第26話 その先に視えるもの

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「おや、これは伊弉冉イザナミではありませんか、どうかしたのですか。」

「『どうかしたのか』もないものだわ、クロノス…あなたやるにしてもせめて『事前じぜん』の通告つうこくくらい寄越よこしなさいよ、『事後じご』だとこちらがどんなに大変なのか判っていると言うの。」

「ははは、それはすまなかったね、丁度こちらの進捗しんちょくも大詰めを迎えていたものでね…申し訳のない事だとは思っているよ。」

「どうだか―――それより私の『黄泉国よみのくに』の一部を限定的なりとて貸したのだから私にも知る権利はあると思わない。」

「気に、なるのかい…君程のものが―――」

「“なる”わよ、なにしろ今件こんけんに関わっているのは私の子孫神まごの眷属なのですからね、それでどこまで進んでいるの。」

「“大詰め”を迎えている―――両者ふたりとも、ね…その為にこの次元うちゅうの膨大な歴史に埋もれようとしている太古の英雄…その霊魂たましいを呼び起こしたのだからね。」



今現在クロノスの“固有領域”での神と会っていたのは伊弉冉イザナミでした、そう…現在フレニィカとカラタチの2人がいるのは『黄泉国よみのくに』―――それも入口とされる『さい河原かわら』の別々の場所…

それにしても“何故”―――?クロノスは伊弉冉イザナミおさめる国で彼女達と『英霊エインフェリアル』の2人を…?



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[勇者]の歩むべき道から“転落”した者は我が身を呪い、つて敵対していた『紅き悪魔カラビネーロ』に成ってしまう、けれどそこに現れたのは【清廉】と乗る英霊エインフェリアルだった…

もうなにもかもがどうでもよくなり形振なりふり構っていられない―――そのはずなのに、無闇矢鱈むやみやたらと振り回す剣はどうしてもやはり当たりはしない…



「(く…)なぜだ―――何故当たらない!」

『フン―――そんなの当然だろ、『数撃ちゃ当たる』…そんな盲目滅法めくらめっぽうに振り回した処でわたしに毛ほどの傷すら付けられやしねえよ、何故だか判るかあ?判んねえだろうなあ…』

「(こ、のっ―――)ふざけおって!」

『『ふざける』…?何を言い出すやら、ふざけてんのはお前の方だろう―――『殺人剣』とは言え一つの流派をきわめたこのわたしに、ド素人しろうとが振るう剣如きが当たるとでも思っていたのか。』


              ―――えっ…―――


『何を鳩が豆鉄砲を食ったようハトマメつらをしている…さあ立て、休憩は終わりだ!たとえお前が血反吐ちへどこうがこれからの休憩は一切なしだ!』


その英霊エインフェリアル―――【清廉】が言い捨てた事で私は瞬時に理解をした……これは稽古、それも一つの流派をきわめた者による…

「ちょ、ちょっと待ってくれ―――私はお前から剣の手解てほどきを…?」

『随分な余裕だなあ、おい……わたしは言ったはずだよな、『これからの休憩は一切なしだ』と、まさかアレか?お前…時間切れを狙って済ませようってはらじゃねえよなあ。』

「ちっ、違う!わた―――」

『違うならさっさとかかってこい!四の五の言ってる暇があったらなあ!』


“戦場の剣”―――と聞こえはいいがそれは他人をあやめる為の『殺人剣』…とは言え、それは確立されていた

それに比べて[勇者]は[英雄あいつ]の見様見真似みようみまねで振っているだけでしかなかった―――当然その剣はかすりさえしない、しかも【清廉】はたくみな体捌たいさばき―――足捌あしさばきによって[勇者]を翻弄ほんろうしていくのみ…


「―――くはっ!」


本来の因縁のてきである『紅き悪魔カラビネーロ』に対峙たいじする前に、別の者に手も足も出ない…

“弱い”―――“弱い”のは[勇者]…カラタチ、お前のかたきを取ってやれないこの[勇者]を、さぞやうらんでいるに違いはない、失望したに違いない…


『おいおいどうしたよ―――たんまり休憩は与えてやったはずだぜ?おネンネにはまだ早いだろうが!』


私―――は…私は[勇者]から“転落”してしまった『紅き悪魔カラビネーロ』だ…そんな私が、太古と言えど英雄にかなわないなどと!


