第28話 【無痴】

わたくし達が共通の強敵である『紅き悪魔カラビネーロ』と向き合い、この存在を打ち破ることができた、そうして一息ひといきついていた処でようやくベレロフォン様が戻ってきたのです。

「オレか…オレの方でも色々あったよ、女神ヴァニティアヌス―――母さんが創造した次元世界せかい以外に次元世界せかいを知らなかったオレにとっては…、なあフレニィカ、お前も、もっと次元世界せかいを知るべきだ、次元世界せかいを―――いや次元うちゅうを…と言ってやった方がいいか。」

「『次元うちゅう』…だ、と?」

「『次元世界せかい』には[英雄]や[勇者]…そして[魔王]がいる、だが『次元うちゅう』は『次元世界せかい』を創造した神々がいる―――その中には神々に追放された神もいる…」

「『神々に追放された神』…そんな存在が―――」

「ああ、“いる”―――オレは今回その取っ掛かりになると思われる一人の人物と接触した、名は、『次元の魔女』―――その一人とされている【崩壊ベアトリクス】」


「やはりな―――動き出してたって訳か…」

「ヴァヌス?お前は知っていたのか!」

「ああ―――以前にちょこっとだけヴァニティアヌス様からお話しを伺っただけだけどな。」

「その前に…『次元の魔女』とやらは一体どう言った者達なのだ?」

「『次元の魔女』とは、太古の昔に総ての神々と対立し敗れ去った原初げんしょの神々の一柱ひとり―――『エリス』の意向いこうみ、遥か彼方かなたに追放されたエリスの復活を願う者達だと言う。」

「ちょ―――おい、ちょっと待て?では何か…お前は今回次元うちゅうとやらの崩壊をたくらむ手合いと接触をしたと言うのか?まさかお前…次元うちゅうの崩壊の手助けをすると言うのじゃあるまいな。」

「『そうじゃない』―――って言うんだろう?ベレロフォン。」

「ああ、オレも最初はそう思ったものだ、まあヤツとは今回で二度目、最初はそう言う雰囲気をかもさなかったから警戒まではしないでいたが、今回はそうじゃなくなってな……」

「そちらの方とはまた別の状況が発覚したと―――?」

「そう…カラタチの言うとおりだ、先程のオレの説明では確かに『次元の魔女』と言うはこの次元うちゅうを崩壊させようとたくらんでいるヤツら自身の神を復活させようとしている、だがあいつは―――【崩壊ベアトリクス】は他の魔女達とは意見を異ならせている…と、そうオレは感じた。」

「そう言う事だったのか…それにしても【崩壊】がなあ―――」

「ヴァニティアヌスから話しを伺ったお前でも不思議に思う事があるのか?」

「そう言う訳じゃないんだが……なんでもその【崩壊】ってヤツこそが一番女神エリス様の意向いこうを受けた存在である―――って…」

「そんな存在が…『他の魔女達と意見を違わせている』?それよりその魔女は今どこにいる。」

「今はまあ…信用が出来る処に預けている、このオレでも言えた事だが、…ベアトリクスは今の処非常に不安定な存在だ、つまり今どちらかに作用さようされてしまえば容易にどちらかに転がり込む、そうした可能性を秘めていると言った処だ。」

ヴァニティアヌスの『要望』にこたえて戻って来たベレロフォンは、私やカラタチが苦心してようやく達成できたことよりも難解な事をこなして来た感じだった。

いや……それにしてもなあーーー頑張ったんだぞう?私達…斯く言う私は一度[勇者]から“転落”してしまったし、カラタチなんぞは私の不手際ふてぎわによって何度も死なせてしまったりしたし…しかしそんな私達よりも困難―――て…えええ~~~その前に次元うちゅうって言っちゃってるしぃ?それにその次元うちゅうそのものを崩壊に導こうとしている神様もいたりするの?はあ~~~何と言うか…話しの規模スケールからしても『違う』と言うしか―――


―――などと…まあフレニィカさんが思っている事も判らなくはないのですが、それよりも……なんだかわたくし達(ベレロフォン様含む)、盛大に巻き込まれているって感じですね。

