第21話 紅き悪魔(カラビネーロ)

今オレは2度目になる女神ヴァニティアヌスからの要請―――『要望』によってまた違う次元世界せかいに来ている。

今回の『要望』の内容は『帝国』とやらに刃向う抵抗組織を壊滅させよ―――だ、内容としてはたりだが今回くみする『帝国』と言うのが、しんにオレがくみしていい組織なのかどうか…それを見極める為、今回オレをこの次元世界せかいにと連れて来た『次元の魔女』とやらに調べさせている。

しかし、そう―――今回オレをこの次元世界せかいへと連れて来た『次元の魔女』と言うのは、以前オレをカラタチの次元世界せかいへといざなった『ベアトリクス』ではなかったのだ、ではこの『次元の魔女』と言うのは…

は『次元の魔女』と言います、これから補助サポートしていきますので、どうぞよろしく。」

「以前オレをこことは別の次元世界せかいとやらに連れて行った『次元の魔女』とやらは『ベアトリクス』と名乗っていたが?あんたも『次元の魔女』と言うからにはあと何人同じ様なのがいるんだ。」

「ふむ、どうやら単純ではないようです、しかしらには個別の呼称などついてはいません…ただは便宜上【怪復】と名乗ってはいました。」

「【怪復】…“怪”しい回復なんて不吉な心象イメージだな、オレ達の様な『名前』は使用しないのか。」

「面白い事を言います、ただらはある目的の為に動いているに過ぎません、ゆえにらを特定するような“個性”など不要―――それにこの【怪復】もに与えられし役割、故にの事は【怪復】と呼ぶことを所望します。」

顔色は青白く目は三白眼、おまけに目の下にはくま―――随分と愛想かわいげのない風貌ふうぼうをしている割りにはオレからの質問に答えてくれた、それにしてもなんだってこうも不吉な心象イメージを持たなければならなかったのだろうか、そう不憫ふびんに思ったオレはこの『次元の魔女』に勝手に『デルフィーネ』と名付けたのだ。


の許可なく勝手に“名付け”を行うとは―――まあ、いい…所詮はこまけき者のする事、そんな事をいちいち気にしていてはらの大願たいがんは成就出来ないと言うもの、それにこの[英雄もの]との係りに関してもこれ以降は、ない―――


それはそうと今回関与する『帝国』に関してデルフィーネに調べて貰った処、目立った様な圧政や苛政かせいは認められず国民に対してもべて平等・公平にまつりごとを行っている―――そう言う印象だった、だとしたならこんな政権に対して刃向っていると言う対抗組織の矜持きょうじとは何なのだ?「なあデルフィーネ、あんたからの調査報告を聞く限りでは帝国に刃向う連中は帝国の何が不満なんだ。」

「“表”立つものは良く視える―――が、“裏”立つものは良く視えはしない、が視えているのは“表”だけでしか、ない…“裏”にあるものは目をよく凝らしたくらいでは視えは、しないもの。」

「つまりここの皇家おうけは国民達の知らない処で好くない事を働いていると?」

には、この平等・公平がであるように視えているとでも言うのですか、ならばどうしてそんな国家に貧民街スラムがある、と?」

「なるほどな…だったらその辺の調査を頼む。」

「それは構いませんが―――に与えられし使命はどうします、“一見”平和“一見”幸福“一見”安寧…それを脅かせる対抗組織、たがえてはならない、次元世界せかいの女神はこの次元世界せかいの神と契約を取り交わした事を。」

……そうだ、そこは忘れてはいけない、例えオレ自身は不本意ではあろうとも女神ヴァニティアヌスが―――母さんがこの次元世界せかいの神と取り交わした契約やくそくがあるのだ、それを眷属であるオレ如きが『性に合わない』からと投げ出していい理由にはならない、今回ばかりは不本意なものとなるがオレは果たさなければならない…


    ―――それにしても母さんは何故こんな『要望』をオレに?―――


“迷い”が見て取れるようですが―――【悪堕おちた英雄】、は敢えての助言アドバイスは避けますが、なにも『要望』通りにこなすのが最上さいじょうとは言い切れないのですよ、『成功』の裏あれば『失敗』あり…は間違いなくこの『要望』、失敗するでしょう…いえむしろ失敗をしなければならない、それはこの次元世界せかいの神『エスプーマ』の意図するものではないでしょうが、の敬愛する女神が属しているかを思い起こせばあの女神ヴァニティアヌスがエスプーマとの契約に踏み切った理由が判る事でしょう。


