第46話 撮影会ですよ、彼女さん
「そういえば、私行けなかったけど、三月君と愛実でカラオケ行ったんだって?」
「え、ああ、おん」
水瀬が落ち着くのをしばらく待った後、俺は水瀬からアイスコーヒーを頂いて少しゆっくりと過ごしていた。
落ち着きを取り戻しつつある水瀬は、話題を変えようと思ったのだろう。急に思い出したように、そんなことを聞いてきた。
「な、なんで今その話を?」
水瀬が言っているからに行った日。それは俺が七瀬にカラオケ点数勝負で勝って、負けた七瀬にメイドコスプレをさせて楽しんだ日のことだろう。
別名、店員さんにあらぬ誤解をかけられて、その誤解を解くのに必死になった日だ。
当然、そんなことを聞かれて冷静を装うことができるはずがない。俺は自分でも分かるくらいに動揺していたようだった。
そんな俺の様子が可笑しいのを感じたったのだろう。水瀬は首を傾げて不思議そうにきょとんとしていた。
この反応を見る限り、七瀬にコスプレをさせたことは知らないみたいだ。
「え、なんか二人がそんなにカラオケ好きなんて知らなかったなって。何か可笑しいこと言ったかな?」
「いや、全然可笑しくなんかないさ」
少し硬くなってしまった俺の口調。怪しむような視線を向けられたが、俺がその視線に知らん顔をしていると、水瀬も諦めたようにこちらから視線を外した。
これだけはバレるわけにはいかないからな。何を言っても、誤解しか生まないだろう。それなら、白を切ってしまうのが一番良い。
「あと、愛実が三月君のカラオケの点数高かったって言ってたな。三月君って、歌上手かったんだね」
水瀬とはカラオケに行ったこともあるし、俺の歌がそこまで上手くはないことも知っているはずだ。だから、七瀬の言っていた言葉の意味が分からないのだろう。
俺は以前に七瀬とカラオケに行ったとき、採点結果の画面をスマホで撮影していたことを思い出したので、その画面を水瀬に見せた。
「いや、別に点数が高かっただけだ。ほら、加点だけえぐいだろ」
「うわっ、本当だ。どうやったのこれ?」
「前に時光と遊びで加点を極めるカラオケをしたことがあってだな」
そう、俺は決してカラオケが上手いわけではない。ただ加点ポイントを馬鹿みたいにつけて、七瀬に勝利したのだ。あとは、七瀬にコスプレをさせたい執念。
まさか、時光との馬鹿みたいなカラオケがこんな風に役立つことになると思いましんかったな。
「へー、すごいんだね。あ、この歌は結構有名な奴だよね。他はどんなの歌ったの?」
水瀬はそう言うと、俺のスマホの画面を何気なしにスライドした。そして、そのまま固まった。
「え、」
「ん? どうしたんだ、水瀬さん?」
「~~っ!」
水瀬は小さく声を漏らしたのち、顔を赤くさせた。まるで、見てはいけない物を見てしまったかのような反応に、俺は小さく首を傾げていた。
俺はTwitterなどで流れてくるえっちな二次元画像は写真として保存をしない。基本的に、一期一会の出会いを大切にしているからである。たまには保存もするけれど、最近は画像を保存した記憶はない。
だから、なぜ水瀬が顔を赤くしているのか。その理由が分からないでいた。
俺は水瀬に向けたスマホの画面を自分の方に向け、水瀬が見てしまった画像ファイルを確認した。
「おぅ」
画面に表示されていたのはメイドコスプレをした七瀬さんだった。ぺたんと地面に腰をついて涙目をこちらに向けている。真っ赤な顔も相まって、悪戯をされた後のような写真になっていた。
誤解しか生まないような一枚。撮影者からの悪意を強く感じる。
「……愛実には、こんな可愛い格好させてるんだ」
水瀬はこちらにジトっとした視線を向けてきた。しかし、俺と目が合うなりこちらから視線を逸らしてただ静かに黙り込んでいた。
不満そうではあるのに、それが何なのかを口にしようとはしない。
そんな水瀬の態度が気になり、俺は言葉を続けようとしない水瀬に言葉を投げかけた。
「水瀬さん?」
「なに?」
「いや、何か思ってるところありそうだなと」
