第16話 [神主]―――その正体

オレの“一”か“ばち”かの賭け―――『決闘』によって邪神側の有力な猛者『シノギ』をヱミシ側に引き入れる事に成功した…現実的にはたった一人の武が絶望的に不利な戦局を覆せることはない、ああ言ったのは所詮創作性溢れる作品の為せれる業だとそう思っていた、それが―――現実的に起こるモノとは…

「信じ難い事だが―――満更創り話しもバカには出来ないものだな。」

「それほどシノギの武はヱミシ《私達》にとっては脅威だったのです、加えてヱミシ《こちら》は人員も足らない…邪神の野望を挫くためと称しながらも善後策に甘んじていた事も否めません、そこを―――」

「その一方我等も頭ごなしに命令して来る彼奴きやつの事が我慢ならなかったのだ、我等がたてまつったるのは紛れもなく武御雷タケミカヅチ様に他ならぬ―――だがなあ、この国を治めておる領主が腑抜けたヤツでな、傲岸不遜にして横暴…そこの姫巫女ひみこも無理矢理めとるつもりだったらしい。」

まあよくある典型的な『暴君』てやつか…そいつは報われないな、だがカラタチはそんなやつばらに嫁ぎたくはない―――と飽くまで突っぱねて来た、しかし欲深いヤツほど手に入りにくいものを手に入れたがる、そのうちどうにかしてやろうと思っていた処に邪神が心の隙を伺って来た…その辺が妥当だろうな、そしてカラタチ達には運がなかった、その領主に仕えていたのはこの世界最強と言われてもおかしくはないシノギがいたし、領主の勢力には各種属の主力だった者達も召し抱えられていた…カラタチが善後策を選択せざるのも無理もないと言った処か。

「それで―――いかがいたしましょう…」

「あんたはどうしたいと思っている。」

「今現在は邪神によって分かたれてはいますが、元はと言えばわたくし達は同じ種属です…出来れば無用な争いは避けたいと―――」

「ならば、ひとつの“ふみ”で事足りるのではないか、その内容も我がしたためればより一層信憑性が増すと言うもの、腑抜けの領主や邪神は我等を得たりとは思っているだろうが我のように快く思っていない者も多い、それにふみは“外”では事を荒立てずには済むが“内”では…なあ?」

「全く―――気の毒としか言いようがないな、武がつ一方で知略にも覚えがあるとは…」

「カッカッカ!軍略もたしなみの一つよ、猪みたいに突っ込み鹿の様に退く―――それだけの能しかない領主如きではカラタチの策に対応仕切れぬわ!」


本当に―――ベレロフォン様のげんではありませんが、こちらは人員も少なくその上能力的にも劣ってしまっている…だからわたくしの最善策は用いることが出来ませんでしたが、シノギのげんが正しいのならば邪神側にくみしている者達も同じような不満があるのかも、しかしてそれは近日中に体現される事となり……


        * * * * * * * * * *


ある日の未明、シノギによってしたためられた『密書』は領主(邪神)側の有志の者達の目に留まり、程なくして……

「『アマミ』に『イナリ』―――『アザミ』に『トラゲ』も!皆戻ってきてくれたのですね。」

カラタチやシノギを始めとした『鬼人オーガ』はもとより『人狼ヴェイオウルフ』『猫人キャットピープル』『狐人ルナール』『狸人ラクーン』『兎人バーニィ』と言った各種属の主だった者達数十余名…その数をざっと見ただけでも領主(邪神)側の大多数だと判った、そうつまり数の上では逆転している…しかしここでシノギは気になる事を聞いてきたのだ。

「そう言えば家老達の姿は見えんが…」


「重臣の方々もお前の“ふみ”には目を通した―――その上で離反するのは我々だけにしろと…」 「この国をダメにしちまったのは『バカ殿』と言えど領主をいさめられなかった自分達にも非があるとねえ…」 「それに重臣の方々もこぞっていなくなれば流石に領主も怪しむだろうと…」


「どうにか…出来ないものなんですか―――」

「―――出来ないだろうな。」

「ベレロフォン様…どうしてそのように思われますか。」

「これまでの流れと言うものを聞かせてもらって判った事なのだが、どうやら討つべきはただ一人―――領主である事を認識した、それに側近は分別のある者との判断にも至った、あんた達を脱出させたのも最小限の犠牲で済ませようと言う魂胆だろうな、側近達まわりはこんなにも優秀なのに上の者が暗愚だと斯くも報われぬものなのか…それにあんたからの希望も聞いたしな。」

