第27話 お仕置きですよ、彼女さん
「最近の三月君は、少しエッチだと思います」
「午後のティータイムの議題それ?」
翌日。作り終えたお昼ご飯を食べ終えた頃、水瀬は改まったようにそんなことを口にした。
白い短めのワンピースのような服に、深い色をしたデニムのショートパンツ。そして、白のくるぶしソックス。
水瀬はそんな少し暖かくなってきた気温に合わせたような服装で、正座をしていた。俺も水瀬に倣うように慣れない正座をしながら、冷たいコーヒーに口を付けていた。
水瀬の赤らんだ顔は何かを思い出しているようで、恥じらうような感情が見て取れた。
なぜ急にこんな話題になったのか、そんなことは考えるまでもないだろう。
「……昨日のトイレの件か?」
「そ、そうやって口に出すのはデリカシーないと思う!」
水瀬はその話題に触れても欲しくなかったのか、赤くなった頬の熱を数段上げたように見えた。
そうはいっても、昨日の今日でこの話題だ。そのことに触れないのは不自然だろう。
「結構重要なことだと思うの。三月君って、色んなフェチ? を持ってる人なんでしょ?」
「待て。なんで俺が複数のフェチ持ちであることが確定してるんだ」
確かに、俺は色んなジャンルが好きではある。ただ自分で特定の何かをフェチだと語る程ではないはずだ。
まさか、俺は気づかないうちに、いくつものフェチニズムを開拓していたというのか。
無自覚なのに、複数も持ち。……なんか漫画のキャラみたいでかっこいいな。
「だって、三月君って女の子の脚が好きなんでしょ? あと、エプロンとか制服とか、に、匂いとか」
「やめてくれ水瀬さん。そうやって口に出すのはデリカシーないと思う」
まさか、学校で一番可愛い女の子に、自分の性癖の部分を指摘される日が来ると思わなかった。
恥ずかしがるような口調は、きっとこれまで俺達にあった出来事を思い出しているのだろう。すっかり流されたものだとばかり思っていたのでが、そんな上手くはいかないらしい。
まさか、現代日本において『くっ、殺せ』と思う場面に出会うとは思いもしなかった。
「仮に、仮にそうだとしても、何も問題はないだろ?」
「ううん、問題だよ。だって、制服が好きってことはクラスメイトみんなにえ、えっちな気持ちを抱いているってことになるしっ」
「水瀬さんは俺をJKブランドに憑りつかれた、サラリーマンか何かだと思っているのか」
「違うの?」
水瀬は俺が本気でクラスメイト全員に発情していると勘違いしたのか、こてんと首を傾げていた。
一体、俺の印象どうなってんだ。
「大丈夫だ。そもそも、誰に対しても発情している訳じゃない」
「……誰かに対しては発情してるんだ」
「水瀬さん、これ以上思春期の男子をいじめて楽しいのか?」
いつになく追求をやめない水瀬の口調は、いつものからかうようなものではなかった。それが少し気になる。
何かを本気で気にしてくれているようで、こちらもあまりふざけたことが言えない。
「あのね。私だから許してるけど、他の女の子の下着を見ようとしたり、に、匂い嗅いだりとか、おトイレの音とか盗み聞きとかして、三月君が捕まっちゃうような気がして、少し心配で」
「真面目な顔で言われると笑えないな。水瀬さん、笑えなくなってるって」
一体、俺のどんな行動を見たりすれば、俺に対してそんな印象を受けるのだろう。
俺がしたことと言えば、水瀬の家のクローゼットに入って、小一時間ほど水瀬の下着と向かい合ったり、水瀬から借りたベッドの枕に顔を埋めて大きく息を吸ったり、水瀬がトイレをしているときに、ノイズキャンセリングイヤホンのノイズキャンセリングを有効化しなかったりしたくらいだろう。あとはその他諸々。
……あながち、間違いでもないのか。
「安心してくれ、他の女の子にそんなことをしたりはしない」
俺はそんな水瀬の不安を取り除こうと、少し決め顔を作りながらそんなことを口にした。
ん? なんか今のって最低な愛の告白みたいな感じになってないか?
