第61話 相談ですよ、幼馴染さん
「改まって相談って、一体何があったんだ?」
俺は放課後に七瀬に呼ばれ、ハンバーガーチェーン店にいた。
さっきまで水瀬を含めて三人で帰宅していた。いつも通り学校の最寄り駅で二人と分れ、乗り換えの電車を持っていた所で七瀬から声を掛けられた。
そして、七瀬と共に少し学校から離れた場所にあるハンバーガーチェーン店に入店して、今は二人掛けの席で七瀬と向かい合って座っている。
「水瀬さんがいる前だと話しにくいことなのか?」
「うん、相談したいことが茜のことだから」
普通なら水瀬がいる状態で三人でここに来ればよかった。わざわざ水瀬と分かれてから声を掛けてきたということは、そういうことなのだろう。
「何か喧嘩でもした……ようには見えなかったな」
「喧嘩とかそう言うのじゃないよ」
七瀬は小さく首を横に振って、俺の言葉を否定した。少しだけ気まずそうに浮かべた笑みが気になる。
確かに、水瀬と七瀬が喧嘩しているような様子は見られなかった。
今日だって仲良さげに話している所を何度も見たし、気まずいような空気感は感じなかった。
それだけに、七瀬の相談の内容が見えてこない。
俺がまるで分からないといった表情をしていると、七瀬は恥ずかしそうにこちらから視線を外した。
ん? 恥ずかしそうに?
「最近、茜の様子がおかしいんだよ」
「おかしい? そんなふうには見えないけど」
水瀬とは学校でも休日でも顔を合わせている。学校でも休日でも特にいつもと変わっている様子は見られなかった。
何か見落としていたとでも言うのだろうか。
「何か不安ごとでもあったのかな?」
「そうじゃなくて、えっと、」
七瀬は徐々に顔を赤くしていき、瞳の置き場を忘れたように視線を彷徨わせていた。やがて、意を決したようにこちらに熱の帯びた視線を向けると、言葉を続けた。
「わ、私と会話するとき、茜が少しえっちな話題を出してくるんだけど!」
七瀬は恥じらいのせいかぷるぷると肩を小さく震わせながら、自分の発した言葉を恥じるように両手で顔を覆うように隠した。
これって、俺が聞いてしまって平気なのだろうか?
ていうか、こんな事を相談されてもどうしようもできないぞ、俺。
「えーと、まぁ、水瀬さんも思春期だからな。そう言うのが気になるお年頃なんじゃないかな?」
「べ、べつに、普通のえっちな会話だったら他の子とかも言ったりするから、平気なんだけどね、」
「……普通じゃないのか?」
七瀬は俺の言葉を受けて、しまったといったような顔をした。おそらく、言葉を選びながら遠回しに相談をしようとしたのだろう。
そりゃあ、共通の知り合いの異性が普通じゃないくらい変態だ。なんて言われたら、気まずくなりそうだもんな。
まぁ、俺は水瀬がえっちな子であることは知っていたから問題ないんだけどな。
それにしても、普通じゃないことか。
……水瀬の奴、どこに向かおうとしているんだろうな。
「た、多分普通じゃないと思う。でも、男の子とか他の子は普通なのかなとか思ったりして、その確認をしたいなって。あと、心境の変化とかが心配で」
「まぁ、突然幼馴染が変な性癖に目覚めたりしたら、心配にもなるよな」
「せ、性癖?! や、やっぱり、そうなる、よね」
七瀬は俺の言葉を受けて、顔を赤くしながらあたふたとしていた。目に見えて動揺をしているあたり、下ネタに対して苦手意識があることが見て取れた。
「七瀬さんはえっちな会話とか苦手なのか? 学校で話を振られたりしたら、どうしてんの?」
七瀬は学校ではクール系美少女として通している。そんな子が少しの下ネタでこんなに取り乱していたら、キャラを作るのも難しんじゃないだろうか。
「きょ、興味ないふりしてる。そうすれば、あんまりその手の会話振って来なくなるし」
「へー、フリねぇ」
「あっ。~~っ」
七瀬はポンと音を出すかのように顔を赤くした。無意識で出た言葉だけに、本当に思っている言葉なのだろう。
興味がないフリ。つまり、本当は興味があるということだ。
そこを指摘された七瀬は小さく唸るような声を上げながら、自分の失態を恥ずかしがるように両手で赤くなった顔を隠していた。
……悪くない反応だ。
思春期がそんな言葉を漏らした気がした。それは俺の気持ちを代弁したようで、俺の次の行動を後押しする言葉だった。
七瀬をもっと辱めたい、そんな気持ちが思春期と重なった瞬間だった。
「ちなみに、水瀬さんは七瀬さんにどんな話題を出したんだい?」
「えっと……」
「ふむ。言ってくれないと、俺もなんとも言えないな」
なぜか演技臭くなったような口調。七瀬の恥ずかしがる表情をもっと見たいと思ったせいか、心なしかノリノリになっている自分がいた。