わたくしの…『希望』?」

「言っていたじゃないか、『出来れば無用な争いは避けたい』と―――そしてオレは離反した者達からの意見よりこう推察した…腐っているのは領主のみ、重臣達側近まで討つ事こそ『無用』な事と判じたまで…」


             ―――この……方は―――


「どうやらオレがここで為すべき事が見えて来た、討つべきは領主ただ一人―――そしてその先には邪神がいる、そうと決まれば話は早いオレはくぞ。」


わたくし達の心情ココロひだのひとつひとつを汲み取られ、未だ迅速に動けぬわたくし達に成り代わり“膿”を排除して下されると言う…しかも何が“善く”て“悪い”のかを判った上でそうなされてくれると言う―――

「良いのか、後を追って行かんで―――」

「行って―――どうしろと?今こうしてわたくし達は一つになろうとしているのです、それを誰がまとめなければいけないものか…それに、その事を知った上であの方は―――」

「まだるっこしい事を言うもんだねえ、どうして自分に素直になれないものか―――あたしだったらあんな好い男、ほっときゃしないのにさあ。」

「はっははーーー言ってやるなアマミ、この姫巫女ひみこ殿は彼の英雄殿の事を常に目で追っていたものぞ―――しかも熱すぎるくらいになあ?」

「えっ―――そ、そん…な……そんな事、ありません…」

「おやおや、思いの外図星を衝かれて言葉尻が消えちまいそうになってるよ、それになんだい?そんなに顔を赤く染めちゃ否定してるのも疑わしくなってくるじゃないか。」

「行くがよい、決して止めはせぬ―――それにぬしは『誰がまとめなければ』と言ってはいたが、どうしてそれがぬしでなければいかんのだ。」

「(…)良い―――のでしょうか?追って、行っても…」

姫巫女ひみこさんは、今まで十分にやってくれたと思うよ、なまじあのクソ領主に仕えていたとはいえ従わなければならなかったこのあたし達を…それをよく武御雷タケミカヅチ様の矜持を護り続けてくれたんだ、多少の我が儘なんざ許してくれるだろうさ。」

やっと、報われた―――報われた気がしました…暗愚の領主が邪神の言い成りになった時はどうしようかと気を揉むばかりでしたが、乾坤一擲として武御雷タケミカヅチ様に事の次第を奏上した時に違う次元世界せかいの神様と交渉を行い助勢となる[英雄]の派遣となった―――その[英雄]は私利私欲なくまさしく言いつけられたとおりに窮地に陥っているわたくし達を助けてくれた。

その時、思ってしまったのです―――わたくしも所詮は『女』であると…

今までにもわたくしの事をめとりたいと言う男性はおりました(その中に暗愚領主もいましたけどね)、その誰もが『血筋』や『家柄』もよく―――かと言って人格や能力的には疑問が残る方々…本来ならば親の申しつけゆえにすぐに返事をせねばならなかったことでしたが、わたくしは『[かんなぎ]の修業』を理由に答えを先送りにしてきたのです、そしてこのまま―――かぬまま生涯を閉じるのも良いと思っていたのですが…それがこの度助勢に現れたベレロフォン様を見させて頂くに限り、『わたくしはこの方に嫁ぎたい』―――と、そう思ってしまったのです。

だからこそ、普段はしないような事をしました…己の肌を恥ずかしげもなく晒し、剰え処女はじめてを奪ってもらいたいと―――既成事実を作ってしまえばと……けれど、それは適わぬ願いでした、何故ならベレロフォン様にはもう既に心に決めた女性ひとがいる事を知ったから、それに―――今までにも一度もわたくしの事を名前で呼んでくれた事もなかった…それで諦め半分だったものでしたが、思わぬ処から声援を頂き私はこうして―――

