第44話 二人でカラオケ、幼馴染さん

 とある放課後。


 水瀬が用事で早く帰られなければならないということもあり、俺と七瀬は二人で学校の最寄り駅へと向かっていた。


 七瀬と二人で歩いていると、どうしても注目を集めることが多い。今も放課後に七瀬が男と二人で歩いているというだけで、視線が向けられたりもする。


「三月、三月は今日どうしたい?」


「んー、特に行きたいところとかはないかな」


 七瀬は慣れているのか、周りの視線など気にせずに俺の隣を歩いていた。可愛らしい服装をしているときには、俺の影に隠れてしか移動できないくせに、普段は堂々と歩いている。


「茜もいないし、今日は二人きりか」


 七瀬の頭にはそのまま直帰して、各々放課後を過ごすという考えはないのだろう。七瀬は俺にそんな言葉を向けると、こちらに意味ありげな視線を向けてきた。


「な、なんだよう」


 俺はその視線を少しでも和らげようと、わざとらしく七瀬にそんな言葉を返した。


 微かに恥じらうように赤くなった頬に、逸らされた視線。学校で水瀬の次に人気のある七瀬にそんな態度を取られると、心の臓が落ち着かなくなる。


「えっと、だったらさ」


 七瀬は言葉を詰まらせ、周囲を確認した。どうやら、俺達のすぐ隣にいた女子のグループの視線が気になったらしく、七瀬は足を止めた。


 そして、その女子達が遠くに行くのを確認して、七瀬は不安げな表情をこちらに向けた。


「二人きりで、その、行きたいところがあるんだけど」


 恥じらうように体をもじりとさせ、頬を微かに赤く染めていた七瀬は、何かを頑張って誘おうとする乙女のそれだった。


 いや、そんなわけがないことは分かっている。


 それでも、七瀬にそんな顔を向けらえて、そんな言葉を言われてしまったら、もうその提案を受け入れる他なかった。




「『ドキッと、キュッと、ポニキュア! きゅあっ!』」


 七瀬が言っていた二人きりで行きたい場所。なぜそこを強調するのかと思っていたが、理由は単純だった。


 女児向けアニメ『ポニキュア』カラオケをしたかったからだ。だって、水瀬とかいると『ポニキュア』の歌えないもんな。


 でも、そのためだけにわざわざ学校から遠く離れたカラオケに行くのはどうなのよ。


「ふー、すっきりすっきり! 前に来たときに歌いたかったんだけどさ、茜いたしね~。それに、一人カラオケしてポニキュア歌うのも恥ずかしいし、三月と二人で来たかったんだよね~」


「さいですか」


 ああ、分かっていたさ。どうせこんな事だろうってな。


 だから、俺はかなしんでなんかいないぞ。ほら、思春期も元気出せって。


 ほら、そんな顔をするから雨が降ってきたじゃないか。え? 雨なんて降っていない?


 いや、雨だよ。行こうぜ。ここは、冷えるから。


「ほら、三月も歌ってよ! 『秘密だよ絆』入れてあげるから!」


 七瀬は屈託のない笑顔でマイクをこちらに渡してきた。そんな顔をされてしまうと、マイクを受け取らないわけにはいかなくなる。


「ちくしょう、これがポニキュアのキャラソンだと分かってしまう俺は、もう引き返せないところまで来てしまったみたいだ」


 俺は七瀬に入れられた女児向けアニメのキャラソンを熱唱し、七瀬と二人で盛り上がった。


 女児向けアニメのキャラソンで熱狂する高校生二人、ドリンクを持ってくる店員さんでもいたら、俺達のことをどんな目で見るんだろうな。


 そうしてカラオケを数曲歌った後、俺はトイレに来たくなりカラオケの個室を出た。用を済ませて、カウンターの前を通ったとき、俺はカウンターに置かれていたあるポップと、とある物を見つけた。


