第53話 響子の視点
此の旅行の話が山尾の家庭で団欒に上った。それは彩香が「どんな人なの」と沙織の素性を母に問い合わせたのが始まりだ。
事の起こりは宵々山で出会ったが、お父さんの話だと桜木さんと一緒の処へ美咲さんが沙織さんを誘って四人で祇園祭に来てばったり会った。そこでお父さんと行く撮影旅行の話をすると、沙織さんが旅行の費用をまかなうって言うから、それでその打ち合わせにあの宝石店へ行って色々と話をして気になったそうだ。
「それであなたは一緒に行く気なの」
「そこまで話が纏まれば行ってやらないと娘達が困れば可哀想だろうなんせ夏休みの大半をバイトで稼いで計画した旅行が沙織のお陰で何もしないでそのまま行けるんだから勿論雑誌が売れれば沙織の宝石店も宣伝してお返しするようだが」
「この話は沙織から持ち込んだのじゃあ店を畳まないの」
「今のままではそうするつもりだったがこれで一念発起して旦那さんの店を盛り立てられるのならと決めたらしい」
「そうなのじゃあ今回の旅行は持ちつ持たれつで企画してるのなら今更あたしに良いか悪いか相談されてもとやかく言う事は出来そうも無いでしょう」
それで娘達の費用は沙織に任せても俺の宿泊まで面倒見てもらうつもりはない。それだけは別枠にして、子供達の分は全て面倒を見ると沙織は断言しているから自分の分は全て持つ。彩香はお父さんの費用はまだ沙織とは相談していなかった。具体的な話が無ければそれには響子も何とも言い難いようだ。
「まあ娘達へのご厚意にあずかってもあなたの分は別にしないと後々面倒になるわよね」
「さあその心配はないだろうそれよりは娘達がこの夏に予定していた自費の撮影旅行をまかなってくれるのは有り難いと響子も思わなければならないだろう」
「それは有り難いけれどそれとこれとは別問題よあの人何考えてるか解らないんですもの」
「昔はあれほど仲が良かったのに戸惑うことはないだろう」
「あの頃は全てがあなたのためには良かろうと思って沙織とは親しく接していたのにそれが急にあなたをほっぽり出して何処かへ行っちゃうんですものどうかしているわよ」
決定打を欠いた此の夫婦の会話が彩香にはどう取り組んでいいか分からずにただ傍観している。
「まああの頃を思えばそうかもしれんがもう随分と時の彼方へ押しやってしまった」
「本当にそう思ってないくせに心の何処かではなに考えてるか解ったもんじゃないでしょうなんちゃってね」
そう言いながらも響子も本心はどうなのかそこが沙織と似ていた。それでも娘の彩香が今一番に取り込んでるものに、どう言う魂胆かは知らないが、沙織が手を差し伸べてくれれば有り難いと思っている。だからこそ賛成も反対もしないが後押しはしているようだ。
「じゃあ別に彩香の夏の旅行には異議を挟まないのか」
とそれでも一応は念を押しておかないと後で
「あなたのためでなく娘のためよ」
なるほどそう来るか。それでも響子は山尾が会社では、若社長からいびられて居心地の悪さに辟易しているのは知っている。今回の撮影旅行で良い方に転がっても転職は止めはしないが、もっと真剣に考えるように釘を刺された。あわよくばなんて考えて居ればろくな事はないと言われてしまった。
「でもあの若社長とは今は根比べなんだ最終的に決めるのは会長だからその会長から桜木が中途半端な考えなら孫は智恵光院の本社詰めにするらしいと聞いてる」
「でもいざとなれば会長も身内にそんなこと出来にくいわよ」
勿論そこには苦渋の決断が必要だろう。こっちだってハイそうですかと簡単には引き下がれないように転職先があれば心強い。これには響子も無言ながら納得しているようだ。
「でも軽はずみに自分の技術にうぬぼれないでよね写真の良し悪しは世間が決めるんですから」
と釘を刺されてしまった。しかし誰もそう簡単に撮れる表情でもないだろうと自負する処もあった。それだけに益々此の撮影には自然と希望も膨らむ。なんせ全く別の世界なんだから評判がそのまま自信と直結出来る仕事ほど生き甲斐を感じられるからだ。
「上手く順調にいけばねでもそこまで軌道に乗せるには人並みならぬ努力と忍耐力がいるけれど今のあなたには一番欠けている。それを彩香と夕子ちゃんはこの夏は目一杯バイトするつもりだったのよ矢張りそれぐらいの気力が必要だけれどそこへ行くとあなたはいつも何を考えているのか分からない人だからあの子たちも苦労するわよね」
「だけど俺が居なければ行っても良い写真は撮れないだろう」
「最初はねでもそのうちに腕を磨くわよあれだけの意気込みがあればまあ今回はあたしは眼を瞑ってみているけれど沙織もあなたと似て気まぐれだから長く続くとは思わないけれど」
「お母さんもう良いでしょうせっかくお父さんにも都合があるのに休んで来てもらうんだから」
「さあどうでしょう。でもまあ子供達がしっかり見てれば何にも起こらないでしょう特に夕子ちゃんはその辺は良くわきまえているから」
「ウン、あの子はしっかりしている人気が落ちても直ぐに次の手を考えるんだから」
「あらそうなの末は頼もしい子ねえでも
「今のところはね」
彩香には脇見をする余裕はないらしい。それが若さだろうと思えば、この際は沙織から文句を言わさず撮影に専念して二人の成長を願うだけだ。
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