第41話 勉強会ですよ、幼馴染さん

「い、いらっしゃい」


「うん」


 テストを一週間前に控えた俺と水瀬は、今週の集まりをスキップすることにした。理由は単純で、テスト勉強に集中をするため。


 俺はまだしも、学年でトップの成績の水瀬の時間を邪魔したくなかった。そう思ったので、今週は各々の家で週末を過ごすことになったのだ。


「な、なんだよ」


「いや、えらく可愛いなと」


「~~っ! み、三月が言ったんだからな! 可愛い服を着てきて欲しいって。ここに来るまで、は、恥ずかしかったんだからな」


 そう言って、七瀬は恥ずかしそうに顔を赤く染めていた。羞恥に染まった涙目でこちらを睨む姿は、辱めを受けた女の子のそれだった。


 今日の七瀬の服装は、薄いベージュ色の半袖のブラウスと、淡い茶色のワンピース。そして、少しだけ長めの白ソックス。ブラウスとソックスにはフリルが拵えてあり、全体的に控えめながら可愛さを押し出すような服装をしていた。


「と、とりあえず、部屋の中にいれて欲しんだけど」


「お、おう。そうだな」


 玄関先で七瀬に見惚れていると、七瀬は困った顔でそんなことを口にした。


 眺めるのは家の中でもできるので、俺は七瀬を家の中に入れてリビングに通したのだった。


 なぜ、七瀬が俺の家にいるのか。それは、水瀬とのやり取りの数日後、七瀬からこんなメッセージがきた来たからだった。


『今週末、また勉強会しない?』


『来週テスト本番だし、水瀬さんに一方的に教わるのも悪いだろ』


『うーん、確かに茜には悪いか。それなら、二人でやる?』


『そうだな。それなら、問題ない』


『決まりね。……何着ていこうか悩んでる』


『悩む?』


『……可愛い系とか、かっこいい系とか、色々あるしなぁって?』


『可愛い系一択だろ』


『い、一択なんだ。そこまで言うなら、着て行ってあげないこともない。けど、引くなよ?』


 こんなやり取りがあって、七瀬と勉強会をする流れになったのだった。それも可愛い服装をした七瀬付き。やったぜ。


「へー、ここが三月の家か」


「そういえば、七瀬さんは来るの初めてだったな」


 七瀬は珍しいものを見るように、辺りをくるくるとして見て回っていた。そんな光景を見せられて、気が緩んでしまったのかもしれない。俺は発言をしてから、微かに表情が硬くなるのを感じた。


「『は』ってことは、誰か来たことあるの?」


「……時光、とか?」


「ふーん、そう」


 何かを疑うような視線を向けられたが、その何かが分からないフリをして、俺は七瀬の視線から逃れたのだった。


「よっし、それじゃあ、始めるとするか」


「あ、うん。そうだね。ここに座っていい?」


「いや、その前に立ったままがいいかな」


「立ったまま? え、ちょっと!」


「ふむ。初めて男子の部屋に上がって、そわそわとしている女の子の絵か。なんだ、七瀬さんもノリノリじゃないか」


 俺がスマホを向ける前から七瀬は表情を作り、しっかりと設定に入り込んでいるようだった。微かに赤くなっている頬。彷徨う視線は熱っぽく、不意にこちらに向けられた視線と目があったので、俺はシャッターを切った。


「ちがっ! なんで写真撮ってんの?!」


「え? いや、何でって言われても」


「なんで分からないのが可笑しい、みたいな顔してんの?!」


 クール系の美少女。そんな子が普段着ないような可愛い格好していたら、写真に収めるだろ。何言っているんだ、七瀬の奴。


 そうして、顔を赤くする七瀬の表情を撮り続けていると、やがて七瀬がぺたんとお尻をついて座ってしまった。


 結構長い時間撮影会をしていたから、疲れてしまったのかもしれない。


「うぅ。撮らないで、撮らないでよぉ」


「いや、さすがにその表情はえっち過ぎるだろ」


「えっちじゃない! えっちな表情ってなに?!」


「こんな感じ」


 俺は七瀬に言われ、七瀬が映っている写真を見せた。


 羞恥の感情に呑みこまれて、赤くなった顔色。涙が溜まった目は、抵抗むなしく、ただ一方的に辱めを受け続けた後のようだった。息を切らしていそうな肩の躍動感と、息遣いが伝わってくる一枚。


