第9話 【暴風の真竜(ヴリドラ)】の討伐

[勇者]フレニィカが、女神ヴァニティアヌスの主神によってさらわれてどれだけった事だろうか、オレ達の次元世界せかい創造つくった創造神である女神ヴァニティアヌス―――オレの育ての親である女神ですら従属したがえさせると言う主神から無事解放されるものかと気をんでいた頃、フレニィカは戻って来た。「無事だったか!フレニィカ。」 

「(…)どうやら無事みたいだな。」 

「良かったよぉ~良かったよぉ~あんたに万が一の事があったら、私ゃどうしようかと―――」

「(あーはは…)すまなかった、皆を心配させたみたいで。」

「それよりお前、なにもされなかったのか?」 

「ベレロフォン―――お前は繊細さデリカシーがないって言うか…大体あの方がこの子を返してくれると思っているのか?」 

「だねえ~それにフレニィカちゃんは可愛いから、私もをするのを躊躇ためらったもんだしさあ。」 

「“ハガル”―――お前のが今回の事態を招いたのだと私は思うがなあ。」 

「判ってるよぉ~判ってるけどさあーーー私としたらどうにも…」

「何の事を言っているんだ?ヴァヌス、お前が先ほど言ってた『あんな事やそんな事』って一体何なんだ。」 

「本日のサービスは終了です―――て言うより、男のお前が知っていい事じゃない、ベレロフォン。」


私は戻って来た。 戻っては来たのだが、どうやら女神ヴァニティアヌスの“使徒”であるこの2人は私に何があったか判っていた様だった、それに―――“ハガル”のヘレネが私の身を案じてくれているかのような言葉…あの女神も言っていた事だったが、『私の事を可愛がって』くれている、ねえーーーまさかとは思いましたが本当だったみたいです。 それにベレロフォン、ヴァヌスが言うように繊細さデリカシーがないぞ、た、確かに幻を視せられたとはいえ、わ、私の『あんな事やそんな事あられもないような姿がありました』―――なんて言えるかあ~!ま、まあーーーそのお蔭もあって、[勇者]としてかなあ~とは思いましたが…

(※決して皮肉を言っているわけではありません、ので悪しからず)

とまあ、私は無事帰還を果たした事で、どこか今回の事情を知っている2人の“使徒”に、今回私を連れ去った女神の事を聞こうと思った。

「うん…まあ―――『何もされなかった』と言われればではないのは確かだ、私は例の女神様に連れ去られたあと、その女神様からの試練を受けた、そのお蔭もあって私は成長をすることが出来たのだ。」

「ふうん、どれどれ…確かにの“耐性”が付加ついていると言えば付加ついてるな。」 

「はーーーこりゃ、次再戦る時ゃ手加減ナシだねえ…」

「(えーーー)再戦るんですか…」 

「当たり前だろぉ~?だってこの前のはが水を差してくれたことで有耶無耶うやむやになっちゃってるし…」

「フレニィカ―――お前ちょっと面倒臭くなってきてないか?」 

「え゛っ?(ギクぅっ!) は…はは―――まあ~さかあ~?」

「まあ、お前の管轄は私の役割じゃないからいいけどな、良いか“ハガル”、この横着娘おうちゃくむすめなまけないよう、お前が責任を持って管理をしろよ。」 

「わ、わあーーーかってるってよう。」


「それより……ひとつ疑問なのだが、私を見知らぬ場所に連れ去った女神様とは一体どなたなのだ?」

「(ふ・う…)その事は―――ベレロフォンからも聞かれたんだけれどな…残念ながら私達にはあの方の名を口にするというのすらおそれ多いと言った処だ、だけど…このままではお前はずっと―――私達のどちらかが答えるまでその質問は繰り返される事だろう、だからこれは大サービス、それでもあの方の名は教えられない…その代りにお前が行っていたという『見知らぬ場所』については教えてあげよう。 お前があの方によって連れ去られた場所―――それこそは『冥界』…」

「『冥界』…だ、と?!私達の死後あまねくの魂が導かれ辿り着くと言う?だが私は死んではいないぞ!」

「だろうな、それに勿論今もお前は生きている、だってそれがの権能―――が自分の本拠ホーム・グラウンドである『冥界』にいる限り、その権能は万能と成れる…そう、数多あまたの神々が束になって相手になったとしても、自身が『冥界』に身を置いている限りは無敵と言っても過言ではないんだ。」

