第66話 巫女服ですよ、幼馴染さん
「そういえば、用があって秋葉原に来たんだったな」
「ぐすっ、当たり前じゃん。もしかして、駅で私をいじめて帰るつもりだったの?」
「……」
「三月のばかぁ」
駅前で七瀬の恥じらう姿を見た後、俺たちは本来の目的であるアニメショップに向かった。
今日は七瀬が好きな女児向けアニメであるポニキュアのキャラソン発売日ということで、わざわざアキバまで出向いたのだった。
駅前で恥ずかしい思いをしたせいか、七瀬はしばらく涙の引かない瞳のまま秋葉原の道を歩いていた。
道中、俺に向けられていた非難するような目は、純情な女の子を泣かしたのが俺だと勘違いしたものだろう。
いや、勘違いではないのか?
そして、七瀬はアニメショップに着いて目的のキャラソンを見つけ、ようやく機嫌を取り戻したようだった。
「あ、あった。やった」
「別に、秋葉原まで来ないでも買えたんじゃないか? それこそ、有名なCDショップとか他にもあるだろ」
七瀬の家は特に秋葉原に近いという訳ではない。それだけに、もっと近くにある有名なCDショップで買ってしまった方が安上がりのような気がするのだが。
そんな俺の言葉を受けて、七瀬は眉をひそめてムッとしたようだった。
「やだよ。だって、あそこの店員さんって、Jロック以外音楽って認めてないような人ばっかでしょ」
「いや、さすがにそんなことはないと思うけど」
「あとは、私がポニキュアのCD買ってると浮きそうだし」
「今の服装だったら、そんなに目立たないだろ」
「み、三月と会う日以外にこんな格好しないから」
七瀬はそう言うと、静かに頬の熱を上げたようだった。視線をCDから外さないのは恥じらいのためなのか、念願の物を手に入れられるからなのかは分からない。
「それに、特典付くしね!」
「結局、そこなのか」
七瀬は屈託の内笑みを浮かべて、レジの方に向かって行った。そんな後ろ姿を見ながら、俺は七瀬が戻ってくるのを待って、アニメショップを出たのだった。
「三月はどこか行きたいところないの?」
俺の袖を掴みながら、七瀬はこちらの様子を窺うように視線を向けてきた。秋葉原の街をとりあえずぶらぶらしているのだが、そろそろ目的地を決めておきたいものだ。
「俺か、俺は別にないかな。でも、せっかく秋葉原まで来てこのまま帰るのはもったいない気がする」
「私の買い物付き合ってくれたし、今度は私が付き合うよ」
「うーん。ん?」
「三月? あ、ここが気になるの?」
少し奥まった道に入った所に、何やら気になる文字が書かれていた。
『巫女喫茶』。おそらく、文字通り巫女さんが接客してくれるメイド喫茶のような物なのだろう。
「へー、巫女さんかぁ。秋葉原らしいし、三月が興味あるなら入ってみーー」
「興味ある。入ろう」
「え、あ、うん。……随分食い気味じゃん」
少しだけ食い気味の俺の反応に引いた様子の七瀬だったが、どうやら七瀬も気になるようだったらしく、俺達はその巫女喫茶に入ることになったのだった。
俺が惹かれたのは『巫女喫茶』という看板ではなかった。その横にあるのぼりの方に書かれてある文字だったのだが、七瀬はそんな俺の視線に気づいていないようだった。
「「お待ちしておりました」」
入店すると、巫女服を着た女の子が俺たちの元にやって来た。本格的な衣装ではなく、コスプレ向けのミニスカート仕様の巫女服。しかし、白色ニーソと合わさることで、ただの安物のコスプレとは一線を引く服装となっていた。
「か、かわいい」
そんな言葉を七瀬が漏らしてしまうくらいには、女子から見ても可愛い服装だったようだ。
「……」
俺はその七瀬の漏れ出た言葉を聞き流すようなふりをして、店員さんに連れられて席に座った。
「初めて入ったけど、結構凄いお店なんだね」
「確かに、これだけ巫女さんが勢ぞろいするのも凄いな」
店内にはそれほど広くないお店の中に、巫女さんがファミレスのバイト並みにいた。そして、お盆を片手に料理を運んでいるという中々シュールな光景が広がっていた。
「七瀬さんは何を頼む?」
「うーん、外暑いし冷たい飲み物が飲めればいいかな」
「そうか……じゃあ、俺が勝手に決めてもいいか?」
「え、いいけど。三月って、この店の常連だったりする?」
「いや、初めてだけど。ここ来たら頼みたい物があったんだ」
