第20話 “あなた”と“私”

オレは今またしても女神ヴァニティアヌスの『要望』によって別の次元世界せかいへと来ている、言うまでもなくオレは[英雄]だが一人前となるまでに女神ヴァニティアヌスによって育てられてきた、言わば女神ヴァニティアヌスはオレの育ての親でもあり最初に恋愛感情を抱いた存在でもある。

そう、オレの根底には女神ヴァニティアヌスへのあつい忠誠心と共に深い異性への情愛じょうあいも含まれているのだ、それは男(女)児たるものその幼い時分じぶんには誰しもが抱く『僕(私)はお母(父)さんと将来結婚する』それに似通っていると言ってもいい、けれど成長していくに従いその事は成就じょうじゅできない事を知る、それは母/父親がオレ達自身より年上であり、母/父親と結婚をしたいと願望するよりも他に好きな異性が出現をしてくるからでもあるからだ。

けれどオレは―――母さん以外の女性をいと思えない、あの母さんの温もり、厳しくもありまた優しくもある母さんの胸の内、その記憶がオレの根底にある限り、いくらフレニィカやカラタチが愛想あいそを振り撒いてこようがオレの心は女神ヴァニティアヌスから離れる事はないのだ。

それにこの事は今でも誰にも知られていない、知られたら知られたで『乳臭い』だの『親離れできていない』だの『母親依存症マザー・コンプレックス』だのと色々言われるだろうがオレは一切気にはしない、オレが好きなモノは好きなのだからそれを曲げる理由などどこにもないのだ。


   ―――それに…今回も大仕事を終わらせて、またいつものように愛情たっぷりと抱き付いてハグして欲しいものだ…―――


         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その頃私達は裸の付き合いお風呂でばったりで交流を深めていた、そして図らずも正体を知る者がもう一人増えてしまったのである。

「まさか…ヴァヌスさんが女神ヴァニティアヌス様だとは。」

「やれやれ全く、性質たちの悪い娘に知られたからなあ、いつかはバレてしまうもんだと思っていたが…」

「しかしヴァニティアヌス、いつまであいつをあざけられるのだと、いつまでも隠しおおせられるものでは…」

「仕方がないだろ、それにあの子はこの私が育てたんだ、親が子を大切に思うのは当然じゃないか。 私も昔はれっきとした“大人”な姿をしていた、我が主神様に従属し数々の功を立てた、神としての私の前途ぜんと順風じゅんぷうにして満帆まんぱんだった―――が、そこを狙われてしまったんだ、ある時私の就寝中に寝所しんじょへ侵入をくわだてたヤツによってな、私も主神様から認められる程の武を有していたがそんな私ですらそいつは組み伏せ私の処女性を奪って行った…ただこの事は主神様にとってもいい話しじゃない、私は責任を取る形で女神の座位くらいの剥奪からはまぬかれたものの、その地位は追われ姿は魔族の幼生体に変えられてしまったんだ。」

「そんな出来事が…それよりヴァニティアヌスの処女性を奪ったヤツとはどんなヤツなのだ。」

「『アイギパーン』―――元は牧神、牧畜の神だったらしいが、ある所業しょぎょうわざわいして神の座位くらいを追われた、しかしその事を逆恨みをし手当たり次第に女性を襲うようになった、私はその犠牲者の一柱ひとりだよ。」

相手の意思や同意なくして処女性を奪う―――そう言う事でしたか、しかしわたくしの裸身を見ても興味すら示さなかったのはどうして?

