第60話 脇の魅力、彼女さん

とある週末。俺は家事を教えるために水瀬の家に来ていた。


 いつも通り家事を教えて、一緒に昼ご飯を食べてのどかな休日を過ごしていたのだった。


 ……あれ、今日はないも起きないな。


 今日の水瀬はゆったりとしたシルエットの白色のノースリーブに、ジーンズ生地のショートパンツ。黒色のくるぶしソックスという夏らしい服装をしていた。


 いつも水瀬の家に来ると、えっちな子である水瀬が何かしらのことを起こすのだが、今日は特に何も起こそうとしない。


 一体、どういうことだろうか。


 不思議と何も起こらないと何か起こしたくなるのが人間の性という物。何か起きないか、何か起こせないかと水瀬を観察してみたが、特に何も起きなそうだった。


 そんなふう諦めて水瀬から視線を外そうとしたところで、水瀬からジトりとした視線を向けられていたことに気がついた。


「お、何かえっちなことでも思いついたか、水瀬さん?」


「な、なんで私がえっちな子みたいに言うかな?」


「水瀬さんはえっちな子だろうに」


「私はえっちじゃないもん。三月君がえっちなんだもん」


 水瀬はそう言うと不満そうに片頬を膨らませて、こちらから視線を逸らした。今のどこに不満なところがあるのだろうか。不思議である。


 俺が首を傾げてきょとんとしていると、水瀬は俺の態度が面白くなかったのか、再びこちらにジトりとした視線を向けてきた。


「えっちなのは三月君の方なの。今だって、私のことえっちな目で見てたし」


「それは……水瀬さんがえっちなのが悪いだろ」


「ひ、否定しなんだ。わ、私ただコーヒー飲んでただけなんだけど」


 水瀬はそう言うと、頬を赤くしてこちらから視線を外した。そして何を勘違いしたのか、必要以上にきゅっと唇を閉じて、口元をコップで隠した。


俺が水瀬の口を見ていやらしいことを考えたとでも思ったのだろう。


水瀬の恥ずかしそうな揺れる瞳が妙に色っぽく、思わず生唾を呑み込んでしまったのは仕方ないことだと思います。


「まぁ、三月君は女の子の脚とか足の裏とか、脇とか見て興奮しちゃうーーあれ?」


「どうした? 今さら自分がえっちなことを自覚したのか?」


「ち、違うから! 私はえっちじゃないから!」


 水瀬は顔の温度を一段と上げながら、強く俺の言葉を否定した。その慌てようから、俺が知らないところで必要以上にえっちになっていないか心配してしまう。


「脇がえっちって、どういうこと?」


「どういうって……言わせる気かよ」


「え、なんで私が三月君にえっちなこと言わせようとしてる風になってるの?」


 水瀬はまるで自分に非がないとでも言いたげな驚いた顔をしていた。


 全く、無自覚なら何を言ってもいいという訳ではないんだからな。今のは完全にセクハラである。


 このご時世的にも非常に良くないと、俺は思うな。


「あれだ、水瀬さんは脇の下を人に見せられるのか?」


「改めて言われると嫌だけど、別に電車でつり革とか持ってると、見られることもあるし」


 確かに、今日会った時からずっと気になっていたが水瀬は今ノースリーブを着ている。そんな姿で人前に出たら、世の男性達が水瀬の脇目当てに集まってきてしまうのではないのだろうか。


