第29話 職員会議

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 今回は我ながらツマラナイと思うのですが

 大騒動になった後の教師たちの姿をご披露いたします。

 東京都のベテラン教諭、お二方に監修に入っていただいていますので、かなり現実に近いです。


 ただ、普通の職員会議での発言は、もっと右往左往したり、矛盾した発言が平気で飛び交ったり、校長を罵る教員も出たりするものですが、話の都合上、整理してお届けいたします。


 場面は、全員を即時下校させた後、校長・副校長・教育委員会から派遣されてきた指導主事・生活指導部主任・担任・副担任が校長室で打ち合わせに1時間かけて、16:30から全体の職員会議が始まったところです。

 臨時の保護者会が20時から予定されています。


※外伝についてのお知らせが、最後にあります。

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 会議室には電話番となる事務担当者以外、全員がそろっていた。


 座席は指定ではないが、年間を通すと、自ずと「いつもの場所」ができてくるのは、どこでも変わらない。


 パワポの画面が一面に映し出されているのがいつもと違うところ。


 生活指導関連の職員会議にありがちなとおり、既に配られている資料には 先ほど、手分けして生徒から聞き取った内容がA4の用紙5枚に渡って載せられている。


 表紙には㊙と書かれて番号が振られ、それぞれの教員が何番の資料を持っているか記録されている。


 なお、会議後、特定の教師以外の資料は回収となる。


 会議室の前側には、校長を真ん中にして、横にスーツ姿の見慣れない二人が並んでいる。胸にあるIDカードは「F市教育委員会」と入っていた。


 その端にいた副校長が、校長と目線をかわした後、立ち上がった。


「それでは、本日の発生いたしました事案につきまして、情報の共有のための臨時職員会議を開催いたします。なお、生徒が警察によって校内で補導されるという重大な事案ですのでF市教委にも既に報告を入れ、本日は特別に教育委員会学校教育指導課、永田統括指導主事と、教委三枝さえぐさ指導主事の同席をいただいております」


 真面目が服を着ているような細身の中年女性だ。いったん立ち上がって礼をした。


「F県教委の統括指導主事を務めております永田です。三枝共々、よろしくお願いします。なお、本日の先生方のご発言は、全て記録させていただき教委で共有させていただきます。場合によっては議会への報告にも使われることを先に申し上げておきます。しかし先生方のご発言を妨げるものではありませんので、従前通り、校長先生の経営計画に沿った会議において生徒の指導ために円滑かつ活発なご意見の交換をなさってください」


 サラッと発言したが、重大なことが含まれている。


 つまりは「発言の内容次第で処分もあるからね」という釘刺しなのである。市立中学の教師を服務上管理しているのは県の教育委員会である。したがって、勤務の査定や処分をするのは県教委なのである。この状態でできるわけがない。


 シレッと権力をひけらかした指導主事に対して、特にベテラン教師達が露骨に嫌な顔をした。


 なお、統括指導主事とは役所で言えば課長級であり、の統括指導主事は、人事考課や不祥事の処分を担当する実務レベルの責任者である。


 つまりは「今回の事件で誰かを処分するよ」というのが、教育委員会の姿勢だという宣言のようなモノだ。


 人の良さそうな校長はしきりに額の汗をハンカチで拭っていた。


 永田は、さっさと着席した。横では、若手、と言っても三十になろうという三枝指導主事がPCに向かって発言を全て打ち込もうという迫力を見せている。


 再び、副校長が発言した。


「なお、この後、保護者会を控えておりますので、正規の勤務時間であります17時を超える服務が予想されますが、一連の服務につきまして、重大性をかんがみ、市教委の担当者と相談の上、給特法の限定四項目のうち、4に定める「非常災害等やむを得ない場合に必要な業務」といたします。突然ではございますが、どうしてもご家庭のご都合が付かない場合は、ご配慮いたしますのでお申し出ください。よろしいでしょうか?」


 要するに、正規の残業ってことにするから、ちゃんと残って仕事しろよ、である。


 しかし、よろしいでしょうかも何も、こんなに張りつめた空気で「私、正規の時間で帰ります」と簡単に言えるわけがない。それでも、保育園の都合があるのだろう。若手の女性教員がおずおずと手を挙げた。音楽科の小山教諭だ。