「な、なんだそれは?!そんなのインチキじゃないか―――」

「だろうな、その部分だけを聞いただけなら、誰しもがそう思うだろう。」

「(ん?)―――って、『冥界』では案外…」

「そう、“雑魚”“三下モブ”以下…『ポンコツ』なんて言われた事もあったっけかな。」 

「(こ…酷評だなあ)」

「だけど、認識を誤ってはダメだぞ―――そんな方でも私達の次元世界せかいを創造したヴァニティアヌス様を従属させているのだから。」

「(ん?)なあ―――ヴァヌスよ、オレからも質問を一ついいか、ならば女神ヴァニティアヌスが創造つくったとされるこの次元世界せかいも―――」

「なあに?フフフ―――勘が鋭いな、そう言う事だ、この次元世界せかいも『冥界』に在る、そして気付いたようにヴァニティアヌス様の属性アライメント『混沌』に属する…」

次々と明らかとなって来る事実―――私も、私をいざなった女神が『冥界』に関わっている事を知ったから、ある意味『混沌そう』ではないかと思っていたが、私達の女神ヴァニティアヌスが、あの女神の従属神だと言うのなら同じくの『混沌』に属すると思わなければならない―――


いや、そも、『混沌』とは……?


私はそこで一層の疑問に駆られたものだった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


私は無事に戻って来た、しかし皆は…特に私の事情なにがあったのかを知っているはずの人達は何も言わないでいた。

私は[勇者]だが、“弱”わかった―――それを見かねたある女神、私達の次元世界せかい創造つくった女神ヴァニティアヌスですら従属させると言う、いまもって名も知れぬ女神から与えられた試練を突破して“強”くなれた…


          ―――本当に、そうだろうか?―――


ただ、私は名も知れぬ女神から与えられた試練を突破した褒美として、あるモノを与えられた……『美と愛と豊饒の女神の額冠ティアラ』と言うそうだが、この額冠ティアラには見た目以上の驚くべき特性を持っていたのだ。

私達の世界には『魔力』と言うものが存在する―――私達の知る常識を軽く覆せる事の出来る不思議ななんでもできる力…

『何もない所から“火”や“水”や“土”や“風”を生じ』させたり、『通常なら治療に何ヶ月も要してしまう大怪我も一瞬の内に治して』しまったり、『何の変哲もない石刳いしくれを“黄金”に変換かえ』たり…そんな『何でもできる不思議な』“力”で、私の様な[勇者]や[英雄]、冒険者達は数多あまた依頼クエストを解いて行く、要するに『魔力』がなければそんな危険な仕事には向かないのだ。

そして―――“弱”い[勇者わたし]でも『魔力』は保有している、それに私はハーフ半分は・エルフだ…そうした種属上の特性も備えているから、そこらにいる冒険者よりは『魔力』を多く保有している、ただ、多くを『保有』していたとしても、それが上手く運用出来るかと言えばそうではない、私は『魔力』は他の者達より多く保有はしているが、『魔法』を扱う事に関しては苦手だった。

だが、名も知らぬ女神の試練を突破した事によって『美と愛と豊饒の女神の額冠ティアラ』以外に授かったモノが他にあった、それが≪通力つうりき≫である、名乗らじの女神様も私が(ハーフとは言え)エルフなのに、魔法が不得手ふえてな事に不憫ふびんを感じなさったのだろう…その技能スキルによって、少しながらではあるが魔力の運用の仕方が判った様な気がした。


ただ―――私は知らなかった…私が名乗らずの女神より授かった褒美と言うものが、どんなモノだったのかを。


その事が発覚したのは、私が帰還を果たして半年余りが経過した頃だった。 この頃になると例の騒動の熱も収まり、私は今まで通りヒューマン達を救済たすける為に活動をしていた、そんな―――矢先の出来事だった…


 * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


ある日の事、酒場ヘレネスの女主人マダムをしているヘレネが血相を変えてオレの家に慌てながら駈け込んで来た。 その時オレは丁度くつろいでいて、ヴァヌスは何かの用で出払っていた時だった…「どうしたんだヘレネ、お前が慌てるだなんて珍しいじゃないか。」 

