2本目 富木家鴨はわからない
「今日も笑わせられへんかったな」
グラウンドのそばにあるベンチに腰掛けて、富木が缶コーラをちびちび啜っている。
その横でコーヒーを飲む俺は、野球部の練習を眺めながら、今日も鶴ヶ丘さんを笑わせられなかった悔しさを噛みしめている。
「浅香は鶴ヶ丘さんのこと好きすぎんねん。ストーカー一歩手前や」
「誰が犯罪者予備軍やねん」
くだらない冗談で暇をつぶす。
俺と富木は、いつも鶴の会の後に反省会という名目で、ここでぼうっとしている。
あのボケがいまいちだっただの、あそこはもうちょっと間を持たせた方がいいだの、少しだけネタのことを話して、そのあとは何でもない冗談を言い合っている。
「お前、いつもブラックコーヒーやったっけ?」
「今日はなんとなくブラック」
「なんや、俺にモテようとしてんか?」
「なんでお前みたいなアホにモテようとすんねん。俺は鶴ヶ丘さん一筋や」
「でた犯罪者」
「まだ予備軍や。いや、予備軍でもないねん」
「綺麗なノリツッコミやなあ」
「どう、惚れた?」
「やっぱ俺にモテようとしてるやん」
「ははは」
こういう日常会話からネタに入れられそうなボケを発掘したり、漫才の練習になったりしている。
富木はアホだが、お笑いには理解がある。というか、お笑いしかできない。
「鶴ヶ丘さん、どうやったら笑うんかなあ」
「もうちょっとセンスで攻めるとか?」
「俺らにそんなセンスないやん」
「確かに」
「そこは否定しろよ」
「はは。お前にはあるけど、俺にはないな」
「確かに」
「否定してくれよ」
「だってお前アホやん」
「俺は自分のことアホって自覚してる、賢いアホや。その辺のアホと一緒にすんな」
「やっぱセンスないなあ」
野球部が練習を終え、グラウンドにトンボをかけている。
スパイクで出来たでこぼこが綺麗にならされ、均一に整えられていく。
「センスってなんやろな」
俺が問う。
「難しい質問やな。うーん。やっぱり誰もやってないことを思いつく発想力とかかな?」
「でも、繰り返すことで生まれる面白さもあるやん。あれもセンスがええと思えへん?」
「定番ノリ的な?確かに、なんぼこすっても面白いもんもあるなあ」
「せやろ。ていうか、そもそも、センスって言葉が曖昧やねん。」
「センスってのも一つじゃないんか」
「難しいなあ」
鶴ヶ丘さんを笑わせられるセンス。そんなものが存在するのだろうか。
「難しいこと考えてもわからんし、俺らは俺らのお笑いしようぜ」
「なんかださいなあ」
こういうことを平然と素知らぬ顔で言うところが、富木の悪さでもあり、良さでもある。
やかましい自意識が邪魔して、おれには到底言えないであろうことが、こいつには平然と言えてしまう。羨ましいというか妬ましいというか、とにかく、俺にはない特性だ。
「お前のそういうところ、もっと出していった方がええと思うけどな」
「そういうところってどういうところやねん」
「そういうところはそういうところや。お前はまだ気づかんでええ」
「なんやねん。アホを馬鹿にするみたいな言い草やなあ」
「これでも褒めてんねんで?」
「嘘つけ」
「ほんまや、あほんだら」
「やっぱり馬鹿にしてるやんけ」
「まあ、その内気づくわ」
富木は不服そうに唇を尖らせて、缶コーラの空き缶をゴミ箱へ投げ捨てる。
整地をしていた野球部も、もう解散してしまった。
後に残ったのは、きれいに均されたグラウンドと、その上にストライプ柄をつけるトンボの跡だけだ。
× × ×
学校の一番近くにある公園に来た。