 副校長は一つ頷いてから、校長と目を合わせた。


 小声で「よろしいですね?」と「はい。OKです」というやりとりの後「それでは小山先生以外は、よろしいですね? はい。では、先生方よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げてから隣に話を振った。


「では、生活指導部主任の斉田さいだ先生から、ご説明をお願いします」


 中年の男性英語教師である斉田が立ち上がって、手元のメモを見ながら説明を始めた。あらかじめ内容はレジメになっている。三枝指導主事の手は画面を指さして確認するに止まっている。


 斉田は「レジメを改めて読み上げることはいたしません。だいたいの先生方は、もうお読みいただいたようですね」と話をはしょった。


「本件につきまして、こちらにあるような概要であると判明いたしました。もちろん、斎藤、青木、関田、松下の4名からは事情聴取ができておりませんので細部には違う点もあると思われますが、ポイントについては、管理職と話した結果、これで間違いないであろうと判断しております。1~4について話したいと思います」


 パワーポイントを使って投影されている4行を斉田は指さした。


1 直接的イジメ

2 SNSによるなりすまし行為

3 「ウソ告」問題

4 体育倉庫における不祥事


「今回の問題は、本日起きた体育倉庫での不祥事だけに見えますが、その背景となる事象を踏まえないと意味が不明になります。よって、1~3の順番はさておきまして、これらを踏まえた説明をするべきであろうと。さもないと保護者にご納得いただけないと思います」


 チラリと小仏教諭の方を気にする。無表情だ。


『どうやら爆弾発言は無さそうだな』


 3年前に、ボイスレコーダーを使って校長を退職させたのは、すでに「伝説」となっている。会議の前にも、校長から「くれぐれも」と念を押されていた。


 もちろん、斉田も、比較的仲の良い大島を使って「穏便に」とお願いはしてある。油断はできないにしても、どうやら戦闘モードではないらしい。良かった。


『ともかく、前に、説明を終わらせないとな』


 副校長と目線を合わせて、斉田は頷いた。これで上手く行くと思えたのだろう。口調が自然と速まった。


「まず、石田の教科書やカバン、体育着、上履きが紛失することが度々あったとの申し出があったということです。本人の推測によれば斎藤達のグループであろうと言っております。これにつきましては、担任に度々訴えていたと証言にありますが、大島先生が聞き取る度に確認を複数名でしております。最初は橋本先生とともに確認したところ、事実がなかったと言うことです。はい。事実は確認できなかったのです」


 大島は額の汗を手の甲で拭いながら、何度も頷いている。


「次のSNSのというのも、資料の2枚目にあります通り、一連の石田に対するイジメと同じ背景を持っております。斎藤、青木の好きな女の子が、その根本にあるとのこと。そして3枚目に出て参ります…… 生徒達の言う『ウソ告』に関しましては、最初の数名、すなわち野中、松井、鈴木、高橋、あ、えっと、すべて3-1ですが、彼女達は斎藤達に騙された、あるいは脅されたという証言が出ています。ただし、野中はどちらかというと松井に引っ張られた可能性はありますが、そちらの詳細については、いったん置きます。ともかく、それ以後は、クラスのグループRINEで石田になりすました、おそらく斎藤による『ウソ告したいヤツはオレんとこに来い』という発言で、女子が次々とウソ告を始めたということのようです」


 一気にそこまで喋った斉田は「ご質問は?」と言葉を切った。

 

「確認したいのですが」

「どうぞ、小仏先生」


 副校長が、目を見開いている。


「さきほど、最初は橋本先生と確認され、事実はなかったとのことですが、2回目以後も教科書などの紛失は確認されなかったのですか? 私も3学年の副担任をしておりますが、それについて学年会で話題になったことはなく、それにまつわる連絡も受けたことがなかったので、確認なのですが」


 一つ、息を吸った斉田はチラッと指導主事を見てから「訴えがあったのは都合6回。保健の教科書、ジャージ上下が2回、筆箱、数学の問題集、社会のワーク、上履き、体育館履き3回、通学用のカバンが紛失していました」