「ああベレさん丁度良かった―――大変なんだよ!」

「『大変』か……まあそりゃ、“ハガルあんた”が慌てるくらいなんだから大変なんだろうな。」 

「何を気の利いた事を言っているんだよ!あんたが大事にしている“シギル”が―――」

「(!)なに?ヴァヌスが?!だが…」 

「ああ…最初は私も耳を疑ったさ―――“シギルあいつ”は“ハガル”に次ぐ実力を有している…女神ヴァニティアヌス様より授かった権能チカラによってね、それにシギルあいつ”には万が一を考慮して女神ヴァニティアヌス様の権能の8割方を有している…」

「(!)なんっ、だ、と…それではヴァヌスを倒したのは実質上ヴァニティアヌスよりも…」“強”い―――それはヘレネに示唆しさされてよく判った事だったが、だが、今にしてみれば判らないことだらけだった、第一このヴァニティアヌスの次元世界せかいでは“ハガル”と“シギル” この2人以上の実力を有している者など居はしない、それにヴァヌスはオレ達にも知られないような処で異なる次元世界せかいからお邪魔している者達を片付けている事を知った。


この次元世界せかいが―――オレを[英雄]に成れるまで育ててくれた親代わりの女神ヴァニティアヌスが創造つくった次元世界せかいが、平穏・平安・平和でいられたのも『いにしえの[英雄]』でもあった“シギル”の働きによって保たれていたというのに、今その防波堤が決壊されようとしている…?「これは、まずい事なんじゃないのか?いや、それよりもヴァヌスを敗った相手とは?」

「信じ…られないかも知れないけれど、『不死身の竜』、『災厄わざわいもたらせる者』、『神に抗った悪魔』―――と、不吉な“通称とおりな”を幾つも持っている【暴風の真竜ウィルム】…『ヴェルドラ』だよ。」


『ヴェルドラ』―――ある次元世界せかいの神話に於いては神に逆らった悪魔の名前…それがいつの頃からか“暴風”と言う災厄を撒き散らす真竜ウィルムとして捉えられていた。

けれどこの時、オレはそのヴェルドラがこの次元世界せかいにいると言う事を完全に履き違えていたのだ、なぜならば―――と、そんな時またもオレの家の扉が開かれた、しかし今度のは急を要していたからか少し荒々しかった、そして荒々しく家に入ってきた者とは…

「すまない、ベレロフォンはいるか!」 

「フレニィカ!それにヴァヌス…!無事…なのか?」

「いや無事とは言いがたいが…かなり手酷くやられている、私も≪癒し手≫を使ってどうにか治療をほどこしたが―――」

魔法が不得手ふえてであるはずのこいつが、名も知らない女神にさらわれて戻って来た時に判ったことが一つだけあった、前置きにもあったようにこいつはハーフ・エルフだ、半分はヒューマン、半分はエルフの特性を持っているわけだから魔力は多量に保有している(どれくらい多量かと言うと熟練の魔道士の保有量を軽く凌駕していると言えば判り易いだろうか)。 ただ、が運用できるかと言えばそうではない―――まあ要は『持ち腐れ』と言うヤツだ、そんなあいつが…フレニィカが戻ってきた時にさらわれた先で何があったのかを説明して貰ったのだ、そしてのかも―――


 * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


「フレニィカ―――は?」

「判らない…ただ、私も例の女神様から頂いて使い方を教えてもらっただけなのだ。 だが見ての通りこのの発現条件は私の魔力を“通”さないといけない。」

「あーーーなるほど~確かにフレニィカちゃんたら魔力は多量に保有ししている、魔法を扱うとかはからきしだったもんねえ~。」 

「そこの処もの目に付いたんじゃないのか。」

「キビシー事を言うでないよ~だったらあんたは“0”を“ある”もんだと言えるのかい?」 

「悪かった、ごめんなさい、“ない”ものは“ない”んだものね、“ない”ものをいくら振っても“ある”ようには見せられない…だからこそ恩恵ファルナによって授けられた≪通力つうりき≫、そしてそれによって[勇者]は使う事の出来なかった魔力を使えるようになりました…とても感動できる話だわ。」

「うう~~なんだかヴァヌスの風当たりが強い気がする…」

「当たり前でしょうが、今時いまどき魔力をそんじょそこらの熟練魔導士よりも多めに保有しておきながら、使なんて役立たずもあったもんじゃないわ!」

「おいおい…その辺にしておいてやれって、ヴァヌス。」 

「(…)まあ、ベレロフォンが言うからこの辺にしておいてやるけど、精進することだなッ!」


 * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


そう―――フレニィカは名も知らずの女神から解放された時に、使使ようにされてきたのだ。 そして今、あんなにも厳しい事を言ったヴァヌスの身体を癒すまでになった、初等の治癒魔法とは言え、使えるようになったのは今まで普通に使えていた者達からすれば何の事はないのだろうが、フレニィカこいつにしてみたら大きな成長いっぽになったのだ。