俺と富木は、度々この場所で、小学生や幼稚園児相手にネタを見せて、その反応を確認している。高校生の鶴ヶ丘さんを笑わせたいのに、こんな子供を相手にしていていいのかという疑問が生まれそうだが、自分たちより年齢層の低い相手の反応を見ることで、自分たちの漫才が内輪ノリになりすぎていないかを確認している。俺たちだけが面白いと思っていてもそれはお笑いではない。不特定多数の人間を笑わせることができて初めてお笑いになる。ニッチになりすぎないように、こうやって若い感性を相手にミット打ちをするのも大切なことだ。
「もうええわ。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
子どもたちは全く笑っていないが、どこで覚えたのか、形式上の拍手をする。
「どうやった?」
一番手前に座っている、眼鏡をかけた賢そうな少年に尋ねる。
「うーん。なんか、俺たち王道を重んじてるから、斬新な発想とかに頼ってないんだよねっていうありきたりな考えが滲み出てる。古典芸能のしゃべくり漫才がわからないお前らはお笑いをわかってないっていう主張が顔に書いてある。そうやって斬新なアイデアが思いつかないことから逃げてる気がする」
耳が痛い。最近の子はこんなにお笑いの批評がしっかりできるのか。自分たちでも薄々気づいている一番痛いところを突かれた。
「そ、そうか。じゃあ隣の子はどう思った?」
その隣に座っている、ぽっちゃりしたパツパツのTシャツに短すぎる半パンを履いた少年に意見を求める。
「俺は面白いと思ったよ。ヤンキーの偏見漫才的な?実はボケじゃなくてツッコミでボケるっていう最近の漫才の流行をちゃんと拾ってる感じがする。けど、声を出して笑うほどじゃなかったかな」
ぽっちゃり坊主の発言に、眼鏡坊主が首を傾げている。何か言いたげな表情だ。
「流行に乗るのって漫才師としてどうなの?新しいお笑いをしてこそ漫才師じゃないの?」
反論を受けて、ぽっちゃり坊主も黙っていない。
「それを言い出したら漫才なんていう昔からある形態でしてる時点で駄目じゃない?既存のフォーマットの上でちょっとずつ新しいことをしていくのが進化なんじゃないのか?」
「わかってないなあ。漫才というフォーマットの中でも、全く新しいことをしなきゃダメなの。人の真似するだけなら俺にも漫才できるよ。でも本当に人を笑わせようとするなら、他人の真似だけじゃ絶対にダメでしょ」
「ものを創るってのは模倣から始まるんだよ。何の真似でもないものなんて突然生まれないんだよ」
「だから、模倣から逸脱したときに初めて真のお笑いが生まれるんじゃないか」
「模倣から逸脱するなんて結局不可能だろ。みんな何かを少しずつ真似して、そうやって時代が進んでいくんだろ」
「わかってないね」
「わかってないのはお前だろ」
激化していく議論に富木が割って入る。
「はいはいはい。それくらいにしとけ。兄ちゃんら、面白いか面白くないかだけ聞きたかってん。君たちの意見は両方とも参考にさせてもらうから、喧嘩はやめよか」
富木に制止に対して、ぽっちゃり坊主はそそくさとどこかへ行ってしまった。
眼鏡の方はつまらんといった顔でスマホをいじっている。
「富木、お前この子らが何言ってんのか理解できたんか?」
「いや、全然」
何をまたまた、みたいなアホ面で笑っている。
「まあ、あれやろ、俺らの漫才はまだまだ面白くないってことやろ」
「まあそれでええんちゃうか」
こいつにはそういったお笑い思想などは求めていない。ていうか、こいつにちゃんとした考えがあったら絶対に喧嘩になる。
「ほな、俺帰るわ」
そういうと、富木は手を振りながら駅の方へ歩いて行った。
残された俺も帰ろうかと自転車に乗る。
イヤホンを耳にさして、まだ聞いていなかったオードリーのオールナイトニッポンを再生する。聞きなれたジングルが心地いい。
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