「そうなの? それじゃあ、三月に任せようかな」
「よっし、二言は許さないからな」
「え?」
俺は七瀬さんに了解を取ると、店員さんを呼んで注文を取りに来てもらった。
「えーと、アイス抹茶を二つお願いします。あと、この『巫女さん体験~あなた様にお仕えします~』を一つお願いします」
「承りました。アイス抹茶をお二つと、『巫女さん体験~あなた様にお仕えします~』をお一つですね」
「え、み、三月?」
俺と店員さんが普通の注文をするようなやり取りをしていると、七瀬が慌てたような視線をこちらに向けてきた。それは、何かをこちらに訴えかけているようだった。
……。
「はい。それでお願いします」
「それでは、少々お待ちくださいませ。では、お仕えする方はこちらに」
「み、三月?」
店員さんからの笑顔を向けられて、七瀬は助けて欲しそうな目をこちらに向けてきた。こんなことは聞いていない、とでも言いたげな目をしている。
……。
「ほら、店員さんを困らせたらダメだろ。行ってきなさい」
「み、三月? 三月ぃ」
七瀬は瞳を潤ませながら、俺に助けを呼ぶような声を残して引きずられていったのだった。
……やったぜ。
「あの、お連れ様がお呼びなのですが」
「はい? 俺ですか?」
『巫女さん体験~あなた様にお仕えします~』を注文したからしばらく経って、俺は注文を取りに来てくれた店員さんに呼ばれた。
どうやら、着替えを終えたはいいが一人では出ていけないとごねているらしい。俺を呼んできて欲しいと七瀬から言伝を預かったらしく、俺は七瀬がいる更衣室に向かった。
更衣室は店の奥にあった試着室のようなところだった。そこのカーテンが開けられており、そこから七瀬の声のような物が聞こえてきた。
俺がそこにひょこっと顔をのぞかせると、ぺたんと女の子座りをしていた七瀬と目が合った。
「ぐすっ、……三月ぃ」
七瀬は白を基調とした巫女服に袖を通して、朱色のミニスカートを履いた状態でそこにいた。細すぎないで程よく弾力がありそうな脚は白ニーソに包まれ、絶対領域を形成していた。
清純で清楚な印象を受ける服装をしながらも、羞恥心に呑まれて顔を真っ赤に染めて涙を浮かべている七瀬は、人々の嗜虐心を煽る存在と化していた。
この光景は後世に残す必要がある。そう感じた俺は流れるようにスマホを取り出すと、七瀬に向けてシャッターを切った。
「おま、可愛過ぎんだろ。え、その可愛さは大丈夫な奴なの? 俺を殺す気なの?」
「や、やめてよぉ。撮らないでよぉ」
「いや、それは無理だわ。うん、無理だわ」
俺が鼻息を荒くしながら撮影をしていると、俺の隣にいた店員さんから、まるで変態にでも向けるような視線を向けられていたことに気がついた。本来はこのまま永遠にスマホを七瀬に向けていたいのだが、そうもいかない。
踏みとどまることができたのも、このサービスがただのコスプレをするだけではないことを思い出したからだ。
「そうだ、確か七瀬さんが頼んだメニューを席まで持ってきてくれるんだよな? で、ですよね?」
「はい。いちおう、注文されたメニューを持っていくサービスですけど」
俺に視線を向けられた店員さんは、すぐにこちらから逃げるように視線を逸らしたようだった。
なぜそんな態度を取られるのか分からないが、今はそんなこと気にいしている場合ではない。
このサービスは、コスプレをしたまま客が自分の席まで注文した物を届けることができるサービスなのだ。
つまり、文字通りご奉仕をしてもらうことができるサービスなのである。
「七瀬さん! やろう、やってしまおう!」
「無理無理。絶対にできないぃ」
しかし、七瀬は中々立ち上がろうとはしなかった。
俺がどうにか手を引っ張ろうとしても、目をぐるぐるとさせながら首を横に振るばかり。このままでは、どうすることもできない。
いや、七瀬の目がぐるぐるなら、頑張ればいけるか? おそらく、こうなってしまった七瀬は物事を考えられないはずだ。
俺は少し考える素振りを見せると、名案を思いついたように言葉を続けた。
「普通に考えてみて欲しい。外には巫女服を着た人がたくさんいるんだぞ? 逆に、普通の服を着ている方が目立つだろ?」
「そ、そうなの?」
そんなわけはない。それでも、今の七瀬の頭はキャパを超える羞恥の感情に当てられて、まともに頭が働いていない。多少強引でも、それっぽく話せば何とかなるはずだ。