そして、言いよどむ七瀬は俺の言葉を受けて、一段と顔を赤くした。七瀬が次の言葉を口にするのをじっと待っていると、七瀬は視線を彷徨わせながら言葉を口にした。
「あ、足でそういうことしたりとか、脇でそういうことしたりとか、するのって、どう思うか、とか」
……水瀬さん、幼馴染相手に何を聞いているんだよ。
おそらく、水瀬が七瀬にそんなことを聞くようになったのは、俺が原因だろう。いや、確実に俺が原因だと思う。
もしかして、俺の知らないところでそういうのを調べているかもとは思ったが、本当に調べていたらしい。
それでも、幼馴染に相談するのはどうなのよ。
ちらりと七瀬に視線を向けると、もう恥ずかしいことは言い終えたとでも思ったのか、安心したかのようにため息をついていた。
まぁ、先程の七瀬の言葉から大体何を聞かれたのかは想像できる。だから、もう恥ずかしい会話のピークは終えたと思っているのだろう。
……。
「そういうこと? 一体、どういうことをするんだい?」
「え?! わ、分かるでしょ?!」
当然、そんな簡単に逃がすはずがなく、俺は追い打ちをかけることにした。
そんな俺の反応に、七瀬は耳を赤くしながら疑いの視線を向けてきた。恥ずかしいセリフを言わせようとする彼氏に向けるような表情を向けられて、どんどん気持ちは前のめりになっていく。
「まるで分からない」
「三月、わざと私に言わせようとしてない?」
「分からないから聞いているんだけどな。おや、その様子だと七瀬さんは知っているのかな?」
「し、知らないよ!」
「そうか、それならこの話は終わりだな」
「~~うぅっ。三月がいじわるするぅ」
七瀬は羞恥の感情に呑まれたような瞳をこちらに向けてきた。熱に当てられて潤んだような涙目で、こちらに恨むような視線を向けている。
えっちなセリフを強要されたような表情。言いたくないのに、言わされる未来しかないのを知っているようで、そんな未来をも恥じらうように唇をきゅっと閉じた。
そんな顔をされればこっちだってノリノリになってしまう。
「ほら、その可愛らしいお口で何をどうするのか言ってごらん」
ベタなセリフだと知りながらも、俺は役にでも入り込むように余裕のある表情を七瀬に向けた。
そして、そんな視線を向けられた七瀬はすぐそこに店員さんがいるというのに、言葉を続ける他なくーー。
ん? 店員さん? え、なんでそんな所にいるんですか?
「だから、足とか脇で、男性のあ、あそこを刺激させてーー」
恥じらいながら言葉を続けようとした七瀬だったが、七瀬は途中で言葉を止めた。どうやら俺の視線に気づいたようで、視線の先を俺からすぐ近くに来ていた女性の店員さんに向けたようだった。
「あの、食べ終えていたら、トレーを下げようとしたんですけど……」
そして、俺達の視線を受けた店員さんは気まずそうに視線を外したのだった。
「~~っ!」
そして、先程までの会話を他の人に聞かれていたことに気づいた七瀬は、顔を一気に赤く染め上げた。そんな顔の熱に比例するかのように、潤んでいた瞳には涙が溜まっていった。
まるで、野外でしているところを見られたかのような恥じらい方。必要以上に恥じらうせいで、見えない机の下とかで何かいやらしいことでもしたいたかのように見えなくもない。
考え過ぎか。そう思っていると、慌てたように距離間を間違えた七瀬が机に脚をぶつけた。
その瞬間、店員さんの目の色が変わったような気がした。
「三月ぃ、もうやめてぇ」
それは店員さんの前で恥ずかしいことをさせないで。きっと、そんな意味合いだったのだろう。
しかし、タイミングとか角度的に俺が店員さんに見つかっても、七瀬に机の下でいやらしいことを続けているように見えなくもない。むしろ、それさえも興奮の材料に変えているように見えなくもない。
というか、それを疑う目である。
「……失礼ですが、机の下を確認してもよろしいでしょうか?」
「違いますから、何もしてませんから!」
こうして、俺は思春期全開の勘違いをした店員さんの誤解を解くために、奮闘したのだった。
今回は俺が悪いのだろうか? いや、完全に変な誤解をした店員さんが悪い! あと、絶妙なタイミングで机に脚をぶつけた七瀬が悪い!
だから、公共の場で七瀬にいやらしいことを言わせようとした俺達は悪くないのである。
……悪くないのである。
俺は顔を隠して恥じらう七瀬の代わりに、全然納得していない店員さんの誤解を解くことに奮闘したのだった。
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