第57話 冤罪ですよ、彼女さん
「茜、少し前歩いてみてよ」
「前? 別にいいけど」
放課後。水瀬と七瀬と学校の最寄り駅まで歩いていると、七瀬が突然そんなことを口にした。
水瀬は不思議そうに首を傾げながら俺達の数歩前を歩いた。七瀬はその様子を観察するように眺めると、小さく声を漏らした。
「やっぱり、茜の脚って綺麗だよね」
「え、そう? ありがとう?」
七瀬は水瀬の脚を見ながら小さく頷いた。
制服姿で前を歩く七瀬の脚は確かに魅力的だ。細過ぎず、程よい筋肉がついた脚。それでも、触ったら柔らかそうなのが不思議なものだ。
急にそんな事を言われて訳が分からなかったのだろう。困惑気味の水瀬は頭にはてなマークを浮かべていた。
「三月もそう思うよね?」
「ああ、えっちな脚だと思うぞ」
「~~っ!」
「え、えっち?」
しまった。つい反射的に思った言葉を口にしてしまった。
俺の言葉を受けて水瀬は耳の熱を上げていた。突然そんな事を言われて驚いたのだろう。きっと前から覗き込んだら顔も真っ赤にしているはずだ。
水瀬は少しでも俺の視線から逃れようとしたのだろう。両手を裏太ももに密着させて、素足の面積を少なくしようとしていた。
隠されることでそれが見てはならない、えっちなものであることを植え付ける行為。隠そうとは焦らす様子はむしろこちらの感情を掻き立てるものでしかない。
いや、そんなふうにされると余計にえっちだろ。もしかして、分かってやってるのか?
まぁ、水瀬はえっちな子だからな。仕方がないか。
「脚がえっちって、どういう感想?」
俺が脚フェチであること。それは、俺と水瀬の共通認識であって七瀬は知らない。そもそも、脚に対してそんな感情が芽生えるということを知らないのだろう。七瀬は怪訝そうな表情を浮かべていた。
「あれだ。煽情的なくらい綺麗な脚だなって意味だぞ? 決して、変な意味ではなくて、官能的で、劣情を煽り立てるような感じって意味だからな?」
「……それって、結局えっちって意味なのでは?」
「……じゃあ、七瀬さんと同じく綺麗だと思うって意味で」
「じゃあっって、なによ」
おかしいな、この流れで誤魔化せるはずだったのだが。
納得いかなげな七瀬の視線から逃れようとするが、七瀬は中々追及をやめようとしない。どうしたものかと考えていると、少し前を歩く水瀬がちらちらとこちらに視線を向けていた。
「な、なんで急にこんな話になったの?」
俺への助け舟かと思ったが、これは水瀬が早く今の状況を打破したいと思っての発言だろう。
それもそのはず、クラスメイト二人から自分の脚の評価を受けているのだ。見定めるように自分の脚を見られるのはあまり良い気持ちではないだろう。
振り返って見せた頬の赤さから、そんなことが見て取れた。
「いや、お姉ちゃんに細すぎるからもっとちゃんとご飯食べろって言われてさ。でも、ただ食べただけだと太るだけだし、何か参考になるかなと思って茜を見てみた」
「そ、それって、今する意味あるの?」
「いつでもいいんだけどさ、忘れないうちに」
確かに、男子がいる状況で確認する必要はないだろう。俺達二人に脚を見られている水瀬は視姦でもされているかのように、恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
「ちなみに、三月的には私の脚はどう思う?」
七瀬はスマホの写真でも見せるような軽い気持ちで、隣に歩く俺に脚を見せてきた。
水瀬よりも全体的に少し細いが、均一の取れたバランスをしている。足首の細さを強調させるかのような黒のソックスに包まれた脚は、良い引き締まり方をしている。
「普通にえっちだが?」
「へ? み、三月はえっち以外の語彙ないの?!」
七瀬はそう言い放つと、焦ったようにこちらに見せていた脚を引いてしまった。顔を真っ赤にしている様子は、まるで自分が褒められると思っていなかったようだ。
そんなえっちな脚をしておいて、何を考えているのだ。けしからん。
七瀬から視線を逸らして前の方に向けると、何やら水瀬がこちらに視線を向けていた。その視線はジトっとしたもので、片頬が微かに膨らんでいるようだった。
……。
「安心しろ、水瀬さんの脚も十分にえっちだから」
「っ! あ、安心できないから、それ!」
『私の方がえっちなんだからねっ!』っていう視線かと思って水瀬にフォローを入れたのだが、どうやら見当違いの言葉を述べていたらしい。
水瀬は一段と顔を赤くして、上ずったような声でそんな言葉をこちらに投げつけてきた。
水瀬がえっちなことは俺が知っている。そう思っての発言だったんだけどな。
ふむ。
前を歩く学校で一番可愛い女の子。そして、隣にはその次に人気のあるクール系美少女。そんな彼女達が恥ずかしそうに顔を赤く染めている。そして、そのすぐ近くにいるのは俺なわけで。
ふむ。なんかハーレム野外プレイを強要する男さんみたいだ。
だからだろうな、周りからの目が痛い。さっさとこの会話を終わらせないと、刺されるか警察に補導でもされてしまいそうだ。いや、逮捕かな?
