第19話 これがテスレガのダンジョン攻略だ。

 転移ゲートをくぐると、そこはもうダンジョン。

 石で組まれた床、壁、天井。

 テンプレなダンジョンだ。


「うわ、モンスターだ」


 最初の部屋では、一匹のモンスターが待ち構えていた。

 悪名高きモンスターである。


 ところで、長いゲームの歴史上、一番の大量殺人犯は誰か?


 答えは満場一致で、配管工が主人公の初代ゲーム1-1で最初に登場するクリなんとかだろう。

 右も左も分からぬプレイヤーを容赦なく殺し。

 慣れてダッシュしたプレイヤーでも、タイミングを間違えれば死亡。


 そして、テスレガで一番プレイヤーを殺したのは、この部屋で待ち構えているコイツだ。


 ゲームだと、ダンジョンについてなにも知らずに入学する。

 それはこの世界のリオンも一緒。

 農村育ちの彼女が知っているわけがない。


 だが、俺はゲーム知識と実家の情報で、ダンジョンのことを知り尽くしている。

 安全を確保した上で、リオンを育てることが可能だ。


「ウサギ?」

「ああ、コイツが最初のモンスターだ」

「ダンジョンのモンスターって思っていたより可愛いね」


 リオンはこの一年間、村近くの森で修行してきたので、モンスターには慣れている。

 ゴブリンなんかに比べれば、目の前の丸っこいモフモフは愛くるしさすら感じられる。


 初見プレイヤーもそう思うだろう。

 初登場モンスターだし、この見た目。

 リシパ戦のチュートリアルのように、簡単に勝てるはず。


 それは正しい推測だ――普通のゲームだったらな。


 このヤマウサギこそが、初見死亡率はほぼ100%。

 一番最初にプレイヤーにテスレガを教えてくれる凶悪キャラなのだ。


「油断したら死ぬよ」

「うっ、うん」


 気を抜いてたリオンは、俺の言葉で剣を構える。


 ――キュウウ。


 つぶらな瞳。

 可愛らしい鳴き声。

 ふるふると動くモフモフ。

 どこから見ても、癒やし系。


 そのヤマウサギが――突如飛びかかってくる。


 瞳はギラギラと獲物を狙う目に変わり。

 モフモフな毛は無数の鋭い針に変わり。

 なんの前触れもなく襲いかかってくる。


 初見だと、まず回避不能。

 初期ステータスだと即死。


 暗転した画面にゲームオーバーと表示され、呆然とするプレイヤー。

 その後にようやく気がつく。

 ヤマウサギという名が、ウサギとヤマアラシをかけたものだったと。


 俺はいつでも魔法を発動できるようにスタンバイする。

 リオンはギリギリでヤマウサギの突撃を回避した。

 針のひとつがリオンの頬を斬り裂いたが、かすり傷程度だ。


 ――ゲームよりステータスは上がっているとはいえ、やはり、今のリオンだと厳しいな。


 ヤマウサギは着地すると、クルリと向きを変える。

 再度、リオンに飛びかかる――。


『――【死へようこそウェルカム・トゥ・ダイイング】』


 俺が放った闇の魔力球がヤマウサギに直撃する。

 レベル1スキルで、ダメージは低いが一瞬動きを止める効果がある。


 その一瞬をリオンは見逃さなかった。

 直剣をヤマウサギに叩きつける。

 だが、ヤマウサギは空中で身体を捻る。

 数本の針を斬り落としたのみ。

 致命傷にはほど遠い。


 着地したヤマウサギは即座に跳躍。

 リオンはまだ体勢を整えていない。


『――【死へようこそウェルカム・トゥ・ダイイング】』


 リオン一人では荷が重い。

 俺は要所要所でフォロー。

 リオンは攻撃をギリギリで回避。

 ここから綱渡りの戦いが続く――。


 ――数分後。


「ハアハアハアハア――」


 リオンは地につけた剣を支えになんとか立つ。

 肩で息をし、全身汗だくだ。

 服は破れ、あちこちが血でにじんでいる


 たった数分の戦いだった。

 それでも、疲労困憊。

 これが命を賭けた戦いだ。


 リオンの足元には真っ二つになったヤマウサギ。

 死体はやがて、煙の様に消え、代わりに一枚のコインが落ちる。


 ダンジョンのモンスターは死ぬとドロップアイテムを残し消え去る。

 それとともに、破れていたリオンの制服が元通りに戻る。


 どちらもゲームと同じ現象だ。

 鬼畜ゲーなテスレガだが、武器防具には損耗度というシステムはない。

 どんな武器でも壊れることなく、いつまでも使い続けられる。

 制作が珍しく示した良心だ――そう思うだろ?


