第28話 お出かけ、幼馴染さん
とある週末。俺は七瀬に呼ばれてとある場所に来ていた。
「えっと、七瀬さん、だよな?」
「そうだけど、な、なに?」
俺は七瀬さんと待ち合わせをしていたのだ。当然、俺の前に現れるのは七瀬である。
「やっぱり、変かな?」
半袖の白いフリル付きのブラウスに、丈の短い黒色のスカート。そのスカートからは太腿が露になっており、膝付近からは黒のソックスに包まれた脚があった。
学校では一番可愛い女の子として名高い、水瀬の次に人気のあるクール系美少女。私服姿はかっこいいパンツスタイルだろうと想像してしまうような、可愛い系とは対極にいるような女の子。
そんな七瀬が可愛らしいフリルや、短い丈のスカートで俺の前に現れたのだから、そう聞いてしまうのも無理はないだろう。
「……普通に可愛いと思うぞ」
「か、かわっ! ~~っ」
七瀬は恥ずかしがるように顔を手で覆い、真っ赤にした顔を見られないようにと動かなくなった。
どうやら、普段かっこいいとか綺麗とか言われていても、言われ慣れていないせいか、可愛いという言葉には弱いらしい。
なぜ七瀬が急に俺の前に可愛らしい姿で現れたのか。
それは数日前、七瀬から掛かってきた電話が原因なのかもしれない。
「三月、三月って今週の土曜日暇?」
「土曜日か、うん。土曜日は特に何もないな」
「そっかそっか。なら、予約したポニキュアのブルーレイディスク取りに行くんだけど、一緒に行かない?」
女児向けアニメ、ポニキュア。その人気は凄まじいもので、子供から大きなお友達まで人気のアニメである。
そして、その大きなお友達である七瀬は、ポニキュアの大ファンなのだ。そして、色々な勘違いがあり、俺もポニキュアのファンということになっている。
「了解。昼過ぎくらいでいい?」
「うん。そのくらいがいいかな」
七瀬とはたまに電話でポニキュアのことを話したりするのたが、どこかに二人で遊びに行ったりすることはなかった。七瀬に遊びに行こうと誘われたのも初めてである。
そこでふと、七瀬の私服が気になった。
七瀬の私服。一体、どんな服をきるのだろうか。やはり、多分ユニセックスな感じなのだろう。
「三月?」
「え? ああ、悪い悪い。ちょっと考え事をな」
俺が少し黙り込んだのを気にしたのだろう。電話での間って、結構気になったりするよな。
「考え事?」
「ああ。七瀬さんの私服ってどんな感じなのかなって」
「別に、普通だよ。私のイメージに合った感じの奴」
七瀬は本当は可愛い物が好きらしい。ただ、自分のイメージには似合わないという理由で、人前ではクールを装い、可愛いものを遠ざけている。だから、服もそのイメージ通りの物を着ているということだろう。
水瀬とは違うが、水瀬と同じように周りが期待する自分を演じているのだ。
「七瀬さんなら可愛い服とか似合いそうだけどな」
「に、似合う訳ないでしょ!」
確かに、学校での七瀬のイメージとは異なるとは思う。クールで洋楽とか好きそうな女の子が、フリフリの服を着るイメージは湧かない。
それでも、七瀬ほど顔が整っているのなら、基本的にどんな服を着ても似合う。普通の人が着ると痛いと思われるかもしれない服でも、七瀬なら着こなせるような気がする。
「いや、やっぱり似合う気がするな」
「~~っ!」
「えっと、七瀬さん?」
「そ、その言葉、忘れるなよ」
「忘れるな? まぁ、分かった」
「それじゃあ、土曜日だからな! 忘れるなよ!」
「お、おう」
こんな電話を終えた数分後、七瀬から次のようなチャットが送られてきた。
『土曜日は少し可愛い服で行く。引いたら恨むし、私をどこかに置き去りにしたら末代まで恨む』
そんなメッセージが俺の元に送られてきたのだった。
そして、舞台は再び土曜日当日。七瀬の顔の熱が冷めるまで、俺は数日前の七瀬とのやり取りを思い返していた。
「七瀬さん、そろそろ大丈夫か?」
「なんで三月はそんな余裕があるんだ! このジゴロ!」
「人聞きの悪い事を言うなよ。俺はそんなんじゃない。単純に服とか詳しくないから、他の言葉を知らないんだって。率直な感想だ」
「な、なお悪い! 質がわーるーい!」
七瀬はぷりぷりと怒りながらも調子を取り戻したようだった。歩き出した七瀬に合わせるように、俺もその隣を歩き出す。
「み、三月もっとこっち寄って! 他の人に似合ってないって見られてる気がする!」
七瀬はそういうと、俺の袖を引っ張って、俺を七瀬のすぐ隣に歩かせた。
自分が可愛い服を着ることにかなり抵抗があるのだろう。七瀬を可愛いと思って向けられる視線を、七瀬は別の物と勘違いしているらしい。
また、七瀬と距離が近くなったことで、先程まで意識していなかった柑橘系の香りがすぐそこにあった。
水瀬の家の布団に合った匂いと同じ香り。その香りを意識してしまって、俺の体温がぐっと上がったのが分かった。その隣では、恥じらうような顔で俺の袖を掴む七瀬。
なんか、初々しいカップルみたいな絵になってないか?