『―――はッ…!なんだまだ立ち上がってにらみつけるだけの元気よゆうはあるみたいじゃないか、ならさっさと打ち込んで来い!『まだ死んだ方がマシ』と思える位に打ちのめしてやるけどなあ…。』


あれから、どれくらいの時間がっただろうか…

      ―――“秒”?“分”?“時間”?“日”?“月”?“年”?―――

どれくらいの時間がったとしても、変わらぬ事実がひとつだけ…いまだひとかすりもしていない、私は[勇者]だが基本的な剣術などは学んでは来なかった…ただ、私を救済すくってくれた[英雄あいつ]の見様見真似みようみまねで剣を振っていただけ、“型”も、“技”も、なにもない……そこを考えると【清廉】の剣は―――



既に、体力も―――してや気力も失せかけ、最早何のために剣を握っているのかさえ分からなくなってきた…

勇者彼女]の目的は、自分が“転落”する羽目になったそもそもの元凶―――その排除と、自分では変えられもしない大切な者の無惨な結末を回避できない事への懺悔ざんげの為、自分がいた次元世界せかいを壊す事…でしたが、まずその初めの目的を達する前に新たに現れた障害を前に目的を見失いつつあったどうでもよくなり始めた……



『(……)ほおう―――へへ…やりゃ出来るじゃねえか。』


そう、言われて、【清廉】と向き合った時、の者の頬に一筋の切り傷が……?


『何故』―――?『どうして』―――?そうなる前までは、【清廉】に一矢報いれるだろうと…そんな事ばかりを考えていたものだった―――


『何故』…?『どうして』…?―――


          ―――「?!」―――


『フッ…そりゃ当然だろ―――なにしろお前は素人しろうとだ、だから『どこをどう攻撃するか』事前じぜんに判っちまう…“視線”―――“微細びさいな筋肉の動き”―――“重心の移動”など…なあ。』

「そ―――そんな事…で?」

『今お前が放ったのはまさしく『無念無想むねんむそう』の一撃―――言葉通りこそが、相手に最も読まれにくい攻撃にして総ての流派の頂点、そしてこう言おう…ようこそウエルカムこれでお前もようやく修羅オニ喰らう羅刹オニの仲間入りだ…とは言っても、まだ入り口に立っただけだけどな。』

私は―――思わずもいつの間にか剣の奥義に到達をしていた?それにしても?!

そう思った処で【清廉】からの『口伝くでん』がはしりだす………

「な…なぜ私の―――先程までかすりもしなかった剣筋が……」

『お前は素人しろうとだ、それは“まぐれ”とは言えわたしの頬に切り傷を負わせた今をしてもだ―――だが…何万遍なんまんべん?“素振り”を…

何万遍なんまんべんも繰り返すって事は呆れるほどの『基礎』の繰り返しだ、しかもそいつは真似まね―――飽きることなく振られる1回ごとに“違う”…要はそれだけ身についてきてんのさ、無意識・無念むねん無想むそう所作しょさが―――それをは『修錬』と呼ぶ…だが喜ぶな―――喜ぶにはまだ早い、お前はようやくにしてこの【清廉わたし】と同じ土俵に立ったんだ、それに…。』

私が【清廉】に放ったのは気の遠くなる年月を経てようやく到達する事ができる“境地きょうち”だった、それを『剣の師匠』のもとではなく我流で剣を独学まなんできた―――?

そしてこれ以降『同じ土俵』に立ったと言う事で【清廉】からの一撃一撃は容赦ようしゃがなくなってきた。

『始めた最初から比べたら“固さ”が取れた―――と言ってやりたい処だが…なあお前、“あいつ”が憎いんだろう?栄光ある[勇者]様が“転落”するまでになっちまった原因をこさえたの事が―――』

「(く…っ!)だから―――“あいつ”とは誰の事をしているんだ…!」

私はこの瞬間まで、その存在の事は『紅き悪魔カラビネーロ』だけとしか認知してこなかった、しかし【清廉】は違っていた…の者は知っていたのだ、私が『紅き悪魔カラビネーロ』と呼ぶの事を…