「ほぅ」


 まるで興味なさげに一瞥をくれながら、俺はそれの種類を確認した。そして、その種類の中から好みの物を発見し、俺は足早にカラオケの個室に戻っていった。


「あ、三月おかえり! 見てよ、ポニキュアの新曲歌ったら高得点!」


 七瀬はモニターの画面に映されていた八十点後半の点数を見せびらかせて、自慢げな笑みを浮かべていた。


 表情を見るに、本人的にもこの点数が高得点なのだろう。


 ……いけるな。


 俺はこの後の流れを完璧に脳内でイメージした。そして、そのイメージを実行するために、やや芝居がかった口調で言葉を続けた。


「うお! 凄いな、七瀬さん! やっぱり、歌うまいな!」


「え? そ、そうかな? なんだよ、三月急に褒めるじゃんか」


 おそらく、いつも水瀬とカラオケに行くからあまり歌を褒められることはないのだろう。褒め慣れていないのか、七瀬は分かりやすく照れていた。


「これだけうまいと、点数勝負しても勝てる気しないな」


「そ、そう? 三月も歌下手なわけじゃないし、そんなこともないと思うけど!」


「いやいや、無理だな! でも、せっかくだし点数勝負しようぜ! 負けた方は、勝った方の言うことを聞くことにしよう! もちろん、変な接触とかエロい命令とか、本人が心から嫌がりそうなことはなし! これでどうだろうか?」


「なんか急に思いついたにしては、やけに具体的じゃない?」


「そ、そんなことはない。……というか、どうせ七瀬さんが勝つんだから問題ないだろ?」


「まぁ、それもそうか。いいよ、ぼこぼこにしてやんよ!」


 七瀬はそう言うと、勝負をする前から勝ち誇るような笑みをこちらに向けてきた。


 こうして、俺と七瀬のカラオケ対決が始まったのだった。


 

 勝者、俺。


「え? なんで、三月って歌上手かったっけ? え、なんで点数だけ高いの?」


「上手くはない。ただ得点に繋がるポイントを稼いで、減点を防いだだけだ」


 そう、俺は決して歌が上手いわけではない。だが、カラオケの点数は七瀬の点数を大きく上回ったものだった。


 以前、時光とカラオケに行ったときに、ビブラートやこぶしなどの加点ポイントだけを極めて、どこまで点数が上がるかを実証したことがあったのだ。


 そのかいあって、俺と時光はカラオケの採点に限り、高得点を出すことができるようになった。


 時光、お前との実証結果がここで役立ったよ。


 俺は余裕のある笑みと共に、どかっとソファーに腰かけた。未だに何が起きたのか納得できていない七瀬をそのままに、俺は言葉を続けた。


「それじゃあ、七瀬さん。カウンターに行ってメイドのコスプレ借りて着替えてきて」


「へ?」


「なんで訳が分からないような顔をしているんだ。勝負に勝ったんだから、命令権は俺にあるだろ?」


「で、できるわけないじゃん! えっちなのはしない約束でしょ!」


「ほう、なぜメイド服に着替えることがえっちなんだい?」


「そ、それは、その、」


 七瀬は俺の反論を受けて、顔を赤らめた。言葉を続けようとしているが、その言葉を口にしようとする度に顔は赤らんでいく。


 そう、七瀬はここで反論できるはずがない。ここで変に反論をするものなら、えっちなのは服装ではなく、七瀬であることを証明してしまうからだ。


 ただ衣装を着るだけ、そこには邪な気持ちなど含まれてはならない。


「メイド服というのは、19世紀末に使用人が着用していた衣服だ。えっちな要素はないではないか。そして何よりも、日本での人気も高い可愛い服だ。七瀬さんだって、まだ着たことはないんじゃないか? それをこの機会に着れる。それも着させられたという免罪符付きだ」


「で、でも……~~っ」


 今回の命令には、本人が嫌がることは命令してはならないという約束がある。七瀬が可愛いと思って着ていた服にはフリルが拵えてあったりと、メイド服とどこか似ている部分があったりする。


