第18話 訪問、幼馴染さんの家
「「せーのっ、ポニキュア、がんばえー!!!」」
水瀬の家に行くはずだった俺は、なぜか七瀬の家で女児向けアニメを観せられていた。
画面に向かって叫ぶ高校生二人。周りに誰もいなくて良かったと、俺は強く心から思った。
……どうしてこうなった。
七瀬に水瀬と俺の関係がバレそうになった俺は、誤魔化すために駅に貼ってあったポスター『ドキッとハート♡ポニキュア』のファンで、そのスタンプラリーをしに水瀬の最寄り駅に降りたと説明をした。
ただ誤魔化すためだけの言葉だったのだが、七瀬も『ドキッとハート♡ポニキュア』のファンだったらしく意気投合。
俺は七瀬のポニキュアシリーズのブルーレイを持ってるから観に来いという強引な誘いに押し負け、七瀬の家に連れ込まれていた。
水瀬には悪いと思ったが、今日の予定は中止してもらう旨のメッセージを送らせてもらった。
あの状況で七瀬を振り切って、水瀬の家に向かうのは無理があったのだ。
それに、水瀬の家の近くに七瀬さんがいる状況で、水瀬の家に向かうのも危険だろう。
「三月! 初代のポニキュアは見たことないんでしょ? どうよ、戦闘シーンとか凄いでしょ!」
「ああ。結構肉弾戦メインなんだな。普通に展開も燃えるし、驚いている」
「でしょ!!」
そして、俺は現在七瀬と並んでポニキュアのアニメを観ていた。
正直、女児向けアニメと思って馬鹿にしていた節があったが、実際に見てみると面白かった。
そして、それ以上に驚いたのが七瀬の部屋だった。
七瀬はお姉さんと一緒に住んでいるたらしく、2LDKのマンションに住んでいた。リビングを抜けた七瀬の部屋に通された俺は、正直言葉を失っていた。
「驚いた?」
「ん? 七瀬さんがポニキュアを好きなこと?」
「それもあるけど、それよりもこの部屋とか色々」
七瀬は画面から目を離さないで、少し寂しそうに呟いた。
七瀬の部屋は絵本に出てくる女の子の部屋みたいだった。
ピンクと白を基調とした配色からなるファンシーな造り。所々にぬいぐるみが置いてあったり、ベッドにある布団カバーにフリルが拵えていたりと、妄想上の女の子の部屋って感じがした。
学校での七瀬を知っているものなら、この部屋が七瀬の部屋だと信じる人はいないだろう。
「まぁ、意外ではあったかな」
「だろうね。……それだけ?」
「えーと、可愛らしい部屋だなと」
「そうでしょ? 女の子はね、可愛い物が好きなんだよ」
七瀬はテレビの画面から視線を外さないでそう応えた。そんな七瀬の視線はアニメの中の女の子を羨むようで、少し悲しげな視線だった。
「でもね、可愛い物が似合わない女の子もいるんだよ」
七瀬の自嘲するかのような笑みは何かを諦めているようで、それでも何かに憧れるような目をしていた。
その一言で、何となくだが分かってしまったことがあった。
七瀬もみんなに期待されている自分を演じているのだ。
最近、近くに同じような悩みを持つ少女がいたからかもしれない。なんとなく、七瀬にも似たようなものを感じた。
「あー、茜とかは可愛いの似合うのになぁ。羨ましい」
「七瀬だって似合わないことはないだろ」
「え?」
「……え?」
七瀬の言うとおり、水瀬ならどんな服だって着こなすだろう。それこそ、少し痛いくらい可愛い奴だって似合いそうだ。
それを水瀬が着るかどうかは別として。
ただ、七瀬だって顔は良いし、大抵の服だって着こなすだろう。水瀬と並んでいるところが絵になるくらい、七瀬の顔だって整っているのだ。
だから、つい反射的にそう応えてしまった。
「三月って、実はジゴロだったりする?」
「ジゴロって言われたことは……あんまりない」
「あることはあるんだ。へー」
七瀬は俺の返答を少し面白く思ったのか、こちらに視線を向けた。こちらに向けられた笑みは、何かを疑うような節が含まれているような気がした。
「七瀬さんは人のこととやかく言えないだろ。俺は七瀬さんみたいにモテないからな」
俺はそんな自虐的な発言で七瀬の視線から逃れようとした。
そのかいがあったのか、七瀬はこちらから視線を外した。そして、何かを思い出すようにしたように口を開いた。
「私はクールでかっこいいんだって。泰然自若、涼しい顔で何でも済ませるのが王子様みたいだってさ。王子様って、私だって女の子なのにさ」
「凄いな、まるで女の子からのラブレターみたいだな」
「ラブレターだからね、女の子からの」
「え、女の子から貰うことって本当にあるのか?」
「私はちょこちょこあるかな」
女子から女子にラブレターを送ることって、フィクションの中以外にもあったのか。
女子高ではかっこいい女子がモテるというの噂は聞いたことがあるが、こうして実体験として聞くのは初めてだ。
そんな俺の視線をどう捉えたのか、七瀬は気まずそうに視線を逸らした。
「そんなイメージで見られてるとさ、徐々にそっちに引っ張られていくんだよね」
「引っ張られる?」
「かっこよく、クールでいないとってね。例えば私が急にツインテールして、登校したら周りの人はどんな反応すると思う?」
「え、可愛いって言うんじゃないか?」
普段クールな子がそんな髪型をするってだけで、もはやレアイベントだろ。それに、七瀬なんて元の容姿が可愛いのだから、似合わないはずがない。
そんなの本人だって分かってるだろ? なんだ七瀬はただの褒めて欲しがりなのか?
