第21話 変装しますよ、彼女さん
「まさか平日にこのスーパーに寄る日が来るとはな」
俺は水瀬と学校でお昼と食べた数日後、水瀬の家で夜ご飯を作ることになり、水瀬の家から近いスーパーに来ていた。
「別に、今日無理して来なくもよかったのに」
水瀬は俺の隣に立ちながら、そんなことを口にしていた。そんな言葉とは裏腹に、声色も表情も明るいのを指摘しないのは、俺が紳士だからだぞ、水瀬?
「それにしては、やけに嬉しそう見えるけどな」
「そ、そういうことストレートに言うのは、紳士的じゃないと思う」
「いや、ついフリかと思って。スルーする方が失礼かと思った」
「私、そんなにボケたりしないタイプなんだけど。三月君には私がどう見えてるのかな?」
「はは、水瀬さんは面白い事を言うな」
「今のもボケてないよ!」
水瀬の華麗なボケはさすが日頃から鍛えられているだけあって、思わず笑ってしまうものがあった。
俺も水瀬のボケにしっかりとツッコめるように、お笑い番組とか観るようにしないとだな。
「今、水瀬が目に掛けている物に関してはボケではないんだよな?」
「む。失礼しちゃうな、水瀬さんいつも真剣なのに」
そう言って、水瀬は目に掛けてあるものをくいっと持ち上げてみせた。
一体、何を考えたらそんなふうになったのか。水瀬は最寄駅を下りた付近から黒縁眼鏡を掛けていた。
あまりにもスムーズに眼鏡を掛けだしたので、ツッコミが遅れてしまったのだった。
「なんで急に眼鏡を掛けだしたんだ?」
「ん? だって平日の夜に一緒にいるの不安だって、三月君言ってたよね?」
「まぁ、さすがに突かれると思ってな」
俺達が一緒にお昼ご飯を食べた日。時光が俺達の話題を全て持っていったこともあったが、それでもクラスメイトに色々聞かれることがあったみたいだった。
主に、聞かれたのは俺ではなくて水瀬の方だったのだが。
いや、だってどうせ同じことを聞くなら可愛い女の子の方がいいだろ。球場のビール売りで、わざわざ可愛い女の子を捕まえてビールを買うのと同じ原理だ。
そして、水瀬は『どんな人か気になって、話してみたいって思った』と答えたらしい。当然、男女の関係にあるのだと勘違いをした人達もいるだろう。
平日の夜に二人でいるところを見られたら、その人達の考えが勘違いではなかったと思われるかもしれない。
だから、こうして今二人でいることに少しの不安があったのだ。
「でも、こうすると。ふふっ、どうなるでしょう?」
「……何か変わるのか?」
「変わるよ! 明らかに変わるでしょ!」
水瀬はそう言うと、眼鏡をくいくいとさせながら鈍い男を睨むような視線を送ってきた。
まるで、こちらが水瀬の考えが分からないのが悪いかのような表情だ。
「もしかして、それ変装か?」
「そうだよ、なんで気づかないかな」
水瀬はなぜかこちらにドヤ顔を向けた後、賢そうにキリっとした表情を向けてきた。
俺が『まるで別人に見えるよ! 水瀬さんカッケー!』とでも言うと思ったのだろうか。俺が何も言わないで水瀬の姿を見ていると、水瀬は不思議そうに首を傾げた。
「なにかな?」
「いや、どこからどう見て水瀬さんだろ」
眼鏡を掛けた水瀬は、確かにいつもとは印象が違っていた。
普段のクラスでの天真爛漫な様子とは少し違い、大人しく賢そうに見える顔つき。一見、図書館に通っていそうな女の子の雰囲気が出てはいる。
しかし、顔のパーツは水瀬であり、体つきも水瀬である。
「え、なんで? ほら、眼鏡掛けるよ?」
普段の言動を知っているがゆえに、水瀬が眼鏡を掛けた姿はただのギャップでしかなかった。そして、そのギャップ萌えが嫌いな男子がいるはずもなく、俺も男子だったりするのだ。
だから、無理に考えようとせずとも言葉が出てきた。
「普通に似合ってて、可愛いから変装って感じがしない」
「え、か、可愛い? み、三月君って、眼鏡が好きなの?」
水瀬は俺の言葉を聞いて、なぜか前髪を整えるようにしながら視線を外した。微かに朱色に染まった頬から察するに、眼鏡姿を褒められるとは思っていなかったのだろう。
「いや、眼鏡がいいって訳でもないんだ。世の中にはギャップ萌えって言葉がーー」
そこまで言って、俺は失念していた。
水瀬に可愛いと言ったことが問題なのではない。それ以上に、この場でそんな事を言ってしまったことが問題だったのだ。
俺は世間一般的なギャップ萌えについて語ろうとしたところで、その過ちに気がついた。
『あらあら、変装が可愛いですって。ふふっ、家の中では眼鏡以上にどんな変装をさせているのかしら』
『真剣な眼差しで言ってたわよ? 眼鏡を掛けさせて『よく見てごらん』とか言う気だわ! きゃーっ!』
『若いっていいわ~。若いって……いいわ~っ!』
気がついた時にはすでに遅かったようだった。俺達は以前遭遇したおばさま達に囲まれ、若者を見守るような生暖かいような視線を向けられていた。
ちくしょう! おばさま達は俺の言葉からどれだけインスピレーションを掻き立てるんだ!
ほとんど言っていないような言葉に変えられた俺の言葉。普通なら、そんな言葉を言われても、少し恥じらう程度で済むだろう。
ただそんな言葉を向けられた水瀬が、正常でいられる訳もなく。
「め、眼鏡で、眼鏡に? ~~~~っ、あぅ」
「ちょっ、勝手に自滅しないでくれ水瀬さん! 誰もそこまでは言ってない!」
そんなおばさま達の言葉を当てられて、水瀬はおばさま達が生み出した妄想の世界に引きずり込まれていた。
水瀬はぽんっと音を立てたように一気に顔を赤くし、体中に駆け巡った羞恥の感情によって、頭をくらくらとさせていた。耳まで真っ赤にした水瀬をこれ以上おばさま達の視線に晒してはおけない。
俺は戦線から離脱するように、水瀬の腕を引いてこの場を去ることにした。
『あら、衣装チェンジかしら。次はどんな変装をさせる気なのかしらね? 変装? いいえ、コスプレをね』
『強引に部屋に連れ込む気だわ! コスプレをさせておいて、『そんな格好して恥ずかしくないの?』とか言う気に決まってるわ! きゃーっ!』
『若いっていいわ~。若いって……いいわ~っ!』
遠くからおばさま達のガヤが聞こえてくるが、それを振り切って俺達は別の売り場に向かって行った。
「……うぅ。三月君が、三月君が、公共の場で私をコスプレさせた上で辱める宣言をしてくるぅ」
「俺はそんなこと一切言ってないし全部おばさま達の妄想なんだけど俺を鬼畜野郎に仕立て上げる発言には気をつけて欲しいのでそんなことは誰にも言わないでくださいね本当に何卒!」
あのおばさま達、今日もいやがった! ちくしょう、客様からの声に書いてやるからな!
俺はどんな文言で書けばいいのか分からないクレームに頭を悩ませながら、水瀬の腕を引いてその場を後にした。
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