「あるよ。たくさんある、」
水瀬はそう言うと、再びジトっとした視線をこちらに向けてきた。その勢いのまま口を開こうとしたが、何かが水瀬の言葉を押し留めたのか、水瀬は喉まで出したはずの言葉を呑み込んだように見えた。
「……愛実が可愛い服装を着ている所は私も見たかったし、なんだか二人とも楽しそうで、それを知らないことが少し寂しいかな、と」
「えーと、あとのたくさんっていうのは?」
明らかに表面的な会話。言っても問題のない言葉のみを選んだのだろう。
たくさんの中の問題がないものがそれだけだとすると、言えないものがどれだけあるのかと勘繰ってしまう。
そんなことを考えていると、水瀬は片頬を膨らませながら、ぷいっと視線をこちらから外した。
「……教えてあげない。別に、三月君が誰にどんな服装着せていようが、私には関係ないもんね」
水瀬は拗ねたような口調でそんな事を言うと、不満そうな顔をしながらアイスコーヒーに口をつけた。
「関係ないことはないだろ。俺は水瀬がどう思ってるのか知りたい。それに、できれば思ったことを素直に伝えても問題がない関係でいたいと思ってる」
そんな膨れている水瀬さんに、俺は少しだけ強くなった言葉を返してしまっていた。関係ないと言われたとが、嫌だったのかもしれない。
俺は合わせようとしない水瀬の目をじっと見ながら、説得するようにそんなことを口にした。
水瀬の以前いたグループでは、言葉を選んで話すことが必須のようなところがあった。だから、水瀬も自分を作ったまま、本当の自分を曝け出すことができなかったのだと思う。
それなら、俺達の間ではそんなことはしたくない。水瀬には素直に思ったことをぶつけて欲しいと思っている。そうして、少しずつ本当の自分を曝け出すことに対する抵抗が少なくなればと心から願っているのだ。
「いいの? 引かない?」
「ああ、絶対に引いたりしないから、聞かせて欲しい」
水瀬は俺の言葉を受けて、しばらく考えるように黙り込むと、意を決したように顔を上げた。俺の言葉が届いたのだろうか、そう思った俺の気持ちと水瀬が浮かべる表情は、どこか違っているようにみえた。
なぜ、このタイミングそんなに顔を赤く染めているのだろうか。
「………………ずるい」
「え?」
「ずるいずるい、ずるい! 三月君、愛実にばっかり可愛い服着せてる! 私、三月君に可愛い服着てって頼まれてない! 愛実みたいに少しえっちなこともされてない!! だから、すごくもやっとしてる!!!」
「え? み、水瀬さん?」
水瀬は耳の先まで真っ赤にしながら、自身の感情を抑えられない様子で言葉を続けた。羞恥の感情とは別の、水瀬の言うもやっとした感情が水瀬の体温を熱くさせているようだった。そして、水瀬はその感情をそのまま俺にぶつけてきていた。
水瀬の言葉を聞く限りでは、こちらにはまるでこちらには非がないように思える。
そうだよな、えっちなこともしてない健全な三月君でいてるはずだよな。
潤いの増した瞳で顔を真っ赤にしている水瀬は、わがままを言うような口調で捲したてると、こちらに抗議でもするかのような視線を向けてきた。
そして、水瀬はその勢いのまま立ち上がると、ローテーブルを回って俺のすぐ側に座ってきた。その目は興奮しているようで、勢いに任せて押し進もうとしているようだった。
そんなすぐ近くに来られると、良い匂いがしてきてしまうので、俺は体を遠ざけようとした。しかし、その遠ざけた分以上に水瀬は俺の方に体を近づけてくる。
すぐ近くに見える水瀬の顔。ボディーラインが分かりやすいリブニット姿ということもあり、自分の心拍数が跳ね上がったのが分かった。
「……撮って」
「え?」
「三月君、私のことをえっちな目で見てるんだよね? じゃあ、愛実と同じってことでしょ? それなら、愛実みたいに私のことを撮っても何も問題ないよね!?」
「いや、普通はそうはならんだろ」
どんなトンデモ理論だ。ていうか、水瀬のテンション可笑しくないか?