だからそこをわたくしは―――「あの、すみません…まだわたくし、色々な事が判っていないのですが、そもそも『次元の魔女』はその目的である『女神エリス復活』を果たすために何を為そうとしているんですか。」

「“現在”までオレが接触出来た『次元の魔女』は3人―――【崩壊】【干渉】【怪復】…最初に接触した時にはオレに協力的だったからそんなに危険性は感じなかった…んだがなあ、それが今回―――再び【崩壊】に接触した時と感じ始めたんだ。」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


あれは、そう―――オレが母さんからの…女神ヴァニティアヌスからの『要望』にこたえるために『トラローク』と言う神の次元世界せかいへと来た時の事である。

今回の要望は割と簡単で、淡々たんたんとこなせられた、『要請』を出して来た神トラロークにも事の次第を報告し終え、さあこれから母さんの次元世界せかいへと戻ろうとした時に……


          * * * * * * * * * *

「ちょ―――ちょっと助けて!お願い!!」

「(ん?なんだ…)……お前、ベアトリクスじゃないか?どうしたって言うんだ一体。」

「(あ…)あんたは―――けど丁度良かった、今私追われているの、だからかくまってくれない。」

“何者か”に“追われている”と言う雰囲気―――しかし正直言うとこの時ちょっとオレは気が乗らなかった、その理由は…と問われると様々あるが、率直そっちょくな事を述べさせて貰うとオレは今非常に疲れている…思い出してもみてくれ、これまでのオレは“連戦”に次ぐ“連戦”―――母さんの為を思えばと弾丸出張だんがんしゅっちょうを繰り返してはいたがハッキリ言って限界だ、そろそろまとまった休みが欲しい。 それに、ベアトリクスこいつを始めとする『次元の魔女』共と“ご一緒”していたら体がいくつあっても足りやしない……なので丁重にお断りをしようとしたら―――

「あっ、見つけた…どうやら脱走劇もここまでのようね【崩壊】、大人しく私達と一緒に来てもらおうかしら。」

「それより、またでしたか…ええと―――」

「『ベレロフォン』だ、お互い初対面じゃないんだから名前くらいおぼえて貰いたいもんだな。」

ベアトリクスこいつを追っている【干渉】と【怪復】の2人……それに見た感じこれは放っておいたら後で怨み言を“愚痴愚痴”と言われそうな展開だ、これ以上の面倒事は避けて今はゆっくりと母さんの膝枕ひざまくらの上で転寝うたたねしたいと思っていたのだが、『助けて』とわれているのだ―――それをこのまま見逃せばオレの中の[英雄]がすたろうと言うもの……

「(なあ…ベアトリクス、お前逃げ足に自信はあるか。)」

「ふえ?」

「(『かくまう』のは無理かもしれんが、一時凌ぎ姑息的に『逃げる』事なら―――)」

「……それ、本当に場当たり姑息的ね、だけど今の私には選択する余地などない…ってところかな。」

「(じゃあ決まりだな…このオレにあわせろよ、合図と共に―――)―――『駆けろ』!」

向うの2人に聞こえるか聞こえないくらいの小声で会話をした、まあ『聞こえるか聞こえないか』と言うのもオレの希望的観測きぼうてきかんそくが大いに含まれていて『気付いてくれない』のがそもそものオレの希望だった―――の、だが……

「(クス)つ・つ・ぬ・け―――まあ私達に聞こえない様にしていたんでしょうけど、そんなの私の≪盗聴≫の前には無駄と言うものよ。」

「他人の会話に【干渉】をして有用な情報を引き抜く―――相も変わらずイヤな性格をしていますよね、ですがまあ…今回ばかりは『お手柄』と申しおくべきでしょうか。」

「ねえ~え?【怪復】…あとでゆっくりとお話しでもしましょうか?」

「だが、断る―――説教臭いのはは嫌です。」

「まあいいわ…それにお生憎様、あなた達のたくらみは全部聞かせてもらったわ、だから―――逃げられると思わない事ね。」

そう…【干渉】の前では隠し事は出来ない、オレ達の内緒話ないしょばなしも筒抜けだった―――の、だが…「それがどうした!『逃げる』のは確かに喜ばしい話しじゃないが、時には状況を見極めるべきだ、“面倒事”や“厄介事”…更には“手に負えない強敵と出くわした時”なんぞに『逃げる』のは恥じゃないんだよ、オレ達[冒険者]はこの身体資本だ―――この命資本だ、『命あっての物種ものだね』って言うだろう?こんなにもくだらない事でみすみす命を失うなんざ[英雄]やってる前に[冒険者]失格なんだよ。」