「どうして、着いてきた…」

「あなた様お一人に任せるのはわたくし達の沽券こけんにもかかわりますから。」

「(フゥ…)それは、オレは信用されていないのか―――領主やその先の邪神に敵わないものだと思われているのか…」

「決してそう言う訳ではありません、ただこれは―――」

「そう言う事にしておいてやるよ、但しここからは退く事の出来ない戦場だと知っておけ、その覚悟は出来ているな―――…」


             ―――今…わたくしの名を?―――


「どうした、なにを呆けている、オレ一人に任せるのはあんた達の沽券にも係る事なのだろう?だから譲ってやる…領主の方をな。」

「…はい―――」

オレは、ヒドイ奴だと自分ながらにそう思う時がある、オレに寄せる気に気付かないはずがない…それは元の次元世界せかいでイヤというほど思い知って来た、そこで女神ヴァニティアヌスからの言い付けにより違う《この》次元世界せかい救済すくうよう示唆された時、渡りに船だと思ってさえいた―――だがここでも…フレニィカ以上にオレに気を寄せてくるヤツが出て来ようとは……それがこの次元世界せかいのこの国『クナ』の[かんなぎ]だと言う有角人ゆうかくじん族のカラタチだ、あの時…本拠である五稜が襲われたからいいようなものを、彼女は一糸纏わぬ姿でオレの前に立った事がある、あのまま騒ぎがなかったらどうなっていた事やら…しかも、この度オレが一人でやりつけようとした事を恐らくシノギ達にでも言われたのだろう…戦装束でオレの後を付いてきたのだ。


ヴァニティアヌス―――母さん…オレは一つだけあんたに文句を付けたい事がある、オレは紛れもなくの[英雄]だ…[英雄]となったからにはある難事が付き纏ってくる、それが『女難』だ―――元いた次元世界せかいでもそうだが、違う次元世界せかいでもあるここでも苦労を強いられてしまうなんて…女性の扱い方もっと教えといてくれよ。


        * * * * * * * * * *


初めて、名前で呼ばれてしまいました―――わたくしって倖せ者です…それはそうと『真実は小説よりも奇なり』と、どこかで聞いた事がありましたが―――それがよもやわたくし達の目の前でとは誰が予測したでしょうか。 そう、有り得ない事に今回の決着を付けようとしたわたくし達よりもさきに―――「[神主]クシナダ様?!」

「何故あんたがここにいる―――大将格は後方に収まっているものだろうが…」


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



事態がこうなる僅か数分前―――



{(…)どうしたのです―――}

大母おおかか様それが―――大母おおかか様に取次ぎをと…}

{どうやら―――そちらで事態に動きがあったみたいね。}


{ウ・フフフ―――ええ~そうよ、こちらで仕掛けておいた“フェイク”にまんまとはまり、騙されたと判って顔まっ赤にしやがった女神あいつが寵愛著しい無駄に顔だけが好い変態男クサレイケメン派遣よこしてきやがったんだけどさあ~?み・ご・とフレニィカちゃんが返り討ち―――お蔭で女神あいつの面子丸潰れってヤツよ、それもこれも描いた通りの策略に沿っているように見えてケッサクでしたわあ~?お・姉・サ・マ。}


女神アルテミスと達とのあいだは徹底的に悪くなっている、そのそもの原因はまた違う別の次元世界せかいいさかいを生じさせてしまったからだ。

それ以来アルテミスは達に遺恨を抱くようになり、結果として事態がこのようになってしまっている…このと永らくの協力関係にあり、『冥界』と『黄泉国よみのくに』―――似ているようでそうではないながらも程よく似つかわしくなってしまっている“彼女”に協力をお願いして状況舞台のお膳立てをしてもらったのだ。

そして子神こども一柱ひとりである武御雷タケミカヅチ次元世界せかいへと潜り込み、もう一柱ひとりの協力者―――女神パールヴァティをしてヴァニティアヌスの次元世界せかいへと現れたアルテミスの眷属達への牽制を行わせたのだ。


そして今―――が私の目の前に現れていると言う事は…


{ならばこのも動くとしましょう―――この次元世界せかいでの動静は逐一把握していますから…あの領主も邪神の後ろ盾が失われてしまえば……}


        * * * * * * * * * *


そして現在―――は領主の居城の最奥部にある何やら如何いかがわしい祭壇に来ていた…

{う―――ななな、お、おまっ…お前は?!}

「中々―――気の利いた事をしてくれた…と、敢えて言いましょう、けれどしかし―――とだけは言っておきましょう。」

一見すると花神社はなかみしゃに仕える[神主]如きが、“よこしま”とは言えど神の領域に入り込めるとは思っていない―――それは当然でしょうね、だってなのだから…

{なぜ……ここへの結界が?あの無能が―――あの方から授けられた能力がありながら足止めも儘ならんとは、いよいよ以ての役立たずめ!}

「『役立たず』―――『無能』…それはあなたの事じゃなくて、邪神…いえ、『アクタイオーン』。 あなたもあの女神おんなに仕えているとはいえ“上”が無能だと本当に苦労するものよね…だけどそんなあなたが、ここの領主の事を無能だと言うだなんて―――ああ~可笑しい、下らない冗談だけど久々に笑わせてもらったわ?本当は笑えないけれど―――ね…」


