第2話 ロゼの力

「ドルトディチェ大公一族に神獣しんじゅうの愛が降り注ぎし時、呪いは解け、一族はさらなる進化を遂げる」


 美しい字で巨大な石碑せきひに刻まれた言の葉。

 朝日に照らされ、逢魔おうまが時の赤々しい光を吸収し、星屑や月光の下で輝く。

 千年という永遠の時、ドルトディチェ一族に伝わるジンクスは、いつの間にか人々の記憶から薄れていた。しかしそのジンクスが叶えられし時が、刻一刻と近づいている――。



 大陸の東側に位置するのは、広大な土地を有するルティレータ帝国。ルティレータ皇族によって統治されるルティレータ帝国は、世界最古の国として知られており、長い年月をかけて発展と繁栄を繰り返してきた帝国だ。今でもその勢いはおとろえることなく、さらなる繁栄に向けて日々成長を遂げている。

 そんなルティレータ帝国の皇都には、巨大な森林と湖が存在している。人の手が加わらないその場所には、多くの野生動物が優雅ゆうがに暮らしていた。

 巨大な森林の中心、天を穿うがつように聳え立つのは、純白と深紅に染まる巨城。いくつもの宮が建てられ、茫々ぼうぼうとした庭園が広がっている。庭園の真ん中に悠然ゆうぜんと佇むのは、大きな石碑。

 その城は、ルティレータ帝国唯一の大公家であるドルトディチェ大公一族の本城である。純白と深紅というなんとも明るい色合いの城には、どことなく近寄りがたい禍々まがまがしい雰囲気が流れていた。

 ドルトディチェ大公家は、神獣と呼ばれる神の遣いであるアウリウスに愛された、言わば呪われた一族である。ドルトディチェ一族の者は、血に触れさせることで狂ったように自死させるという特殊な力を保有している。その力は、一族の者同士でも同等に発揮されるらしい。つまり、後継者争いが熾烈しれつとなる時期には、血の繋がった兄弟をも惨殺ざんさつする事件が多発するのだとか。

 そんな恐ろしいドルトディチェ大公家には、六男六女、数多くの兄弟が存在する。中には既に、死んでしまっている者もいるが……。


「ロゼお嬢様。本日はよく眠ることができましたか?」


 ドルトディチェ大公城のとある宮の一室。

 ストロベリーブロンドの長い髪は、後頭部で編み込み団子風にまとめられている。余った髪の毛先はふわりと巻かれ、腰下まで滴り落ちていた。長い睫毛は目下に影を落としながら、上に押し上がる。アジュライト色の双眸がまぶたの向こう側から現れた。この世のものとは思えぬ美貌の女性は、ロゼであった。彼女は、銀色と雪白のドレスをまとっている。首元にはレースがあしらわれ、美しい鎖骨さこつが剥き出しになっている。くっきりと刻まれた谷間の縦線を隠す銀色の装飾そうしょくは、見事な繊細せんさいさであった。腰には、大きな雪白のリボンがあしらわれている。そこから広がるのは、ボリュームのあるスカート。値段も到底とうてい計り知れない美しいドレスに着せられることなく、自らの一部として完璧に着こなしていた。


「夢を見たの」

「夢、ですか?」

「そう。全てが燃える夢よ」

 

 ロゼの言葉に、彼女の髪をくしで溶かしていた侍女が動きを止める。オーキッドグレイの髪に、ペールレモンの双眸を持つ美しい侍女リエッタは、ふんわりと笑みをたたえ「そうですか」と口にした。

 ロゼは昨晩、長いようで短い夢を見ていた。一回目の人生の、夢を――。

 実は今この瞬間しゅんかん、ロゼが生きているのは、二回目の人生である。一回目の人生、つまり前世では、義父であるドルトディチェ大公の蹂躙じゅうりんにより、一族は滅亡寸前。ロゼも命を奪い取られそうになったが、すんでのところで謎の炎に包まれた。そして気がついた時には、二回目の人生を歩んでいたのである。記憶を思い出したのは、数ヶ月前のこと。前世の記憶があると言っても、曖昧あいまいな部分が多く、はっきりとは覚えていない。なんなら、覚えていない記憶のほうが断然と多い。ちなみに実母の再婚により、ドルトディチェ大公家に養子として名を連ねたのは、五年前だ。

 ロゼは前世を自覚してからの数ヶ月間、一回目の人生の最期、腕に抱いた亡骸なきがらの人間を思い出せないでいる。


「リエッタ。あなた、手が荒れているわ」

「あ……本当ですね。あとで薬を」

「貸して」


 ロゼはリエッタの痛々しく荒れた手に触れる。するとたちまちリエッタの手が炎に包まれた。その炎が火の粉を散らし、パッと霧散むさんした時、リエッタの手は本来の美しい姿に戻っていた。


「……お嬢様、本当にありがとうございます」

「気にしないで。さぁ、行きましょうか」


 そう言ってロゼは、無の感情を顔に貼りつけた。

 治癒能力がある摩訶不思議まかふしぎな炎。それは、ロゼの能力であった。発症したのは幼い頃。一回目の人生とは違い、二回目の人生で生まれ持った気質であった。ロゼ自身も分からないことが多い能力は、リエッタにしか打ち明けていないものだ。この城で信頼できる人物は、非常に限られているのだから――。

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