「[英雄]の“宿しゅく”はおおむね『酒癖さけ』か『女難おんな』で妨げられてしまう事がある、そこを考慮して現在の主神様にお願いをしてある呪いをかけて貰ったんだ、そう―――その対象が私に向けられるようにと…フレニィカやカラタチ殿がいくら訴えかけてアピールしても一向になびかないのはそうした事からなんだよ、けれど最近になってあの子が不憫ふびんに思えて来た…あの子ももう40にはなろうかとしている、そんな大の男がいつまでも母親の事が片時も忘れられないって言うのは…だから近い内に現在の主神様に例の呪いを解いてくれるよう頼むつもりだ、少し寂しくはあるが…それがあの子の為でもあるんだ。」

母親が子を想う―――わたくしが見かけた時少し寂しそうな表情をされていたのはこう言う事だったのですか…それにしても、だとしたら……「あの、もしやとは思いますが武御雷タケミカヅチ様の事を呼び棄てられたのは―――」

「ああ、武御雷タケとは古来ふるくからの付き合いだからな、あの朴念仁なニブいのは変わらないようだな、て事は益々伊弉冉イザナミ様の手をわずらわせてるって処の様だ。」

「ん?それはどう言う事だ。」

「あいつはな、真面目なだけが取り柄なんだよ、それが悪いって事じゃないんだが―――カラタチ殿の処遇を見ても武御雷タケの意思じゃなかったんだろうさ。」

「ヴァニティアヌス様は何でも知っておいでなのですね。」

「カラタチ殿の前で言っちゃなんだが、あいつほど色恋にうとい奴はいない、まあ神々わたしらの間じゃそこんところであいつを揶揄からかってたんだけどな。」


そう…わたくしがベレロフォン様達の次元世界せかいにいると言うのも、わたくし武御雷タケミカヅチ様の不興を買い、元いた次元世界せかいから追放されたから、もしわたくし武御雷タケミカヅチ様の事をそれ程慕っていなかったら、恩義をくしたにもかかわらず冷遇れいぐうをされた事に憤慨ふんがいをしていた事でしょう、けれど武御雷タケミカヅチ様の背後にられる神―――武御雷タケミカヅチ様の母神ははである伊弉冉イザナミ様がわたくしの心情の機微きびとらえ、出身の次元世界せかいに戻ろうとしていた殿方の背を追わせた…としたなら辻褄つじつまが合ってきます、そのお蔭で元の次元世界せかいとそう変わらぬえにしをこうして手に入れられたのだから、これは『処罰』ではなくむしろ『褒賞』ととらえるべきなのでしょう。


        * * * * * * * * * *


しかし―――あの言葉には相当な含みがあった、確かにヴァニティアヌスにはベレロフォンに対しての親としての情と言うものがあるのだろう、けれど子はいつしか親元おやもとを離れなければならない…その寂しさも感じながらもやがては現れるであろう息子に相応しい相手を期待している!な、ならばこれを機会に……「あ、あのお~お義母かあ様?改まってのお話しが―――」

「なんだ、のっけから気色悪い呼び方してんな…残念だがお前と話すような事は何もない。」

「そ、そんな事を言わずにお義母かあ様ぁ~!」

「やかましい!お前から『お義母かあ様』なんて言われる筋合いはないぞ!いいかフレニィカ…私にってベレロフォンの嫁になりたいなんぞ、そんなの私は認めんからな。」


恋敵あいては“自滅”…いて事を仕損じたようですね、しかしまあ本丸ベレロフォン様の攻略が困難となれば外堀女神ヴァニティアヌス様から埋めていくのは常道つねの話し…とは言えその時機は見定めておかなくては、幸いにして恋敵フレニィカさんは時機を見誤り大惨敗…立ち直るには多少の時間が必要となりましょう、とは言えわたくしが今すべきはたたみ掛ける様な攻勢ではありません、ここはじっーーーーくりと時間をかけ“じわじわ”と浸透させなければ…「ヴァヌスさん、今日もいい天気ですね。」

「あーーー?うんーーーそれより何用かなカラタチ殿。」

わたくしもこの次元世界せかいの住人になろうとしています、さすればこの次元世界せかいの防衛の一翼を担うヴァヌスさんの一助いちじょになればと…」

「おーおー言う事が違うのう、武御雷タケのヤツも良き眷属を持ったものよ、どこぞのだあーーーれかさんも大いに見習ってもらうとヴァニティアヌス様もさぞかしお喜びになるんだけどなあーーー。」

ギク、盗み聞きをしているのがバレてしまっている…それにしても恋敵てきはやるなあ、私も為せれなかったヴァニティアヌスのふところにああも易々やすやすとっ!くっ…悔しいが認めざるを得まい、我が恋敵きょうてきはカラタチであると!なので私も大いに見習わせてもらう事にした……の、だが、「ヴァ、ヴァヌス今日は一段と機嫌が好い様だな…」

「お前にはそう見えんのか?残念だか今はとってもサイアクだよ。」

な、何やら機嫌がよろしくない…それに輪をかけるかのように私が『ご機嫌取り』をしているので凄く睨まれてしまった、し、しかしなぜヴァニティアヌスは機嫌がよろしくないのだ?

