元気良そうでよかった

青いバック

よかったよ。君が元気そうで。

 大雨が降る四月。君に振られてから一年記念日。傘をさして、ただなんとなく散歩に行こうと思って、いつもは履きもしない成り行きで買ったレインブーツを履いて町を繰り出した。


 川はかさを増して、どんよりと茶色に染って草木は気持ちよさそうに水を浴びていた。道路を行き交う車が水たまりを跳ね飛ばす。


 曇天を見上げていたら、前から歩いてきていた人にぶつかってしまった。すいません、と一言謝ってその場を去ろうとしたら、琴葉?と自分の名前を言われて顔をみあげる。


 凛と通った鼻筋にさっぱりとした髪型綺麗な二重の男性は一年前に私のことを振った、元カレの海斗だった。私は見知らぬ人の振りをして逃げてしまおうと思ったけど、心の底に残っていた僅かな好意がその行為を止めた。


「ひ、久しぶり。元気だった?」


 少しどもりながら久しぶりと言う。一年ぶりに見る海斗は何も変わっていなかった。雨の時に人と傘がぶつかるのが嫌だがらと言ってレインコートを着てるのも変わってなかったし、優しそうな表情も何一つとって変わっていなかった。


「元気だったよ。琴葉はどう?元気?」


「元気じゃないとこんな雨の日に外に出ようなんて思わないよ」


「それもそうだね」


 ポツポツと傘に当たる雨の音がさっきまで静かに聞こえていたのに、今はよく聞こえる。緊張しているんだな、と気付く。今更何が起こる訳でもないのに、たまたま出会っただけなのに。

 海斗との一年は短く濃いものだった。遊園地や映画色々な所へデートに行った。光景は今でも鮮明にありありと昨日の事のように思い出すことが出来る。キスしたあの日のことも、全て。


「良かったよ、君が元気そうで」


「琴葉も元気そうでよかった」


「それじゃあね。またどこかで」


「うん、またどこかで」


 私は海斗の名前を呼ばなかった。あっちは私の名前を呼んでいたけど私は呼ばなかった。もう、他人なんだよという意味を込めて。


 またどこかで元気に会えたらいいね。この思いが雨に流されることを願って、私は散歩を再開した。

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