 立てなくなるほど辱めを受けて、腰が抜けてしまったような少女がそこにいた。


「~~~~っ!」


「これはマズいな。えっち過ぎる。……送信」


「なんで私に送ったの?! うぅ、消してよぉ、見ないでよぉ」


 俺は可愛く取れた七瀬の写真を七瀬とのチャットに送り、やり遂げたように大きく頷いた。俺の行動に思春期の奴も満足だろう。


 やりましたよ、思春期さん。


「さてと、そろそろ勉強会をするか」


「どんな精神してたら、そんなふうに切り替えられんの? 三月は人じゃないの?」


「だって、今日勉強するために集まったわけだし」


「うぅ、三月はサイコパスだったんだぁ。変態の鬼畜野郎だったんだぁ!」


「き、鬼畜野郎はやめろよ」


 俺は撮影会をしたことを理由に、七瀬に謂れのない言葉を浴びせられることになってしまったのだった。


 ……謂れがないことは、ないのかもしれないな。


 とりあえず、七瀬が甘い物を食べて落ち着きたいというので、俺と七瀬は並んで近くのコンビニに向かうことにした。


 その道中。暑い気温の中で、七瀬は俺の袖を強く掴んでいた。


「三月、もっとこっち寄って私を隠して! ほら、似合わない服着てるって、私を見てくる人がいるから!」


「いや、逆だと思うんだけどな」


 俺達の近くに来た人は、必ずといってもいいほど七瀬の姿を目で追っていた、理由は簡単で、可愛い子が可愛い服を着ているからだ。俺だって、逆の立場だったら七瀬のことを目で追っていただろう。


 ただ、本人はそんな考えが全くないようで、俺の袖を引いて自分の体を隠すようにしていた。


 なんかいちゃつきを見せつけるカップルみたいだ。


「ほら、コンビニ着いたぞ。今回は俺が奢ってやろう。写真のお礼だ」


「自分で買うから、写真を消して欲しいんだけど」


「……好きなものを買うがいい」


「……馬鹿みたいに高い栄養剤買ってもらお」


「ちょっ、買うなら普通の栄養剤にしときなさい!」


 七瀬は俺にからかうような笑みを向けると、そのまま冷蔵庫の方に向かって行った。どうやら、少しは機嫌が良くなったようだ。


「あ、三月君!」


「え? み、水瀬、さん?」


 そして、入れ替わるように水瀬が俺の前に現れた。


 水瀬さん黒色のダボっとしたTシャツに、デニム生地のショートパンツ。黒のソックス姿というラフな服装をしていた。


 いや、そんな悠長に服装を見ている場合でないだろ。エマージェンシーである。


「えへへっ、少しだけ勉強一緒にしたいなって思って、来ちゃった」


 水瀬は照れるような笑みをこちらに向けると、そんな可愛らしいことを口にした。


 こちらの事情を何も知らないような表情。それでも、俺が言葉を失って何も言えないでいると、俺の態度がいつもと違うことに気がついたようだった。


「あれ? スタンプ返してくれたし、チャット見てくれたんだよね?」


「スタンプ?」


 言われて急いで水瀬とのチャットを確認すると、確かに俺からスタンプが返されていた。


 もしかして、七瀬を撮影しているときに来たチャットのことか? てっきり、時光か誰かだと思って、ろくに読みもしないで返信をしてしまった記憶がある。


 いや、だって、あのときは七瀬の撮影に夢中だったし。


 ……マズい。非常にまずい事態に直面している。しかし、いまさら後悔しても遅い。俺にできることは、可愛い服装をした七瀬と水瀬の遭遇を阻止すること。それだけを考えれば、最悪の事態だけは避けることができるはず。


「三月―、三月も馬鹿みたいな値段の栄養剤でいい、の?」


 できなかったわ、無理だったわ。


 水瀬は俺の後ろにやって来た七瀬をぽかんと見ていた。それから、こちらに視線を戻して、また七瀬の方に視線を向けた。そして、ぽつりぽつりと言葉を漏らすように続けた。


「愛実と二人。可愛い服。栄養剤」


 しばらく考えた水瀬は、そのワードから何を想像したのか、頬を赤くしてこちらに少し険しい視線を向けてきた。


「み、三月君が、無理やり愛実に可愛い格好させて、辱めて楽しんだ後に、まだ足りないからって栄養剤を飲ませた後に、また辱めて楽しむ気だって、み、みんなにーー」


「確かに可愛い格好はさせてしまったけど水瀬さんの言う辱めるというようなことはしていないと思うのでみんなに相談しないでくださいお願いします何卒!」


 ちくしょう、無理し過ぎだ思春期のバカ。


 今回は調子に乗り過ぎた思春期と、俺が悪いのだろう。


 俺はクラスメイトから『絶倫コスプレ野郎』というあだ名で呼ばれないよう、深く頭を下げたのであった。


 これってなんて言うの? 修羅場って表現でいいの?


 こうして、ゆっくりとテスト勉強をするはずの週末は、水瀬と七瀬の襲来によって大きく形を変えたのだった。

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