第3話 修行は痛い。

「ここが……」


 ――スンレオイヴァ墳墓。


 ゲームでは攻略し尽くしたが、実際の存在を目の当たりにすると、その不気味さとおぞましさに思わず腰が引ける。


 それもそのはず。

 スンレオイヴァ墳墓は難易度ランク2。

 推奨レベルは12以上。

 学園編の2年生になってから挑むダンジョンだ。


 今の俺が一人で挑んだら、瞬殺される。

 アルダの助けなくしては、俺の計画はなりたなない。

 なにせ、今の俺のステータスは――。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 名前:オルソン・ディジョルジオ

 性別:男

 年齢:13

 LV:1

 物理:E

 魔法:E

 メインスキル:闇魔法

  サブスキル:短剣術

 装備:ダークダガー。ダークローブ


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 物理と魔法はE。10段階の下から2番目だ。

 ゲームのスタート時点ではともにD。

 成長の遅いオルソンがこの先の2年間必死に鍛えてひとつずつランクを上げたのだ。

 だが、俺はそれ以上を目指す――最強になるためだ。


 ちなみに、ゲームではHPやMP、その他の能力値も表示されたのだが、この世界では見えないようだ。

 スキル欄にあるように、オルソンは闇魔法をメインに短剣で戦うスタイルだ。

 実家の財力に頼り、装備はゲーム中盤でも通じるほどの一級品だ。


「本当に挑むのですか?」

「ああ、最初はアルダに任せきりだけどな」

「パワーレベリング……ですか?」


 彼女の顔が曇る。


 パワーレベリング――強い仲間に敵を倒してもらって、経験値をゲットし、レベルを上げる手段だ。

 ゲーム内では当たり前のサブキャラ育成テクニックだが、現実世界では褒められた行為ではないことが彼女の顔から分かる。


 ゲームでは、パーティー内の経験値配分を自由に設定できた。

 デフォルトだとモンスターを倒して得られる経験値は等分される。

 だが、その比率をプレイヤーが変更できるのだ。

 だから、育てたいキャラが経験値を100%受け取るようにする。

 それが最速のパワーレベリングだ。


 そして、不思議なことに、このシステムはこの世界でも生きていた。

 なので、倒すのはアルダで、経験値は俺が総取りだ。


「最強を目指すのでは?」

「誤解しないでくれ。レベルを上げるのは目的じゃない。手段だ」


 パワーレベリングは手段だ。

 イチから自分でやっていたら、二年間ではとても間に合わない。

 強さを求めるのは、ある程度レベルを上げてから。

 彼女にはそのためのブースター役を務めてもらう。


 ちなみにアルダのステータスは――。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 名前:アルダ

 性別:女

 年齢:20

 LV:33

 物理:B

 魔法:D


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 レベル33の彼女にとっては、スンレオイヴァ墳墓は楽勝。