「あーーーそりゃ、今回すんでの処で取り逃がしちゃったようでねえ。」

「なに?珍しい事もあるものだな…」

「実力的には“シギル”の方が圧倒的にまさっていた…けれど取り逃がしちまった―――こいつは、結果的に捉えてみればけたも同然なんだよ、そしてその原因は…相性が悪かった、これに尽きるかね。」

「相性が?そんな事で…」

「いいかいフレニィカちゃん、相性ってなもので勝敗の総てが決まるもんじゃないが、導く事はままにあるもんなんだよ…例えば『“火”は“水”に弱い』圧倒的な“火”力で焼き尽くそうとも“水”気があるお蔭でそうならなかった事なんてザラにあるものさ。」

「そう言うものなのか…」

今回のヴァニティアヌスの事についてヘレネに相談を持ち掛けたらそう教えられた、圧倒的な力で相手をねじ伏せておきながらもいざ捕縛をしようとした処、油断をしてしまって逃げられてしまったようだ、そこへ私が『ご機嫌取りご機嫌伺い』にきたものだから…なんだか“間”が悪いな、私。


そしてその事はわたくしの耳にも入ってきました、ふむ―――ヴァニティアヌス様が逃げられてしまいますとは…これは油断だけが要因ではないようですね、それに…気付かれての事なのかわたくしの呪詛の結界の外で行われている、いくら味方、仲間内とは言え『呪詛』と言う結界の中と言うのは居心地の悪いものなのでしょう、それにそのことはまだわたくしは信用は得られていないと言う事の現れとも言える…相手方も今回の事を省み、諦めてもらえる……と言うのがわたくしの希望なのですが―――

しかしそれも所詮は“希望”―――わたくしの個人的な都合の好い見解なのです、そうつまりは『諦めきれなかった』…しかも前回の者と同じ、人選を変えてくると言う手もありましたのに、とは…意地と言うものもあるのでしょうが―――「フレニィカさんあなたも…」

「カラタチか、ヴァニティアヌスが苦戦を強いられているとヘレネから言い聞かされてな、来てみれば…」

「『相克そうこく』―――なるほど、相性を狙われてしまったようですね、それに『しょく』も起こりつつある…」

「『相克そうこく』?『しょく』?なんだそれは…」

「『相克そうこく』とは、相手の長所を無効化に出来る事、けれどそれは自己にも作用しますから別の手を…それが『しょく』と言うものになりますが、これには星の巡りが関与しています…天体の運行は一部の龍脈に作用する事がある―――龍脈とはその土地…ここでは次元世界せかいと言ってもいいかもしれません、そこをめぐる魔素の量や流れにも関係があります、恐らくヴァニティアヌス様が不調なのは『しょく』によって本来の権能チカラが抑えられてしまっているのでしょう。」

それは―――不味まずいのではないのか?ヴァニティアヌスは自分の次元世界せかいを保つ為自らが防衛を買って出ている、一方では[魔王]ヘルマフロディトスが一助いちじょを担ってはいるが[魔王]は飽くまで本陣の専守防衛、女神自身が前線で対処しなければならない程ここは戦力が足りていないと言うことか、だとしたなら今ここに彼が―――[英雄]がいない事が悔やまれる…