まるで、空回りしたりしている俺みたいな勢いがある。あれ? 俺が空回りしてた時ってどんな感じだったっけ?
水瀬は俺が写真を撮ることを拒否したと思ったのだろうか。水瀬はもはや涙目のような目でこちらにジトっとした目を向けてきた。
「……愛実を見て、えっちな気持ちになったから、写真撮ったんでしょ?」
「その聞き方は、七瀬さんに悪いだろ」
俺は水瀬から視線を外しながら、曖昧な返答をした。自分でも言い逃れできていない回答になっていることは分かっていた。
それでも、首を横に触れない自分がいたのだから仕方がない。
「三月君は、私のことを見て、えっちな気持ちになるんでしょ?」
「その聞き方はずるいと思うんだが」
少し前の水瀬とのやり取りから、俺が水瀬のことをえっちな目で見ていることは共通の認識になっている。この質問は確認にもなっていない確認。
改めて答えさせるのは、ただ二人の羞恥の感情を高ぶらせるだけだった。
「三月君、ちゃんとこっち見て」
水瀬はずいっと俺の顔に自身の顔を近づけて、俺との距離を詰めてきた。
鼻腔をくすぐる水瀬の甘い香り。いつもよりも近く聞こえる水瀬の声。少しでも体を動かしてしまうと触れてしまいそうな距離。
学校で一番可愛い女の子が、これだけ至近距離に近づいてきて俺の心拍数を上げるような言葉を浴びせてくる。
いつものからかうような口調ではなく、真剣な眼差しで真剣な声色で、無自覚のパワーワードで。
そんな状況に思春期だって黙ってるわけもなく、目を合わせたらどうにかなってしまいそうだと思った。
「ねぇ、なんで目を逸らすの?」
「なんでって、そりゃあ、なぁ」
「私の目を見てちゃんと言って。『水瀬さんのことを見てたら、えっちな気分になったから写真撮らせてください』って」
「い、いえるわけーー」
「言って」
水瀬は真剣な表情で俺の瞳を覗き込んできた。羞恥の感情とは別の感情によって赤くなったような頬。そして、遅れてきたようにやって来た羞恥の感情によって、徐々に耳の先を赤くしている。
なんで恋する乙女みたいな顔で、俺にそんな言葉を言わせようとしてるんだ。
どんな羞恥プレイだよ。水瀬はそう言うのが好きなのか?
無意識のうちに鳴らしてしまった喉の音。それに気づく様子もなく、水瀬はただ俺の言葉を待っていた。おそらく、俺が言うまでこの視線を外すことはないのだろう。
俺は諦めたように水瀬の瞳を見つめ返して、詰まられながら言葉を続けた。
「み、水瀬さんのことを見てたら、えっちな気分になったから、写真撮らせてくださいっ」
「~~っ!」
水瀬はそこまで言われると、一気に羞恥の感情に呑まれたように顔を赤くした。それでも、嬉しさが押しかったように口元を緩ませ、瞳を微かに濡らしていた。
「は、初めてちゃんと言われた」
「そんな告白されたみたいな反応は違うだろ」
俺だってこんなこと言ったことないぞ。俺を何だと思ってるんだ。
さて、どうしたものか。
この流れで、それでは写真は次回撮ることにしましょう! なんて言ったら、水瀬はへそを曲げてしまうだろう。それなら、ここは水瀬の希望に合った写真を撮ってしまった方が良いはずだ。
多分、普通の写真を撮っても水瀬は納得しない。七瀬の写真に負けず劣らずの一枚を撮ることが必須だろう。
やっぱり、七瀬のあの写真はえっちだったんだな。
そうは言っても、水瀬だって本当にえっちな写真を撮ることは望んでいないはず。
そうなると、あの時の七瀬の写真のように何かを掻き立てるようで、想像することができる写真を撮ることが重要だ。
これは、カメラマンの腕の見せ所だな。
七瀬の写真は座った様を上から撮影することで、思春期が刺激された。上目遣いもポイントの一つだったと思う。それなら、水瀬の場合は……。