   ―――そして…ふ、ふ、ふ、この次元うちゅうがより盤根錯節ばんこんさくせつすれば等の主神かみの戒めも緩くなろうと言うもの……―――   


       ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


オレには神々の事なんて判りはしない、確かにオレの次元世界せかいには創世神ヴァニティアヌスをまつる『聖ヴァニティアヌス教会』なるものが存在はしているが、オレ自身はそんなには熱心にお参りなんかはしていない、フレニィカほど信仰心はあつくないのだ。

それはオレの“育ち”が関係しているのだろう、孤児みなしごだったオレを拾い上げて一人前にしてくれたここまで育ててくれた女神ヴァニティアヌス―――そんな女神ひとを育ての親に持つオレにとってみれば『信仰』の“対象”なんてないものだ、だってオレの母さんはオレだけの女神であり…そしてオレは母さんの―――女神のユニットなのだから。

しかし“それ”と“これ”とは別、今回のオレの『要望』の対象である帝国にあらがう組織から帝国を護る為オレは望まぬ闘いを繰り広げている、その中でも最大の障害と言っていいのが『紅き悪魔カラビネーロ』と称する強敵の存在だった。


「そなたと刃を交り合すのは何度目か―――私とて少々飽いで来たと言うものだ。」


紅い鎧に禍々まがまがしい漆黒しっこくの紋様を施し、角も幾人もの血を吸って来たかのような深紅しんく―――それにオレも身長はあるものだと思っていたが、そのオレの身長(183cm)すらも上回る身長(237cm)、またそれに合わせるかのように使ってくる≪威圧≫の技能スキルも上乗せされて外見みため以上におおきな錯覚に捉われる、そして何と言っても異彩・異様を放っていたのが両目を覆い隠す黒革くろかわの眼帯―――またそれには紅い塗料であしらわれた『眼』の紋様、それにはある魔族『単眼の巨人サイクロプス』を思わせたものだった。

それにしても…女神伊弉冉イザナミより授かった剣技が通用しないとは―――そうは言ってもまだまだ未熟、熟練の領域には達していない、とは単なる言い訳か。「退屈をさせてしまったのは申し訳ない、ただオレも発展途上なのでな。」

「『発展途上』―――とは、よくぞ言ったものだ…そなたのその構え〈無形の位〉なのだろうが、哀しいかな…そなたはまだ自我を抑えきれておらん様だな。」

「(…)知っていると言うのか―――この『構え』を…」

「武のいただきを目指そうとする者、それを知れずにおれるものか、その構えに必要なのは“無念”“無想”―――“無欲”にして“我欲がよく”なき“モノ”を達すればやがて合理の外にも通ずるモノと成れるのだ、だがそなたは“念”が多い…“雑”な念が、“よこしま”な念が―――私も未熟な折にはつい『相手を斬ってみたい』という“念”に取りかれたものだったが…」

「それで両目を塞いだのか。」

「この眼帯の事か?いいやこれは違うよ、この眼帯は私の為に使用しているだけの話し、とは言えまあ逆に困っているのだがね。」

「何を難しい事を言っているのか判らんが―――」

「判らんか―――それはそなたがそこまでの境地きょうちに至っていないまでの話し、『私は盲目だったが今は視える』…この今の私の言葉が判るまではそなたもまた未熟の殻を破れていないと言う事だ。」


オレがまだ幼い頃、母であり師でもあったヴァニティアヌスから厳しく言われたものだった、しかるに『目で、追うな』と…確かに武の腕前が上達するにつれ様々なモノが“視え”てくる、相手の動作の軌道から次の一挙一投足いっきょいっとううそくまでもが、ただそれだけに余計な事までもが頭をめぐる、真剣での勝負では一分一秒の隙と言うものが命取りとなる…とするならば、そんな余計な思考こそが邪魔になろうと言うものだ、判る―――判るとはしていてもつい先の一手を読んでしまうと言うのは最早癖でしかないのだ、それに今は…そんな悪癖を修正している暇などない―――「ならば、今のオレの全霊をもって応えるまで!」

「その意気やよし、では私も全霊をかたむけよう―――」

“雑”な念のない、してや“よこしま”な念などない紅い衝撃がオレを貫く―――〈スカーレット・ペネトレイター〉と言う『紅き悪魔カラビネーロ』の奥義を喰らい、オレの身体は大地に沈んだ。