「フレニィカさん消沈しょうちんしている場合ではないですよ。」

「しかし、ヴァニティアヌスさえ敵わない相手が…」

「相対的に言えば敵わない相手ではありません、ただ…けれどわたくし達に及ぼす影響はヴァニティアヌス様程ではありません。」

「では、と言う事は…」

「多少なりの影響は否めないかも知れませんが、ヴァニティアヌス様と比べれば悲観的ではないとも言えます、その証拠に―――〉招来〈:くちなわ


体内にある魔素が滞りがちなのかヴァニティアヌスが片膝をつき苦しそうにしている、これが『しょく』とやらの影響なのか―――そうした最中さなかカラタチが知っている事を話した、この次元世界せかいを創世した女神ですらこの体たらくなのだ、なのだとしたらこの次元世界せかいに住む私達にも何らかの影響はあろうと言うもの、ところがカラタチは私達への影響はヴァニティアヌスと比べても軽微なものだと主張したのだ、そして彼女は自分の前に奇妙な指の形を作り出し実例を以て示したのだ、それがこの次元世界せかいに深く根付いている『魔術』とは異なるモノ…カラタチが修めている“しゅ”の根底である『鬼道きどう術』なるもので対抗したのだ。


  ―――§「ヴァニティアヌス様をそこまで苦しめた手並みは拝見させてもらいました、その上で判ずるのですが…よくもまあその程度で―――これは『しょく』もそうなのですが“さく”も視野に置いてなのでしょう、そうでなければヴァニティアヌス様とてこんなにも稚拙なあなた方に膝を屈するなどない話しですからね。」§―――


ん?カラタチの喋り方がいつもとは違う…?それはまあ敵と相対峙ているのも判らなくもないが、私には今のカラタチがいつもとは違うように映ったのだ、そう…カラタチならば敵であろうが見下したような表現はするはずもない、だが私にはまだカラタチの事がよく判ってはいなかった、そう…今の彼女がしている事は―――


恐らくヴァニティアヌス様が苦しめられているのは一種の“しゅ”の作用さようによるもの…なのだとしたら、同じく“しゅ”にたずさわって来たわたくしの出番―――『他人を呪わば穴二つ』、『のろい』と言うものは一方的なモノではないのですよ、その事を知らしめさせる為にわたくしはある呪法を組みました、現在ヴァニティアヌス様にかかっている作用さようというのはこれからも継続的になるようなものではないのでしょう、そこに僅かながら他人の手が加えられた…『しょく』や“さく”などは自然的発生はっしょう事物じぶつであり時間経過によって効果は薄まる、だとしたなら自然消滅を返させて頂きましょう…それも熨斗のしを付けて―――「フレニィカさんヴァニティアヌス様をお願いします。」

「判った―――さあヴァニティアヌスこちらへ…」

無事ヴァニティアヌスを確保出来た処へカラタチが対処に移った、それも私達の知る『魔術』の対処法とは違う…手を打つ『柏手かしわで』や独特の手指の組み合わせによる『印契いんげい』、その言葉の一つ一つが意味を為し効力となる『こと』―――先程もそうなのだがカラタチは立派に侵入者に対処出来ていた…なのにベレロフォンを必要とするまでに追い込まれていた、そこで私は私なりに考えてみた、もしかするとカラタチ達の苦戦の原因はカラタチの背を預けられる程の信頼を置ける者がいなかった?カラタチは自分の事を[かんなぎ]等と言っていたが分類カテゴリー別にみると『術者キャスター』の部類に入るのだろう、そしてそうした者達は魔術の“詠唱”等をする間無防備となる―――これは私も冒険者達と組んで戦った事があるからよく判った事だったが、彼らはそうした場合私の様な『前衛職』が“盾”役なり“壁”役なり敵からの猛攻から術者達を護っていたのを見た事があったものだ、だが今はカラタチが“前”に立ち矢面やおもてあたろうとしている……よくもまあ、あんな小さな背でそんなことが出来るものだ―――だからこそ思う、私のやるべき事を。