 よって、七瀬はメイド服に興味があることは明らかだ。でも、自分で進んで着るのには抵抗があるはず。


 そこで、この命令ときた。嫌だと言いながらも、七瀬は本心では着たいはずなのだ。


「……じゃ、じゃあ、せめて三月が取って来てよ」


 七瀬はもじりとさせながら、恥ずかしそうに視線を逸らした。やや声は小さくなったようだが、メイド服を着ることに関しては前向きらしい。


「男だと貸してくれないから無理だ。大丈夫、さっき見てきたら受付は女の人だったぞ。七瀬さん、行くなら今しかないんだ!」


 俺の熱弁は七瀬の揺らいだ心を押し込んだ。七瀬は目をぐるぐるとさせると、恥じらったように涙を浮かべながら立ち上がった。


「えっちじゃない命令、可愛い服、今しかない、」


 七瀬は小声でブツブツと言いながらゆらりと歩くと、カラオケの個室を出てカウンターへと向かったのだった。


 ……やったぜ。




「お、おまたせ」


 再び現れた七瀬は、黒と白のメイド服を身に纏っていた。一般適なベーシックのメイドコスプレ。もちろん、スカートもミニスカート仕様になっている。


 一見、安っぽく見えるコスプレなのだが、それゆえにコスプレであることが強調されていた。


 普段学校ではクールで表情もあまり変わらない、かっこいいとさえ言われる美少女。


 そんな子がカラオケの個室で二人きりという状況で、メイド服のコスプレをしているのだ。


 顔を真っ赤にして、恥じらうような涙目でこちらを弱々しく睨みつけながら。


 無理やり着させられながらも、着替えたのは本人であるという事実。カウンターに恥じらいながら、コスプレを貸してくださいと言ったのだろう。その想像だけで、胸にぐっと来るものがある。


「いや、可愛過ぎんだろ」


「~~~~っ! い、いいから、そういうのはっ!」


 七瀬は自然と漏れ出たような俺の言葉を聞いて、その場にへたり込んでしまった。真っ赤にした顔を両手で覆っているが、隠したところで真っ赤になった耳は丸見えである。


 やがて落ち着いたのか、七瀬は顔から両手を離して、不安げな瞳をこちらに向けてきた。女の子座りでこちらを見上げる様を見せられ、俺は無言でスマホを取り出していた。


「ちょっ、なんで急にシャッター切るの! 連写はやめてよぅ!」


「……」


「無言もやめてぇ!」


「さすがに、メイド用の靴下はなかったか。ちょっと、買ってこようかな」


「趣味の押し付けもやめて! それと、こんな格好をした私を置いてかないでぇ!」


 財布を持って外に出ようとする俺を七瀬は必死に止めた。そこまで言われたら仕方がないか。


 俺は財布をテーブルの上に置いて、スマホを取り出して七瀬の撮影に戻った。


「うぅ、撮らないで、撮らないでよぉ」


 俺がシャッタ―を切るのをやめないでいると、七瀬は俺の腰辺りを持って抵抗するように揺らした。


 ただその腕に力はなく、本当にズボンを揺らしているだけだった。おそらく、力が入らないほど恥ずかしくなっているのだろう。


 しかし、どうしたものだろうか。


 写真に写る七瀬は俺のズボンを掴んでいるため、ちょうど俯瞰の構図で写っていた。必死に抵抗したかのように肩で息をしながら、羞恥に満ちた顔をこちらに向けている。そして、その瞳は涙目で上目遣い。


 えっちなことはしない約束だったのだが、この写真は少しえっち過ぎやしないだろうか。


「お客様、先程のコスプレですがーー」


 そんな俺達の元に、カウンターにいた女性店員がやってきた。何かしらの補足事項でも伝えるために来てくれたのかもしれない。


 しかし、そんな店員さんはこちらを見るなり、言葉を失ったように固まってしまった。


 カラオケの個室。カメラを向ける興奮気味の男。コスプレをしてズボンに手をかける美少女。そして、その目は涙目になっており、まるで俺がやや乱暴気味に事を済ませたように見えなくもない。


「けほっ、」


「このタイミングで咳は勘違いをされるぞ、七瀬さん!」


「えっと、そういった行為はカラオケ店では遠慮して頂けると、」


「違いますから! 誤解ですから!」


 俺は急に咳き込んでしまった七瀬の代わりに、頭を下げながら誤解を解くはめになったのだった。


 今回は俺が悪いのだろうか? いや、調子に乗る俺を止めなかった思春期も悪いと思う。


 思春期、いつまで喜んでるんだ! 早くこっちに来なさい!


 俺はメイド服を着て咳き込む七瀬の姿を瞼の裏に焼き付けながら、疑う視線を向け続ける店員さんの誤解を解くために奮闘したのだった。

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