「~~っ」
そんな考えが脳裏を過り、水瀬の方にちらりと視線を向けてみる。すると、やはり水瀬は俺の言葉を受けて顔を赤くしていたようだった。
「なんか、今の凄いセクハラみたいだったな」
「みたいじゃなくて、普通にセクハラだよ」
水瀬は俺にジトっとした視線を向けていた。強い抗議の念を感じたので、俺はその視線からふいっと逃れた。
「それでね、昨日みたいな事故もあるし、他に何かのフェチとかあったら先に申告してもらいたいなって。そうすれば、私の方でも気をつけられるし」
「事前申告制をこんなふうに使う奴も珍しいだろうな。そして、いつの間にかラッキースケベ体質みたいな扱いに」
「それで、どうなの?」
「どうって言われても、そんなにすぐに出てくるもんじゃないんだよ」
「そうなの?」
「ああ。徐々に経験値が溜まっていく中で、自分の中でフェチって言うのが確定していくんだ」
そう、フェチニズムというのは潜在的なものだったりする。初めから自分の癖を全て知っていると思うなど自惚れだ。自分の人生経験の中でそれは蓄積されていき、それがやがて一つのフェチニズムとなる。
だから、フェチニズムの全てを語れというのは、不可能なのである。
って、俺は女の子相手に何を語っているんだろうか。時光を相手にしているわけでもないし、馬鹿馬鹿しい。
「そういうわけで、この話終わり! コーヒーのおかわりを貰ってもいいかって、ーーうおっ」
俺はなくなったコーヒーのおかわりを貰うために立ち上がろうとして、軽く躓いてしまった。
慣れない正座を長時間したのが原因だろう。足が痺れて上手く立ち上がることができなくなっていた。
「ちょっ、三月君大丈夫?」
「大丈夫だ。ただ少し足がしびれただけだ」
俺の近くに掛けよってくれた水瀬は、俺の返答を聞いて安心したように表情を緩めた。そして、俺に問題がないことを確認すると、なぜかすぐ近くにあったソファに腰かけた。
「ふむ」
「み、水瀬さん?」
俺の後ろにあったソファに腰をかけた水瀬は、俺が動けない様子を観察しているようだった。そして何を思ったのか、脚の先で俺の痺れている箇所をつついた。
「つんっ」
「うわっ! ちょっ、水瀬さん?!」
「ふふっ、ビクンってしたね。えいえいっ」
水瀬は愉快そうに表情を緩ませると、そのまま追撃をするように俺の痺れている箇所をぐいぐいっと押した。
「ちょっ、ちょっと! 水瀬さん、待ってくれ!」
「ふふふっ、エッチな三月君には少しお仕置きが必要なのだ」
水瀬はこれまで辱めを受けた報復だとでも言いたげに、脚の先で痺れている箇所をつんつんと押してきた。そして、そんな俺の反応を見て嬉しそうに笑みを浮かべている。
もちろん、痺れている箇所を押されると強い痺れが来る。しかし、俺はそんなことよりも他の所に意識がいってしまっていた。
学校で一番可愛い女の子が脚の先の方で、俺を突いてくるのだ。
当然、何も思うなという方が無理というもの。
「んー、どうしたのかなぁ。顔真っ赤にしちゃって、そんなに痺れてるの?」
「いや、痺れてるとかではなくて、その……」
「んー?」
水瀬は意地悪をするように首を傾げているが、それはきっと俺の考えが伝わっていないがゆえの余裕だ。
だから、俺が水瀬の脚で突かれていることに対して抱くこの感情は、バレてはならない。
「え? 三月君?」
「……」
俺の様子がただ悪戯をされているだけの顔ではなかったことに気づいたのだろう。『ちょっと、水瀬さん! やめてくださいよ~』って乗ってくるとでも思っていったのかもしれない。
こちらにはそんな余裕はないというのに。
「えっと、さすがに違うよ、ね?」
「……」
水瀬はただ黙りこくる俺の態度に確信を持ったのか、一気に顔を赤く染め上げた。耳の先まで赤くした水瀬は、俺に触れていた脚を引いた。その瞬間、水瀬の足の裏を俺が凝視したことに気がついたのだろう。
羞恥に満ちた潤んだ瞳は、俺に睨むような視線を向けていた。
「~~~~っ!」
「……なんかすんません」
「……み、三月君が、脚で踏まれて嬉しそうにビクンッ、ビクンってしてた後に、物欲しそうな顔で私の足裏を凝視してたって、みんなにーー」
「すみません全部事実ベースなんですがその言い方ですと誤解を招くのでどうか誰にも相談しない方向でお願いできないでしょうかお願いします何卒!」
俺はクラスメイトから『M男』というあだ名がつけられないで済むように、水瀬に頭を下げた。
今回は俺が悪いのだろうか。いや、全面的に思春期が悪い! 自粛しろ!! 思春期!!!
俺は立てない状態で頭を下げる今の状態が完全にM男だなとか思いながら、深く深く頭を下げたのだった。
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