          * * * * * * * * * *


「(う…)ここは―――そうか、オレは敗けたのか…」

「ええ、大変好い敗けっぷりだった、どこの誰がどう見ても決定的な敗北、を相手によくやった―――とは称賛しましょう。」

「あんたのその口ぶりからすると、あいつの事を知っていたと言うのか。」

「『知って』―――ええ、いますね、なにしろはとある次元世界せかいで[英雄]にまで上り詰めた者。」

「では…あそこにいたと言うのは―――」

「さあ?には判らない、何より今回の件に以外の『次元の魔女』が関与したと言う事を聞きません、だとするなら何処いずこかの次元世界せかいで死したる魂を召喚よびよせし『転生』か―――或いはそのまま召喚よびよせし『転移』か…」

「(…)それよりオレの傷を手当てしたのはあんたの『怪復』か。」

「一応、必要な部位はくっつけておきました、ただ勘違いしない事、本来の『復』と言うものは本人の『再生力』以上の事は出来ない、の『復』は本人の再生力の範囲内で細胞の活性化、修復力を促進させるもの、ただ…達の知る『復』と劇的に違うのは―――の『復』はにもその作用は適応します。」

「(うん?)どう言う…事だ。」

「普通に、傷を負っていないと言うのなら、その上から『回復』をかけてもそれ以上の作用は適応しません、ですがのはと言ったのです、後は随意に想像してみる事です。」


オレが次に目覚めたのは帝国の城の寝台ベッドの上―――ではなかった、周りは壁ではなくごつごつとした岩肌、横臥よこたわっているのは石も剥き出しの地面に草を編んだ敷物が一枚、どうやらオレの敗北をきっかけに帝国は滅んでしまったらしい、重傷を負ったオレが安置されているのはその中でも辛々からがら落ち延びてきた残党いきのこりと言った処だろう。

それにしても、女神ヴァニティアヌスからの―――母さんからの『要望』を達成出来なかった…それがオレの心残りでもあった、けれどそんなオレをデルフィーネは。

「何を、悔いているのかは判りませんが、今回が請け負った任は『失敗する事』が、人の子と言うものは『挫折』と言うものを知る―――その『挫折』を次にどう繋げるかで人の子の価値と言うものは上がるもの、は誇るべき、は今ようやく『挫折』を知った、今の今までが上手く行きすぎていた―――とまでは言いませんが、がもしの成長を妨げていたとしたなら…」

「母さんは―――もしかするとその事を知ってて…」

「さて、どうでしょう…の目的を知りません。」

「『目的を知りません』って…あんたは先程ヴァニティアヌスがオレに『要望』を出したのは『失敗をする事が達成の条件』だと…それによってオレが挫折を知る事により更なる成長を見込めると―――」

は解釈の一部でしかありません、を使い何をようとしているのか…にはまだ見えない―――と言った意味です。」

またしても判った様な判らないような事を言われてしまった、けれどデルフィーネが言うように挫折と言うものを知らなかったオレが今回知ってしまった―――それに以前からオレを悩ませていたのは成長の『頭打ち』だ、ある一定の強さに達すると様々な能力値がこれ以上あがらない…そうした悩みを打ち明けたかのようにヴァニティアヌスはオレを別の次元世界せかいへと派遣したのだ、そして初回は見事に成功させた―――もののやはり能力値の上昇は見られなかった、そこでヴァニティアヌスはめぐらせたに違いない、どうすればオレの不調スランプを解消させられるか、と…そして今回思惑通りにオレは『要望』に失敗し、挫折を得た―――それをかてに成長が見込めるようにと。

これがオレの推測だが、真相は―――ヴァニティアヌスの考えが合っているかまではオレには判らない。


        * * * * * * * * * *


それはそれとして、オレは残念な報告を胸に元の次元世界せかいへと戻って来た。

「ベレロフォン良く戻って来たな!」

「お帰りなさいませベレロフォン様。」

オレが戻って来るのを待ちびていた2人―――フレニィカにカラタチ、そんな彼女達には今回の『要望未達成』の事をしらせるのはどことなく辛かった。

「そうか―――お前が…だが内心“ホッ”としている私がいる、私より腕がつベレロフォンでさえも失敗する事があるのだとな。」

「そうですよ、一度や二度の失敗なんて何も恥ずる事など有りません、現にフレニィカさんなぞは今回も―――…」

「カ、カラタチそれは言わない約束だったろう~!」

「あら、そうでしたか?ですが一言言わせてもらえればフレニィカさんはもっと[勇者]としての責を感ずるべきです。」

「な、なんだか次第に言っている事がヴァヌスじみてきているぞ…」

オレが戻ってくるまでの間、彼女達の間で何があったのかどうやら聞くまでもないようだ、オレが今回の目的の次元世界せかいに行くまでの間、彼女達の間は緊張感が保たれていた、それが今は微塵みじんも感じられない、どうやらお前はオレとは違い“一歩”また“一歩”と着実に進歩しているようだな。


