第23話 ご飯ですよ、彼女さん

「で、できた」


「なんか無駄に時間がかかった気がするな」


「み、三月君が急に変なこと言うからだもん。私悪くないもん」


 普通に作ればすぐにできる料理なのだが、水瀬が途中でわたわたしたりと色々あり、通常よりも多く時間がかかってしまった。


 それでも、一回目よりは早くなっているし、水瀬の家事スキルも上がっているのだなと感じた。


 俺達はリビングへと移動して、向かい合って腰を下ろした。二人の中心には水瀬が作ってくれた『すき焼きもどき』が置かれていた。


「それじゃあ、いただきます」


「召し上がれー。私もいただきます」


 俺達は生卵を割って皿に移し、一つの鍋を囲んで『すき焼きもどき』を食べることにした。


「うん、おいしいな」


「うん、おいしい。鶏肉でもすき焼きっておいしいんだね」


「鶏肉も馬鹿にできないだろ? 作り置きにしておくと、味が鶏肉に染み込むからもっと美味しくなるぞ」


「ふふっ、少し楽しみかも」


 俺達は他愛もない会話をしながら互いに鍋をつついた。そして、自然と話題は直近に起きたイベントの話になった。


「これから、学校でも一緒にお昼ご飯食べれるのかな?」


「さすがに毎日ってわけにはいかないだろうな」


 数日前、水瀬は学校でもあるにもかかわらず俺に声を掛け、俺と一緒にお昼ご飯を一緒に食べた。


 当然、学校で一番可愛い女の子がクラスのモブに占領されるなんて許せないと思う人もいるだろう。それ以上に、噂好きな人が俺達の仲を突いてきたりもすると思う。


 そう考えると、毎日教室から抜けだして空き教室でお昼ご飯を食べるというのは誤解しか生まない行動だ。


「でも、たまにとかなら大丈夫だと思うんだけど、どうかな?」


「まぁ、たまにだったら問題ないんじゃないか」


「そっかそっか。えへへっ、そうだよね」


 水瀬は俺の返答を受け取ると、嬉しそうに口元を緩ませた。そんな水瀬の反応を見せられて、俺も釣られるように口角が上がっていた。


 たまにでも問題はあるに決まっている。特定の男女が二人きりでお昼ご飯を食べていれば、勘違いしか生まれない。


 そう理解できているはずなのに、なんで俺は嘘をついたのだろうか。いや、嘘ではないのか。


 ただ自分の都合よく解釈しただけなのだと思う。水瀬と学校でも話せるのなら、多少はそんな目を向けられても構わない。


 構わないなら、問題はないかもな。


 俺は美味しそうにすき焼きもどきを食べる水瀬を見ながら、一人でそんなことを考えていた。


「そういえば、水瀬さんには何か埋め合わせしないとだよな」


「埋め合わせ?」


「ああ。前にドタキャンしちゃっただろ? だから、何かしらで償いたいなと」


 以前、俺は水瀬との約束をドタキャンしてしまったことがあった。


 当日に遅刻した上でのドタキャン。どんな理由があっても、褒められた行動ではない。何かしらでその償いをしなくてはならないと思っていたのだが、中々良い案が思いつかないでいた。


「埋め合わせ、してくれるの?」


「ああ。俺が悪かった訳だしな。例えば、学食の券とかーー」


「えー、本当?! 三月君! どこか行きたいところある?」


 水瀬は一瞬、呆けたような表情をした後、急にテンションを数段上げたような声色になった。


 その急激な変化に置いていかれそうになるが、問題はそこではなかった。


「どこか行く? え? どこか出かけるってことか?


