第45話 大人の色気、彼女さん
「い、いらっしゃい、三月君!」
「っ!」
とある週末。俺は水瀬の家に来ていた。いつも通り家事の一つでも教えて帰ろうと考えていたのだが、そんな考えは一瞬で吹き飛ぶようなことが起きていた。
水瀬はいつかのショッピングで着ていたような白色のリブニットに、色の明るめのジーンズ生地のショートパンツ姿だった。黒色のくるぶしソックスということもあり、夏を感じさせるような服装。
以前店で見たよりも少し大きめのリブニットだが、スタイルの良い水瀬が着ると、胸部が強調される服装になってしまっていた。素人童貞を殺すサマーセーターとでも表現しようか。
ずっと玄関先で立っているわけにはいかず、俺は水瀬の家のリビングに通された。
「えっと、どうしたのかな?」
そう言っている水瀬は、見るからに頬を赤くしているし、俺が何も言わない理由にも気がついているはずだった。
なぜ、前はえっちだからという理由で購入しなかった服を、水瀬が着ているのか。
その理由を聞くには、少し遠回しに聞く必要がある。あまり直球で聞いてしまうと、女性に恥ずかしい思いをさせてしまうことになる。なので、紳士らしく、それとなく聞くことが重要なのだ。
「……水瀬さんがえっちな服着てるから、なんでかなって」
「え、えっちじゃいよ! リブニットは普通の服だもん! そう言う目で見る、三月君がえっちなんだもん!」
水瀬は俺に言われて、両手で胸元を隠すようにして、少し体をひねって俺の方から胸元を隠そうとした。
べつに、襟ぐりが大きく開いている訳でもないから、そんなふうに隠す必要はない。逆に、恥じらうような顔でこちらを睨みながらそんな仕草を取られるほうがえっちなのだ。
見てみなさい、胸元にできた皺が逆にえっちになっているじゃないか。
「み、三月君はデリカシーが足りないと思う」
「これでも、結構言葉選んでるんだけどなぁ」
「選ばなかったら、三月君警察に捕まっちゃうんじゃないかな?」
ジトっとした視線を水瀬に向けられ、危うく話題を別の物に変えられそうになった。俺は話の方向が変な方向にいってしまわないよう、話の軸を戻すように努めた。
「前にその系統の服は買うのやめたじゃんか。それなのに、水瀬さんが着てたら、気にもなるだろ?」
俺が話しを戻したこともあり、水瀬はこの話題から逃げられないと思ったのだろう。水瀬は顔を赤くしながら言葉を続けた。
「前にさ、愛実にはえっちなことさせてないけど、可愛い服は着せてるって言ってたでしょ?」
「え、ああ。まぁ」
以前、可愛い服を着ている七瀬と水瀬が偶然コンビニで会ってしまったことがあった。七瀬が可愛い服を着ている事をバレたくないとのことだったので、代わりに俺が七瀬に着せたことにしたのだった。
「……だから、私も着てみたの」
「だからの使い方可笑しくない?」
「可笑しくない! 三月君が好きな服を愛実に着せてるんだから、私が着ても可笑しくないでしょ!」
水瀬はそこについては触れられたくなかったのか、体温を上げたように耳の先を赤くした。支離滅裂しているような理由だが、一体どこにそんなに顔を熱くさせるような要素があったのだろうか。
不思議なものである。
そこでふと、一つの疑問が頭に浮かんだ。
「あれ? おれその服好きって言ったけ?」
確か、水瀬には俺が七瀬に来て欲しい服を着てもらっていると説明していた気がする。そうなると、自然と俺が好きな服は七瀬が着ているような服と思いそうなものなのだが。
「前、私がこの服着たときだけ、三月君が凄い反応してたから」
「いや、そりゃあ、反応はするけどさ」
それは可愛いとは別の基準で、別の所が反応していたに過ぎないわけで。
水瀬は胸元を隠していたような両手をいつの間にか開放しており、こちらに服を見せびらかすように両手を広げていた。
「可愛くないのかな?」
きょとんと首を傾げながら、不思議そうな目でこちらを見てくる。そんな汚れを知らないような顔でこちらを見られると、邪な気持ちで水瀬を見てしまっている自分が少し嫌にもなってしまうというもの。
