第59話 カラオケ再び、幼馴染さん
「ふぅ、七瀬さんがえっち過ぎるせいで機動隊がなだれ込んでくるところだったぜ」
「うぅ、三月に辱められた」
「やめろ、誤解を招くようなことを言うのはやめろ」
そんなどこぞのなんとかさんみたいな言い方をしないで頂きたい。思わず、頭を下げそうになってしまうだろうが。
そんなこんなで、俺達は当初の目的であったカラオケに移動していた。
俺達の集まった目的は、女児向けアニメポニキュアのオンリーカラオケをするということ。その秘密裏に俺が『七瀬に自分のことを可愛いと自覚させる計画』が動いていたのだ。
先程、駅前で七瀬の可愛い所を見てもらおうとしたら、なんか知らんが羞恥プレイをしている感じになってしまった。
きっと、七瀬の恥ずかしがる顔に通行人も思春期も胸をドキドキとさせてしまったに違いない。この無意識嗜虐心掻き立てマシーンが、一体何が目的だこの野郎。
そんなことがあったせいか、七瀬はカラオケに入っても恥ずかしそうに顔を赤らめていた。そんな顔で俺が受付をするときに側にいたから、カラオケの店員にも変な目で見られてしまったのだ。
『この二人、絶対カラオケでいやらしいことをする気だ』
そんな確信を持った女性店員に軽く睨まれながら、俺はカラオケの手続きをしたのだった。
その誤解を解くためにも精一杯歌わないとな。声を出してすっきりしよう。ああ、変な意味じゃなくてな。
「ほら、七瀬さんから歌っていいから」
「……」
「分かった。初手からメドレーでもいいから、な?」
「……じゃあ、ポニキュア第四シーズンのメドレーで」
「ブレないのな。まぁ、全然いいんだけど」
少し拗ねたようなジトっとした目をこちらに向けていた七瀬だったが、初手からメドレーを歌ってよいという特権を得て、少し機嫌を取り戻したようだった。
初めは、駅での羞恥プレイを引きずっていたような七瀬だったが、曲が進むにつれて徐々にノリノリになっていった。
メドレーの最後の方に差し掛かると、もう無意識の内に振り付けまでし始めたのだから、可愛いものである。
俺はバレない様に途中からノリノリの七瀬の様子を撮影して、大いに思春期と盛り上がったのだった。
「はぁ。はぁ、ふー、すっきりした!」
「そうか、それは良かった。やっぱり、七瀬さんはポニキュアの歌を歌うのが上手いな!」
「そ、そう? まぁ、やっぱり愛があると気持ちも乗るよね!」
ふふんっとどや顔を添えてそんな事を言う七瀬の顔には、駅前での羞恥プレイを気にする素振りはまるで感じなかった。
これなら、もう少しだけいけるかな?
「やっぱり、ポニキュアの歌だと七瀬さんに勝てる気しないな! 愛の違いを出されると、とてもじゃないが勝てないよ!」
「まぁ、年季が違うからね! いくら三月がカラオケの加点に特化していても、ポニキュアの歌では負ける気しないよ!」
「だよなぁ! それじゃあ、前と同じ条件でカラオケ対決でもするか!」
「いいよ! 絶対に負ける気しないしね! それに、ここは前の店みたいにコスプレとかない店だから、負けても被害少なそうだし!」
「……え、ないの?」
「うわっ、急にテンション落ちてんじゃん三月」
俺の密かに勧めていた七瀬のコスプレ企画第二弾が早くも終わってしまった。嘘だろ、七瀬のコスプレとカラオケはセットだと勝手に勘違いをしていた。
「でも、さ、採点は入ってるぞ? 採点があるのに、コスプレがない店なんてあるのかよ!」
「普通にあるよ。ていうか、なんで三月は採点とコスプレがセットだと思ってんの」
「まじかよ、詐欺じゃんか」
「全然詐欺じゃないよ」
テンションがガタ落ちした俺を見る七瀬の目がいつもよりも冷たい。七瀬にそんな目で見られるのも新鮮で悪くない気分だ。
仕方がない。今回は諦めるか。
まぁ、七瀬と普通にカラオケするのも楽しいし、今回は罰ゲームなしでカラオケを楽しむか。
そう思って、七瀬の方を見てみる。
「な、なに?」
クラスではクール系の美少女。そんな女の子が俺と会うときだけは可愛らしい服を着てきてくれる。まぁ、俺が毎回リクエストしているからなのだけど、それに応えてくれる。
そんな普段とは違う休日に、そんな守りに入った過ごし方をしてもいいのだろうか。
果たして、それで俺は満足できるんだろうか?