そんなふうに意識をしてしまうと、口数も少なくなっていく気がしたので、俺は何か話題がないか頭の中を探し回った。
「そういえば、なんで秋葉原にしたんだ?」
今日、俺達は秋葉原に来ていた。
確かにアニメ都市ではあるが、わざわざポニキュアのために、ここまで出向く必要があったのだろうか。
「ふふふっ、よくぞ聞いてくれました!」
七瀬は待っていたとでも言いたげに、一つの建物を指さした。そこには、垂れ幕のような物が掛けられていた。
「『ポニキュア展 実施』。何かイベントでもやってるのか?」
「そう! このポニキュア展を見るために秋葉原に来たんだよ! あとは他のテンポよりも特典が良かったから!」
なるほど、俺はどうやら休日に女児向けアニメのイベントに駆り出されていたらしい。今さらながら、俺はもう引き返せないところまで来てしまったようだった。
七瀬はそう言うと、俺の袖を引きながら店の中に入っていった。
七瀬が予約したブルーレイを受け取っている間、なぜか俺もレジに並ばせられて店員さんから変わった目を向けられた。
傍から見たら、カップルでアキバに来て女児向けアニメのブルーレイを受け取りに来る強者に見えていたのだろう。
そんなんじゃないのだが、周囲の目を避けるために恥じらうように俺の袖を引っ張る様は、勘違いを加速させるものでしかなかった。
そして、予約したブルーレイを受け取った俺達は、別の階に設置されているたポニキュア展』に来ていた。
正直、女児向けアニメのイベントに参加するのは気が引けたが、ここが秋葉ということもあってか、基本的にそこに女児はいなかった。
代わりにいたのは、俺達よりも年上の男性達。少し日本の闇に触れたような気がした。
いや、アニメを観るのに年齢なんか関係ないよな。面白い物は面白いし。むしろ、そんな俺達でも行きやすい場所として秋葉原でも開催をしてくれたのだろう。その気遣いに感謝をする場面だ。
「三月! 等身大パネルあるよ! ほら、撮って撮って!」
そんな俺と対照的にノリノリの七瀬は等身大のパネルを見つけると、周りの視線を気にしていたことを忘れたかのように盛り上がっていた。
俺は七瀬からスマホを受け取り、ポニキュアとのツーショットを画角に収めた。
無邪気な笑顔を向ける七瀬は生き生きしており、学校で見る七瀬とは別人のような顔をしていた。やっぱり、学校での七瀬よりも断然こっちの七瀬の方がーー
「可愛いよなぁ」
「え?」
俺の言葉を受けて、七瀬は頬の熱を熱くさせた。
俺のシャッターを切るのが遅かったのか、写真に残った七瀬の頬にはその熱が残っていたようだった。無邪気な笑顔は少し緊張したかのような笑みに変わっている。
「……うん、これはこれで」
「~~っ」
ポニキュアの世界に入り込んでいた七瀬は、俺の可愛い発言を受けて現実世界に戻ってきたらしい。ノリノリでポーズを取って、パネルとツーショット撮影をしていたのだ。当然、周囲の視線も集めるというもの。
ただでさえ、今日の七瀬は自分の服装を恥ずかしがっていた。そんな子が今日一番で、多くの人から視線を受ければ、当然羞恥の感情に呑まれるように顔を真っ赤にするというもの。
そして、七瀬はまるで全て俺のせいだとでも言いたげに、潤んだ瞳でこちらを睨んでいた。
学校ではクール系美少女として名高い女の子が、可愛い服を着て涙目でこちらを睨んでいる。
そんな状況に遭遇したら、やることは一つしかないだろう。
俺は無言のまま、スッとカメラを構えた。
「と、撮るなぁ!」
恥じらう女の子は可愛い。そんな全人類の共通認識を形に残そうとしてしまったのは、仕方がないことだと思う。
ポニキュア展の会場では、涙声に似た七瀬の声が少し響いたのだった。
「はぁ、はぁ、ひどい目に遭った」