この魔族の幼生体幼女は私に対して厳しい事ばかりをってくる。 その最初は苦痛ではあったが、慣れてみると私の事を心配してくれている事がひしと伝わって来た、自分の役目―――[英雄]ベレロフォンを補助するのもにになっているというのに…

幼生体幼女から―――ヴァヌスから見れば、私などは非常にあやういのだろう、だからこそ口にする言葉もつい厳しくならざるを得ない…情けない話しだが私は色んな面で至らなさ過ぎる、それが私の“弱”さに繋がっているのだろう、ならば―――せめて安心していられるように…心配などさせないようにするだけだ。


だから私は準備を進めた―――【暴風の真竜ウィルム】の“単独撃破”の為に。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ただ、周りの状況としては放ってはおかれられなかったらしい、それというのも私が【暴風の真竜ウィルム】の討伐を明日に控えていた時、都から者達がやってきたのだ。

「お邪魔致します―――」

「ロクサーヌ!どうしたんだ、お前…」

「このような辺境の地―――なれど、災厄が暴れていたとの報告が組合ギルドよりなされましたもので。」

「そうか…それでそちらの方は?」


わたくしは、聖ヴァニティアヌス教会の[司祭]―――この度は女神に逆らいし者共を浄化するため、[大司祭]様のご意向を受けたわたくしが派遣をされた―――そうおとらえになって下さい。」


『異教徒』や『教会に仇なす者』、更には『魔獣達を殲滅せんめつ』させる機関『異端審問庁』、そこの幹部であるロクサーヌが赴いてきた…それは彼女の務めのひとつだから判らないではないが、教会に務める[司祭]が[大司祭]の命を受けて派遣されてきた……なるほど、『治癒』や『回復』などの後方支援をする為に異端審問庁ロクサーヌ達を補助する目的で派遣されてきた―――当初オレはそう理解していたのだが…

「あなたが、この次元世界せかいの[英雄]様でございますわね、お噂はロクサーヌよりようく聞いておりますわ、数多あまたの敵を退しりぞけ、同時に数多あまた生命いのち救済すくってきた…なんて素晴らしい功績なのでしょう!この事はわたくしを通じ、お姉サマにもご報告いたしたいと存じます。」

その言葉を聞いたでは、オレの事を讃辞さんじしているかのようにも見えた―――だがオレはたがえなかった…この女、[司祭]こそは教会が誇る最強の戦力なのだと。 何故そんな事が判るのか、判らない方が難しいと言った処だ―――聖職者がこのオレよりも強烈な血の臭いを漂わせているなど!

それにどうやら[司祭]がこの街に来たという背景も少なからず見えて来た、それというのも僅かな時間を見つけてロクサーヌに接触したからだった。

「ロクサーヌ、ちょっといいか…」

「ベレロフォン―――すみません…わたくしが至らなかったばかりに。」

「お前が…?なぜ『至らなかった』のだと。」

「それよりも聞いて頂きたいのです、本来ならわたくしが勤める異端審問庁が教会本部の司祭様に会う等と…それはおそれ多くにして、不可能な話しではあるのです。 確かにわたくし達は異教徒や時には魔獣を相手にする教会の実働部隊じつどうぶたいではありますが、所詮は、だから教会本部に務める司祭様にお目通りが叶う等と……」

「だがそれは向うから接触をしてきた場合はその限りではない―――してやの[司祭]は教会の大幹部である[大司祭]の意向を受けているとなれば…」

「はい、無下むげに断ろうものならば教会に反目はんもくする存在の烙印レッテルを押されかねません。」

何てことだ―――滅多に会えないながらも、向うがその意思を示せば拒絶する事は出来ない、しかもたてまつっているのは女神ヴァニティアヌスとくれば、拒絶の意思は女神にも反目はんもくすると捉えられかねない、それにロクサーヌは決して弱い存在ではない、その本来なら教会本部の意向を伝えて実働部隊じつどうぶたいである異端審問庁ロクサーヌ達が動きさえすればいい…、[司祭]は現場ここにいる?彼女はロクサーヌの事は信用していないのか?いいや―――違う…彼女は、[司祭]は……