「(……)随分な事を言っているようですが―――…ならばなぜ『紅き悪魔カラビネーロ』の前では退かなかったと?神伊弉冉イザナミの前では一歩も退かなかったと…」

「ちっ―――面白くもない事を思い出させやがる…仕方がなかったんだよ、このオレだって逃げたかったが『退退きならない』状況だった…って事は確かだな。」

「なによ―――それ、逆に恰好かっこう悪いわよ、自分じゃ恰好かっこうつけているみたいだけど噴飯話わらいばなしにもなりはしないわ。 それに…時間をかせいでいるみたいだけど、それもお生憎様―――あんたがいくら時間をかせいだところでどうにもなりはしないわ。」

確かにオレは『状況の好転こうてん』の為に時間稼ぎをしていた、けれど無知・無学なオレがいくら考えを巡らせたところで“良い案”のひとつも出るわけでもない―――こいつは『詰み』か?『切羽詰っちまった』か…?


そう―――思っていた時に…



              ―――{こっち}―――



この、オレの頭の中に直接語り掛けてくる……≪念話≫?それに見た処、謎の相手からの会話はオレだけにしか聞こえていないみたいだった。



        ―――{早く   しろ…  こっち}―――


   ―――{きびすを返し  脇目も振らずに…  こっち  へ}―――


―――{一目散に  駆けて来い…  そうすれば  ワレが導いてやろう}―――



ひと通り聞くとかなりな命令口調に時折難しい言葉も使ってくる、しかし今は背に腹は代えられない…そう思い、この謎の言葉のままに行動をする事にした。

「こっちだベアトリクス!ついて来い―――」

いきなり私の手を引いて【干渉】や【怪復】達とは別の方向に全速力で駆け出すベレロフォン、何か考えがあっての事なんでしょうけど―――(※ザンネン!ありませんでした)

この私でさえも【干渉】に考えの先を読まれて逃走先を潰されてたって言うのに……本当に考えがあっての行動なのよね?コレ…


“謎”な声に従うようにして逃走を図ったんだが―――さてこれからどうする…無知・無学なオレにとっては『行き当たりばったり』なんだが、今回はこの“謎”な声の導かれるままに行動を起こした、“謎”な声の言うように『きびすを返し』、『脇目も振らず』、『一目散に』…すると、ほどなくしてオレのあたまなかに“作用”が?



  ―――{クックック 上出来だ… ではワレが導いてくれよう}―――


 ―――{このワレが示す≪案内あない≫に従い 駆けてくるがよい…  全速力で 速度を落とすことなく}―――


  ―――{さすれば視えるであろう おあつらえ向きの“あな”が…な}―――



声のするまま―――導かれるままに速度を落とすことなく路地を駆けまわった先には不自然なまでの“あな”が?それも……『空間』に? その余りにも非常識な出来事にオレの足も止まってしまった、すると躊躇ちゅうちょして立ち止まっているオレをうながすかのように“あな”から手が出て『オイで、オイで』を繰り返している。 一種異様な光景にして不気味だがオレに選択している余地など有りはしない、ならば…と言う事で『ままよ!』の掛け声と共にその“あな”のなかに飛び込んだ……


          * * * * * * * * * *

「はああ~~~なんとか逃げ切ったみたいだけど―――ここ、どこ?」

「さあな、オレにも判らん。」

「……でしょうね、あんた見た処の戦士系だし、魔法なんて使えたもんじゃないだろうし…」

「おい、ベアトリクス、オレに救済たすけを求めておいて随分な事を言うもんだな、一応お前の要望は聞いた事だしこのままあいつらに突き出してやってもいいんだぞ。」

「今のは私が悪かったわ、ごめんなさい―――それよりもここどこなの?見るからに通常空間とは違うわよね。」

「オレも“謎”な声からの言うがままに従ってきたが…『魔女』であるお前ですらも知らない処なのか。」

『知らない』―――わけじゃない…ただ、なら『知っている』…そう、私達『次元の魔女』と称している者達がつどっていた場所『次元の狭間』と場所なのだ。 けれどこの場所は『次元の狭間その場所』じゃない…とするなら?ここはどこ……