「フレニィカさん―――」

「ヴァニティアヌスの無事は確保されている、それにお前も己の為せることをしている…ならば、私は私の為せれる事をするまでだ。」

徐々に彼女の周りを光の粒子が取り巻いている…これはもしかすると『魔力の可視化』ですか!?そしてそれを取り込んで実体を露わにする光輝の鎧―――なるほど…アルテミス様ほどのおかたが欲するのも無理はない、と言ったところでしょうか。 それに…これが『安心感』―――ベレロフォン様が救済すくいに来て下された時もそうでしたが、わたくし達の様な術者キャスターは術式や式句を述べ上げる時に無防備になると言うもの、そこを前衛職なり護衛の者が護ってくれるものなのですが、ならばいない時は?その道理は簡単…自らで護るより外はない、そうした手法は主に『結界』を張って対処するものですがそれも『万事須らく』と言う訳でもない、ゆえにこその『安心感』…“あなた”と“私”とは長い付き合いになりそうですね。


互いの協力により侵入者は撃退出来た、今回はヴァニティアヌスが不覚を取ったものだったがカラタチと私達が協力をすれば或いは―――

「ヤレヤレ、とんだ不様を見せちまったもんだ。」

「とは言え『しょく』と“さく”の並行運用、敵もそうした時期を見計らっての行動かと存じます。」

「まあ―――『しょく』は期間があるけれど“さく”は一時的なものだからねえ、それにそうしたものは各次元世界せかいで違いはある…としたなら。」

「敵状を探る者がいたやもしれません、ヴァニティアヌス様どうかわたくしめに結界を敷布する権限の一部をお与えくださいませ。」


「―――いや、それはダメだ。」


「何故だヴァニティアヌス、カラタチの実力は見ただろう!」

「この次元世界せかいに侵入して来る者をはばむ結界を組むのは創世神である私の権、だが―――そいつをすり抜け入ってきた者を捕まえるのはその限りではない…」

「では―――!」

「私は、知らない…私の知らない内で眷属達が勝手にしている事をわざわざエレシュキガル様に報告をするまでもない―――まあ、あの方はそう言う事を面倒がるおひとでもあるがな。」

「全く―――素直じゃないんだから。」

ヴァニティアヌスが敷設している結界のに新たにカラタチの結界を敷設する許可を直接申し立てた処、却下された―――しかしヴァニティアヌスが言うのには自分が創造した次元世界せかいを他からの侵入から護るのは創造した神の義務でもあると言う、確かにその言い分は判らない訳でもないのだが、またしてもヴァニティアヌスが言うのには飽くまで眷属わたし達がヴァニティアヌスの結界のに、に敷設するのは『知らない』のだと言う、それも自分の主神格でもあるエレシュキガルを引き合いに出して、うん…まあそこで私は妙に納得してしまったのだ、あの方はどうも“放蕩”な部分がある、従属神の眷属が敷設した結界の事など報告された処でわずらわしいものなのだろう、それに―――カラタチの結界によってこの次元世界せかいの防御力も上がったと見ていいのだろう。


         * * * * * * * * * *


そして今、私はそうした作業に付き合っている―――「以前にも思ったが…は一体何だ?」

「これは『式神』と言うものです、以前アルテミス様の眷属達に対処した折には簡易的なものを使用しましたが今回は時間があります、時間があれば…この一片ひとひらに“しゅ”を込めそれに掛かりし者はいずれ失う事になるでしょう、そう…」

カラタチが敷設しようとしている結界に使用したのはどこからどう見ても紙片かみきれの様なものだった、それに何やらの文字を記しただけのもの―――それらを規則性に従って木等に張り付ける事によって結界は成立するのだと言う、しかもその効能というのも…「それでどんな効果が得られるのだ。」

「そうですね、様々な状態異常を仕込んであります、例えば“失言しつごん”とか“鈍化どんか”、“困惑”や“錯乱”等々…まあ公表してもよいのはそれくらいでしょうか。」

「む、むう…『公表してもよい』と言う事は『公表したくない』というものもあるのか…それはそれで怖いものだな。」それに―――敵として相手にしたくないものだ…いやはや味方であってくれて良かったあ~


フレニィカさんに『公表した』のは飽くまでその効果が軽微なものである為、本来の効果は口外してはならない…それはわたくしが[かんなぎ]の職種クラスく折に教えられた事でもあるのですから。