「いや、可愛いとは思うよ。ただ、その、」
「何かな?」
「……あんまり外に着ていかない方が、いいんじゃないかと」
水瀬は俺の言葉を聞いて、しばらくきょとんとしていた。しかし、すぐに水瀬はくすりと笑みを浮かべていた。
「大丈夫。これ一枚でいるのは部屋の中にいるときだけだから」
「え? 部屋着として買ったのか?」
「違いますー。まったく、三月君は鈍感なんだから」
水瀬はそう言うと、片頬を膨らませてこちらから視線を逸らした。怒らせてしまったのかと思ったが、その表情はどこか和やかそうに見えた。
「あれ?」
「ん? どうした?」
水瀬は膨れていたと思ったら、急に何かに気がついたように首を傾けた。一体、何を考えているのだろうと思っていると、水瀬はこちらにちらりと視線を向けてきた。
「もしかして、今のって独占欲?」
「独占欲? 何のこと言ってるんだ?」
「いや、『あんまり外に着ていかない方が、いいんじゃないか』ってやつ」
水瀬は当たり前の事を言うかのようなトーンでそんなことを口にした。先程俺が口にした言葉。
それを水瀬は独占欲か何かと勘違いしているようだった。
普通に考えてそんなわけないじゃないか。言葉の意味をかみ砕いてみれば、すぐに分かることだろうに。
……あれ?
特に意識をしないで口にした言葉。それを分解して、発言者の意図をくみ取ろうとしたのだが、くみ取ろうとすると、どうしても水瀬の言った言葉が勘違いではない気がしてきた。
ちらりと水瀬の方に視線を向けてみると、俺のそんな考えを感じ取ったのか目を爛々とさせていた。
俺はそんな目から顔を背けて、そっと誤魔化すように言葉を口にした。
「違うヨ」
「あー、絶対そうだ! 三月君、三月君! なんで外で着て欲しくないの? 教えて、教えて!」
水瀬はローテーブルを挟んでいるというのに、体をぐいっとこちらに近づけてきた。俺が体を背けようとすると、その分だけ水瀬がこちらに体を近づけてくる。
ちくしょう、良い匂いが俺の思考を邪魔してきやがる!
「か、勘違いするなよ、独占欲とかそんなんじゃないからな」
「うんうん。それでそれで! 理由を聞かせて欲しいな!」
明らかに分かっていない。水瀬は恋バナを聞く年頃の女の子のテンションで、俺の次の言葉を要求してきていた。
ていうか、なんで彼氏でもない人に独占欲を向けられて喜んでるんだ。アホなのか? 水瀬はアホの子なのか?!
ぐいぐいとくる水瀬に押されるように、俺は言葉をぽつりぽつりと漏らした。
「その、あんまり、他の人に見られたくないというか、なんというか」
「えー、なんでだろうなぁ。分からないなぁ!」
絶対に分かっているはずなのに、水瀬はわざとらしく首を傾げていた。次の言葉をワクワクと待つような表情が気に入らないが、ここで言葉を中断した方が後でいじられるだろう。
そう思った俺は、どこか勢いに任せるように言葉を続けた。
「だから、他の知らない人にえっちな目で見られるのは、あまりいい気がしないの!」
「あー、三月君、独占欲だだ漏らしだぁ! えへへっ、三月君可愛い!」
「か、可愛くなんかないやい!」
ちくしょう、誰が見ても分かる圧倒的不利な状況!
何とかして立場を逆転させてやりたいが、追い詰められた俺は精神的疲労でふらふらだった。ただ俺を弄ぶような水瀬の言葉に翻弄され、俺は為す術もなかった。
そんな俺を見て気を良くしたのだろう。水瀬は悪だくみをするかのように口元を緩めると、こちらをからかうような口調で言葉を続けた。
「へー、他の人にそんなふうに見られるのが嫌なんだ。他の人、っていうことは三月君は私のことえっちな目で見てるんだぁ」
「ぐっ」
「三月君のえっちー」
くすくすっという余裕のある笑み。水瀬の今の服装もあって、なんだか大人のお姉さんに弄られてるような気さえしてくる。
抑えろ思春期! 変なところで反応するんじゃない!