{我が主神しゅをそこまで虚仮にするとは…まさかお前その姿―――偽っていると言うのか!}

、あの女神おんなの水浴びしているを覗き、鹿にされた挙句射殺いころされてしまった者―――}

{お―――お前、は…}

お前の女神に伝えおくがいい、相手ならいくらでもしてやると…下手に策を弄するな―――と…。}


    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


“彼”と“彼女”がこの場所に来たのは、問題なく領主を誅略し終えたからだろう―――そして“その先”にある邪神に会う為にと。

しかし既にそこには邪神の姿はなく、[神主]クシナダがいるのみ―――[英雄]の彼が言うようにヱミシの“大将格”であるが、自分達より先んじていると言うのは信じ難いはず。

「遅かったようですね、邪神ならば逃げおおせた後ですよ。」

「『逃げおおせた』―――の、ですか…それよりクシナダ様は何故にこんな場所に。」

「私も、武御雷タケミカヅチ様に仕える神職のひとつ…なればこそ武御雷タケミカヅチ様の御為おんためになればと…。」

紡げる言葉を聞き、わたくしの方でも『そうだ』と思える部分がありました、けれどこの方は―――

「その言葉、信用するには足らないな。」

「何故でございましょう?」

「先程あんたは…誰もいないこの場所にオレ達よりもさきにいてこの場所に誰もいない理由を言った、そう『邪神は逃げおおせた』と―――本当にそうなのか?」

わたくしですら疑いようのない事だと思っていた事を、この方はあっさりと『信用がおけない』と言った、それにわたくしはこの次元世界せかいの―――いてはクナの[かんなぎ]だ…その上司に当たる[神主]の言う事には間違いがない、疑ってはならない……けれどベレロフォン様はわたくし達の神様の要請を受けてこの次元世界せかいに来てくれた方だ、たとい[わたくし]の上司に当たる方と言えど『信用ならない』とそう言えば、そう言う事なのだろう……「[神主]クシナダ様…ベレロフォン様が仰ったことは真実なのですか。」

「あら、あなたの上に立つ私のげんが信用ならないとでも言うの?いけない子ね。」

「それともう一つ―――あんたの事を信用していないのはという理由だ…邪神が―――“よこしま”と言えど神が、眷属たるヒューマンを恐れて逃げただと?オレにはそうは思えない…だとしたら―――なあ、?」


              ―――えっ―――


「ベレロフォン…様?」

「少し気になったものでな―――誰もいない…だが、やけに“気”が充満している、“気”や“気”…それにもう一度言う―――オレは神の死んでいる処を…死体を見た事がない、それに何もない空間には有り得ない程の殺気が充満をしている…。」


      ―――“ヒューマン”が“神”を?そんな―――そんな事が…―――


出来るはずがない―――そう思ったからこそわたくしとベレロフォン様は領主城最奥部にある『邪神の祭壇』に詰めかけ、邪神の目論みが崩れ去った事を突き付けてこの次元世界せかいからの『退去』を申し出ようとしていたのに―――それが…『殺した』!?「あ―――あのっ…」


「くっ―――ふふふ…あっはははーーー!」


「ク――――クシナダ様?!」


{好い勘をしているものね、なぜ“彼女”が―――このと永らく交流ある女神エレシュキガルが従属神の一柱ひとりヴァニティアヌスの[英雄]を推挙してくれたのか判るわ、だってあなたすごくいもの…!んだもの!あなたの事がつい欲しくなってしまったものだわ―――[英雄]ベレロフォン。 けれど、はダメ…だってひびを生じさせてしまうものね、残念だけれどあなたの事は諦めなければ…それはそれとして答え合わせと行きましょうか―――『そう』です、いくら優秀いくら最強を謳った処でヒューマンが神を殺せるはずもない、神を殺す権があるのは神である―――【黄泉国よみのくにを支配する女王】と呼ばれたる『伊弉冉イザナミ』でしかない。}


奇異な笑いと共にわたくしの上司である[神主]クシナダの化けの皮が剥がされた…そう、ベレロフォン様が言い当てた通り、“よこしま”と言えど神―――神を殺せるのは神でしかない…しかし、その神がまさか―――武御雷たけみかづち様の母神ははである伊弉冉イザナミ様!?