わたくしが操る術を『鬼道きどう術』と称しますが、その根幹には『陰陽道』があり、そこへ『宿曜すくよう』や『呪術』も含んで大成しているのです、今回使用した『式神』での運用は『陰陽道』にも同じ物がありますがわたくしはそれに『呪術』の要素をさせた…アルテミス様の眷属を撃退させた時も同じではあるのですが、あの時は緊急時と言う事もあり簡易的…わたくしことの誘導によって不調を訴えてくれたのは僥倖ぎょうこうと言うべきだったでしょう、けれど今回は違う…今回は時間をかけ、墨にはわたくしの血を用いる事によって“しゅ”の効果を色濃くさせている―――もし何かの拍子に式神に触れようものならばその時点で発動、やがて桑の葉が蚕によって食べられていくようにじわじわとその者の身体をむしばみ―――やがては持ち帰った次元世界ところに蔓延をする…こうした“しゅ”の解除法はそう多くありません、わたくし以上の“しゅ”の使い手を用意しくか、まあそう言った場合『呪詛返し』等の意趣返しもありますがこちらはそう言ったものも見込んでの対策もしていますからね、それか無理矢理封じ込めるか…まあ“後者”は“しゅ”の効果がいずれ何かの機会はずみによって顕在化してしまう危険性をはらんでいるのです。

そしてこうした風聞が広まれば危険を冒してまでこの次元世界せかいに侵入をくわだてよう等とは思わないハズ……短所としては時間がかかり過ぎる事、それは効果に関してもですが風聞が広まるに関してもです、けれども逆説的に申せばそれだけ時間をかけたものだからこそ味方に“利”となる効能も大きい…わたくしとフレニィカさんの“力”があればいかなる障害にも立ち向かえて行ける事でしょう。


         * * * * * * * * * *


            ―――それは、そうと―――


「ふうむ色々聞いてみたがカラタチの“しゅ”と言うのは万能なのだなあ。」

「『万能』と言うほどの事でもありませんが、まあ出来る事が多くなると言うのは良い事にも繋がりますよね。」

「それにしても大したものだよ、今までは物理的に対処をしていた私達だったが“術”が使えるとなるとこうも違うものなのだな。」

「い、いやです―――止めて下さい…恥ずかしくなってしまいます。」

「ははは、そう照れなくても―――」

『照れ隠し』をしている処で“照れ”ている―――こう言うのを『可愛げ』と言うのだろうなあ、私にはない技能スキルだ…それに同性でもあるのだが、なんだかこう“きゅっ”と抱きしめたくなってしまう。


と、本来ならここで止めておけは良かったものをまたもや私の口がわざわいし―――「しかしこれでカラタチは私達にはなくてはならなくなった…そこで一つ聞きたいのだが“しゅ”と言うのは敵に対して絶大的な効果を得られるものだが、まさか私達にも作用してはいないよなあ?」

「え?いえ、フレニィカさん達にも“しゅ”は働いていますが?」

エ……ナニソレコワイ、私がまた余計な事を聞いたお蔭でカラタチの“しゅ”が私達にも働いていると言う事が判ってしまったのです、と言うか―――何で?何でカラタチは味方であるはずの私達をも…

「ああとは言っても侵入者に対しているのとは違いますよ。」

「ち、違うの?それは良かったあーーー…」

「“あちら”に対しては『のろい』しかして“こちら”に対しては『まじない』を使用しています。」

「『のろい』と『まじない』?違いがよく判らん…」

「あーーーっとですね、『のろい』と言うのはその対象者に損害を与えます、が―――『まじない』は対象者に利益を与えています、今回で言えば防衛に参加下された方々に“堅甲”“俊敏”“脈動回復”“器用上昇”等の『まじない』を使用しております。」

えっ?そんな有効な効果が付与されていたの?(それも複数も)この娘ったら凄く優秀―――こう言う娘は『手離したらアカン』と私の本能が告げている、この際ベレロフォンを争っていると言う事は省いてでも仲良くしておく―――べきだろうなあ…。





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