それからオレは自宅へと戻り、もう一人オレの帰りを待ちわびている者の処へ行った。「ただいま―――」

「お帰り、ベレロフォン。 どうした冴えない顔をして。」

「―――母さんから言いつけられた事、達成できなかった…それがなんとも、悔しくてな。」

「そうか―――ようやくお前も挫折を味わったわけだ、だがいい、そのお蔭で男前が一段と上がったじゃないか。」

「なあ…ヴァヌス、オレは―――オレは……」

悔しさ、自分の未熟さ不甲斐ふがいなさをにじませ、大の男が声を上げて泣いた、すまないな我が息子よ―――私はお前のそうした表情を見たかったわけじゃないが、お前が幼い時分じぶんに私にされ、泣きじゃくりながら私の胸に飛び込んできたのを思い出す、あの頃は良かったよ私もガラになく母性をくすぐられたものだ、それを時をた“現在いま味わえるとはな…「よし―――よし―――仕方がない奴だな、まったく…」


オレは年甲斐としがいもなく魔族の幼生体少女に抱き付き、その胸のなかで泣いた…事情を知らない他人(FニィカやKラタチ)が見たら『少女趣味ロリータ・コンプレックス』だのと言いかねないが、この時のオレは『魔族の幼生体少女に抱き付く』のが自然な流れだと思ったのだ。

それに……不思議な感覚だった、オレが抱き付いているのは間違いなく魔族の幼生体少女だ、なのにこの『温もり』―――まるで泣いている子供をあやす母親の様な…

けれど今はそんな事はどうでもいい、今はただ不甲斐ふがいなかったオレを慰めてくれる存在を求めていたのだ、そしてその役割はフレニィカではなく、そしてまたカラタチでもない―――オレは…どこか母さんの臭い漂わせるヴァヌスにこそしてもらいたかった、そうに違いはないのだ…


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「何か、御用か。」

「久方ぶり―――ですね。」

「以前にそなたに会った記憶などないが。」

「それはそうでしょう、以前の記憶を遺しておけば、ふとしたはずみで不都合が生じないとも限らない。」

「以前そなたの主の『要望』でこの次元世界せかいに連れて来られたものだが、が…?」

らが主神あるじからの『要望』は、『ここに来る混沌勢をその全力でもったたき伏せよ』でしたが、実に上々じょうじょう―――もわざわざ二重の立場ダブル・スタンダードを取った甲斐があったと言うもの。」

今回私が請け負ったのは『エスプーマ』なる神が創造つくりし次元世界せかいに根付く悪しき国家『帝国』を滅ぼす事であった、その過程で追加要請をされたのが私が請け負っている『要望』を阻害そがいする為に現れたる混沌にくみする勢力の強者つわものを撃退する事…そしてその強者つわものを連れきたるのは、私をこの次元世界せかいへと連れ来た【怪復】を僭称せんしょうする『次元の魔女』―――「それで?私はこれから何をすればいい、『』。」

「フ、フ、フ―――を挑発しているつもりとは、可愛いものよ…」

「私は過去を棄てた、ゆえにそなたの事も知り得ない…そして今度のせいこそとうな人生を―――と思っていた処を…」

「歩めばよい、とうな人生を―――にはその権利はあるのだから、だが、権利はあっても主神あるじからの『要望』には逆らえぬ、それは今回を通じても判った事だろう…何せせいを考えると、なあ?」


私の生は一度終焉しゅうえんを迎えた、その終焉しゅうえんの有りようも実に不本意であった、本来ならば我が『盟友』にこそ捧ぐ忠義であり我が生命―――不覚にも戦場ではなく病床にたおれてしまうとは。