そんなことを考えていると、何かを落とした水瀬がそれを拾おうと腰を曲げたようだった。
腰を曲げた程度でスカートの中が見えるなんてことはない。それでも、少しだけそんな期待をしてしまう訳で。
微かに上がったスカート丈を見ていたのだが、不意に俺は向かいの道路にいる一匹の子犬に目がいってしまった。
ふわふわで綿あめみたいな子犬。その毛並みが綺麗すぎて、思わず隣にいる七瀬に言葉を漏らしていたようだった。
「見てみろ、真っ白だ」
「っ!」
「え?」
水瀬は俺の言葉を聞いて、ばっと勢いよくスカートを隠すように押さえこんだ。そして、何が起きたのか分からない俺に睨むような視線を向けていた。その水瀬の顔は羞恥に染まって真っ赤になっている。
まるで、何か恥ずかしい物を見られたかのような表情。
「み、見たの?」
「あー、今日体育あったからね」
「な、なにがだ?」
一人分からない様子でいる俺の反応に、胡散臭い物を見る目を向ける二人。
状況を整理してみよう。いや、整理なんてしなくても分かる! これは、俺が水瀬の下着を見たと勘違いされているのだ。
いや、これは完全に誤解だ。だって、物理的に見えるはずがなかったのだから。
「白……そういえば、前に水瀬の家で……」
「っ!」
しかし、そんな理性的な俺とは別の俺が何かを考え始めた。水瀬の反応と七瀬の反応から今日の水瀬の下着の色は確定した。その事実をベースに過去の記憶に遡り、より詳細なデータを引っ張り出そうとしている。
以前、水瀬の家で見てしまった、干してあった下着。確か、あれは白色で所々に飾りのような物が拵えてあった。
つまり、目の前にいる水瀬はあの下着を着用しているということか。
そこまで分かると、対応は早かった。あの時の下着をトレースして、目の前の水瀬に着せてみる。それでいて余分な衣服を脱がせれば、俺の脳内には下着姿の水瀬がいた。
「ほぅ……あ、今の反応はまずいな」
「~~~~っ!」
見定めるかのように、舐めるように水瀬を見てしまっていた。そんな視線を向けられて、水瀬はまるで本当に下着姿を見られたかのように、顔を真っ赤にしていた。
羞恥の感情に呑まれたようで、水瀬の顔は火照ったように赤くなっていた。その熱に当てられたように潤んだ瞳は、こちらを強く睨んでいた。
無理やり辱めを受けて、それに抵抗するかのような瞳。そんな表情と脳内にいる下着姿の水瀬が化学反応を引き起こし、俺の中の何かを沸々とさせた。
そして、そんな俺の考えを感じ取ったのだろう。水瀬は一層強くこちらを睨んでいた。
「み、三月君が、私の脚をえっちだって言ってきて、スカートの中を覗いて、私を辱める想像をしながら、含みのある言葉を私に言ってきて、私が恥ずかしがる様子を見て興奮してくるって、み、みんなにーー」
「それだと俺が水瀬さんのスカートを捲ったみたいに勘違いされるしスカート捲っただけでは止まらずに如何わしいことまでしたって勘違いされそうなので誰にも言わないでくださいお願いします何卒!」
俺はクラスメイトから『脳内着せ替えカメラくん』と呼ばれないように、水瀬に頭を下げたのだった。
今回は俺が悪いのだろうか? いや、今回は完全に冤罪だろ。俺は悪くないはずだ。
そういえば、昔の記憶を引っ張り出してきたもう一人の俺は、一体誰だったのだろう。もう一人の俺? あれ? 思春期はどこに行ったんだ?
……っは! あの野郎、まさか!
「あ、三月三月、あのワンちゃん真っ白だよ」
「それ、俺がもう言ったぞ?」
俺は微かに上がったスカート丈から見えた水瀬の裏太ももを脳内に記憶させながら、深く深く頭を下げたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます