第6話 オープニング前にシナリオを改編する。

 ――修行を開始してから一年が経過した。


 今日の俺は快調だ。いや、快調なはずだ。

 なにせ、目も潰れていないし、手足もちゃんと生えている。

 使っているのは【生きるとは死ぬこと成りトゥ・リブ・イズ・トゥ・ダイ】だけ。

 定期的に痛みが襲ってくるだけで、元気そのものだ。

 といっても、完全に痛みを感じなくなるほど人間を止めたわけじゃない。

 どれだけ修行しても、痛みはなくならない。

 痛くても我慢できて、問題なく戦闘を行えるようになっただけだ。



 こんなに調子が良いのは、【生きるとは死ぬこと成りトゥ・リブ・イズ・トゥ・ダイ】を覚えて以来、初めてだ。

 最近は痛みに慣れるために、寝るときでも怪我を治さないからな。


 だから、逆に痛みがないという他の人には正常な状態に違和感を覚える。

 やっぱり、俺は人間を止めてしまったのかもしれない。

 しかし、そのおかげで、修行は当初の予定より順調に進んでいる。

 このまま続ければ、来年の入学時にはバッチリ仕上がっているだろう。


 俺が無傷なのには理由がある。

 そのために数日前にダンジョンを離れ、俺はとある場所を訪れていた。

 アルダは実家に報告に行っていて、俺一人だ。


「良かった。まだ無事だ」


 今日はゲーム開始のちょうど一年前。

 主人公が学園入学を目指すきっかけとなったイベントが起こる。


 俺は主人公が暮らす村近くの街道でスタンバイしていた。

 これから起こることを予兆するかのように、空気がざわつく。


 ゲームでは、この後、魔族がモンスターを召喚し村を襲う。

 そして、主人公以外は、皆殺しだ。

 このイベントによって主人公は魔族と魔王に対する復讐を胸に誓い、テスタメンティア学園入学を目指すことになる。


 俺は主人公が住む村へ入る。

 ここは田舎の村。

 よそから他人がやって来ることはほとんどない。

 ましてや、貴族は。


 今の俺は村人に説明する手間を省くため、ひと目で貴族と分かる格好だ。

 怪我がない状態にしたのは、不審に思われないためだ。

 盲目で両腕のない貴族とか、普通の人なら逃げ出すレベルだ。


 俺の登場に、村人がざわめく。


「貴族様、村になにかご用ですか?」


 村長が代表して、不安そうな顔で話しかけてくる。

 貴族がわざわざやって来て、ロクなことはないからな。

 そんな村長の気持ちには構わず、俺は用件だけを告げる。


「今から魔族が現れる。危険だから、絶対に村から出るな」

「なっ……!?」

「安心しろ。村は俺が守る」


 それだけ言うと、俺は村人に背を向け、村の外に出る。

 もうそこまで魔族は迫っている。

 ノンビリしている時間はない。


 村から少し離れた場所。

 俺はそこで待ち構える。

 現れたのは一人の魔族。


 人間との違いは、緑色の皮膚と背中に生えた黒い翼。

 ソイツは怪訝そうに俺を睨みつける。


「ナンダ、キサマ」

「どうせすぐ死ぬんだ。知る必要ないだろ」

「ナメルナ、コロス」


 魔族がモンスターを召喚する。

 現れたのは十三体のガーゴイル。


 さあ、殲滅の時間だ――。


『――鏖殺撲滅キルエム・オール


 俺がスキルを発動させると、闇の魔力が球状になり。

 魔族とガーゴイル向かって飛び出し。

 命中し。

 爆ぜる。


 ガーゴイルは全滅。

 魔族は両腕がもげ、片足を失い、瀕死の状態。


 俺はトドメを刺すために魔族に駆け寄り――首をねる


「まあ、こんなもんだよな……」


 呆気なく戦闘は終わった。

 この魔族は本編でも登場するが、レベルは10。

 今の俺にとっては赤子の手を捻るより容易い。

 ゲームを進めると、主人公の因縁の敵として登場するのだが、俺が倒しちゃったからどうなるんだろ?