するとこの『通常空間じゃない場所』に私達より先にいた存在が姿を見せた。


「よく来たお客人、まあ何もない所だがゆっくりとしていきたまえ。」


“一見”して『少女』―――に、見られた存在だがその“声”を聞くなり耳を疑うしかなかった、オレは現在38だ、40近くいい歳になろうかというオレですら耳を疑うしかなかったその“渋味”、年齢で言うなら60後半から80前半と言った処だろうか…いわゆる『老齢男性』の声を持つ―――「『少女』?だ、と…」

「この、ワレを目にして『少女そう』思うかね?まあ『少女そう』思いたいのなら『少女そう』思うがよい、姿形すがたかたちの有り様などワレにしてみればさほどの意味を為さない」

「それって―――私達が『少女そう』希望すれば『少女そう』なるとでも?」


「(…)あたしはね?そうは言っていないの―――だって…あたしはあたしだから。 それともおーーーボクはね、ひとつの事に捉われ過ぎるのが愚かな事じゃないのかと思ってね、だから今は“お気に入り”を使っているだけなのさ―――

これで、満足かね?」


“可愛さ”を前面に出した『少女』の喋り方から“生意気”な『少年』の喋り方に取って変わり、そして最終的には40近くになるオレよりも年齢が上の喋り方に落ち着いた…それにしてもなんなんだ?この―――『少女』?


ベレロフォンが戸惑っている一方で私は惑わなかった、確かに怪しさ全開だけどこの“謎”なの機転のお蔭で私達は救われている―――「ええ、まあ取り敢えず納得はしておくわ…それよりもあなたは“誰”?ただ善意で私達を導いたようには思わないのだけど、あとそれとここは“どこ”なの?」

私は直接疑問に思っている事をそのまま口に乗せた…それだけ、けれどこの行為は私の師匠からの受け売りに過ぎない、まず自分の疑問としている事から始める―――そうする事で知見を、知識を得て行くのが私の師匠のやり方だったから……けれど“彼女”の方からは意外な答えが導き出されたのだ。


「ふむ、ナレからの疑問にして質問、至極当然ではあるな。 では応えてしんぜよう―――まずは『この場所』から…お察しの通り『次元の狭間』だよ、まあもっとワレが創設した“個人的”なものになるがね。」

「え…『次元の狭間』に個人的空間パーソナル・スペースが存在するの?初めて聞いたわ…」

「おや、そうだったか、では次にワレ自身に関してなのだが―――」

「おいちょっと待て、まだベアトリクスの質問の一つに答えていない気がするが?」

「案ずるな、その答えも次に総てが要約ようやくされる」


私は…『次元の魔女』だ―――ただ、誰彼だれかれともなくそう言われてきたからだと思って来た…思うように、してきた―――けれどここ最近になって『次元の魔女』と言う存在がと言う事を知って来た……そして『次元の魔女わたしたち』がどうして存在するのかと言う意義も―――

私は『virtorウィアートル』と、そう呼ばれていた…私が元いた次元世界せかいでは偉い人達が呼んでいたから私も自然と名乗っていた、けれど元いた次元世界せかいから逃れたその先の次元世界せかいで、私の師匠と成ってくれた人が『virtorウィアートル』と言う耳馴染みみなじみのないものから割と耳馴染みみなじみい『ベアトリクス』に変換してくれた―――それ以降『ベアトリクスその名前』が私の名前となった…そしてある時―――私以外の『次元の魔女なかまたち』に会った時、私にはもう一つの名前が存在している事に気付かされた…それが【崩壊】―――なんて皮肉な…なんて皮肉ない名前だろうとそう思った、その事が原因で元いた次元世界せかいでは『お訪ね者』になっちゃうし、暴発する魔力のお蔭で行く先々で迷惑かけちゃうし…けれど他の『次元の魔女』達から来歴を聞かされて行く内に【崩壊その名前】こそが“私”自身だと、そう思うようになってきた―――