「あらあら、お2人とも仲がよろしいんですのね。」


「こっ、これは司祭様―――」

「よろしいのですよ、うら若き男と女がいたれたでむつまじ合うのはよくある話し…ですがロクサーヌ、教会の人間が[英雄]とは言えど外部の者と接触をするのは、よくありませんよねえぇぇ…わたくしいささかではありますが、あなたの事を疑ってしまいそうです。」

「あ、あのっ司祭様、わたくし達は決して…」

「オレ達はあんたが心配するような事は何もしていない、ただ彼女とは昔よく組んで活動していただけだから…」

「それで昔の事を懐かしみ―――人目のつかぬ場所で密会をしていたと…」

「司祭様―――」

わたくしは、何もその事を責めているわけではありませんよ?ただ―――わたくしの事を…と、こう申しているだけですわ。」

気付かれていたって言うのか―――だが疑うしかないだろう、オレの知る教会本部勤めの[司祭]とは、教会に来て女神へのお祈りや罪の告解こっかいをし、神の救済を求める民衆の手助けをするものとばかり思っていたのに…なのに、この度ここへと来た[司祭]はこのオレ以上の死臭を―――血の臭いを放っていた。

英雄オレ]や[勇者フレニィカ]、他の冒険者の連中が血生臭いのは判っている、そう…住民の皆を―――ヒューマンを―――生きとし生ける者達を救済する為だ、それはロクサーヌも同様だと言ってもいいだろう、だが教会本部にて血生臭い事とは無縁の[司祭]が、このオレよりも強い臭いを放つとはどういう事なのだ?オレはその事が知りたくてロクサーヌと接触したわけなのだが……その後オレはこの[司祭]が何の目的でここにきているか―――判る様な言を聞いたのだ。


「そお言えば、ひとつあなた方に聞いてみたい事があるのでした。 ねえ…あなた達?ゴキブリと言うのはご存知。」

「存知も何も駆除くじょしても次から次へと―――」

「ええ―――でしょうねえ…全く、ここの有象無象うぞうむぞう共もと同じです、一匹見つければ百匹…いや潜在的には億匹いると憶測おもわなければならない。 お姉サマも、潔癖症ですからね…ああ言うゴミ共が跋扈ばっこするのは我慢ならないのでしょう―――わたくし、お姉サマはああ見えてお忙しい方ですからねえ…お姉サマの素敵すぎる企画立案きかくりつあんとどこおりなくさせる為にもわたくし露払つゆはらいをして差し上げねば。 それに―――の目的の為に、わたくし達が協力して差し上げぬのも仁義に欠ける話し、そおーれえーにぃぃ…も―――クス、クス、クス、あの子は今頃ヴェルドラの単独撃破を目的として動いている事でしょう。」

「(な)フレニィカが?!なぜ…」

が判らぬあなたではないでしょう?ベレロフォン……夜討よう朝駆あさがけはつわものの華、自分よりこわき者を打倒してこそ、あの子の目的も達せられようと言うもの…してや[勇者あの子]は―――まあそれに、わたくしも興味がありますからねえ、何しろが与えたお蔭で[勇者あの子]は誰もが……」


       ―――かなわぬ者と成ってしまったのですから―――


「あ…あんた、あいつの持っているの事を知っているのか!?」

「ええ、知っていますわよ?当然でしょう…神装武具アーティファクト『美と愛と豊饒の女神の額冠ティアラ』、わたくし。」

「し―――仕掛けたって…司祭様!それではあの脅威はあなたが!?」

「今回、必ずや[勇者あの子]は強敵ヴェルドラを打倒するでしょう…そして、それは更なる[勇者あの子]の評価にもなりえる、さぁさ引く手数多あまたとなった[勇者あの子]を獲得するのは一体誰になるのでしょうね。」


その言葉とはとても聖職者とは言い難いものだった、けれどこの[司祭]はを―――オレをもしのぐ強さを手に入れたフレニィカの事を調べる為に自らが災厄を―――『混沌』を招きよせたと言うのだ。

その本来なら教会は『秩序』の維持をしなければならない、の平和にの生活―――それを護らなくてはならないハズなのに…なのにそんな教会の人間が?!