 まあ、そのとき考えれば良いか。


 魔族を倒すと、村人たちが村から出て来た。

 村長が代表でお礼を述べ、他の村人たちからも感謝の言葉をもらう。

 それがひと段落したとき、村人の輪から一人――目当ての人物が俺の方に向かってくる。

 俺も覚悟を決める。心苦しいが、こうするしかないのだ。


「あっ、あの、助けてもらってありがとうございます」


 赤い髪。優しそうな顔。

 俺より頭ひとつ小さい。

 ひょろっと痩せた身体。

 ペコリと下げられた頭。


 懐かしさに感情が爆発しそうになるが、グッと堪える。

 緊張した面持ちでこちらをうかがうのは――。


「名は?」

「えっ、あっ、りっ、リオンといいます」


 突き放すように尋ねる俺に、テスレガの主人公――リオンはしどろもどろになって答える。


「歳は?」

「14です」

「そうか……」


 俺が口元を緩めると、リオンはホッとした様子で笑顔を見せる。

 次の瞬間――。


 ――ゴンッ。


 俺の拳がリオンの頬を殴り飛ばした。

 精一杯手加減したのだが、それでもリオンは数メートル吹き飛んだ。


「えっ……!?」


 倒れたリオンはなにが起こったか分からず、頬を押さえてうろたえている。

 口の端が切れ、血がひと筋、垂れた。


 俺がゆっくりとした足取りで、倒れたままのリオンに向かう。

 リオンは怯えた表情で俺を見上げる。

 俺は屈み、リオンの胸ぐらをつかみ、持ち上げる。


「俺が来なければ、村は全滅していた。俺が魔族だったら、お前は死んでいた」


 低い声で凄みを利かせる。


「なのに、なんでヘラヘラしてるんだ? それでも男か?」

「えっ、いや……ボクは」

「つべこべ言うな」


 睨みつけるようにリオンの目を覗き込む。

 これで目をそらすようなら、それまでだ。

 だが、俺の知っているリオンならば――。


 リオンは目に力を入れ、俺を睨み返してきた。

 10秒。20秒――。

 睨み合いが続く。


 俺はリオンの意思を確認し、胸ぐらを掴んだ手を離した。

 さっきまでのリオンとは違う。

 目に確かな炎が宿っていた。


「いい目だ」


 そうだ。その目だ。主人公の目だ。

 覚悟を決めた目だ。

 これなら、大丈夫だろう。


「大切なものを守る力が欲しいか?」

「はいっ!」

「だったら、一年間、鍛え抜け。死ぬ気になって強くなれ」

「はいっ!」

「テスタメンティア学園で待ってる」

「はいっ!」

「一発、貸しだ。俺を殴り返せるようになって来い」


 それだけ言い残し、俺は背を向け、村から離れる。

 村から去り、人目につかない森の中。

 俺はやりきれない思いで、木を殴りつける。


 今回の行いは、リオンに悲しい思いをさせたくなかったからだ。

 リオンを知っている身としては、故郷が滅びる非業な運命を回避したかったからだ。


 俺のワガママかもしれない。

 だけど、どうしても救いたかったのだ。


 とはいえ――。


 素のリオンを知ってしまった。

 優しく穏やかな、争いを好まない性格。

 あれがリオン本来の性格なのだ。

 ゲームの影響がなければ、ひっそりと平穏な人生を送っただろう。


 だが、制作会社アトランティックは許さなかった。

 リオンを復讐に燃える主人公として定めた。

 俺はそれが許せなかった。


 復讐ではなく、俺への対抗心。

 それを動機とさせるため、このように振るまったのだ。


 しかし――これはキツいなあ。


 わざと悪役を演じ、リオンを殴り飛ばした。

 想像していた以上に、心が痛む。

 俺には悪役ムーブは向いていないようだ。


 なんとかリオンの心に火をつけた。

 後は、彼を信じるだけだ。


 ――待ってるぞ、リオン。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『入学試験は楽勝だった。 』


楽しんでいただけましたら、フォロー、★評価お願いしますm(_ _)m

本作品を一人でも多くの方に読んで頂きたいですので、ご協力いただければ幸いですm(_ _)m


   ◇◆◇◆◇◆◇


完結しました!


『前世は冷酷皇帝、今世は貴族令嬢』


TS、幼女、無双!


https://kakuyomu.jp/works/16817330650996703755


   ◇◆◇◆◇◆◇


【新連載】


『変身ダンジョンヒーロー!』


ダンジョン×配信×変身ヒーロー


https://kakuyomu.jp/works/16817330661800085119

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