第58話 自覚してください、幼馴染さん
「……」
「……っ」
「……」
「あっ、み、三月っ」!
とある週末。俺は七瀬と駅前で待ち合わせをしていた。
七瀬は駅前で不安げにキョロキョロしながら、俺を必死に探していた。七瀬は集合時間の15分前には駅前に到着しており、到着するなり俺のことを見つけようとしていたようだった。
そして、俺はそんな七瀬よりも10分早く駅前に到着していた。正確に言えば、駅前から少し離れたところで七瀬の様子を窺っていたのだ。
白色の半袖のブラウスに、黒色のキャミソールワンピース。制服と同じくらいのスカート丈をしており、白のフリルが拵えてあるすべすべしてそうな生地のソックスを履いている。
一歩間違えれば何かのコスプレのように見えてしまいそうな服装。これが似合ってしまう七瀬のポテンシャルの凄さたるや。
学校で一番可愛いとされている水瀬の次に人気のあるクール系美少女。そんな子が可愛らしい服装を身に纏って、不安げな顔をしているのだ。見ているだけで色々と満たされるというもの。
しかし、そんな時間もすぐに終わってしまい、俺は七瀬に見つかってしまった。飼い主を見つけたかのように表情を緩めた七瀬だったが、俺の元の駆け寄ってきたときには少し不満げな顔をしていた。
「三月、なんでこんな分かりにくい場所にいたの?」
俺の袖を強く掴んで離さないといった強い意思を感じる。それでけふあんだったということなのだろうか。潤んでいる瞳はこちらをジトっと見つめていた。
さては、俺が意地悪で隠れていたと思っているみたいだ。
まったく、何を考えているのだろうな七瀬は。紳士たる俺がそんなことをするはずがないというのに。
「不安げにきょろきょろしてる七瀬さんが可愛いから、遠目から観察してただけだ」
「か、確信犯じゃんか! あと、べつに、可愛くないしっ」
「いや、可愛いが?」
「~~っ。いいからっ、そういうの」
「いや、よくないが?」
「~~っ。いいの! 私がいいって言ってるの!」
七瀬は俺の言葉を受けて、顔の熱を一気に上げたようだった。羞恥の感情が体を駆け巡ったのか、耳の先まで真っ赤にしている。
七瀬は息を微かに荒くしながら俺の言葉を否定しようと必死だった。涙の溜まり始めた瞳がなんともいじらしい。
「やっぱり、七瀬さんは自分の可愛さを自覚した方がいい気がする」
「か、可愛くないしっ! あと、人が見てくるからそういうこと言わないでっ」
七瀬は俺の言葉を強く否定しながらも、周りからの視線から逃れようと俺の方に近づいてきた。
俺を壁代わりにして周囲の視線から逃れようとする七瀬。不安げに視線を上げて俺の方を見る様は中々の破壊力があった。
七瀬は普段はクール系の美少女である。私服だって、俺と会うとき以外はパンツスタイルだし、かっこいい服を着ることが多い。というか、かっこいい系以外着ていないだろう。
自分にはそういう服装が似合っている。そういう自分を求められている。そう思うがあまり、自分が可愛い服が似合うという事実を受け入れようとしない。
本当は可愛い服が好きなくせに、着ても似合わないと思っているのだ。そんなのもったいないではないか。
もっと、自分が可愛いのだということを自覚して、自分の好きな服を率先して着て欲しい。そんなことを思ってしまうのは、自然なことだと思う。
別に、学校でも可愛い七瀬を見たいなとか思ったわけではない。
そんな私利私欲にまみれた願望の元、七瀬の休日を頂戴したわけではないのだ。
……いや、見たいだろ。普通に可愛い七瀬を学校でも。
「今日は、七瀬さんに自分が可愛いということを自覚してもらう」
「え、今日ってただ一緒にカラオケに行こうって話じゃないの?」
「ばか、そんなのただの建前に決まってるだろ。まぁ、カラオケも行くけど」
「た、建前なんだ。でも、行くんだ」
そう、今日は七瀬から女児向けアニメ『ポニキュア』オンリーカラオケをしようと誘われたのだった。