 死ぬ確率はほぼゼロ。

 安心して任せられる。


「手段ですか……分かりました」


 とりあえず言う通りにするが、納得がいかなければ、すぐにでも家に連れ帰るつもりだろう。


「大丈夫。アルダもそのうち分かるよ。さあ、入ろう」

「承知しました。オルソン様は、決して私より前に出ないようにして下さい」


 今の俺のステータスでは、敵の通常攻撃一発で即死だ。

 最初からアルダの言う通りにする予定。

 オルソンは遠距離攻撃もできる。

 アルダの後ろに隠れ、安全圏からペチペチやるだけだ。


 スンレオイヴァ墳墓に向かって一歩、アルダが踏み出す。

 彼女が纏うのは漆黒のメイド服。

 ただのメイド服ではない。

 原作にも登場したバトルメイドドレスで、並みの装備よりも防御力が高い。

 ゲームあるあるで、やたら露出の高い服が強い装備だったりするのと同じだ――考えたら負けなやつだ。

 強い上に、とっても似合っている。それで十分だ。


 彼女にスンレオイヴァ墳墓に足を踏み入れる。

 名前の通り、ここはゾンビやスケルトンなどのアンデッド系モンスターが登場する。

 現実になると、湿った空気や腐臭がリアルで、今すぐ帰りたくなる。

 だが、それに耐え、アルダの後をついて歩く。


「来ました。スケルトン三体です」


 接近するスケルトンにアルダがミスリルの双剣を構える。

 彼女一人ならば、飛び出して瞬殺できるはず。

 最初ということで、俺をかばって慎重に戦う気だ。


 俺は彼女の背後に隠れ、先頭の一体に向けてスキルを発動――。


『――【死へようこそウェルカム・トゥ・ダイイング】』


 オルソンが最初から使えるスキル【死へようこそウェルカム・トゥ・ダイイング】。

 闇の魔力弾を放つ単体攻撃魔法だ。

 もともと低威力なスキルだし、格上モンスターであるスケルトン相手にはノーダメージ。

 だが、狙いはダメージではなく、敵の動きを止めることだ。

 一瞬、固まったスケルトンに向かってメイド服姿のアルダが駆け寄る。

 ミスリルの銀閃がきらめき、スカートがふわりと揺れた。

 その刹那に、三体のスケルトンはバラバラだ。


「どうですか? 初めてのダンジョンは?」

「楽しいな。こんなに楽しいとは思ってなかったよ」


 怖かったり、怯えたりするかと思っていた。

 だが、憧れのテスレガの世界を実体験した感動は、それらを遥かに上回る衝撃だった。


 オルソンとして臨む戦い。

 実体を伴ったモンスター。

 初めて使ってみたスキル。


 俺はテスレガにいるんだ――そう実感できた。


「しばらくはアルダに頼る。よろしくな」


 ここから、俺の二年に及ぶ修行生活が始まった――。



   ◇◆◇◆◇◆◇



 一ヶ月後。


 この一ヶ月、俺はアルダの背後からスキルを使ったり、弱ったモンスターにトドメを刺したり。

 基本的な戦闘スキルを身につけることに専念した。

 そして、ようやく、最初の目標にたどり着いた。


 今のステータスは――。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 名前:オルソン・ディジョルジオ

 性別:男

 年齢:13

 LV:10

 物理:E

 魔力:E


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 ――長かったあああああ。


 表には出さないが、ここに来るだけでも果てしない道のりだった。

 レベル10と言えば、入学半年後のレベルだ。

 それに比べれば圧倒的に早いのだが、密度が濃すぎた。

 いくらアルダのサポートがあるとはいえ、気を抜けば命を落としかねない極限状態。

 格上相手に一日中戦い続ける生活。


 それを一月も続けてようやくのレベル10だ。

 成長の速い主人公キャラならレベル15は超えているだろう。

 そして、レベルが上がっても物理・魔力ともにランクは上がっていない。

 オルソンの成長の遅さを恨みたくなる。

 ともあれ、これで最初の目標はクリアだ。


 最初から、アルダには「レベル10までキャリーしてくれ」と頼んでいた。

 ゴールを定めたからこそ、彼女は協力してくれた。


 だから、パワーレベリングはここまで。

 ここからが本格的な修行の始まりだ。


「レベル10になりましたが、この先はどのようになさるんでしょうか?」


 達成感に浸る俺とは対照的に、アルダは淡々と告げる。

 これ以上甘えるようなら――と冷たい目だ。


「ここからは俺一人でやる。本当にピンチだと思ったときだけ、助けてくれ」

「承知いたしました」


 まだまだ半信半疑という視線だ。

 それがどう変わるか、楽しみだ。


 さあ、ここからが本番だ――。


 スンレオイヴァ墳墓の推奨レベルは12以上。

 レベル10の俺では少し厳しい。

 だが、勝算はある。


 その要因はふたつ。

 ひとつ目は俺のプレイヤースキルだ。

 一ヶ月の戦闘訓練を通じて確認できた。

 ゲーム同様にこの世界でも、プレイヤースキル次第でステータス以上の実力を発揮できる。