そうだ。仮に何も抵抗できないとしても、少しくらいは水瀬に反撃をしてやりたい。
俺はされるがままだった心を奮い立たせ、最後の悪あがきとでもいうかのように、心の声をぶつけてやることにした。
ふらふらとした精神状態でできることは、俺の心の内を吐露することくらいだ。俺は腹に力を入れて、ありったけの想いをぶつけることにした。
「そ、そうだよ、俺はえっちなんだよ! 俺は水瀬さんのことだって、えっちな目で見てるね! 普段の露出が少ない服でもむらむらしてんだよ! 太腿どころか、ふくらはぎも足裏えっちなくせに、リブニットでおっぱいを強調されたら、もう思春期が止まらないよ! えっちが渋滞してるよ!! あと良い匂いがしてえっちだよ!!!」
「え? あ、~~~~っ!」
俺の言葉を聞いて、水瀬は顔をポンと赤くした。
体のどこに隠してたのかと言うほどの羞恥の感情が体を駆け巡り、水瀬の体を熱くさせていた。真っ赤になった耳の先はこれ以上の赤さを知らないといったほど赤くなっている。その熱にやられたように、水瀬の目は潤いを増した。
よしっ、効いているぞ!
俺は追撃の機会を見失わないように、言葉を続けた。
「あと、何か食べた後に口を拭う仕草がえっちだね! あと野菜を洗う時の指使いもえっちだ! たまに見える脇の下なんてもう破廉恥だね! あと、今みたいに顔を真っ赤にして震えてる所なんてもうっ、たまんねぇな!! あと良い匂いがして、すごいえっちだよ!!!」
「~~~~っ!!」
水瀬は俺の言葉を聞いて、口元をきゅっとさせて黙るしかできないでいた。逸らされた潤んだ瞳は辱めを強制された少女のようであった。
時間経過と共にさらに赤くなっていく水瀬の顔。水瀬は喉の奥の方が閉まったのか、きゅうっと小動物が鳴くような声を漏らしていた。
やったぜ、形勢逆転だ! へへへ!
……あれ? 俺は一体何を?
急に冷静になって現状の把握に努める。
なんか水瀬にからかわれてから必死で何かを捲し立てていた。何か心の内に思っていることを口にした気がしたが、おそらく大丈夫ではないことを口にした気がする。
目の前の水瀬を見ると、見たことがないくらいに顔を赤らめていた。
これは、かなりマズいことを言ってしまったようだ。
「……足裏、脇の下、指使い、口を拭う、~~っ」
水瀬は小さく言葉をぽつぽつと漏らしていた。そして、何かの共通点に気がついたように体温を一層熱くしたようだった。
しおらしく逸らされてしまった瞳に、漏れ出るほどの羞恥の感情。
そんな表情を見せられると、より一層思春期が含みそうになる。
「なんか……すんません」
俺が正常に戻ったのに気がついたのか、水瀬は少し安心したように息を吐いた。そして、すぐにこちらに睨むような視線を向けてきた。
「……み、三月君が、ニッチな性癖を押しつけてきて、私が辱められてる姿を見て『たまんねぇな!!』って言ってきて、さらに私を辱めてくるって、み、みんなにーー」
「やばいやばいよ俺それだと本当にただの変質者になっちゃうし高校生にしてはいき過ぎた性癖持ってる感じが漂ってしまうので誰にも言わないでくださいお願いします何卒!」
俺はクラスメイトから『性癖の玉手箱』というあだ名で呼ばれないように、水瀬に深く頭を下げたのだった。
今回は俺が悪いのだろうか? いや、完全に暴走した思春期が悪いだろ!
おい、思春期どこいった! そこか!! あっ、おい! 待ちやがれ!!
俺は顔を真っ赤にしている水瀬のリブニット姿を脳内んい保存しながら、水瀬に深く深く頭を下げたのだった。
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