そんなふうに悩む俺の背中を、優しくぽんと押してくれる人がいた。
振り返ってみると、そこには思春期が立っていた。
このままでいいのか? そんな熱い思いを俺に訴えかけてきているようだった。
……いいわけ、ないよな!
俺は思春期から強い意志を受け取ると、顔を上げた。その顔には、先程までのような覇気のない顔とはまるで別人。
そうだ、こんな所で諦めるなんて俺らしくないよな。
「確かに、ここにはコスプレがない。それでも、俺が七瀬さんとの勝負に勝つことは変わらない。もちろん、罰ゲームをかけた勝負でだ!」
「へー、三月勝負する前から勝つ気なんだ。私にポニキュアの歌で勝てると思ってるの?」
「ふん、負けたときの言い訳でも用意しておくんだな、七瀬さん」
「その言葉そのまま返してあげる! 私のポニキュア愛は負けないんだからっ!」
そうして、ポニキュアの歌オンリーのカラオケ対決が幕を開けたのだったーー。
勝者、俺。
「嘘でしょ、なんでそんな点数取れるの?!」
「いや、第六シーズンのサブキャラで男キャラいただろ。あの声優さんって歌上手くないから、曲が難しくないんだよ」
俺は選曲と例のカラオケの加点だけを極めた方法によって、七瀬の点数を上回ることに成功した。
七瀬が歌っていたのは、早い曲調のキャラソンだった。どうやら、七瀬のお気に入りの曲らしいが、そんなので勝負に挑もうという方が悪い。
愛だけで勝とうだなんて、そんな少し前の歌のようにはいかんのだよ。
「こ、今度は何するつもりなの?」
七瀬は以前の勝負の負けたときに、コスプレをさせられた記憶が新しいのだろう。胸を両腕で隠すようにしながら、屈辱でも受けるかのように目を細めていた。まだ何も言っていないのに、何を想像したのかその目には涙が浮かんでいる。
や、やめろ。そんな涙目で見て、俺の嗜虐心を煽ってどうするつもりだ。
「なに、簡単なことだよ」
俺はそう言うと、七瀬に罰ゲームにもならない罰ゲームを口にした。その言葉を受けた七瀬は微かに頬を赤らめたようだったが、以前よりも俺の指示に従順に従ってくれたようだった。
……やったぜ。
そして、七瀬は俺の指示通りに罰ゲームを受けてくれた。
なに、以前同様本人が本当に嫌がることはしない約束。そんな紳士淑女条約の下、七瀬は俺の指示した通りの姿で俺の前に現れた。
着替えはいらないのだが、髪を確認するために七瀬はカラオケの個室を出てトイレに向かった。そして、準備ができた七瀬はゆっくりとカラオケの個室を開けて入ってきた。
後ろ手で個室のドアを閉めて、恥ずかしそうに視線は逸らしたまま。
羞恥の感情に呑まれたように真っ赤な顔をして、その瞳はその熱を当てられたように潤んでいて、恥ずかしそうに唇をきゅっと閉じている。
そして、その髪型は……ツーサイドアップだった。
あれだ。ツインテールと同じ結び目なのに、後ろの髪は纏めてないあれだよ。普通のショートボブを維持したまま、結ばれた二つの髪がそのまま垂れてるような髪型だ。
「おまっ、可愛過ぎんだろ」
「~~っ」
そして、普段クール系とかかっこいい系なだけあって、今の七瀬の可愛らしい髪型は可愛らしい服装と相まって、破壊力のあるギャップを生み出していた。
「いやいや、本当に二次元から出てきたのかと思ったぞ。おま、大丈夫かその可愛さ!」
「うぅ、三月が私をいじってくるぅ。どうせ似合ってないよ。あ、ちょっ、写真はやめてぇ!」
「いや、写真をやめるのは無理だろ」
「うぅ、やめてよぉ、撮らないでよぉ。連写しないでよぉ」
俺が流れるように写真撮影を始めると、七瀬はその場にぺたんと座り込んでしまった。女の子座りで今にも泣きそうな目をこちらに向けてくる。