 鬼のようなプレイヤースキルを要求されるのはゲーム時と変わっていないが……。


 そして、もうひとつ。

 レベル10で覚えるスキルだ。

 本当は使いたくないんだけど……。

 この先を考えると早めに慣れておいた方がいい。

 本当に使いたくないんだけど……。


 すぅ、と大きく深呼吸。

 覚悟を決めて、スケルトンに向かっていく。

 一体なら――時間はかかるが――なんとか倒せる相手だ。

 それはアルダも承知しているので、黙って俺を見ている。

 背中に彼女の視線を感じながら、覚え立てのスキルを発動する。


『――【生きるとは死ぬこと成りトゥ・リブ・イズ・トゥ・ダイ】』


 身体能力を向上させるバフスキルだ。

 全身に力がみなぎり、全能感に包まれる。

 それと同時に――。


「グッ……」


 歯を食いしばって、声を我慢する。

 アルダが見ていなかったら、絶叫していただろう。

 このスキルはバフ効果を得られる代償として、一定時間ごとにダメージを受けるのだ。


「やっぱり、こうなるよな……」


 ゲーム内ならHPが減るだけで済む。

 だが、それが現実となると――耐えがたい痛みが全身を襲う。

 覚悟はしていたが、想像以上の苦しみだ。


「……ったく、アトランティックさん、少しは手加減してくれよ」


 俺は歯を食いしばって、スケルトンへ走る。

 早く倒さないと、痛みで限界を迎えそうだ。


『――【無慈悲な死をショウ・ノー・マーシー】』


 レベル3で使えるようになるスキル。

 支援キャラであるオルソンが現段階で唯一使える近距離攻撃スキル。

 ダガーによる連続攻撃を行うスキルだ。

 一撃、二撃、三撃、四撃、五撃。

 スケルトンはバラバラになって、土に還る。


「ふぅ……」


 戦闘を終え、【生きるとは死ぬこと成りトゥ・リブ・イズ・トゥ・ダイ】を解除する。

 今まで耐えてきた反動で、その場に倒れ込みそうになるが、両膝に手をつき、必死でこらえる。

 アルダにカッコ悪いところは見せられないからな。

 頭から、おでこから、汗が頬を伝い、顎から――ポトリ、ポトリ。


「オルソン様……」


 修行を始めて一月。

 初めて俺を気遣う声だ。


 それだけで、この苦痛に耐えた価値がある。

 これからも、気合い入れるぞと勇気を得る。


 俺は顔を上げて、アルダを見る。

 転生後、初めて見る表情をしていた。


「心配するな。この程度、どうということはない」

「ですが、今のスキルは……」


 アルダに笑顔を向けるが、彼女の顔は晴れない。

 無理して作った笑顔だとバレバレだったようだ。

 続けようとするアルダを手で制する。


「まあ、ちょっと、待ってくれ」


 体力回復ポーションと魔力回復ポーションを飲み干す。

 ゲームの序盤だと金策に苦労するのだが、俺には太い実家がある。

 全身の痛みが消え、減っていた魔力も回復する。

 一分ほど身体を落ち着かせると、なんとか話ができるようになった。


「今のはバフスキルだよ。ただ、ちょっと痛いだけだ」

「とても『ちょっと』というレベルには見えませんでしたが」

「なに、最強を目指すための代償だ。かすり傷みたいなものだよ」

「最強――」


 これまで何度も口にした「最強」の言葉。

 その言葉をアルダは噛みしめる。

 今日まで彼女はまったく信じていなかった。

 それでも一ヶ月つき合ってくれたのは、俺ではなく、オルソンへの忠誠ゆえ。


 だが、アルダの心の殻にひとつ、ひびを入れることに成功した。

 彼女の目に動揺に揺れている。

 俺に手を伸ばそうとして、躊躇ためらっている。

 一歩、足を踏み出すのを、躊躇ちゅうちょしている。


「俺はこれからアルダに示し続ける。俺の覚悟を。半端ではない気持ちを」

「分かりました。オルソン様の姿、しっかりとこの目に、心に焼き付けさせていただきます」

「じゃあ、修行再開だ。どうしてもっていうピンチ以外は手を出さないでね」


 格好つけた言い方だが、大したことない。

 ポーションがぶ飲みで戦い続ける作戦だ。

 苦痛に耐えればいいだけの簡単な方法だ。


「さあ、どんどんいくぞッ」


 俺は新たなスケルトンに向かって駆け出した――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『修行はもっと痛い。』


楽しんでいただけましたら、フォロー、★評価お願いしますm(_ _)m

本作品を一人でも多くの方に読んで頂きたいですので、ご協力いただければ幸いですm(_ _)m


   ◇◆◇◆◇◆◇


完結しました!


『前世は冷酷皇帝、今世は貴族令嬢』


TS、幼女、無双!


https://kakuyomu.jp/works/16817330650996703755


   ◇◆◇◆◇◆◇


【新連載】


『変身ダンジョンヒーロー!』


ダンジョン×配信×変身ヒーロー


https://kakuyomu.jp/works/16817330661800085119

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