「そうか? 俺は楽しかったぞ。たまには秋葉原に来るのもいいかもしれないな」
「三月は女の子を辱めて楽しいのか、この鬼畜ジゴロ」
「おおぅ、中々のパワーワードだな」
俺達はポニキュア展を堪能して、秋葉原を探索していた。七瀬に袖を引かれながら、ポニキュアのガチャガチャがあるという店に向かう道中、七瀬が思い出したように口を開いた。
「そういえば、最近茜と仲良いんだって?」
「え?! ま、まぁ、たまにお昼とか一緒に食べてるよ」
「うん、それは知ってる。茜もこんな鬼畜野郎のどこを気に入ったのかなぁ」
「やっぱり、優しい所じゃないのか?」
「恥ずかしがる女の子を盗撮するような男は、優しくなんかないの!」
七瀬はどこか棘のあるような口調でそんな手厳しいことを言った。突然、水瀬の話が出てきたから少し動揺したが、特に俺が水瀬に家事を教えていることを言及するものではなさそうだ。
俺はこれ以上水瀬との仲を深堀されないように、会話の流れを少しずらすことにした。
「やっぱり、リア充グループから見ると良い気しないのか?」
「どういう意味?」
「いや、水瀬さんが俺なんかとご飯食べてるから、『三月調子乗ってね?』みたいに思われるのかと」
「いいや、そんなことはないよ。ただーー」
「ただ?」
「逆はあるかもしれないね」
「逆?」
「そう、逆」
七瀬はどこか含みのあるような笑みをしていた。その笑みの正体は分からなかったが、逆ということは悪い風にはならないんじゃないだろうか。
それなら別に、むしろ良いことなのではないか。
そんな甘いことを俺は考えていた。
「三月、三月って今日暇か?」
「え? 飯田?」
放課後。俺は特に何もすることなく帰宅しようとしていた所を、飯田が話しかけてきた。飯田が俺に話しかけてくることなんて、初めてなんじゃないだろうか。
「暇だけだけど、何かあったのか?」
「おうよ。今日さ、俺達で遊びに行くんだけど、三月も来ないか?」
「遊びに行くって、え? あの面子で?」
俺はちらりと水瀬と七瀬達のグループの方を見た。どうやら、何か盛り上がっているらしく、楽しそうに会話をしている。
「そう。もちろん、水瀬も来るぜ」
飯田は得意げウインクをしながら、そんなことを口にした。
おそらく、いつも一緒にいるクラスの最上位カーストのメンバーで遊びに行くのだろう。それは別に普通のことだし、俺には関係のないことだ。
今日、飯田が俺を誘いに来るまでは。
一体、どういうことだろうか。まるで考えていることは分からないが、ここで無下に扱う訳にはいかないだろう。
「まぁ、俺なんかでよければ」
「お? 本当か! よっしゃ、行こうぜ!」
俺にそう言い残すと、飯田は俺が参加することを他のメンバ―に伝えにいった。そのことを聞いた水瀬は、こちらにちらりと視線を向けた。
その視線は俺の知っている水瀬のようで、距離感のあるみんなの憧れる水瀬のようでもあった。
そこで、俺と水瀬がクラスで違和感なく会話をする方法があったことに気がついた。
俺があのメンバ―の中に潜り込めば、普通に水瀬と会話をすることができるのではないか。俺もクラスでの立ち位置が確立されて、一石二鳥ではないか。
これで俺も明日からリア充だ!
そんなことを考えているはずなのに、なぜか俺の心は踊っていなかった。
突然やって来た幸運を喜べなのは、俺がひねくれてしまっているからだろうか。
俺はそんなことを考えながら、鞄を持って水瀬達がいるグループに合流することにした。
七瀬の言っていた逆というのは、俺が水瀬達のグループに加わることを意味していたのかもしれない。
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