第52話 復讐ですよ、彼女さん

「三月君、今日少し時間もらえるかな?」


「え、ああ。別に問題はないけど」


「……うん。それじゃあ私はこれで。じゃあね、茜、三月」


「え、おい、七瀬さん」


 時刻は放課後。学校の最寄りの駅まで来たところで、水瀬がそんなことを口にした。


 笑顔の裏に何かしらの含みを感じた。それをいち早く感じ取ったのだろう。七瀬は何かを察したようにいち早く離脱しやがった。


 今日の水瀬は今朝の『匂いフェチ超特急』事件以降、ずっと機嫌が斜めだった。真っ赤な顔でこちらを睨んでいたり、急に何かを思い出したように足をぱたぱたしたりと、なんだか忙しなかったのだ。


「それじゃあ、いこっか」


「えっと、ちなみにどこまで?」


 俺は一体、どこに連れていかれてしまうのだろう。


 作ったような笑顔を向け来る水瀬は、そんな俺の言葉をそのままに俺を電車に押し込んだのだった。


 窓から見えるのは綺麗な雲一つない空。外は暑い気温なのに、電車の中はエアコンが効いており、そこは最後を迎える人のみが行くことを許された楽園のようだった。


「ドナドナドーナ~」


「ちょっ、悲しそうな声で牛さんが売られる歌うたわないでよ! なんでその選曲するかな?!」


「いや、今なら心を込めて歌えそうだったから」


「三月君は私のことなんだと思ってるのかな」


 どこかに売られるんじゃないかという不安から口にした歌だったのだが、さすがにこの時代の電車の中でこの歌はそぐわないらしい。なんか凄い注目を集めてしまい、水瀬も恥ずかしそうに顔を俯かせていた。


 そんなふうに少しふざけていると、電車内に学生が増えてきた。学生達の帰宅ラッシュが徐々に始まってきているのだろう。目に見えて人が増えてきたのだが分かった。


「うーん、もう少しかな」


「もう少し?」


「うん、ちょっと足りないかな。路線を変えようか」


 水瀬は電車の混み具合を確認すると、俺を連れて次の停車駅で降りて別の電車に乗り換えた。よりによって、先程の電車よりも混んでいる電車。


 なぜこちらの電車に乗り越えたのだろうか。そして、一体どこに向かっているのだろうか。


 そんなことさえ教えてもらえないまま、しばらく時間が経った。


「結構混んできたな」


「うん、良い感じだね」


「いい感じ?」


 水瀬はそう言いながら辺りを見渡していた。次の停車駅で人が下りたことで、水瀬の前にあった反対のドア側が空いたので、水瀬は俺の腕を引いてそのドアの方に引っ張っていった。


「三月君、こっちこっち」


「え、おう」


 構図的には丁度今朝と同じような構図。強い既視感を覚えた俺の反応を見て、水瀬は何かを企むような笑みを浮かべていた。


「えーと、これは一体」


「ふふっ、復讐の時間だね」


「復讐?」


 水瀬はそう言うと、この瞬間を待ち望んでいたかのような不敵な笑みを浮かべた。俺が何を言っているか分からないといった視線を向けていると、水瀬は小さく咳ばらいを一つして言葉を続けた。


「三月君、今朝私にしたこと覚えてるかな?」


「えーと、」


「私をドアのところに押しやって、顔を近づけて『えっちなに匂いがする』って耳元で囁いて、長時間私の匂いを嗅いだよね?」


「……そんなこともあったかもしれないな」


 俺が答えるよりも早く、水瀬は先に回り込むようにしてそんなことを口にした。


 なんかそこだけ切り抜くと、俺が強引に水瀬に如何わしいことをしたように聞こえてしまう。


いや、そうなのかもしれないが、そんなえっちな状況ではなかったのだ。事故と故意と思春期が悪かったのだ。


「かもじゃなくて、実際にあったの。私はとても恥ずかしい想いをしました。だからね、私は復讐をすることにしました」


 水瀬は悪だくみをするかのように口元を緩めた。いつもの俺をからかうときに見せる笑み。それを見せられて、水瀬の言葉の意味が徐々に紐解かれていく。


「復讐?」


「うん。どうしたらいいのか、放課後まで悩んだ結果、三月君には私と同じ気持ちを味わってもらって、どれだけ私が恥ずかしい想いをしたのか体験してもらうことになりました」


「同じようなこと?」


「うん、ここは満員電車でしょ? これ以上のことは、言わなくても分かるよね?」


 水瀬の浮かべた笑みと『復讐』という言葉から、これから水瀬のしようとしていることは想像できた。


 しかし、そんなドヤ顔を向けられても、俺はこれから起こること以上に気になったことがあった。


「え、もしかして、今日ずっと俺の匂いを嗅ぐにはどうしらいいのか考えてたのか? 授業中どこで俺のにおいを嗅ごうかとか真剣に悩んでたの? え、そんなに俺の匂い嗅ぎたい? ……なんていうか、水瀬さんもその、思春期、なんだな」


「ち、違うから! 私のにおいを嗅いでえっちな気持ちになるのは三月君だけだから!!」


 水瀬は俺の言葉を聞いて顔を一気に赤くした。自分が考えていたことが想像以上にえっちだったこと気づいたようだ。


 だって、学校にいる間ずっと俺の匂いを嗅ぐ方法に頭を悩ませてたんだぜ、この学校一の美少女は。


 そして、そんな美少女が匂いを嗅いでえっちになるとか言い出したのだ。周りの注目を集めないわけがない。


『匂いを嗅いでえっちになる?』『え、匂いで発情するの?』『この子ってそんなにえっちなんだ』という周りからの視線を受けて、水瀬は耳の先まで真っ赤にして、潤んだ瞳でこちらを睨んでいた。


「~~っ! またそうやって私を辱めるぅ」


「いや、今のは自爆としか」


 ぷるぷると震えている水瀬をそのままに、水瀬の言う復讐という名のえっちな仕返しがが幕を開けたのだった。


 いや、実際にえっちなのかは知らんけど、こんな事を考えてる水瀬はえっちだから、えっちでいいのである。

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