そうした私の不平や不満を“上”からのぞいていた者がいた、何処いずこかの神の“使徒”、【怪復】を名乗る不吉なる『魔女』―――確か、私の一度目のせいの時に『盟友』が“ぽつり”と漏らしていた事があったな…あれはなんだったか―――こんな事なら真摯しんしに耳をかたむけて聞いておくべきだった…か。


フフ―――思いをせているか…しかしその思い、“ある”と判るだけでその詳細までは届きはしない、何故ならその記憶はらの一人【忘殺】によって抜き取られているのだから。

それにしても良いユニットが手に入りました、以前のせいでは[英雄]にまで上り詰めた者、その武によって『王』なる者の障害を須らく排除し、ひとつの時代を創るきっかけとなった者―――ればその実力チカラ、是非ともらの主神あるじの復活に寄与して欲しいもの…


         ―――なあ?そう、思うだろう?【緋鮮】―――


        ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「どうやら―――本格的に動き始めたみたいね、『次元の魔女』が。」

「それにしてもさあ、なにも私の領域で事を起こさなくてもよくなくない?」

「今回はあなたの従属神の一柱ひとりであるも一枚噛みましたからね、そうは行かないと言うものでしょう。」

「けどさあーあの子…なんて言っていいのか、私が言うのも何だけど不憫ふびんだわあ。」

「あら、あなたにもそんな一面があっただなんて、お蔭で面白いものが見れたわね。」

「ちょっと伊弉冉イザナミ、私が可愛がっている従属神を心配する事のどこが面白いってのよお!」

「でもエレシュキガル、あなたは自分のしたいようにしかしてこなかったじゃないの、そんなあなたの気紛きまぐれにはどれだけ付き合わされてきた事か。」

「そ―――それは~ごめんなさい…だけど、あなた達も愉しんでたじゃないのよ。」

「ええ、手を貸したまで―――私やの興が乗らないままでは、いくら愉しめと言われた処で愉しめないと言った処…」

「(む~)それでえ?私はこれから何をすればいいのよ。」


【不和と争いの女神】エリス―――そのものを信奉する狂った集団…それが『次元の魔女』の定義、その実態は遥けき次元うちゅうに飛ばされたエリスが、いつか自分を封じた神々わたしたちの前に再臨する為にと様々な神の眷属から選りすぐって集めた者達、そして自らの主目的を達成しやすくするために“主軸”たる【崩壊】を据え置き、その者が付き従えさせた者達…【干渉】【怪復】【忘殺】を始めとする端子達を通じて成就を図ろうとしている。

彼の女神ものを無力化させた折、“私”を含む『混沌』の勢力も手を貸しましたがその事を『逆恨み』をした端子達がそこかしこで騒ぎ出している…

私達『混沌』の勢力は、『秩序』の勢力である『エホバ』の提起ていきによりエリスを無力化させる計画に加担した、だからエリスは『混沌』だけではなく『秩序』もその視野に置かなくてはならない、しかし未だ私の耳にはその報告は届いていない―――と、するならば、エホバは既に何らかの対策を講じていると言う訳か、そして気になる噂も耳にしている【奈落をも蝕らう“闇”】に【閉塞した世界に躍動する“光”】…あれは確か『天空』をつかさどる神、子飼いの戦力だったはず、それが既に……

ふ、ふ、ふ―――ふふふふ…どうやら退屈せずに済みそうだわ、それにおあつらえ向きにも―――“彼女”もあなたと拳を交らわせたくて“うずうず”しているのよねえ、だって以前の関係では味方の様なものだったのですから、だから拳をまじらわせたくともまじらわせ…けれど“今”は―――今や私達は敵味方同士、私も是非ともあなたと手合わせ願いたいものですが、その前に先約があってはねえ?ですので希望は薄めですが期待するだけはしておくことにしておきましょうか。