『“あいつ”は―――つてのわたし達の仲間…そしてわたしの永遠の好敵手ライバル、そのを【緋鮮】と、そう呼ぶ…』

「【緋鮮】?【緋鮮】…と言う事は―――」

『ああ、わたし達と同じ『英霊エインフェリアル』って言う事だ…“あいつ”は―――『殺人剣』を会得したこのわたしが終生しゅうせいをかけて唯一勝てなかった相手だ、しかも“あいつ”は今のお前の様なずぶの素人しろうとだったのになあ?いたく傷付いちまったもんだぜ、ひとつの流派をきわめたって言うのになあ。』

「ヤツもまた―――私の様に素人しろうと?!それなのにお前に勝った…そしてお前はその生涯で一度も勝てなかったと?」

『ま、こっちも事情なりとあったもんでな―――それに…わたしが稽古けいこをつけてやれるのもそう時間はない、全く無茶を押し付けてくれるもんだぜ神様ってヤツはよぅ。』

その途端に身震いに襲われた―――太古に一つの流派をきわめた剣の使い手すらもその生涯をかけても勝てなかった相手…そんな相手に私は―――『勝とうとしていた』?

事情を知らない余人よじんはさぞや思った事だろう、その『身震い』こそは分不相応ぶんふそうおうを望む私の恐怖心だと―――だけど違う…剣術の素人しろうとである私が、太古とは言え剣術その道の達人から教えを受け、その達人に成り代わり果たせなかった宿願を果たそうとしている?!その『身震い』こそは『武者震い』―――恐怖によるモノではなく、更なる高みを目指す者の…


そして私の身には巡り始める…私の魔“力”を“通”じさせる≪“神”通力≫が―――


フ・ン―――か…かかりが“遅い” スロー・スターターとは聞いちゃいたが、今までは頭に血をのぼらせて考えすら及びませんでした―――ってか?それ程までに…そいつの事が気に掛かったんだろうなあ、だけどそんなことは戦場じゃあ関係ない、考えが及びつこうがつくまいが及ばなかった者から果ててく…それに見た処―――こいつは実戦での経験は思っていたよりも“ない”…『けど、まあ―――こっちもようやく乗って来たぜ、それにやっぱり短期間で仕上げるにゃこの方法が一番いい。 【緋鮮あいつ】もかつては素人しろうとの一人…しかしわたしはその終生しゅうせいに於いて一度も勝てなかった、その理由が判るか?【緋鮮あいつ】のたずえていた剣は当時の【緋鮮あいつ】から考えても不釣合いのモノだった、けれどその不釣合いのモノにわたしは敗けを認めた―――その内【緋鮮あいつ】をかせようとしたんだがなあ…【緋鮮あいつ】は実戦でメキメキと実力をつけていった、わたしの師も言っていた事だった―――『実戦に優る稽古けいこはない』…お前も霊素エーテルあやつる術は会得えとくしている様だが所詮はそれだけ。 いいか、がわたしがお前に伝えてやれるすべだ、ようく観ておけ。』


私は、私の次元世界せかいの創世神ヴァニティアヌスの主神であるエレシュキガル様により授けられた『恩恵ファルナム』によって≪“神”通力≫と言う技能スキルを会得することが出来た、そしてその技能スキルによって私の体内にある魔力を練り込んで鎧一式を創造することが出来ていた、そしてこの事は私だけが出来るものと―――そう思い込んでいた…けれど太古には私の『魔鎧』にも似たすべが既に存在していたのだ、【清廉】が創りし武具モノは“盾”と“剣”―――得てしてそれは私のモノとまごう事無く…「“光”の―――いや“魔力”の…」

『そいつは違うなあ…お前が得たのは≪“神”通力≫だろう?片や私のは単に魔力を通す…だけど今は違う、わたしのせいを終えて魂だけの存在になった時、その魂をとある神が欲した―――つまりわたしは神の所有物しょゆうぶつだ、そしてわたしのつての魔力を通すだけだった技能スキル昇華しょうかされた、『魔力』―――そのみなもとである『霊素エーテル』をあやつれる技能スキルになあ。 まだ気付かないのか?高位の神からさずけられた≪“神”通力≫を持っているって言うのに…』