「ああ、そうなんだよ。でも、巫女服を着ていればどうだろうか? 目立つことはないんだ。むしろ、その方が周りからの視線も集まらないぞ?」
「ほ、本当に?」
「本当本当。これ、マジな話な」
俺は七瀬の両手に肩を置き、心配をしているような顔で七瀬に言葉を続けた。
「ほら、七瀬さんずっと周りの視線気にしてたじゃん? 俺なりに気遣いなんよ。これを着て出てくれば、絶対に視線集めたりしないって。な? 頑張れそう?」
「うぅ、分かったぁ。私、頑張るぅ」
「よっし。それじゃあ、俺はあっちで待ってるからな?」
「う、うん」
俺は言葉巧みに七瀬のやる気に火をつけることに成功すると、その場を後にしたのだった。
俺の隣にいた店員さんの目が凄いことになっていた気がしたが、きっと気のせいだろう。俺はただ七瀬を勇気づけただけだ。変態産などではないのだから。
こうして、七瀬を落ち着かせて数分後。お盆にアイス抹茶を載せた七瀬が店内に現れた。お盆を持ち慣れてないのか、不安げな瞳をしており、両手で慎重にお盆を持っている。
俺の前まで来て安心したのか、微かに表情がゆるんだようだった。そして、七瀬はお盆をそのまま机の上に置いて言葉を続けた。
「こ、こちらアイス抹茶になります」
「あと、注文した物がもう一つあるんですけど」
「うぅ、『巫女さん体験~あなた様にお仕えします~』をーーを?」
そこまで言葉にして、七瀬は何かに気がついたように視線を周りへと向けた。
可愛い女の子が可愛い衣服を着ている。注目を集めないはずがないのだ。
先程の駅前よりは少ない視線ではあるが、先程よりも熱量のある視線。七瀬を純粋に可愛いと思って向けられている視線だった。
そんな視線が注がれていることに気がついたようで、ぱちくりと瞬きを数度して状況を冷静に分析しようとしていた。
「あ、ばれたか」
俺は七瀬がこちらに来たときから回していた動画を止めると、何事もなかったかのようにアイス抹茶を口にした。
「へ? み、三月。みんなが私を見てる?」
「見てる見てる。そりゃあ、巫女コスプレ姿で店内に現れれば、注目されるだろ」
「あっ。~~~っ!」
七瀬は俺の返答を受けて、先程までの俺の言葉が嘘だったことに気がついたらしい。
この喫茶店は巫女服を着た可愛い女の子を見に来る場所なのだ。当然、私服でいた方が目立たないし、巫女服を着ていれば目立つ。
それに今さら気がついたのか、七瀬は先程までの熱を再発させたように、顔を赤く染め上げた。
そして、七瀬は少しでも視線から逃れようとしたのか、両手で顔を覆うようにして隠した。
「うぅ、大勢の人の前で辱められた後は、巫女服着せて私をいじめるんだぁ」
「……ちょ、ちょっと、七瀬さん?」
「前はメイド服着せられたりもしたし、その時も店員さんの前で恥ずかしいことさせたしぃ」
「な、七瀬さん?」
俺は余裕をこいて椅子にふんぞり返っていたのだが、何やら急に空気が変わった気がした。
七瀬に向けられていた真っすぐな可愛いという視線は、方向を俺の方に変えたようだった。そして、その目には鬼畜彼氏を非難するような目の色をしていた。
そしてなにより、奥の方で巫女服を着た店員さん同士の内緒話が気になった。やばい、急に俺に向けられている視線が客に対する物ではなくなった気がする。
俺はこれ以上、巫女服姿の七瀬をここに置いておくのは危険だと思い、七瀬の腕を掴んで先程の更衣室に向かうことにした。
「ちょっと、行くぞ七瀬さん。えっと、少しだけさっきの部屋借りてもいいですか?」
俺が先程注文を取ってくれた店員さんに確認を取ると、店員さんはまたしてもぱっと俺から視線を逸らした。
「大丈夫ですけど……汚さないでくださいね」
「よ、汚しませんよ!」
俺は店員さんの誤解を解くことを諦めて、七瀬を連れて更衣室に向かったのだった。
今回は俺が悪いのだろうか? いや、俺を止めようとしなかった思春期にも問題があると思う。うん、今日は俺達が悪いということで、どうだろうか? なぁ、思春期よ。
俺は涙目でぺたんと座り込んでいた巫女服姿の七瀬の姿を脳内に保存させながら、一刻も早くこの店を出ることを決めたのだった。
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