『次元の魔女わたしたち』の存在する意義レゾンデートル……太古に総ての神々と対立し、そして敗れ追放された【不和と争いの女神】エリス―――その復活の為に様々な次元世界へと散り、復活の為に必要な“モノ”を上げること……その中でも私の【崩壊】は割と重要な役割を占めていて、エリスの意向を継承うけつぐ―――つまりこの私を依り代にしてエリスを復活させる?だとしたなら私の人格はどこへと行くの?そんなの決まっている…おおむね復活の際に利用される依り代の運命なんて知れたもの、そう言う事だ―――私が“…だから、私は逃げてきたのだ『次元の魔女なかまたち』から…


               ―――けれど―――


ワレの名は、【無痴】―――そう、ワレもまた『次元の魔女』の一人なのだよ。」

「お前が―――?だが、ならどうして…」

「待って、その前に…え?【無痴】?聞いた事なんてない―――私、その名前に心当たりなんてないんだけど?!」

「なんだと?!おい、一体どう言う事なんだ!」

「『知らぬ』…か、まあ当然であろうな、ワレは『存在しえぬ者』…存在せぬが故に誰にも知られぬ者、しかし―――ワレも使命だけは心得ておる、『女神エリスの復活』―――ただ、まあ…その手段はいささか他の者達とは違うがね。」

「あなたが…『存在しえない者』?どうしてだろう…それなら聞き覚えがある―――」

「なんだと?だがお前を含む『次元の魔女』共がこぞって知らないとはどういう事なのだ。」

「知らなくて当然、存在しないから私達でも知らないのは理屈が通っているわ…けれど、どうしてそんな存在が今になって―――」

ワレが存在するようになったのは局面フェーズが進んだからであろうな、その証拠に【崩壊】よナレナレの存在をいしずえに神が復活されるのを知った、だが同時にそれを受け入れればナレ自身が喪失うせる危険性を感じた…何故だと思うね?[英雄]ベレロフォン。」

「オレの名を…まだちゃんと言っていないと言うのに―――」

「『知』っているからな、ナレ何処どこ次元世界せかいの出身で何処どこの女神より寵愛ちょうあいを受けて来たかなど。」

「(……)ちょっと、待ってくれ―――あんた確か自分の事を【無痴】だと言わなかったか?無知な者がどうして…」

そう…その一見して少女の様に視える者は自分の事を【無痴】だと名乗ったのだ、ただそれにしては妙だった―――ベレロフォンも感じたように『無知』と言うのはその言葉通り『何も知らない事』…なのに、【無痴】を“自称”した少女は―――そう言えば私が他の『次元の魔女』達から逃げて来た事情もそうだし、いまだ【無痴】の前では自分の事など名乗っていないベレロフォンの事をあたかにつらつらと話し出したのだ、すると【無痴】は―――に関しても話し出したのだ。


「ああ…そうだ、その通りだよ。 ワレはかつて『何も知らない』でいた…次元うちゅうがどの様に出来て、神々がどの様に存在してきたか―――など、な…してや“火”がどのように燃え、“水”がどうして高き処から低き処に流れ、“風”がどの様にしてそよぎすさび狂うかなど、無知なワレにしてみれば『知る』その事のみぞが生涯しょうがいの生き甲斐となった、ただ―――いかな教育もがくおさめた処で知りたい事が噴出ふんしゅつしてきおる、そこでワレは求めたのだ―――太古の昔、その原初げんしょより存在し得る神の一柱…『知』を極め、その『知』はやがて『魔法』と言うひとつの分野を確立させた、今では小さき幼児おさなごでも知っている…その技術を確立させた最初の存在こそ『エリス』だったのだ、そしてその存在に『どうか無知なるわたしめにその知識の欠片をお与えください』と懇願をした、するとエリスからはこう言われた―――『ならば我が叡智えいち欠片かけらを与えよう、しかしこの知識は諸刃のやいば…“き”方向にいざなえばき方向へと進むが、“しき”方向に向かってしまえばいずれこの次元うちゅうをも崩壊させてしまう危険性をはらんでしまうだろう、だがわたしはそなたにこの知識を与える事にしたよ、そしてもしわたしが道を踏み外そうとした時…その時はきみが―――』」


あれ…?何だか今の話し―――聞き覚えが、ある?どうしてなんだろう……太古の昔にエリスと言う神が追放される前だから気の遠くなるような時間軸のはずよね?なのにどうして―――聞き、覚えが…?


