世代では並ぶ者がいなほど優秀だ。


 しかし――それは表の顔。


 彼女は完璧な王女を演じているだけで、本当は脳内ピンクな妄想王女だ。


 彼女の唯一の趣味は読書。

 好きなジャンルは騎士物語。

 窮地に陥った姫の前に現れ、颯爽と救い出してくれる騎士。


 自分より優秀な騎士が現れ、自分をさらってくれる――それが彼女の願望だ。

 王女修行の合間、その手の本を読みふけり、妄想に浸る。

 妄想しているときだけは、王女を演じる自分から解放される。


 しかし、現実は甘くない。

 彼女は隣国の王子と婚約してる。

 だが、この王子は典型的なダメ王子。

 王族の悪いところを凝縮した存在で、しかも、虫けら並に弱い。

 最弱かませ犬であるリシパが余裕で勝てる相手だ。


 王女である彼女は自分で結婚相手を選べない。

 だからこそ、自分を虜にしてくれる男を待ち望んでいた。


 ――以上。テスレガ公式設定集より。


 ファヴリツィアを攻略するには、まず、彼女より優秀であることを示さねばならない。

 そして、彼女の運命を変えてくれる相手だと思わせなければならない。

 自分のためなら、世界を敵に回してくれると信じさせねばならない。


 ゲーム内では中々に困難な攻略ルートだ。

 しかし、彼女のことを知り尽くした俺にとっては、さほど難しくないだろうと予想している。


 俺は彼女のすべてを知っている。

 激辛料理が好きなこと。

 うなじが弱点であること。

 そして、彼女の勝負下着すらも。



 ちなみに現在の彼女の好感度は


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


ファヴリツィア


好感度:62


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 首席合格スタートの場合、初期好感度は60だ。

 上昇分はこの呼び出しによるもの。

 やはり、このシチュエーションは彼女の大好物。

 今夜、彼女の好感度をどこまで上げられるか。

 俺のすべてを駆使して、お姫さまを蕩けさせてあげよう――。


 俺は待ち合わせ場所である第二演習場の裏に向かう。


 約束の時間。

 いた。


 木陰から彼女の表情を窺う。

 そこいるのは、皆から敬愛される王女ではない。

 完全に恋に焦がれる乙女だ。

 俺の手紙を胸の前でギュッと握り、そわそわと浮き足立っている。


(う~、ドキドキするよ~)


 彼女の心情が手に取るように分かる。

 うん。予想通り、これなら上手くいきそうだ。


 それを確認して、俺は彼女の前に姿を――現さない。


(はぁ~、オルソン様、格好良かったなぁ~)


 ファヴリツィアは王女。

 自分が誰かを待たせることはあっても、待たされることはない。

 誰でも慣れない行為というのは、不安になるものだ。

 不安はドキドキに変わり、ドキドキは俺への恋心だと錯覚する――いわゆる、吊り橋効果だ。


 もし、彼女が王女として行動するなら、待たされることに耐えきれず、すぐにこの場所を立ち去る。

 だが、瞳を潤ませた恋する乙女にその気配はなかった。


(どうしたのかなぁ。もしかして、時間を間違えたのかなぁ)


 深夜の密会――ファヴリツィアが待ち望んだシチュエーションだ。


 緊張。(ううぅ、ちゃんと話せるかなぁ)

 期待。(早く、オルソン様に逢いたいなぁ)

 不安。(もしかして、からかわれたのかなぁ)


 みっつの感情がグルグルと彼女の表情を変える。


 それでも、彼女は待ち続ける――。


 心臓は早鐘を打ち。

 しっとりと汗ばみ。

 呼吸は乱れている。


 やがて、瞳にうっすらと涙が浮かび始めた頃――。


 ――よし、頃合いだ。


 俺が姿を見せると、ファヴリツィアの表情が引き締まる。

 恋する乙女から、王女の顔へ。

 作られた威厳を纏った顔へ。


「三〇分も遅刻ですよ」

(やった。来てくれた。嬉しいなぁ。遅刻とか、もう、どうでも良いよぉ)


 責めるような物言いだが、頬が緩んでいるので、内心がバレバレだ。


「こんな深夜に王女である私を呼び出して、いったいどういうつもりですか?」

(怒ったりしないかな? でも、私は王女だし……)


 その問いを無視して、逆に尋ねる。


「昨日から、ずっと俺を見ていたな」

「…………それは、あなたの気のせいでは?」

(うあぁ、バレてたぁ~。恥ずかしいぃ~)

「俺に興味があるのか?」

「…………」

(ああぁ、その射すくめるような視線。堪らないよぉ)

「俺が首席だからか? それとも――」

(そんな目で見られたら、心臓が爆発しちゃうよぉ)


 俺はそこで言葉を句切る。

 その先を予想したようで、ファヴリツィアはふるふると肩を震わせる。


(えっ、私の気持ちバレちゃってる!?!?)


 俺は彼女が思っている言葉を、一段階すっ飛ばす。

 すでに王女の仮面はパリンと砕け散り、そこにいるのは恋に焦がれる乙女。


 俺はファヴリツィアとの距離を一歩ずつ縮めていく。


 そわそわ、ビクビク、ワクワク――ファヴリツィアの気持ちが伝わってくる。


 ――ドン。


 彼女の耳の横、数センチ。

 開かれた俺の右手は彼女の顔を通り越し、壁にぶつかる。


 壁ドンだ――。


 それから顔を近づける。

 鼻先が触れそうなくらい。

 彼女の荒い呼吸が鼻にかかる。


「俺のオンナになれ」


「ですが、わたくしは王女――」

(きゃあ、壁ドンですぅ。ドキドキですぅ)


 ――ドン。


 俺の左手も。

 壁ドンお代わりだ。


「二度は言わない」

「はっ、はひっ」

(ふわぁ、もうだめですぅ~)


 完全にとろけきった雌の顔だ。


「今からお前は俺のモノだ」

「はいぃ」

(私はオルソン様のものですぅ)


 すっと両手を引くと、ファヴリツィアは腰砕けになり、その場にへたり込む。


「明日の放課後、転移室前だ。遅れるなよ」


 俺はそれだけ言い残して、きびすを返す。

 背後から恍惚とした囁きが聞こえてくる。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


ファヴリツィア


好感度:62→80


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 よし、攻略完了!

 

 慣れない俺様ムーブだったけど、これはこれでやってみて楽しかった。

 後は、適当に俺様ムーブをかましておけば、好感度は確実に上がっていくだろう。

 

 いやあ、それにしても、原作でも王女さまの蕩け顔は大好きだったけど、至近距離での破壊力は凄まじかった。

 普段は威厳を保つ王女の顔。

 そして、俺の前だけで見せる雌の顔。


 やっぱり、俺はファヴリツィアも大好きだ――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『ファヴリツィアが仲間に加わった。』


楽しんでいただけましたら、フォロー、★評価お願いしますm(_ _)m

本作品を一人でも多くの方に読んで頂きたいですので、ご協力いただければ幸いですm(_ _)m


   ◇◆◇◆◇◆◇


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る