そう思って隣に座る七瀬に視線を送ると、七瀬は顔を赤らめて、やや体を小さくしていた。先程までどこか遠くを見たりと黄昏ていたような七瀬の目は、俺から逃げるように逸らされていた。
そういえば、七瀬はかっこいいとか綺麗とか言われてるのを聞いたことがあるが、可愛いとはあまり言われていないのかもしれない。
え? 照れてるのか? 俺に可愛いと言われて?
「い、いや、そうはならない、でしょ?」
「いや、普通になると思うが」
「~~っ」
七瀬は両の手で顔を隠すように覆うと、足をパタパタとさせて感情の一部を発散させていた。
ときより子供っぽい言動を取るのが、本来の七瀬なのだろうか?
そんなふうに七瀬のことを観察していると、七瀬はすぐに耳の先まで赤くさせた。
「み、三月は話してる人の調子を狂わせる節があるなぁ!」
「いや、変なことは言ってないだろ。普通に可愛いって言うはずだ」
「~~っ! とにかく、似合わないの! これでこの話終わり!」
「なんか話の終着点がわけ分からんな」
「三月がっ、そうさせたんでしょ!」
ふー、ふーっと息を整える七瀬は、まるでこちらに非があるかのような顔を向けてきた。
そんな表情をされてもこちらが困ってしまう。
「七瀬さんは、学校でも本当の自分を出したいって思うのか?」
「なに、急にどうしたの?」
「いや、話を聞いていく中で気になって」
水瀬と七瀬の話はどこか通じるものがあるように思えた。だからだろうか。今の七瀬に対しても、少しだけ協力してやりたいという気持ちが出てきたのは。
「出したい、気持ちはある。けど、それで学校で浮いちゃうのは嫌、かな」
水瀬も七瀬も互いに自分を演じている。でも、互いに学校で本当の自分を出したいと思う気持ちは少し異なっているようだった。
それでも、どこか似ているように思うのは、二人が幼馴染だからだろうか。
「そういえば、俺色々知っちゃった気がするけど、大丈夫なのか?」
七瀬は本当の自分を学校でもあまり出したくないような口ぶりだった。そうなると、クラスメイトにそのことは知られない方が良いのではないだろうか。
俺が誰に言いふらすんじゃないか、そんな不安はないのだろうか?