私―――は…どうしてその事に今まで気付けないでいたのだ、だが…ああそうか、私は自分の魔力を操る事も未熟―――だからその事にも気付けるはずもなかったと言う事か…

けれど至った―――判ってしまったから見様見真似みようみまねでも試してみたいと思うのは、至極しごく当然の事だった―――


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一方のその頃―――わたくし無様ぶざまにも四肢ししを斬り落とされ、その痛さの中に悶絶もんぜつしていたものでした、けれども……「く……ううぅっ―――」

『いかがですえ?今のあんたさんの無様ぶざま、自分でても情けないものでしょう。』

「この痛みくらい……あの人がかかえた心の傷に比べればやすいもの!」

『口でそのように強がってても、なあ―――?行動を共にして貰わんと正直わらはばなしにすらなりせんえ?』

このくびねられずとも、このしんぞうをひと突きにされずとも―――情けの容赦などなく【神威】からの剣閃がわたくしの自由を奪って行く…けれど【神威】の持つ回復の術式のお蔭で元通りの身体に直された処で嬲り殺しけいこの開始―――正直フレニィカさんを想うこの気持ちが無ければ、最初の数回で心が折れていた事でしょう。


わたくしの[勇者]様は“弱い”―――その事はあの人自身でも理解をしていた事、けれどそんな事にくじけることもなく―――また背を追う[英雄]様に追い付き追い越せとばかりに振っていた模造剣もぞうけんの数をわたくしは知っている…その姿を盗み見た時、わたくしの胸はときめいた―――例え同性であろうとも、その直向ひたむきさに感化かんかされ、つい見惚みほれてしまった…そんな―――あの人の努力を知っているわたくしが、四肢が切られたこんな事くらいでくじけてなるものですか!


けれど―――しかし、いまだに“きっかけ”さえつかめない…えない【神威この方】の剣閃……


『(…)なあ―――あんたさん?いまだわっちの剣閃、目で追うてはりますやろ。』


なん…で―――この方…


『そんなんじゃいつまでってもれる訳あらしませんわ、なにせわっち―――』


わたくしがやっていた事を言い当てたと言う事よりも―――この方がつむいだことに衝撃を受けた…


『剣術に関してはあんたさんと一緒―――ずぶの素人なんですからなあ。』

「けど…どうしてわたくしがやっている事を言い当てたと?」

『そんなん簡単やわ、今のあんたさん―――かつてのわっちにそっくりや、その昔仲のかったある人をこの目で追い続けて来た…そしてそのお人の身振り手振り―――果てはその剣を振るうその所動作しょどうさの総てをこの目に焼き付けた…だとしても、そのお人にお稽古つけて貰いました時にはかすりもせえへんのですわ、それでもって『どうして?』と問うた時…先程わっちがあんたさんに聞かせてやったあの言葉―――』

「『いまだに目で追っている』……」

『そこでわっちは『両の眼を閉じてこれまでの稽古の反復』をしたもんです、そしたらなあ……』


この―――方…まさか独学どくがくで≪心眼しんがん≫を?!


『わっちの事を避け始めましたんや、【清廉あのお人】に【緋鮮あのお人の好き敵手さん】は―――そらそうやろ…わっちがりょうまなこを閉じて今までの稽古の反復をした事で、目に視えんような事まで視えるようになってしまいましたんやから。』


かなわない―――この方にはどうあってもかなわない……と、なかば心が逃げ腰になった時、その場にいた修羅オニは途端にその本性を曝け出したのです。


『ああら、どこへと逃げおおせる気なんえ?逃がしまへんえ―――あんたさんには早う≪心眼しんがん≫なりと会得えとくして貰わんと。』


わたくしは―――鬼人オーガだ…その鬼人オーガ鬼人オニではない修羅オニに怯える…鬼人オニではない修羅ヒューマンに。

わたくしは目の前の恐怖にけ、うのていで逃げるもすぐに追いつかれてしまう…その表情の一切を変えない―――まるで『能面』の様な【神威】に追い立てられて。


わたくしは恥も外聞がいぶんも捨て【神威】から逃げおおせる為にあらゆる手を尽くしました、けれど尽しても必ず追って来る―――わたくしがこの身に宿る魔力をさとられない様にするまであの方はその≪心眼≫で私の居場所を探り当ててしまうのでしょう、そこでわたくしは考えをめぐらせた―――めぐらせるしかなかった、例え切羽詰せっぱつまっているとはいえ、わたくしが生き残る道の算段さんだんにようやく入ったのです。