「それから、だったな…ワレもまた『次元の魔女』の一人となったのは、だがエリスが追放されてのち、他の者達はこぞってエリス復活の為に動き始めた、だがワレはエリスより授かりし叡智えいちの半分もモノにはしておらん、遊びごとに付き合わされる前にワレ自身の邪魔をされたくないと、故にこそワレはその存在性を希薄にさせたのだ、『【無痴】など最初からいなかった』な。 ただ―――エリスが追放される前に頼まれごとをされていたのを思い出してな…『もしわたしの事を復活させようと言う気運きうんが高まったら適当に邪魔でもしておいて、確かに他の神々と喧嘩しちゃってこの次元うちゅうにはいられなくなっちゃったけど…わたしはね、追放をされてそれで良かったと思っているの、何故かって?だってそんなの決まっているじゃない―――これから大好きな魔法の研究を飽きることなく出来る…ああ楽しみだなあ―――“あれ”も試してみたいし、“これ”も試してみたい、それに戻ってくるときは自分の足で戻って来るわよ、なにも他人の手を借りて…だなんて真っ平ごめんだわ』と、な…。

これでナレらも判ったようにエリスは『次元の魔女』の手を借りずともエリス自身が思う時に戻って来る、余計な手出しはせぬ方が良い。」


【無痴】の言葉には妙な説得力があった、私達の知らないことだらけなのに…どうしてなのだろう、それに―――記憶あたまに残る説話エピソードの数々…全く今以いまもって聞いたばかりのはずなのに、エリスと言う太古の神が紡いだ言葉の“一つ”“一つ”に記憶おぼえがある……

なぜ―――どうして―――?確かに私は【干渉】や【怪復】の言うようにエリスの意向の大半を継承うけついでいるのだろう…?だから初めて聞くのに覚えがあるとでも??

怖い…怖いよ―――私…どうなっちゃうんだろう……この次元うちゅうの事なんてどうでもいい、エリスが太古に他の神々と対立した事なんてどうでもいい、『次元の魔女』なんて―――その目的なんて更にどうでもいい…私は―――私の“運命の友人”と、これからも仲良く過ごしていくだけで…それだけで、いい


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


今回の処は―――ここまででよいか…それにしても封印値が随分とまた低くなっておるな、まあそれも致し方のない事か…なにしろあのものの戦力の“ひとつ”である【“光”】と強く接触してしまったのだからな…それに―――自身が確立した技術を、やはりあのものの戦力の“ひとつ”である【“闇”】から施されては、な。

それに今回はあの者自身がワレに言った言葉をそのまま復唱したワケだが、よもや自分が言った言葉を無知であったワレから聞かされようとは…思っても、いなかったようだな。



“今”の独白は【無痴】のモノ、それに【無痴】が言って聞かせた言葉は【無痴】自身が太古に実際に耳にしていた事実―――ただ、その対象は違っていました。

そう【無痴】は『次元の魔女』の一人である【崩壊】に―――では、なく……自らに優しく説いてくれた自らの師に、だったのです。



ふふ―――それよりも、主神しゅより産み出された折、『真っ白』だったが…今ではその誰よりも知っている。 『真っ白』だったものが様々な『知』にあたり、色々な色に染まる―――もう自身の言語など忘れてしまった…今使っているものはを産み出した主神しゅ言語モノ

“皮肉”―――としか言いようがあるまいよ、『真っ白』だった…『何も知らなかった』が、エリス―――のお蔭でその叡智えいちの半分をおさめる事が出来ている、もうあと半分は気長におさめる事としよう…そしてが自分の足で戻った折、残りのもう半分を教えて頂きたいものだ……なあ?



           ―――我が魔法の師エリス……―――




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