第65話 駅前集合、幼馴染さん

 とある週末。俺は七瀬に呼ばれて秋葉原の駅前に来ていた。


 週末の秋葉原はやはり人が多かった。それでもしっかりと集合時間と目印を決めていれば、合流できないということはない。


 だから、合流できない場合はどちらかが合流する気がない可能性を考えなくてはならない。


 例えば、俺のように遠くからバレないように観察をしている場合だってある。


 今日の七瀬はチェック柄の緑のミニスカートに、フリルを拵えてある半袖のブラウス姿だった。靴下はすべすべしていそうな素材の白色をしていた。


本日も二次元寄りの服装であるのに、良く似合っている。普通の人が着たら、少し痛いくらいの服を着こなす七瀬は本当にすごいと思う。


「っ、~~っ」


「……」


「~~っ、」


「……」


「~~っ。あっ」


 七瀬は俺を見つけようとキョロキョロとしていた。まだ集合時間には早いのだが、七瀬は集合場所に着くなり俺を見つけようとしていた。それを知っている俺は、七瀬が来るよりも先に着て、こうして隠れていたわけだが。


七瀬は不安そうに辺りを見渡し、周囲の視線から隠れようとおどおどしたりと表情を忙しなく変えていた。その表情が可愛らしく、俺はしばらく放置して身を潜めていたのだが、とうとう見つかってしまったようだった。


「み、三月っ。な、なんでこんな所にいるの? 集合場所、あっちでしょ?」


 七瀬は俺が故意的に隠れていたと思っているのか、不満げな表情でこちらに近づいてきた。そして、手が届く距離まで近づくと、俺の袖をぐいっと引き寄せた。


「い、色んな人が『似合ってない服着てんな~~』って、視線向けられるから、隠れさせてっ」


 七瀬はそう言うと、俺を壁にするようにして、通行人から向けられていた視線から逃れようとしていた。


「安心して大丈夫だ。みんな『二次元から出てきたみたい、可愛い』って思って見てるんだぞ」


「そ、そんなこと言っても騙されないから」


 七瀬は恥ずかしがるように顔を赤くすると、こちらから視線を外してそんな言葉を返してきた。


 七瀬は普段はクール系美少女として学校生活を送っている。自分にはかっこいい所を求められていると思っている節があり、可愛い系の服を着たいのに、着ても似合わないと思っている節があるのだ。


 俺も七瀬のためを思って、色々と手は打っているのだが、中々七瀬の認識が変わらないのだ。


今日だって、七瀬にお願いをして可愛い服を着てきてもらったのだ。七瀬には自分が好きな服を好きなように着れるようになって欲しい。そんなことを切に願っているのだ。


そう、七瀬のためを思って着てきてもらったのだ。七瀬のためを思って。


それでも、中々自分の可愛さを認めようとしない。どうしたらいいものか。


「可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い」


「わ、なに? どうしたの急に?」


「あれ、みんながこっちを見ようとしないな。もっと大きな声で言うべきか」


 以前成功した『七瀬さんに視線を集めるの術』。それをやって、七瀬に自信を付けてもらおうとしたのだが、どうやら俺の声が小さかったらしく、少しの人しかこちらを見てくれない。


「え? や、やめて!」


 俺が息を大きく吸い上げて、声量を上げようとすると、七瀬がそれを止めようと俺の袖を強く引いた。


 強引に体勢を崩されたので何事かと思って七瀬の方に視線を向けると、七瀬はすでに顔を真っ赤にさせていた。


 以前、人の視線を一気に浴びたことを思い出したのだろう。まだ何も起こっていないのに、七瀬は羞恥の感情に呑まれたように瞳を濡らしていた。


「あれは恥ずかしいよ、三月ぃ」


 潤った瞳で俺に懇願する七瀬。そんな姿を見せられて、嗜虐心が顔をのぞかせたようだった。しかし、周囲の視線がこちらに集められているのに気がついて、俺は小さな笑みを浮かべるだけにしておいた。


「どうやら、俺がするまでもなかったみたいだな」


「え? どういうーーえ? なんかこっち見てる視線が多い気がするんだけど」


「当たり前だ。二次元みたいに可愛い女の子が、駅前で男に懇願している姿。注目を集めるに決まってるだろ? みんなそんな可愛い七瀬さんを少しでもみたいのさ」


「え、なーー」


 七瀬は俺の言葉を聞いてようやく理解したのか、一気に羞恥の感情に呑まれたように顔を赤くした。潤んでいた瞳には涙が溜められ、少しでもそんな視線から逃れようとしたのか、体を小さくして俺の袖を強く握りしめた。


「やめ、み、見ないでぇ」


 極度に恥ずかしがって顔を伏せてしまった七瀬。そんな必要以上のリアクションは、周囲に誤解しか生まない。


 今の七瀬の様子は、野外でえっちなことをされて、人に見られながら達してしまう寸前の少女のようだった。


 ……。


「さすがに大衆の前でその顔はダメだよ、七瀬さん。えっち過ぎる」


「~~っ!」


 俺の言葉を受けてもただ顔の温度を上げるだけの七瀬を前に、俺はどうすることもできなかった。


 なので、思春期と肩を組んでそんな七瀬の表情を堪能することにしたのだった。


 だって、そうだろう。いつもは学校で澄ました顔をしている水瀬の次に人気のある女の子。そんな子が目の前でえっちな顔をしていたら、やることは一つしかない。


 俺はそんな七瀬の表情を記録するように、思春期と共にじいっと覗き込んでいた。


「み、見ないでぇ、三月ぃ」


 じわっと零れそうなくらいに溜まった涙と、羞恥心に呑まれたように真っ赤な顔。こちらに視線を合わせることさえも恥じるような視線に、上ずったような言葉。


 俺と思春期はそんな七瀬の姿を見て、片手でハイタッチを交わしたのだった。


 俺と七瀬と思春期の休日が幕を開けた。

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