「なるほどな―――つまりこう言う事だ、今回の騒動はあんたにも関わりがあると。」

{それは違うわね。}

「なに―――?」

伊弉冉とアルテミス―――彼の女神とのいさかいのと言っておきましょうか、そう言う事です…―――よく判ったかしら?}

「ああ…やっぱり神は碌でもないってことがようく判ったよ、彼女が―――カラタチがどんな思いだったか、あんたには知るはずもないだろうな!」

{それは当たり前でしょう?何故にこまけき眷属の事をが心配しないといけないの。}

「あんたなあ―――!」

{ひとつ、よい事を教えて差し上げましょう…それをもって今回の報酬とします。 我等は基本何でも出来る―――ひとつの次元世界せかいを創造し、また生命をも“産”み、“生”かし、“殺”しもする…けれどたった一つ足らないものがあるの、何だと思う?}

「何もかもを持っている神々あんたたちに―――『足らないもの』?あるのか、そんなものが…」

{あるわよ―――それが『娯楽性エンターテイメント』…何もかもを持っている我等には、勿論あなた達には『寿命』という概念が―――『永劫不滅』…“永久”“永遠”の時間を紡ぎ決して滅びる事はない、結果『退屈』だけが蔓延まんえんをする、それってね神々我等にとっては地獄そのものなのよ、日々の時を紡ぐにしても愉しみを見い出せないでいるのって…そこである神の一柱ひとり考えた『そうだ、ならば神々我等の退屈は眷属達に解消させよう』と、どう?中々に素敵な提案でしょう。}


初めて、聞いた…神々の考えておられる事を―――では、今までのわたくしの苦労は…?この方達の退屈を紛らわせるために、していたようなものだと……?

「あの…わたくしからもひとつ質問を―――だとしたらば武御雷タケミカヅチ様も同様だと?」

{ああ、あの子?あの子は古来から真面目よ、根が真面目だから苦労する事も多くてね、の方からも『肩の力を抜きなさい』とは言うのだけれど―――}

「それを聞いて安心しました…あなた様の様な不謹慎ではないと―――」


              {面白い事を言うのね。}


わたくしからの一言が、気に障ったのだろう…明らかなる怒色を含んだ声色をし―――わたくしに威圧を与えてくる、正直言うと『なんて事を言ってしまったんだろう』と普段ならばそう思えもするものなのに、何故かその時その言の葉は自然と口からいて出た、だって…自分達が愉しむために―――面白半分でわたくし達を争わせるなんて、そんな…そんな事は決して武御雷タケミカヅチ様の母神ははと言えど許せるはずもありません!


けれど結果から言わせてもらえば伊弉冉イザナミの刃はカラタチに向く事はなかった、それというのも―――

{何のつもりかしら?[英雄]ベレロフォン…}

「まずは、柄にかかっているその手を退けろ。」

{このに命令をするとは、いい度胸をしているのね。}

「全く―――母さんの言ってた通りだよ…『真実の総てを知る必要はない』、どうやら出過ぎた真似だったようだ…あの領主を討った時点で引き返しておけばよかった、そうすればこう言った余計な不都合な真実を知る必要もなかったものなのになあ!」

{くふふふ…判っているようで判っていないのね、あなた―――可愛いわ…だからもう少しに付き合いなさいな、このを……退屈で死にそうだったこのを!心ゆくまで楽しませてご覧なさいな!}


今、判った―――判って、しまった…そう言う事だ、伊弉冉様この方は神―――『神は基本何でもできる』…だから状況の作用も雑作もない事だろう、結果がこうなるよう導く事もそう難しくはない―――はず。

「『押し売り』は基本断っているんだかなあ―――だが『神からの』とくれば断ったとしても断り切れなさそうだ…」

始まってしまった―――望まない状況が…自分の退屈しのぎの為にと敢えて[英雄]を挑発する神に、そんな神からの『押し売り』にも似た押し付けを、断りたくとも断り切れないヒューマンの[英雄]…

それに先程ベレロフォン様は『出過ぎた真似』と後悔の意思を表明した…わたくし達は今回領主を討ち、領主を陰で操っていた邪神をこの次元世界せかいから『退去』させるつもりでいた、そう―――つまりは邪神とは直接対決に決まっていたのだ、なのに…なのにまさか結末がこんな事になってしまうなんて!

それになんて凄まじい…ベレロフォン様の事はあらかじめ判っているつもりでしたが、それも所詮は―――余所者よそものであるわたくし達の目の前で手の内の総てを見せはしないのでしょう、しかし今回は神が相手―――それもわたくし達の神である武御雷タケミカヅチ様よりも上位の神格をお持ちの方…それは伊弉冉イザナミ様のていを見ても明らかな事でした、構えているようで構えていない―――いわゆる『構え無き構え』の部類に属するのでしょう、しかも一切の“気”を感じさせない…なのに、なのに―――感じる怖気おぞけはどこから?


