第13話 アルダに告白する。

 俺が話し始めようとしたとき、アルダの顔が近づいてきて、彼女の唇でふさがれた――。

 ただ触れるだけでなく、舌を絡ませ、俺を貪る。

 離れようとしても、俺の頭はアルダにガッチリホールドされて動けない。

 そこで俺の理性は弾け、全神経が舌に集中し、アルダを求める。

 決壊したダムのように、二人の奔流はすべてを押し流した――。


 長い時間がたち、唇が離れ、透明な橋がスッと伸び、消える。

 チラと視線が絡まり、どちらともなく顔をそむける。


 一線を越えてしまった――。


 今まで俺とアルダはイチャイチャしながらも、ギリギリの範囲で留まっていた。

 二人とも、分かっていて、意識していて、越えないようにしていたのだ――主従の関係を。


 今日、俺はその関係を崩す話をするつもりだった。

 だが、先に動いたのはアルダだった。


「オルソン様、とってもツラそうです……」

「…………」


 隠していたつもりだが、アルダにはバレバレだった。

 だからこそ、彼女から迫ってきたのだ。


「後回しにしませんか?」


 上目遣いで。

 懇願するように。

 許しを与えるように。


 その言葉で、俺の理性は完全に吹っ飛んだ。

 今度は俺の番。

 抱きしめ、唇を重ね、押し倒す。


「ああっ、オルソン様。オルソン様」

「アルダ、アルダ、アルダ」


 ベッドに移動する余裕はなかった――。




 ソファーで。

 シャワールームで。

 ベッドで。


 二人が冷静になった頃には、日付けが変わっていた。

 ベッドに並んで横になり、アルダは俺の腕枕に身体を預けている。


「やっちゃいましたね」

「ああ、やっちゃった」


 俺とアルダ。共犯者だ。

 もう、後戻りできない。


 でも、それがアルダの優しさだった。


「順番が逆になっちゃったけど――」


 二人とも一糸まとわぬ姿。

 体温が直接、重ねられる。

 この状態こそ逆に、これからする話に相応しい気がした。


「――というわけなんだ」


 説明を終えた。

 転生をした話。

 テスレガの話。

 俺の目指す道。


「そうだったんですね。すべてに納得がいきました」


 荒唐無稽な話だ。

 信じてもらえないことも。

 信じた上で拒絶されることも。

 どちらも、覚悟していた。

 それでも、彼女に真実を告げないまま、騙すようなことはしたくなかった。


 彼女との関係が壊れるのが嫌で、二年間ズルズルと引き延ばしてきた。

 だが、学園生活が始まる今日こそが、最後の機会。

 そう思って決意したのだが――。


 彼女は疑いもなく、俺の話を受け入れた。

 二年間の俺の努力は報われたんだ。

 腕の中の彼女が愛おしくてしょうがない。


「オルソン様はオルソン様。私の中では、なにも変わりません」


 アルダは優しく口づける。

 唇からじんわりと全身に広がる。


 原作とは違ってしまったが、彼女の本質は損なわれていない。

 むしろ、彼女らしい。

 俺が惚れたゲーム内のアルダ。

 プレイしてたときは、完璧なヒロインだと思っていた。

 だけど、現実のアルダはそれよりも遥かに最高だ。


 アルダは俺の胸に頭を乗せ、身体を委ねる。

 俺の心臓に向かって、アルダは話しかける。


「これから私はどうしたらいいでしょう? 従者ですか? お姉ちゃんですか? それとも……」

「すべてだよ。どれもみんなアルダ。どのアルダも全部、俺には必要だよ」

「なら、頑張らないといけないですね」


 アルダは俺を受け入れてくれた。

 俺もアルダを受け入れる。


 ギュッと抱きしめ合う。

 さっきまでの衝動とは違う、暖かい感情に包まれる。

 このまま幸せに浸かって眠りに落ちたい。

 でも、もうひとつ――。


「他の女の子のことだけど――」


 テスレガは全年齢版だ。

 エチエチなシーンは登場しない。

 しかし、好感度が90を超えると、朝チュン的な演出で主人公とヒロインが結ばれたことが示される。


 この世界でも、ヒロインと結ばれるということは、そういうことだ。

 そのシーンをすっ飛ばして朝チュンというわけにはいかない。

 今日一日で三人のヒロイン――あっ、正確には、リオンはヒロインじゃなかったか――と出会った。

 皆、魅力的で仲良くなりたいし、それ以上に、彼女たちを救いたいという思いがよりいっそう強くなった。


 本来は、俺はアルダひと筋で、リオンに全部背負わせようと思っていた。

 その予定が今日、完全にぶっ壊れた。

 さすがに、女の子になったリオンにヒロイン攻略は無理だろう。


 そして、ヒロインとの朝チュンは避けて通れない。

 なぜなら、朝チュンによって、ヒロインのステータスに補正がかかるからだ。

 好感度によるが、カンスト値の100だと全ステータス2倍。

 メインヒロインであるナタリアーナにいたっては、最大で3倍というぶっ壊れ補正なのだ。


 これが数少ない制作の良心――と思ったら甘い。

 そもそも、ヒロインの補正ナシでは、中盤以降が無理ゲーと化す。

 複数ヒロインをある程度攻略しないと、バッドエンドへ一直線なのだ。


「それがなにか、問題ですか?」


 あっけらかんと返す彼女。

 俺の方が動揺してしまう。


「そのことは想定してました」

「いつから?」

「最初からです。オルソン様が父君に思いを告げたときからです」


 まったく気がつかなかった。


「オルソン様はおっしゃいました」


『すべてを取り込んでしまえばいい――それが俺の目指す道です』


 転生した日に俺が父へ伝えた決意だ。

 そのときはヒロイン攻略はすべてリオンに任せ、リオンごと取り込めばいいというつもりだった。

 だが、そんな事情を知らない父やアルダからしたら、俺がハーレム宣言をしたようにしか思えない。

 すっかり忘れていたが、アルダはずっとそう思っていた上で、俺の修行につき合ってくれたのか……。


「オルソン様に必要とあらば、私は構いません」

「分かったよ」


 なにを言っても、カッコ悪いだけだ。

 だから、俺はひと言、肯定する。


「そのかわり、いつまでも私を隣に置いてください」

「もちろんだよ。アルダは僕のお姉ちゃんだからね」


 アルダの髪を優しく撫でる。

 青い髪が間接照明のほのかな光に揺れ、妙になまめかしかった。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『午前中は座学だ。』



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