第26話 みっちゃん
紺野つばさちゃんがやって来た。
彼女は、なんで我が家を知ってたんだろう?
しっとりした、リブ編みの白ロンTにグレーのワンピはバストの位置で吊られてる。同色の細いリボンがウエストの細さを強調してる。
わざと抑えた色調でまとめたコーデは、大人っぽさと女の子っぽさがバランス良く出てる感じだ。
制服の時は気付かなかったけど、すげー大きいんだね。
山形の見る目は正しかったか。でも、お前の眼力をソンケーしないからね!
「こんにちは。お久しぶりです」
いや、昨日学校で会ったばっかりじゃん。まあ、一言も口を利いてないけどさ。
「ど、どうも、あ、えっと、あの?」
「ふふふ。今日は未玖ちゃん、いないの?」
「模試を受けに行ってる…… え? なんで未玖のことを知ってるの?」
「ま、いーから、いーから。おっじゃましまーす」
紺野さんは、ふわりとした良い匂いの空気をまとわせて勝手に上がり込んできたんだ。
引き留めようにも、やっぱり女の子の身体に触れるのはためらっちゃうじゃん?
かくして、ベッドに座るオレの目の前に、転校生の紺野さんが両手を腰に当てて立
っているわけだ。
前髪を下ろして目が隠れているせいで表情が読めない。座った位置から見上げると、頬から口元にかけてシャープな線を持っていて、顔立ちがムチャクチャ整っているのはわかる。
ひな・みずコンビのおかげで美人への耐性ができてるから、なんとかなったけどさ。ちょっと前までのオレなら、ダッシュで家から逃げ出してると思うよ。
それほどに「謎めかした美少女との二人きり」のパワーはすごかった。
ビビってるつもりはないんだけど、こんなに近くに立ち塞がられると、さすがにドキドキだ。
「えっと、君に謝られる覚えはないんだけど」
紺野さんはウソ告をしてこなかった数少ない女子だから「ごめんなさい」じゃないはずだ。
「そうですね。私、何も悪いことしていませんから」
じゃあ、なんで、わざわざ日曜日のオレの家にいきなりやってきたのか、誰か解説してくれ。
知恵袋あたりにでも質問するか?
《同級生で、転校生の美人(らしき)女の子が部屋に来たんですけど、理由はなんだと思いますか?》
あー これ、絶対、釣り以外には見えないよなぁ。せめて未玖がいてくれれば……
誰もいない家に、美少女と二人っきりのシチュは、普通の男なら喜ぶのかな?
でも、相手の目的が不明では、テンションをあげようがない。
「これだけ近くなのに、ホントに、わからないんですか?」
いや、正直「何を分かれと言いたいのか」ってことすらわからない。なのに、見る見るうちに、美少女の機嫌が悪くなっていく、この理不尽。
誰かなんとかしてくれ!
「ごめん。オレ、ニブイらしいんだ」
「ほ~んとニブイですよね。わかりました。それなら、むしろ謝ってもらうのは私です。みっちゃん、私に謝ってください」
「いや、いきなり謝ってくれって言われても。しかも、みっちゃん呼びとか。そんなので呼ばれたなんて、小学校1年生の時くらいだよ」
幼馴染みの乃々佳はみっきーって呼んでたしな。
「あ、そうなんですか♡」
ん? 今、セリフの最後にハートマークが出てた気がするんだけど。
「みっちゃんは、今までなんて呼ばれてたんですか?」
「えっと、だいたいは石田君だよ? あとは親しいヤツがイッシー、ま、あんまり親しいヤツはいないけど。それと、こーき、こーちゃん、あたりかな? オレの名前って、光に樹木の
「そこ詳しく」
いきなり、屈み込んできた紺野さんに胸ぐらを掴まれた。
良い匂いがする。
大島先生に掴まれたときとは違って、当たっている手が柔らかくって、柑橘系の甘い匂いの空気がふわっと漂ってくるんだもん。
全然違う「胸ぐらを掴まれた」だよねって、わっバストまでのワンピースの下は、眼福モノの物体が揺れてる。
ダメだ、見ちゃダメだ、見ちゃダメだ、見ちゃダメだ。
「そのくらいは見て良いですよ」
「え? 良いの? っていうか、視線がバレてる!」
「そんなの、どーでも良いから。ほら、教えて、そこを詳しくってば」
「え~っと、ミツキって読み方をするあだ名のこと?」
「そう。ちゃんと教えて」
「それは、その、木山さんって女の子がいて、その子はみっきーって。後は……」
「後は?」
「えっと、あの、教えるのはぜんぜん良いんだけど、それを聞いてどうするの?」
いきなり、紺野さんは ぷく~っと膨れたんだ。
「いけずぅ」
「いや、いけずって、あのぉ」
前髪で目が隠れちゃってるけど、確かに、この感じは、すごく可愛い子だよ。
ドキドキしてしまう。
あ、みず・ひなちゃん。これは浮気じゃないからね! ドキドキしちゃうのは男の子サガなんだ!
「ほら、もう一つは? あ、それとも思い出せないの?」
「思い出せるって言うか、忘れるようなことでもないよ。でも、えっと、あんまり言いたくないんだよなぁ。その呼び方をした子のことがちょっと、あってさ」
「それって、悪い思い出なの?」
「ううん、逆だよ。オレにとっては、これ以上ないほどに最高の思い出の子なんだ。だから、かえって人に話したこともないんだ」
「♡ね♡ あえて、お願いしたいの。教えて? あ、そうだ、みっちゃんの最高の思い出だもんね。タダとは言わないわ」
「えっと、それは?」
「ちゃんと教えてくれたら、これ、あげる♡ あ、私は初めてだから安心して?」
ええええ!
だって、紺野さんが「これ」って言った時、唇を押さえていたんだよ? まさかキス? いや、まさかだよね。
「ね、お、ね、が、い。みっちゃん、教えて。私のファーストキスくらい、あげちゃうからぁ」
「えっと、あの、き、キスくらいって、あの…… 話すのは別に良いんだけど、えっと、君にとっては面白くないかも」
「ううん、そんなことない。教えて? ね、なんて呼ばれてたの?」
「えっと、君が今呼んだみたいに『みっちゃん』って呼ばれてたんだ。その子は近所の同い年の子でさ」
「うん、うん」
スルッと、隣に座り込んで、腕ごと抱きかかえるようにしてくっついてきた。
「あの、えっと、話すけど、あの~ なんか、当たってるんですけど」
ヤバい。この感触。
ぜったい、みずほと同じくらい…… いや、もう二回りはあるよ。
「いいの。これはワザと当ててるんだから。ほら、そんなことに気を取られてないで、ちゃんと教えて」
ギュッとしがみつかれているオレはベッドに並んで座りながら、幼い頃のことを思いだしていたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
もう、読者の皆さまは、お気付きですよね。
「幼い頃の呼び方って大切な思い出だよね」
という意味で、本話と27話は
25話が伏線になってます。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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