まぁ、定期開催されるそんなイベントも大事だが、俺はそのイベントの裏でしっかりと計画を練っていたのだ。
「まずは、可愛いって見られる視線になれることが重要だな。良かったぜ、集合場所を駅前にしておいて」
「え、どういうこと?」
七瀬は俺の言葉を受けて、不安そうな声を出した。それもそうだろう。七瀬は一刻も早く周囲から向けられている視線から逃げたいはずなのだ。
本人曰く、『似合わない可愛い服なんか着てんな~』という視線。そんな視線から逃れるために、俺を壁代わりにもするし、この場から一刻も早くはなれたいと思っているはず。
しかし、実態はその他全員から『可愛い子が可愛い服着てるな~、眼福眼福!』という視線を受けているだけなのだ。逃げる必要など微塵もないはず。
こんな悲しすぎるすれ違いがあって良いのだろうか。いや、良い訳がない。そして、それを解消できるのは俺しかいないのだ。
それならば、俺が一肌脱ごうではないか。
「可愛いぞ、七瀬さん」
「へ?!」
「可愛い、可愛い、可愛いぞ!」
「なに、何ってんの! 急に大声で何言ってんの?!」
俺は少しだけ声を張って、通行人に聞こえるように言葉を続けた。必死で俺を止めようとする七瀬の制止を振り切って。
「可愛い服が似合ってるなぁ。こんなに可愛い服が似合う子なんて、中々いないなぁ!」
俺の言葉を受けて、周囲の視線がより一層七瀬に注がれた。どんな可愛い子がいるのか、そんなに可愛い服が似合う子がいるのか。
そんな期待に満ちた視線を向けられて、七瀬を見て納得したように大きく頷く通行人達。振り返って七瀬の顔を確認しようと人達もいるほどだった。
向けられている視線はどれも温かく、七瀬を見てがっかりするような人は誰もいなかった。むしろ、満足げに口元を緩める人たちが多い。
さすがに、これほど多くの良い感情を向けられれば、七瀬も今までの認識が勘違いであったことに気がつくだろう。
そう思って、俺の前で顔を伏せてしまっている七瀬に視線を向けた。そんな七瀬は自分の顔を両手で覆うように隠して、周りからの視線から逃れようとしていた。
……顔を伏せている?
「いやいや、七瀬さん。しっかり顔を上げるんだ。そして、周囲に目を向けてみろ」
俺はそう言うと、七瀬の両手を顔から離して肩を持って色んな方向に七瀬の顔を向けさせた。
七瀬は可愛いんだぞ。それを周囲にいる人と本人に分かってもらうように。
「ほら、見てもらってごらん。可愛い七瀬さんの姿を通行人に」
「……やめ、やめてよぉ」
「え?」
しかし、俺の心情とは裏腹に七瀬は力のないような声を出した。
七瀬の顔を覗き込んで見ると、羞恥の感情に呑まれた七瀬は熱でもあるかのように顔を真っ赤にしていた。その熱をもろに受けてしまったような瞳には涙が溜められており、辱めを無理やり受けさせられたかのような表情をしている。
きゅっと閉じられた脚の動きが艶めかしく、変な想像を掻き立てさせる。
「み、三月。恥ずかしいよぉ」
その様子は、まるで大勢の人の前でバレない様に羞恥プレイをさせられているようだった。
「おまっ、さすがにえっち過ぎるぞ、この野郎」
「~~っ!」
俺の言葉を受けてさらに顔を赤く染めた七瀬は、力なく俺から視線を逸らした。
まるで悪戯をされ続けて体力を使い切ったかのようだ。
……どうしよう、思春期。
そんな想像もしなかった状況を思春期に相談すると、思春期はただ静かに笑顔をみせててくれた。
にっこりとした笑顔。そんな笑顔を向けられたので、とりあえず俺も笑って見ることにした。
笑えばいいと思うよ、きっと思春期は俺にそう言いたかったのだ。笑顔で始める休日。中々素晴らしいものではないか。
俺達は恥ずかしがる七瀬をそのままに、にっこりと笑顔を浮かべたのだった。
俺と思春期の休日が、今始まるーー。
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