第40話 夜の帰り道、幼馴染さん

 俺と七瀬は勉強会を終え、水瀬の家から最寄り駅までの道のりを歩いていた。


「なんか私がトイレから帰ってきたとき、茜の顔が真っ赤になってたけどさ、三月何かしたの?」


「……何もしていないよ」


「あやしーな。すごく怪しい」


 水瀬に耳の弱点を指摘され、水瀬の耳の弱点を指摘した後すぐに、七瀬がトイレから帰ってきた。


 当然、そんなにすぐに水瀬の真っ赤な顔色が正常なものに戻るはずがなく、七瀬は俺に睨むような視線を向けてきた。おそらく、俺が水瀬にえっちなことでもしたと思ったのだろう。水瀬の反応がそんな行為を受けた後みたいな感じだったし。


 ……うん、えっちなことはしてないぞ。


 水瀬がそんなことはしていないといくら言っても、七瀬は納得していないようだった。そして、今こうして二人きりという状況。


 中々の気まずさがある。


「そ、それよりも、今日は水瀬の家で夕ご飯食べていかなかったんだな!」


「三月、かなり強引に話題変えようとしてるよね?」


「何で今日は少し早く帰宅することにしたんだい?」


「うわ、私の話聞こえないふりしてる! 二人で会話してるのに、無理してる!」


 俺が硬くなった言葉回しで話すのを見て、七瀬はより一層険しい目をこちらに向けてきた。それでも、俺が折れない態度を取っていると、呆れたように溜息をついて、こちらから視線を外した。


「三月と、行きたいところがあったの」


 七瀬は少し拗ねるような表情でそんなことを言うと、静かに足を止めた。


 どうしたのだろうと思い、俺が振り返ろうとしたとき、七瀬は俺の袖を引いて顔を俯かせた。


 表情が窺えないが、数秒の間から何か真剣な雰囲気が伝わっていた。微かに七瀬の耳の先が赤くなっている。


「今から少し、時間あったりする?」


 七瀬のそんな意味ありげな言葉に、俺の心音が速くなるのを感じた。俺はそんな心音を感じながら、静かに頷いたのだった。




「今日からハッピーセットのおもちゃがポニキュアでさ! 一人でハッピーセットを頼むのは恥ずかしかったんだよね!」


「いや、二人でも十分恥ずかしかったけどな」


 場所は移って、某ハンバーガーショップ。俺達は二人掛けの席に腰かけて、おもちゃ付きのハンバーガーセットを食べていた。


 なぜ水瀬の家でご飯を食べなかったのか。俺と行きたいところというのはどこなのか。


 それらが全て某ハンバーガーショップで、おもちゃ付きのセットを食べたかったからという理由だった。


 分かってはいたさ、七瀬はこういう奴のだと。


 だから怒りを抑えてくれ、思春期よ。確かに、何かあるのかとか期待してしまった分、弄ばれたような気もするが、勘違いをしたのは俺達なのだから。


「三月凄いきょどってたよね、面白かったなぁ」


「当たり前だろ。よりによって制服着てんだぞ。色々と恥ずかしくなったわ」


 高校生の男女が女児向けアニメのおもちゃが付いたバーガーのセットを注文する。中々、シュールな光景だっただろう。


 それを動じないでできるのは、もはやその道のプロのみだ。いや、どんなプロだよ。


「よっし、それじゃあ開けようか」


「ああ」


 俺達はセットについてきた塗り絵用のミニ色紙を互いに手に持った。色紙の袋を開けるまで、どんなキャラのミニ色紙か分からないためシークレット仕様。


 当然、封を開封する手にも力が入るというもの。


 そして、俺達は空腹時に目の前に置かれたハンバーガーよりも、女児向けアニメの色紙を開けることに夢中になっていた。


「いっせーの! あっ、リリちゃんだ!」


「俺は……シュナちゃんか」


「え? シュナちゃん当たったの? いいな~!」


「あれ? 七瀬さんてシュナちゃん推しだったけ?」


 俺達が引き当てたキャラクターは、どちらも主人公の女の子ではなかった。オレンジがイメージカラーの主人公の妹キャラのリリと、青色がイメージカラーの主人公と同級生のシュナちゃん。シュナちゃんは可愛いというよりは、クール系の女の子だったはず。