           ―――それでも    なお―――


『自分の魔力をさとらせまいと、抑える事に必死なようですなあ?けどなあ―――何故に判らしまへんのや、そう言ったのは無意識・無念むねん無想むそうの果てに辿り着けるもの、意図いとして抑えようとしている気配を探り出すのに雑作もありませんわ。』


頭の中が“こんらん”をしている今のわたくしでは土台どだい無理な話し―――確かにそうだ、確かにこの方の言う通り自分の魔力をさとらせないようにするには厳しい訓練を何十という年月ねんげつなければならない話し…―――この切羽詰せっぱつまった現状を打破する為には……!

『やぶれかぶれ』―――盲目滅法めくらめっぽう頭の中を空にしてなにもかんがえないで無闇矢鱈むやみやたらと手にした短刀を振り回し、どうにかその場を脱する算段さんだんを得ました。

けれど…どうしよう―――どうするべきか…一時的なその場しのぎ的な事をしてどうにか脱する事は出来ましたが、今のわたくしはじり貧…


 ―――『じり貧』……ですか、この状況の事を思い浮かべますね―――


わたくしが元いた次元世界せかいわたくしは内乱を経験しました、わたくしが元いた次元世界せかいは『武御雷タケミカヅチ』と言う神様が創造した次元世界せかい、そこをある時『邪神』を名乗る者が横行おうこうし、わたくし達の領主をまどわせて次元世界せかいを乗っ取ろうとした、そこで眷属であるわたくしは創世神である武御雷タケミカヅチ様の御為おんためになれば―――と、邪神側に寝返ったかつての同胞達に抵抗をしていたのですが、眷属の半数以上…しかも有望・有能な眷属達を取られ、残りの凡庸ぼんような眷属達を率いての徹底抗戦は無理がありました…事実わたくしが建てた戦術・戦略も、『最善』なモノではなく『次善』のまだモノを採用しなければならず、それゆえに敗戦続きだった……このままでは武御雷タケミカヅチ様の次元世界せかいは『邪神』にまれてしまう―――そう思い、わらをもすがる思いで打ち出した方策ほうさくが『武御雷タケミカヅチ様と交流のある他の次元世界せかいの神に頼る事』でした、けれどこの方策ほうさくは運任せ…完全敗北が目の前にぶら下がっている神からの『要請』に応えてくれる者はいるのでしょうか―――方策ほうさくを提じたわたくしですら疑心暗鬼ぎしんあんきだったものでしたが、そしていよいよわたくし達の本営ほんえい西大門にしのおおもんが破れようとした時、[英雄その方]は現れたのです。


はまだ―――[英雄ベレロフォン]様と言う一縷いちるの望みがありましたが…“今”は違う、“今”は死者達が辿たどり着くと言う黄泉国よみのくにの入口『さいの河原』で太古の英雄と一対一で差し向き合わねばならない、それに黄泉国の入口こんなところで命を落としてしまっては、もう……二度と……あの人と会う事は出来ない―――


『おおや―――もう無駄な抵抗はしまへんのえ?なんや残念やわあ…わっちも、もうちぃとばかし楽しめるもんやと思うとったのになあ……』


わたくしを―――甚振いたぶる事に楽しみを見い出している【神威】が、 もうなにもかもを諦めたわたくしを見つけ、

わたくしせいもあと数刻すうこく、本来ならば[英雄ベレロフォン]様が救済すくいに訪れてくれなかったら、あの日あの時に散ったであろうこの命…何の未練もない―――と言えば嘘になるのでしょうか。

だってわたくしヴァニティアヌス様の次元世界こちらのせかいへと移ったを果たしていない―――それに…通じ合えてしまった恋敵と離れたくない―――けれどこのわたくしせいは【神威この方】に断たれてすぐにでも終焉しゅうえんを迎える…