 ――いやあ、最初は実装しようという意見も出たんですよ。でも、そんな単純な方法で難易度上げてもつまらないでしょ(笑)


 性格の悪さがよく分かるインタビューコメントだ。

 これも悪い意味でバズった。


 ただ、これは本音だ。

 ヤツらはプレイヤーを苦しませるために、最大限の努力を費やした。

 獅子が子どもを千尋の谷に突き落とすように。

 それでも、折れずに這い上がってこれるか――と。


 ほとんどのライトユーザーは放り投げた。

 だが、方向性はともかく、その本気はガチプレイヤーの心に火をつけた。

 俺もその一人だ――。


 テスレガが現実の世界になっても、容赦なさには変わりがない。

 初モンスターとの戦闘が、一年間の修行によって主人公の初期ステータスを超えたリオンでもこの有様だ。

 ともあれ、リオンはなんとか、初戦闘に勝利した。


「ほら、これ飲め」

「あっ、ありがと」


 俺は体力回復ポーションをリオンに渡す。

 今のステータスなら一本で体力は全快する。

 ただ、このポーションはゲーム内でのHPを回復するもの。

 怪我は治るが、疲労までは回復してくれない。

 ゲームには疲労というパラメータなかったからな。


 リオンがポーションを飲み干すと傷が消える。

 可愛い顔に傷が残らなくてよかった。


「初報酬だ」

「えっ、いいの?」


 ヤマウサギが落としたコインを手渡すと、リオンは躊躇ためった。

 それを強引に握らせる。


「嬉しいだろ?」

「…………うん」


 リオンが笑顔の花を咲かす。

 そのあどけなく、純真な笑みにドキッとなる。

 元々イケメンだったのだが、性別が変わったせいで、不思議な魅力がある。


 ドロップしたコインはたいした額じゃない。

 体力回復ポーションの値段に比べたら、誤差みたいなもんだ。

 完全に赤字戦闘だが、俺には二年間で稼いだ大金がある。太い実家もある。

 リオン育成のためなら、金には糸目をつけない。


 学園が始まってからしばらくはリオン育成が最優先だ。

 だから、俺はさっき【死へようこそウェルカム・トゥ・ダイイング】でサポートした。

 リシパ戦で使った【汝は我が傀儡なりマスター・オブ・パペッツ】を使えば、完全に動きを封じることも可能だ。

 しかし、それではリオンのためにならない。


 俺がパワーレベリングをしたのは、オルソンの成長速度が遅すぎるからだ。

 それに対して、リオンは主人公補正で成長が速い。

 なので、地の戦闘技術を優先して育てるべきなのだ。


 というわけで、ガンガンと鍛えていこう。


「よし、次行こう」

「うん……って、そっち入り口だよ」

「ああ、それでいいんだ」

「えっ……あっ、待って」


 キョトンとしているリオンだったが、俺が歩き出すと、慌てて追いかけてきた。

 うん。リオンの気持ちはよく分かる。


 苦戦して倒した初モンスター。

 これだけ頑張ったのだから、この先には楽しい冒険が待ち受けているはず――。


 そう思うよな?

 それが普通だよな?


 でも、これはテスレガ。

 一週間後のイベントまで、時間はギリギリ。

 効率的に育成しないと、バッドエンド間違いなし。

 少しでも無駄は省きたい。


 だから――俺は入り口に戻る。

 テスレガの鉄板育成方法――。


「ヤマウサギ・マラソンだ」


 このままダンジョンを進むのは悪手。

 なぜなら、第一階層では最初のヤマアラシ以降は、それより弱いモンスターしか出ない上、エンカウント率が低いのだ。

 放課後のタイムリミットは午後六時だが、それまで粘っても数体しか狩れない。

 かといって、スルーして第二階層に行くと、急に強い敵が出現――バッドエンドの流れだ。


 そこで確立された攻略法が「ヤマウサギ・マラソン」。

 ヤマウサギを倒したら、ダンジョンに入り直し、延々とヤマウサギを狩り続けるのだ。

 俺たちは時間いっぱいまでヤマウサギを狩り続けた――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『ファヴリツィアとの深夜の密会。』


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   ◇◆◇◆◇◆◇


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