 可愛いもの好きの七瀬さんがそんなシュナちゃんを推すとは、少し意外だった。


「へ? あ、うん。最近私の中できててね」


「へー、じゃあ、交換するか?」


「え? いいの?!」


「いいよ、俺リリちゃん好きだし」


「本当?! それなら、交換してもらっちゃおうかな」


 七瀬はそう言いながら、嬉しそうにこちらの色紙を受け取った。子供が向けるような熱視線を色紙に向けている、クラスのクール系美少女。


 その様子はギャップを相まって、中々可愛らしいものだった。


 俺はあまり直視し過ぎないように、視線を七瀬から受け取った色紙に移した。色紙一つで喜ぶ七瀬の様子を見て、俺は自然と笑みが零れてしまっていた。


「……三月がにやにやして、小学生プリキュアの色紙を見つめてる。え、三月って、ロリコンなの?」


「ち、違うわ!」


 俺はあらぬ誤解を受けて必死に訂正をした。しかし、必死になり過ぎたせいか、七瀬の疑うような目はただ強くなっていくばかりだった。


 喜ぶ七瀬の姿を見て、微笑んでいたんだよなんて言えるはずもなく、俺は七瀬からロリコンの疑惑を持たれてしまったようだった。


「ふーん。まぁ、良いけどね。えっと、三月、ありがとうね!」


「おうよ」


 七瀬はそう言うと、無邪気な笑みをこちらに向けてきた。そんな屈託のない笑顔を向けられると、学校でのクールな印象が霞んできて、目の前にいる七瀬が本当の七瀬にしか見えなくなってくる。


「なんか、最近学校での七瀬さんの方が違和感を覚えるな」


「まぁ、三月の前と学校の私だと結構違うもんね」


 七瀬はそう言いながら、スマホで色紙の写真を撮っていた。改めて写真を通してして色紙を眺めながら、七瀬は見てむふーと笑うような表情をみせた。


「ポニキュアのグッズとか写真に残してるんだな」


「まぁね! 現物も飾ったりするんだけど、写真でも残したいんだよね!」


 七瀬はそう言うと、得意げにこちらにその写真を見せてくれた。スワイプしていくスマホには、次々とポニキュアのグッズが映っていく。


「へー、結構色々あるんだな」


 缶バッチやイラストカードなどの写真がしばらく続いた後、次に写った写真は七瀬の写真だった。


「あ、これは茜が私を撮った写真だね」


 ポニキュアの写真の中に、七瀬の私服姿が混ざっていた。パンツスタイルで凛とした佇まい。まさに、学校での七瀬って感じの写真だった。


「おー、確かにかっこいい系の服も似合うな」


「……可愛い系は似合わないんだって」


「いや、そんなことーー」


「あっ」


 七瀬は少しだけ寂しそうな表情で、スワイプを続けた。恥ずかしがるように画面をスワイプした先に写っていたのは、またしても七瀬だった。


 英国のお嬢様が着そうなブルーのワンピースに、白色のフリルが拵えてある半袖のブラウス。


 不思議の国から出てきたかのような服装をしており、そのまま絵本の世界に帰っていきそうなほど似合っていた。

 

 恥ずかしそうに写真に写る七瀬の表情が良い味を出している。


 それも、これの写り方は完全に自撮りの写り方だ。


 普段クールでかっこいいとか言われている水瀬の次に人気のある女の子。そんな子が実は家では可愛い服を着て自撮りをして楽しんでるか、撮影背景まで完璧ではないか。


「~~っ! これは、その、ちち、違くって!」


「かぁわいいなぁ」


「へ?」


 俺は心の声が漏れ出るように、そんな言葉を口にしていた。


 自分の密かな趣味がバレてしまった七瀬は、その恥ずかしさから耳を真っ赤にしていたが、俺の言葉を聞いてショートしたように動かなくなった。そして、俺はその一瞬を見逃さなかった。


「ちょっと、借りるぞ」


「え、ちょっと、三月?! か、返してよ、スマホ!」


「ダメだ。少しだけ待っていてくれ。ふぅ、これでよし。ありがとうな」


 俺は七瀬が固まった隙に、七瀬のスマホを奪うと高速でそのスマホを操作した。それも一瞬のこと、七瀬が涙目になる前に操作を終えて、スマホを七瀬に返した。


「なんか高速でいじってなかった? 一体何をしてーー」


 七瀬は俺からスマホをひったくるように受け取ると、何か異常がないかを確認をしようとスマホをいじった。そして、すぐにそれに気がついたのだろう。


 七瀬は顔を真っ赤にさせて、羞恥の感情に満ちた涙目でこちらを睨んできた。


「~~っ! なんで、三月とのトーク画面にさっきの写真が投稿されてるんだよ!!」


「よっし、保存完了。嫌だったら削除してくれていいぞ」


「何で保存するんだよ! 消して! 消してよぉ!!」


「ちょっ、勝手に人のスマホ触ろうとするなよ。デリカシーないのか?」


「み、み、三月にだけは言われたくないな!! 何でそんな迷惑そうな顔ができるんだ!」


 俺は顔真っ赤にしてぱたぱたと動く七瀬をいなしながら、自分のスマホをポケットに隠すようにしまった。


 今宵は七瀬の言葉に期待をしてしまった思春期さんがお怒りなのだ。これを納めれば思春期さんの怒りも静まるはず。


 すまんな、七瀬よ。おまえの写真が可愛すぎたのが悪いと思ってくれ。


 俺は顔を真っ赤にして震えている七瀬の光景を脳内に保存してから、ハンバーガーにかぶりついたのだった。

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