              ―――ねえ?【緋鮮】―――


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


今回私は、私の息子―――ベレロフォンに『失敗を前提』とする『要望』を言い付けた、全く…ひどい親もいたものだ、失敗する事がその『要望』を達成させる前提条件なんてな、けれども思う処もあった、ベレロフォンは本当に優秀で私が少しんでやっただけでめきめきと成長をしたものだ、しかし『早熟』は結果としてあの子をその後苦しめる事となった、ここ最近思うように成長しないあまり伸びない事を打ち明けられた時ひとつの考えが私の頭をよぎった、この子は私が産んでこの方『挫折』と言うものをあまり知らない、そこへ行くとフレニィカは挫折ばかりだ、挫折ばかりだが叩かれる度毎たびごとに強くなっている―――それはもうベレロフォンにも近づく勢いで…そこの危険性も感じ取っていたのだろう、そこで思い立ったのが今回の件だった、私は『秩序』に所属する神エスプーマを利用しようと思い、彼の神の創造した次元世界せかいに君臨する『神皇国アークヴァイン』を手助けるフリをして滅ぼさせようとしたのだ、結果として私の意図していた通りに事は運び、ベレロフォンは挫折を味わって来た、きっとこの子ならこの苦い経験をかてにひと皮もふた皮も剥けて成長してくれるはずだ、ただ―――あの幼い頃のように私の胸であんなに泣くとは思わなかったなあ…ひどい母親で本当にすまない。

「―――どうしたんだ。」

「いや…その……ベ、ベレロフォンは大丈夫だろうか。」

わたくしは…気にする事はない、とは申し上げたのですが、ね。」

「やれやれ、あの子は果報者かほうものだ、たった一度挫折を味わっただけでこんなにも慕ってくれる者がいるんだものな。」

「ヴァニティアヌス…なあ、今回の事は必要だったのか。」

「『必要』―――だったのさ、あの子は私が直々じきじきに育てていたからな、ロクに失敗する事を学べやしなかった、そこで起こったのが『成長の頭打ち』だ、それをある時あの子に打ち明けられて咄嗟とっさに思い浮かんだのが今回の件だった―――訳さ。」

「それで、結果はあなた様の思い通りになりましたか。」

「結論だけを言うと、『なった』―――だけど同時に思い知らされた…私はなんてひどい母親なんだろうとな。 もう少しやり方があったんじゃないか…と、今ではそう思う、もう40にもなろうかという大の男が声を上げて泣いたんだよ、それでたまらなくなってつい抱き付いてあやしてしまった…」


「その心情…判らないとまでは言わないが、バレてしまったんじゃないのか?」

「その時のベレロフォン様の心情などが判りませんから何とも言えないのですが…バレてしまったと思います。」

「う゛…うう~~~今ではちょっと後悔をしている―――少し軽率ではなかったかと、な。 しかし、いやあー変わってなかったなあー幾つになっても子供は子供―――とはよく言ったものだ、この私の胸に顔をうずめ悔し涙を流す息子…お嬢ちゃん達には経験したくとも経験できんよなあ?」

「ヴァニティアヌス、それは私達に対する宣戦布告のつもりか?」

「しかしとは言え油断ならぬのもまた道理、わたくしの元いた次元世界せかいでは親が子と―――子が親とつがうのは良くあった話し、まあ随分と過去にさかのぼるのですが。」

「な、にィ?ちょっと待て―――それじゃナニかあ?将来的にベレロフォンとヴァニティアヌスが…」

「ええ、親子のえにしを越え夫婦めのととなる可能性も生じたと言う事になります。」

「ダぁメだダぁメだそんな事!世間体せけんていが許そうとも私が許さんぞおお!」

「やかましい!静かにしろ!あの子が目を醒ましたら大事おおごとどころの話しじゃなくなるだろが!」

「(イタイ…)そうかと言って何も殴る事はないだろうが―――ああけどしかし、カラタチの余計なひと言がああ~~」

わたくしは、飽くまで『可能性』を述べたまでです、しかもその『可能性』も過去の―――それもわたくしの元いた次元世界せかいでのは話しですので。」

「(…)ヴァニティアヌスぅ?」

「さあーてどうすっかなあーカラタチ殿のお蔭でイイコト聞いちゃったしなあー。」

「(………考え中)そこは是非とも『お義母様かあさまぁ~』と呼ばせてくださいませえ。」

「おめーからキモチワリー事を聞かされるのは大却下だからナシだ。」

またまたフレニィカさんの自爆行為ですか、もう少し考えて行動すれば良いものなのに―――それにやはり顕在化けんざいかしてきましたか…女神ヴァニティアヌス様は自身の子であるベレロフォン様の事を―――想いを捨てきれていない、そこはわたくしが敢えて例に出した『耽溺物たんできもの』に現れていたわけですが、今回の事でわたくしく道筋が見えてきたと言っていいでしょう、ここは無理をせずあたかも『閑古鳥カッコウ』の様に…多少卑怯だとののしられるでしょうが、わたくしはこの次元世界せかいの原住人ではない―――だとするならわたくしの生きる道こそ…





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