なんか分からん形容しがたい感情が満たされていく中、俺は本来の罰ゲームが別にあったことを思い出した。
「ほら、七瀬さん。そこに座ってくれ」
「そ、そっちに座るの? なんでぇ?」
「ああ、この位置の方が店員さんに良く見えるだろ。忘れたわけじゃないだろ、罰ゲームの続きだ」
「ほ、本当にやるの?」
「当たり前だ」
七瀬は渋りながらも、俺の指示通りにソファーに腰かけた。ちょうどドアを開けた店員さんと目が合う位置。
俺が七瀬にお願いした罰ゲームはツーサイドアップをすること。それと、その姿で店員さんから食べ物を受け取ることだ。
可愛い格好をした七瀬を店員さんに見てもらって、店員さんから可愛いという視線をダイレクトで貰う。そうすることで、七瀬は自分には可愛い格好が似合うということを自覚するはずだ。
決して、可愛い服装で可愛い髪型をした七瀬が恥じらう様子を見たいわけではない。
決して、そうなのである。
興奮状態で鼻息を荒くさせる俺と、羞恥の感情に完全に呑まれた七瀬は気づかなかった。七瀬のポケットに入れたスマホのバイブが鳴っていることに。
「お待たせしました、ポテトになりまーー」
女性の店員さんはそんな七瀬の姿を見て、固まった。
どうやら、可愛らしい七瀬の姿を直撃して脳の処理が追いつかなくなったのだろう。心中お察しします。
そんな店員さんの心情など知る由もなく、七瀬は恥ずかしそうに立ち上がるとポテトを受け取ろうと店員さんの前まで行った。
「あ、ありがとうございます」
ポテトを受け取ろうとした七瀬だったが、どうやら店員さんは七瀬から目が離せなくなるくらい魅入っていたようだった。
七瀬が目の前に来たというのに、店員さんは固まったままだった。
当然だ。可愛らしい格好をした七瀬が顔を真っ赤にさせながら涙目で小さく震えているのだ。恥ずかしそうに逸らされた瞳は熱を持ったように震えている。先程の駅前と同じような、羞恥プレイでも受けているかのような表情をしている。
もしも、バイブ音でもしたら完全に勘違いをされてーー。
ん? なんだこのバイブ音は?
しかし、気づいた時には遅かった。七瀬はポテトを受け取るよりも早くその場にぺたんと座り込んでしまった。
「お、お客様?」
「も、もう無理ぃ。み、見ないでください」
ぺたんと座り込んで真っ赤にした顔を両手で隠す七瀬の姿を見て、店員さんは何かを察したように七瀬から視線を外した。
その衝撃で床に落ちたスマホは先程よりも大きな音を立てている。当然、そんな音を聞いたら勘違いは大きくなるばかりでーー。
「完全に羞恥プレイじゃねーか!!」
「あの、お客様。当店このような特殊なプレイを見せつけるサービスはーー」
「違いますから、本当に違いますから!」
「うぅ、三月も見ないでぇ」
「少し黙ってろ! 七瀬さん!」
俺はこうして店員さんの誤解を解くことになったのだった。七瀬のスカートの中に入ってしまったスマホを取り出すのに時間がかかってしまい、結構長い間勘違いをされ続けたのだった。
スカートから七瀬が自らスマホを取り出した時も、店員さんはこちらを見ようとしなかたし、完全に別の物が入れられていた勘違いしたのだろう。
今回は俺が悪いのだろうか? いや、勘違いをした店員さんが一番悪い気がする。
それと、こちらの嗜虐心を掻き立てる七瀬も悪い! あとは、俺の背中を押した思春期も悪いだろ!
え、俺は止めようとしただって? おい、思春期! 嘘だよな! 嘘だと言ってくれ!
俺は七瀬の泣きそうなツーサイドアップ姿を目に焼き付けながら、店員さんの誤解を解くために奮闘したのだった。
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