第7話 屈強の味方

 春の穏やかな風が吹く夕刻。建国記念祭の舞踏会当日を迎えた。ルティレータ皇城で大々的に開催される舞踏会には、帝国中から爵位しゃくいに関係なく数多くの貴族や影響力のある人々が招待されている。

 リエッタをはじめ、数人の侍女たちにより舞踏会の準備を終えたロゼは、至高しこうの美を誇っていた。

 数日前。ユークリッドから贈られてきた真っ赤なドレス。彼のパートナーとして、揃いの衣装を纏わなければならないのだろう。

 一目見ただけで高級と分かる赤いドレスは、マーメイドラインが美しい。肩から背中にかけて大きく露出ろしゅつしているが、胸元は谷間も見えぬほどしっかりとガードされている。背中下辺りには大きなリボンが施されている。ところどころスパンコールと黒いレースがあしらわれているのも特徴的であった。

 ストロベリーブロンドの長髪は後頭部で編み込まれており、頭上には銀色の小さなティアラが鎮座していた。化粧はいつもより濃いめに。ロゼの人形のような風貌ふうぼうが際立っている。


「今日も変わらず、お美しいです」

「ありがとう、リエッタ」


 ロゼは短い礼を言う。

 国内外から数々の婚約を申し込まれている一国の姫君と言っても過言ではない。誰がどう見ても、「美しい」と口々に噂するであろう容貌ようぼうの彼女は、毅然きぜんとした態度を取っていた。

 リエッタのエスコートを受け、化粧室をあとにする。そのまま宮を出て、ユークリッドが待っているであろう城の正門へと向かった。高々とした巨大な門の前、既にそこには、豪奢ごうしゃな馬車が構えていた。

 平民、それも極貧生活を強いられていた幼い頃とは、まさしく雲泥うんでいの差。一日一食できたら天にも昇る気持ちであったあの時の自分には、到底考えられない馬車であった。

 馬車の前、ロゼを待っていたのは、ユークリッドだ。黒の生地に、赤を散りばめた衣装は、ロゼのドレスと対になっていた。肩からは黒色の長いマントが風になびく。高身長も相まって、美麗びれいだ。

 ユークリッドはロゼに気がつき、控えていた騎士に馬車の扉を開けるよう指示を出す。


「姉上、お待ちしておりました。そのドレス、とてもよく似合っています。俺の目に狂いはなかった……」


 ブラッドレッドの双眸が細められ、ロゼを射抜く。ちっとも思っていない言葉をつらつらと並べられても、ロゼの心は高鳴るどころか、撃沈してしまっていた。ロゼはユークリッドの上っ面の褒め言葉に対してろくに返事もせず、さっさと馬車に乗せろと鋭利な目を向ける。ユークリッドはその意図を察して、彼女をエスコートし、馬車に乗り込む。馬の鳴き声と共に、馬車は物凄いスピードで走り始めた。


「舞踏会の会場では、決して俺の隣を離れないでください」

「……なぜでしょう」

「あなたは、物理的にも社会的にも死にたいのですか? ドルトディチェ大公家の血の繋がらない直系の姫君がついに社交界に姿を現す。ここ最近の社交界では、その話で持ちきりですよ」


 ロゼは、大きく息を吐いた。彼女は、いい意味でも悪い意味でも、注目をされている。今夜の主役は、ユークリッドでも皇族でもない、ロゼなのだ。そんな彼女がひとりきりになってしまえば、よからぬやからに絡まれかねない。ユークリッドはそれを危惧きぐしているのである。

 ロゼはユークリッドの言葉に込められた真意を理解し、頷きを見せる。ユークリッドの隣に立っていれば必然的に目立ってしまうかもしれないが、離れたら離れたで危険な目に遭うかもしれないと考えると致し方ない。


「ただでさえ、ドルトディチェ大公家の人間は好奇な目で見られます。疲労を感じたらすぐに仰ってください」


 ユークリッドは、漆黒しっこくの手袋をはめ直しながらそう言った。たったそれだけでも様になる彼を穴が空くほど注視するロゼは、とあることを考えた。

 一回目の人生の終焉では、ユークリッドは殺されたのか。ほかの直系たちも殺されたかは覚えていないが、王座の間に積み重ねられた死体の中に、彼を含めた直系たちはいたのだろうか。一族は滅ぼされたも同然なのだから、例外なく殺されたのだろうが……。

 前世でも同様に建国記念祭の舞踏会はあったであろうが、今世にてユークリッドは皇女を差し置いて、ロゼを舞踏会のパートナーに指名した。果たして前世でも、彼はロゼをパートナーとして任命していたのだろうか。

 ドルトディチェ大公が狂わないよう、ロゼの母は絶対に殺されてはならない。そのため、一族の誰かを味方につけておく必要が出てくるかもしれない。それも、ドルトディチェ大公に近ければ近いほどいい、屈強くっきょうの味方を――。


「お心遣い感謝いたします」


 ロゼの感謝の言葉を聞いたユークリッドは、そっと血色の瞳を伏せた。

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