「水瀬さん、こっちに座ってくれ。それで、視線は下に。そうそう、良い感じだ」
俺は水瀬をソファーに座らせて、脚を自然に伸ばさせた。指の先にいくにつれて、脚を開けた感覚が細くなるようにして、視線をその足元に向けさせた。
デニム生地のショートパンツから伸びるすらりとした脚。そして、黒のくるぶしソックスに向けて流れるライン。靴下越しに分かる艶めかしい指の動き。
もちろん、指の先は見切れるかどうかのギリギリを責めた。この微調整を怠ってしまうと、写真が一気に駄作になってしまう。
そして、俺は少し上からその様子を撮影した。
「よっし」
想像通り、中々素晴らしい写真ができた。
少しえっち過ぎたかもしれないな。
俺は自信満々にその写真を水瀬に見せたが、水瀬はその写真を見て不思議そうに首を傾げていた。
「えっと、なんでこんなアングルなの?」
「いや、なんでって踏まれてるみたいだろ?」
「何を?」
「いや、何をって」
しばらくの沈黙。共通認識のように話す俺の考えがようやく伝わったのだろう。さっきまでそういう話もしてたしな。
「~~~~っ!」
水瀬は俺の言葉が何を示してるのかの理解したのだろう。ポンと顔を赤くすると、羞恥の感情に呑まれたように体温を上げていた。
目元に涙を浮かべながらこちらを睨む様子はーーん? 睨む?
可笑しい。確か、水瀬と共同してえっちな写真を撮影していたはずだよな?
俺は何か勘違いをしてるかもしれないという錯覚に陥り、顔を真っ赤にさせている水瀬に問いかけた。
「あれ、えっちな写真を撮ってくれって意味だよな? え、見切れるギリギリを撮影することでその先を想像させるっていう、高度な技術が濃縮してる一枚なんだけど。え? えっちだよな?」
「え、ええ、えっちの方向性が違う!」
「えー」
水瀬は俺の言葉に食い気味でそんな返答をしてきた。辱めを受けたかのような顔をしてるが、今回はあまりにも理不尽である。
だって、話の流れ的に七瀬みたいな写真を撮りたいと思うじゃないか。七瀬の写真を客観的に見れば、ただメイドコスプレをして女の子座りをしているだけだし、今回の水瀬の写真とどこも変わらなーー
いや、変わるな。
もしかしなくとも、水瀬は七瀬の写真を見て、写真以上のことを想像しなかったのかもしれない。構図とか考えれば、絶対に想像してしまう行為のことを考えもしなかったのだろう。
そう考えると、今回俺は水瀬が可愛く撮って欲しいという要求があったにも関わらず、いやらしい感情を掻き立てるような構図で写真を撮ってしまったことになるのか。
改めて、水瀬を撮った写真を確認する。
……コラ画像を作らなくても、そう見えてしまう構図というのは、少しやり過ぎたかもしれないな。
「えっと……なんかすんません」
「……み、三月君が、後で一人で楽しむために、私の脚の写真を撮って、それをどう使うかを細かに説明して、私を辱めてくるっ、み、みんなにーー」
「それだと俺水瀬さんの脚を盗撮しておかずに使ってる変態であるにも関わらず水瀬さんに気持ち悪がられても喜ぶ変態みたいな感じに聞こえてしまうので誰にも言わないでくださいお願いします何卒!」
俺はクラスメイトから『脚フェチプラスα』というあだ名をつけられないように、水瀬に頭を下げたのだった。
今回は俺が悪いのだろうか? いや、勘違いを生んだ水瀬の発言が悪いだろ。明らかに、勘違いを誘発するような発言だったし!
まぁ、それでも初めにピンときた構図があれだったのは、思春期も悪いのかもしれないな。
俺は撮影した水瀬の写真を後で見直すことを決意しながら、水瀬に深く深く頭を下げたのだった。
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