 現に、なんとか脇が見れないか奮闘した男が目の前にいるわけで。


「水瀬さんって、人に脇を見せつけるえっちな子だったのか?」


「み、見せつけてはないから! だから、エッチでもないし」


そして、そんな苦労もろくにせずに電車の中で水瀬の脇を見たという男どもに嫉妬も湧いてきてしまう。


 そんなふうに俺が嫉妬を焼いている姿を見てどう思ったのか、水瀬は恥ずかしそうに口元をきゅっと閉じた。


 それから遠慮がちな上目遣いをこちらに向けると、頬を赤らめながら言葉を続けた。


「……み、見たいの?」


「え?」


 そんな驚きながら期待の籠ったような俺の返答。それを聞いて確信したのか、水瀬は恥じらいを隠すように言葉を続けた。


「う、海とか行くと水着だから脇とか隠してないし、普通に電車の中とかで他の人の見えたりもするし、えっちな部位でもないし」


 水瀬は自分の考えを正当化するように言葉を続けながら、ゆっくりと羞恥の感情に呑まれていった。


 真っ赤な顔の温度を耳に伝えて、その温度が瞳に伝わる。潤いを帯びた瞳は自発的な行動ではなく、その行動を強制されたかのように恥ずかしそうに揺れている。


 辱められることを受け入れるしかできない、そんな少女のような表情をしていた。


「それに、愛実に頼まれるよりも……嬉しい、し」


 水瀬は俺が七瀬にえっちなことをお願いしていると勘違いしている節があった。七瀬に頼むなら、少しは自分にもお願いをして欲しいとも言っていた。


 だから、そんな少しの対抗心のような物もあったのかもしれない。


 水瀬は右手で少し隠しながら、ゆっくりと左手を上げてこちらに脇を見せた。


 微かに湿り気を帯びていて、つるりとしていそうな肌感。腕の向きに沿って現れる筋のようなラインが艶めかしく、柔らかさと筋張った硬さを備えたかのような肉感がとても煽情的だった。


「~~っ」


「うわっ、えろ。脇って性器じゃーーいや、アウトだな。今のは、うん」


「え? 性器? わ、脇の下だよね?」


 俺の発言を受けるなり、水瀬は慌てたように腕を下ろして脇をこちらから見えない様にした。まるで捲れたスカートでも直すかのような仕草と表情。


 そんな顔をされると、先程見せられたものがいよいよそれと同等なものに見えてくる。


「忘れてくれ。うん、とてもいい景色でした」


 さすがに言い過ぎたと思った発言を取り消そうとしたが、水瀬は俺の反応がおかしいことに気づいたようだった。


 あ、水瀬の奴スマホ取り出しやがった。


 そして、何かを検索して想像以上のものを見てしまったのだろう。


「~~~~っ!」


 水瀬は頭がぽんと音が出そうなほど顔を赤くした。そして、先程までの自分の行動を思い返して、悶えるように声にならない声を出していた。


「えっと、ちなみに、なんて調べたの?」


 水瀬は俺が目の前にいたことを思い出したのか、その悶絶するような感情を全て俺に乗せて睨むような視線を向けてきた。


 そして、その視線と共にこちらにスマホの画面を向けてきた。


『脇コキ』。その検索結果と、脇に挟んでいる画像が水瀬のスマホには表示されていた。


 水瀬は手元を震わせながら、俺に伸ばした手とは反対の手で自分の脇の下を隠していた。腕を伸ばしたことで少しでも俺に脇が見られることを防いだのだろう。


 おかしいな、さっきまでは俺に見せつけていたはずなのに。


 羞恥の感情に呑まれながら涙の溜まったような瞳で強く睨まれてしまい、俺は気まずそうに視線を逸らしたのだった。


「えっと……なんかすんません」


「……み、三月君が私に脇の下を見せるように要求して、私の脇を舐めるように見ながら、私の脇には、挟んだり、か、かけたりするのを想像して、『脇は性器だから』とか言いながら、私を視姦してくるって、み、みんなにーー」


「その言い方だと俺が水瀬さんを無理やり押さえ込んで脇を見せるように要求してるみたいだし女性の恥ずかしがるところを見て興奮する変態みたいだから誰にも言わないでくださいお願いします何卒!」


 俺はクラスメイトから『脇フェチ』というあだ名で呼ばれないように、水瀬に頭を下げたのだった。


 今回は俺が悪いのだろうか? いや、自主的に見せてきた水瀬が悪いだろう。


 まぁ、その後に『脇は性器だから』みたいな事を言った俺も悪いのか。間を取って、思春期が悪いということで。


 俺は水瀬が恥じらうように脇を見せる映像を脳内ハードディスクに保存しながら、水瀬に深く深く頭を下げたのだった。

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