 そこで小仏先生が何かを言おうと口を開き駆けた瞬間、斉田は早口でかぶせた。


「そ、それはですね! すぐに発見できたんです。ロッカーの上とか、教卓の中とか。悪質性が低いと見なして、大島先生のご意見を伺って、様子を見ることにしたんです」


 焦るのはワケがある。


 通常、イジメにつながるような行動が見られた場合、直ちに学年会で情報が共有化されることになっている。しかし、学年会にも、まして職員会議でも、この件は報告されていないのである。


 イジメが共有化されてないという事実は、通常でも処分対象となりうる。まして、今回は「誰かが処分される」のが前提なのだ。


 この件は生活指導部長としては重大な失態となり得るのが明らかだ。


 しかし、斉田の言い分では、まるで「担任がもみ消しを図った」ようにも聞こえてしまう。


「ええええ! そんな、斉田先生!」


 大島は悲鳴を上げるように声を出すと手を挙げた。ちらりと指導主事を見てから、渋々、副校長が大島を指名する。


「私は報告しようと何度も言いましたよね? でも、斉田先生が『今は大事な時期だ。推薦の決まった生徒もいる。管理職には私から報告しておくので黙っているように』って、その度に言われたんですけど。校長先生、ご存じですよね?」


 校長は、まるで現実を拒否するように顔を振りながら発言した。


「わ、私は、報告を受けてないぞ。斉田先生、それは本当ですか?」


「い、いえ、あのぉ、それはですね。えっと後ほどご報告を入れようとして、つい、後回しに」

 

 チラチラと指導主事の方を見ながら、斉田は、しどろもどろだ。


「斉田先生、副校長には報告したって何度も仰いましたよね?」


 大島は、斉田への追及を緩めない。


「えええ? 私は聞いてませんよ。斉田先生、いつ、私に言いましたか?」


 盛んに、斉田に目配せをしている。空気を読め、辞めさせろと訴えているが、大島には通じない。


「えええ! 副校長、それはないでしょ! さっきだって『この後の会議は外部の人もいるし、イジメの件を校長は知らなかったことにしておけ』って『さもないと、処分されるぞ』って言ったじゃないですか。斉田先生からは『校長にも相談した結果、抑えておけって指示が来た』って言われましたよ? あれはホントに校長からの指示じゃなかったんですか!」


 ちらっと、永田統括指導主事は校長の方をうかがう目線を送る。校長は明らかに取り乱していた。


 その驚愕の表情が全てなのだと全教員がため息をついた。


 この事件の大元は、要するに受験期に波風を立てたくないという校長によるイジメの隠蔽いんぺい、それが全てだったのだ。


「斉田君、生活指導部の中で、何か行き違いがあったようだね。その件は後ほど、聞くので、会議を進めたまえ」


 副校長は、全てを生活指導主任である斉田に被せようとしているのが明らかだ。


「それじゃ、話が違うでしょ!」


 斉田はバンっと机を叩いて立ち上がると、副校長に詰め寄ろうとする気配を見せる。慌てて橋本達ベテラン勢が止めに入った。


 「殿中でござる」だ。


 その日の会議は、保護者がぎっしりと詰めかけてきたギリギリまで行われたのである。


 マスコミにまで取り上げられた「事件」によって、校長は定年まで2年を残しながら、退職願を出すことになったのである。


 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より


 この会議の詳細を最後まで書こうとすると1万字以上必要になっちゃいそうなんで

尻切れトンボでごめんなさい。


 結果的に、ウソ告をした女子は全員反省文指導。放送室を占拠した3名には、担任による指導。警察に確保されている4名については、出席扱いの上(文科省の通達です)、進学先が決まっている者については、校長が自ら高校までお詫びに行き、合格辞退をする。4名のウチ、登校できるようになり次第、別室指導ということになりました。ただし、鑑別所から出て、審判を受けた頃には、既に「中学を卒業」したあとになっています。


※これだけだと、消化不良ですよね。

 コロッケが出てくる外伝をお昼に公開いたします。

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