      ―――……それでいいの?カタラチ、本当にで―――



個人が死を迎えるに際しそれまでの記憶が走馬灯そうまとうのようにめぐる―――とは良く聞いた話しでしたが、今のカラタチにも同じような事が起きていました、くびを断たれしんの臓をひと突きと言った様な、致死ちしまでには至らないまでも四肢ししを斬り落とされたり、致命ちめいとはならない部位を切り刻まれたり…けれど【神威】のもつ回復の術式によって元通りに戻される自分の身体、確かに傷付いた身体は元には戻りましたが『傷付けられた』と言う精神までは回復なおされていない…【神威】の持つ回復の術式によって身体に付けられた傷は回復するも、また初めからのやり直し―――しかも未だ以て【神威】の剣閃は一筋とて見い出せも出来ない…そして何もかもを諦めた時、自分に問い掛ける―――自問自答をしてみる…『それで良いのか』と…

けれど【神威】にとっては関係がない、その一生を斬る事にのみその楽しみを見い出した『神をもおそれぬ者』には―――しかしカラタチのせいを断ち切るついの一撃は、何故か防がれてしまう…

その理由は明白―――カラタチは、己のせい…と、ほぼ同時に……そして諦めを“拒絶”した彼女は、その先へと踏破とうはする権利を得たのです。



あれあれほんま…やきもきさせられるわ、―――気付きはりましたとはなあ…そや、絶望の淵に追い込まれたらしかあらへん、諦めてそのままちるか―――諦めずにその先へとくか……まあ、その先へとく選択をした者達がいずれどう呼ばれるか、あんたさんは知ってのハズやろ?

『けど―――まぐれかどうか試させてもらいますわ。』


             ―――防いだ?―――

             ―――わたくしが?―――

            ―――【神威この方】の?―――

            ―――どうやって?―――


わたくしせい終焉しゅうええんを迎えようとしていた時、【神威】の太刀は確かにわたくしの命を絶とうとしていました、けれど防げた…防いで、いた。

けれどわたくしには、何もかもを諦めた“絶望”が蔓延まんえんをし、このまま為すすべなくこの命が散らされる……

その時ふと思ったものです、『このままでいいのか』と、『このまま』…諦めてしまって“あの人”と二度と会えなくなってもいいのかと。

しかしそれこそが『無意識』『無念』『無想』である事をわたくしは知りませんでした、けれど―――ですが―――“今は”視える!


『どうやら、その様子では会得えとくするまでに至りましたようですなあ?』

「え…―――」

『とは言え、言うても≪心眼≫は飽くまでもの“一つ”に過ぎませんえ?あんたさんにはまだまだ会得えとくして貰わないかん技能スキルがじょうにあるんやさかいに。』

「あの…ひとつご質問を?」

『なんやろ?わっちに答えられる事しか答えられんけどなあ。』

「あの…あなた様はわたくしを殺しに―――」

『そうでも言わんと“死に者狂い”にはならんやろ?事実≪心眼≫は絶望を拒絶したその先に会得えとくする事が出来たんやから。』


           ―――わたくしは今まで勘違いを…?―――


『それに、そこんところもわっちによう似とる…わっちもその背を追いかけとる人がいた―――けどな、憧れだけで追いかけとっても中々その差は縮まらへん、その人の見様見真似みようみまねで振り回しとってもあの人の“重し”にしかならへん、挙句あげくの果てにはわっちの所為せいで共倒れや…そこでわっちは一旦諦めかけた、諦めてその死を受け入れた…けどすぐその後に助けて貰うたんや、ヒューマンやなしに異種属の者にな、そのお蔭でわっちら2人はヒューマンを辞めた、次いで絶望を拒絶した…その果てに色んなモノが視えたんや、視えるようになったんや、今のあんたさんのようにな。』


その語りは、『凡人が英雄に成った』その事を言い現わしているのだと言う事が理解出来ました、そう『凡人が英雄に』……ならばわたくし?このわたくしもあのお2人の側にいていいと―――


『せやけど、あんたさんはまだ成り立てや、生まれたての小鹿や小馬がどんなんか知ってるか?足は“ガクガク”、膝も小刻みに震わせて視てられへんのもあったもんやないわ、まあ要するに本番―――わっちもようやく手加減ナシに出来るさかいに、あんたさんも死なんよう気張きばりや―――』


ようやく―――ようやく…出発点に辿り着けた、と言ったところでしょうか…けれどこれからが正念場しょうねんば、そう思いわたくし懐刀ふところがたなに手を忍ばせたのです。






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