「大丈夫。ポニキュア好きは言いふらしたりしないから」
「ポニキュアへの信頼厚いな」
どこか冗談を言うような七瀬の言葉に、俺も口元が緩んでしまった。
何か他に事情があるのかもしれない。それでも、無理に聞き出すようなことではないということだろう。
そこまで言うと、七瀬はどこか言いにくそうに視線を落とした。両方の指同士をくっつけたり、話したり落ち着かない様子。
「どうした?」
「だからさ、たまにポニキュアのこととか、色々聞いてもらえると嬉しかったり、して」
「そのくらいなら全然いいぞ」
「ほ、ほんとに?」
「俺でよければだけどな」
たまに話を聞くだけ、そんな約束一つで目を輝かせる七瀬を見て、可愛らしいなと思ってしまう自分がいた。
学校での七瀬はどこか反応が薄く、あまり感情を表に出すことがない。
だからだろうか。そんな真っすぐな感情を向けられるというだけで、こちらも嬉しくなったりするわけで。
「そういえば、七瀬はあそこで何やってたんだ?」
話が一段落したところで、俺は気になっていた質問をぶつけてみることにした。
結局、俺達があそこで会った理由は何だったのだろうか。
「分からない?」
七瀬はニヒルな笑みを浮かべて、こちらの様子を見るかのような目線を向けた。そして、七瀬はこちらに一枚の紙を見せびらかしてきた。
それは全てのスタンプを押し終えたスタンプラリーの用紙だった。
「ポニキュアのスタンプラリー以外ないでしょ! 今日最終日だし!」
無邪気な笑顔で七瀬はそんなことを口にした。
普段はダウナー系のクラスメイト。水瀬に次ぐ人気者である美少女の、そんなどこか幼稚な側面を知った休日。
水瀬との約束を中止にしてしまったのは悪いが、そんな七瀬の側面を知れたのは悪くないかと思っている自分がいた。
こうして、俺は水瀬と過ごすはずだった週末を、七瀬と過ごすことになったのだった。
その翌日の平日の朝。いつもよりも遅く学校に着いてしまったと思いながら、一時間目に使う教科書などを鞄から出していると、七瀬さんが俺の席までやって来た。
時光かな? と思って顔を上げた先にいたのが水瀬に次ぐ人気と名高い美少女だったのだから、俺の驚きは計り知れないだろう。
そして、無邪気な笑顔をこちらに向けていると思った次の瞬間には、楽しそうな声色で話し始めていた。
「三月、三月っ! 公式サイトの発表観た?! なんと今年の映画では、昔のポニキーー」
「な、七瀬さん! 少しストップ!」
なんかすごい既視感を覚えるが、それ以上に身の危険を感じた。
クラスメイトの怪訝な視線、そもそもあいつは誰だという視線。それ以上に、強くこちらに向けられている視線があった。
恐る恐る、その視線を送っているであろう水瀬の方をちらりと見てみる。
うおっ! めっちゃこっち見てる。
いつもとは違う感情で染めらた頬は微かに赤く、俺に問いただしたい多くの疑問を一つにまとめて投げつけるように、こちらに睨んだような視線を向けている。
いくら勘の悪い奴でも分かってしまうだろう。あの七瀬が今まで接点のなかった人に話しかけているのだ。休日の間に何かあったのだと思うはず。
そして、その休日というのは水瀬の予定をドタキャンした日と重なるわけで……。
「ちょ、ちょっと、七瀬さん」
俺が小さく手招きをして、七瀬に顔を近づけるような仕草をすると、七瀬は抵抗なく俺のすぐ側まで顔を近づけてきた。
黒髪のボブショートが揺れたせいか、ただ七瀬との距離が近くなったせいか、柑橘系の香りが俺の鼻腔を擽る。
水瀬からの視線が一層強くなった気がした。
「三月、どうしたの?」
「学校で堂々とポニキュアの話はダメでしょ。色々バレるよ?」
「あ、そっかそっか」
七瀬は俺達が周りの視線を集めていることに気がついたのか、少し長く考える素振りをした。
何か名案を待っていたようだったが、何も思いつかなかったのか、やがて小さなため息を一つついた。
「うん、分かった。また今度ね、三月」
「……おうよ」
水瀬からの視線が一層強くなった気がした。
そうして、七瀬が水瀬のグループに戻ると、クラスメイトから向けらえていた視線は散っていった。
それでもなお、水瀬はこちらから視線を外すことはなかった。
しかし、その後に水瀬が俺の机まで来ることはなかった。
学校内での接触は避けている俺達だし、そのことを気にしたのかもしれない。
そして、時刻はお昼休み。
「三月君、ちょっといい?」
朝の一件がなかったことのように安心していた昼休み。水瀬は俺の机にやって来た。
「いや、これからお昼ご飯食べようかとーー」
「三月君」
水瀬は周りの視線がとかそんな反論は許さない、そんな含みと圧力のある笑みを浮かべていた。
普段俺に向けているアホみたいな表情は影を潜めていた。
もしかしなくても、水瀬は長時間俺と話せる休み時間を狙っていたのかもしれない。
「ちょっと、いい?」
「……はい」
今回は完全に俺が悪いよな。
こうして、俺は水瀬に連れられて教室を後にした。
多分、俺達が学校でしっかり話をするのはこれが初めてなんじゃないだろうか。
いつも見ているはずの制服姿の水瀬が、少しだけ新鮮な気がした。
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