{このに―――この技を使わせるなんて…一応は賞賛しておきましょう、!}


この―――オレの本気を持ってしても敵わぬ者がいる…それを今痛感していた、伊弉冉イザナミが取っていた構えこそはいわゆる『構え無き構え』―――それの上位の技だと言う〈無形むけいくらい〉…

先程まではこれから一閃交えようとしているオレですらも伊弉冉イザナミのやる気を疑わせた態度だったのに―――いざ“静”から“動”へと移ろいだ時、オレの全身を“ナニカ”がほとばしった…いやオレが知覚・反応できなかっただけか、伊弉冉イザナミの放った剣閃に。

そう、オレは無様にも斬られていた―――斬られた事すら感覚のない状態で…だが今オレは「(活きている?何故ッ―――)」

{あまり動いちゃダメよ?もうしばらくはそうしてなさいな…}

「あ―――あのっ…伊弉冉イザナミ様、ベレロフォン様はどうなったのですか。」

が、―――陳腐な言い方だけど『眼にも留まらぬ速さ』で、“速く”“正確”に剣を振り下ろせば対象は斬られた事すら感じない―――本来なら斬られた時点で生物しょうぶつは絶命をするものなのだけれどね、お蔭で楽しかったわ…その『ご褒美』と言った処よ。}

一応、『一命は取り留めた』と言っていいのか?伊弉冉イザナミの言う通りに斬られたはずのオレはカラタチの前で真っ二つに割かれるでもなく、時間経過によって塞がり繋がりゆく諸々もろもろ―――血管やら神経やら臓器やら筋肉やら骨やら皮膚やら…その総てが繋がったところで神の一柱ひとりは姿を晦ませていた。


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


今回オレの受けた依頼はこうして完遂することが出来た、内容としては、まあ…神々の退屈しのぎに付き合わされた結果となってしまったが、『この次元世界せかい救済すくう』と言う事自体は達成できたのでまあ良しとしよう、そしてオレは依頼を完遂してからこれからする事と言えばあと一つのみ……

「やはり……帰られてしまうと言うのですね。」

「まあな、ここはオレの故郷ではないしオレにはオレの帰るべき場所がある、それに過程がどうであれ結果があんた達が望んでいたようになったんだ、これから先は巧くやって行くんだぞ。」


やはりこうなってしまった……判っていたこととは言えベレロフォン様は困窮しているわたくし達を救済すくう為にと別の次元世界せかいから来られた方なのです、わたくし達の願いを聞き届けて下された暁には早々にそちらに帰らなければならない…それに―――わたくしにはこれからやるべき事がある、[神主]であるクシナダ様は邪神と『相討ち』と言う事になり[かんなぎ]であったわたくしは[禰宜ねぎ]へと昇格、これからはわたくしの指導でこの次元世界せかいの立て直しと武御雷タケミカヅチ様を一層盛り立てなければ……

「[英雄]様―――帰られるんだってねえ…」

「そうですね―――」

「ついて、行かないのかい―――」

「何故ですか、わたくしにはこれから花神社はなかみしゃの[禰宜ねぎ]としての仕事があります、[神主]様亡き後誰が代わりを―――」

黒兎人ブラック・バーニィ』である『アマミ』がわたくしに聞いてきた―――ベレロフォン様を追って行かないのか、と…そうしたいけれど出来るはずがないじゃないですか、今回の事で武御雷タケミカヅチ様に逆らった眷属達はこぞって捕えられ罪に服している、そんな中で人員的にも猶予がないと言うのに…そんな時にわたくしが―――


「おおこんな処にいたのか、探したぞ。」

「これはシノギ“様”―――わたくしを探しておられたと、何用でしょう。」


鬼人族オーガ』であるシノギは、一時期武御雷タケミカヅチ様に反していたとはいえその後はヱミシに協力をしてくれた、そのお蔭もあり旧領主(邪神)側は滅亡―――と言う功績を讃えられ、武御雷タケミカヅチ様より新たに『領主』の座を与えられた、そのシノギがわたくしに通告してきたのだ。


さきに言っておいてやる、これは我の判断ではない…武御雷タケミカヅチ様からのお言葉である、花神社はなかみしゃ禰宜ねぎ]カラタチ、御身の官職を剥奪しこの次元世界せかいから追放する―――」





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