「どうしようかな、どうしようかな! そんなすぐに決められないなー!!」


 水瀬はにこにことさせながら悩む素振りをみせた。まるで悩むことを楽しんでいるような表情をしている。


 そして、今の水瀬にはこちらの言葉が届かないようだった。水瀬は一人の世界に入り込み、あーでもない、こーでもないと悩んでいる。


「いや、さすがに二人で外を回るとかはーー」


「三月君からそんなこと言ってくれるとは思わなかったなー! どうしようかな、まだ決めきらないから、すぐに決めなくてもいいかな?」


「……そうだな。決まったら教えてくれ」


 これだけテンションを上げられ、俺は断ることができるわけがなかった。


 償いをさせて欲しいとか言っておいて、この高さから落とせるはずがなかったのだ。


 それに、ただ俺と出掛けるというだけで、学校で一番可愛い女の子が喜んでくれる。そんな状況を喜べないほど、俺は天邪鬼ではない。


 嬉しく思うのは、水瀬だけではなかったということで。


 俺は水瀬にこちらの感情がバレないように、そっと口元を手で隠したのだった。



「そろそろ帰ろうかな」


「そうだね。結構いい時間だもんね」


 俺達は夕食を食べ終えた後、少し話をして時間を過ごしていた。水瀬はまだ話したりない様子だったが、時計を見てみると結構な時間が経っていたのに気がついたようだった。


 さすがにこれ以上残らせるのは俺に悪いと思ったのだろう。水瀬は俺が立ち上がるよりも先に立ち上がり、リビングを後にしようとした。


 その際、まだ俺が立ち上がっていなかったため、目の前にはとある光景が広がっていた。


 座っている俺の前を歩く水瀬。制服エプロン姿の水瀬を後ろから見上げる形になり、水瀬のスカートが揺れ動いていた。


 別にスカートの中が見えるとかではない。水瀬は極端にスカートを短くしているわけではないから、スカートの中が見える可能性は極めて低い。


 だから、俺が見ていたのは下着ではない。水瀬の脚を見ていたのだ。


 普段以上に水瀬の脚との距離が近い。


 水瀬の脚は黒のソックスで引き締まりをみせ、上にいくと程良い膨らみをみせていた。ただ細いだけではなく、程よい筋肉によって引き締まっている。そして、やや後ろを振り返るような脚の動きがーー


 振り返る?


 俺はぱちくりと一つ瞬きをした後、視線を上の方にあげていった。


 すると、そこには当然水瀬の顔があるわけで、こちらにジトっとした目を向けていた。水瀬の微かに朱色に染まった頬は、俺の視線の先に気づいていたようだった。


「ははは、」


「……」


 水瀬は無言でこちらにジトっとした目を向け続けている。その視線を『言い訳があるなら何か言ってみろ』と解釈した俺は、瞬時に脳味噌を全開で稼働させた。


 ここで試されるのは、どうやって着地をするかだ。今から好感度を上げるような台詞を言うのは不可能。それなら、不格好でも何でもいいから無事に着地をすることが重要だ。


 『綺麗だったから』はあまりにも無難過ぎるし、その後の会話に発展させることができないだろう。『本能的に』と言った言葉も、以前使って失敗した気がする。


 考えれば考えるほど、ドツボにハマっていく俺の思考。そこで、俺はある解決策を閃いた。


 そうだ、思いついたことをそのまま言ってしまえばいいんだ。飾り気のないストレートな気持ち。こんなときは、そんな一言が人の心を動かすというもの。


 俺は水瀬の脚を見て何を感じた? 黒色のソックスを見て何を感じた?


 足裏からふくらはぎまでの引き締まった黒色のソックスを、膝から裏太ももにかけて広がる白くてきめの細かい肌質や、程よい弾力がありそうな脚。スカートで隠れることで、こちらが想像するしかできない裏太ももからお尻までのラインを考えて、俺はーー


「えっちだったから、つい」


「え? え、えっち? 今見てたのって、脚、だよね?」


「ああ、脚がえっちでーーあれ? いや、今のセリフはまずいな。いや、違くはないんだけど、」


「脚が、えっち……」


 水瀬は俺の言葉の意味が分からなかったのか、少しの間首を傾げていた。そして、俺の言葉をかみ砕くように繰り返した結果――。


「~~~~っ!」


 全てを把握したかのように、一気に顔を赤くさせた。きっと、以前俺のパソコンの履歴にあった『足コキ』というワードを思い出したのだろう。


 羞恥に満ちた顔の熱は、水瀬の体全体を熱くさせたようで、首から耳の先までを瞬時に赤く染め上げた。その熱にやられたように潤いを増した瞳は、こちらに睨むような視線を送っている。


 途中、きゅっと力が入れられたような脚に視線が奪われそうになるが、今そちらに視線を向けてはならないような気がした。


「えっと……なんかすんません」


「……み、三月君が、私の脚でいやらしいことをさせる想像をして、それを無理やり私に共有させてくるって、みんなにーー」


「違うんですよ水瀬さんの脚を見てそういうことを想像したのではなくてただただえっちだなと思ったわけなんですけどそれを言葉にしてしまったのは謝るのでみんなに相談することだけはやめていただけませんかお願いします何卒!」


 俺はクラスメイトから『黒ソックス』というあだ名を付けられないよう、深く頭を下げたのだった。


 今回は俺が悪いな。それと思春期、おまえも悪いぞ! 反省しろ!


 俺は、それならどこまで想像したの? と聞かれないことを祈りながら、深く深く頭を下げたのだった。

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