いや、待て、何か大切な事を忘れていないか…そうだ、この[司祭]は[大司祭]の意向を受けてこの地へと来たと言っていた、ならば今回の事をくわだてたと言うのも―――

「ま…まさか[大司祭]猊下げいかがそんな事を?!有り得ない…教会の大幹部である猊下げいかがそんな事を……」

「ですが、それが真実です―――それに神は何も突破できぬ試練を与えはしない。 それともあなた達は[勇者]を信用していないと言うのですか、未だ“弱”い存在だと思っているのですか、ある女神が目を付け、突破でき試練を与え、それを見事踏破とうはした―――最早[勇者あの子]はどこへと出しても恥ずかしくはない、そこまで成長したとしても。 嗚呼―――なんと可哀想なるかなフレニィカ…ならばこのわたくしが導いて差し上げましょう、神々の狂宴エンターテインメントの為に!」


『狂っている』その一言に尽きた、それに教会の上層がこんな狂った思想の持ち主が占めているかと思うと薄ら寒さすら感じた、この[司祭]の目的は何もフレニィカの成長を願っての事ではない、してや自分の上司である[大司祭]のご機嫌を取ると言う訳でも…この[司祭]の目的とはたった一つ、『神々の狂宴エンターテインメント』―――狂った神の求める娯楽(性)を充たす為なのだと。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


一方私は、準備を終わらせ単独でヴェルドラの巣へと向かっていた、途中私をはばむ障害は用意されていたが、こんな障害で≪通力つうりき≫を使用するまでもないと極力使用を避け、私は持てる能力スキルで雑魚や罠を切り抜けていった。 その果てに待ち構える者―――それは漆黒の鱗も禍々まがまがしく、その爪牙そうがは幾人もの血肉を吸って来たものだと感じた、そして易々と討伐たおされないように物理や魔法を防御する結界を張り巡らせている……こんな存在、以前の私なら単独で討伐うちたおそう等とは思わなかったのだろう、だが違う―――あの名乗らじの女神によって強さの底上げ、私には勿体ないと思えるほどの武具、更には私の引け目となっていた事を補充させる技能スキルを与えてくれた。

もう私に恐れるものは何もない―――畏れる理由などどこにもない…


だからこそ―――


「【暴風の真竜ウィルム】ヴェルドラと見受けるが相違ないか!」


{何ヤツだ…ワレが気持ち良く休んでいるというのに、ワレの安らぎを妨げると言うのならその骨肉こつにく一片しっぺんたりとも遺してやらぬから覚悟せよ!}


「これからお前を討ちたおす前に聞きたい事がある、ヴァヌスを―――『いにしえの[英雄]』である“シギル”を倒したのはお前か!」

{うん?“シギル”―――ああ、今のキサマのようにワレの耳元でブンブ・ブンブと五月蝿うるさい蠅の如きだったから軽く払ったまでの事よ。}

「やはりそうか…彼女は私に対して何かと厳しい言葉をぶつけてくるから嫌われているものだと思っていたが、最近になってようやく気付いた…いや気付かされたと言うべきか、彼女は私の事が心配だったのだ、自分に自信を持てない私が―――自分を愛せていない私が―――そんな私が強き者から弱き者を護ると言った処で頼るに信を置けないと!」


{フン―――なるほどな…の言われた通りのようだ。}

「なに?何の事を言っている、『あの方』とは誰の事なのだ!」

{気にする事はない、知る必要もない―――今の時点ではな、このワレも今はあの方に従うのみ…以前はこの権能によって神にすらあらがったというのに、それが今では……クックック、ハッハッハッハッハ、哀れだと思うだろう?なあ[勇者]よ、且つての打倒すべき強敵が折伏しゃくぶくされた折、その強敵は神が望むがままの走狗そうくに成り果てたのだからな。}

「なに?ではお前は、お前自身の意志でヴァヌスを―――“シギル”を打破したのではないのだと!?」

{その通りだ、そして今のワレはお前の…[勇者]の実力を図る為のものさしに過ぎんのだ。}


『釣られた』―――そう思うより外はなかった、この【暴風の真竜ウィルム】の出現も、私が名乗らじの女神の処から戻って来たからだった、そして私をき付ける為に女神ヴァニティアヌスの次元世界せかいで最強の一・二を競う“シギルヴァヌス”を打破だはした…それもこれも、とある神の求めに応じてなのだと言う。

一体私達の知らない処で何か進行しているのか、私には判らない……だけど判っている事はある、今、私の目の前にいるのは私の仲間―――私の小さな友人を傷付けたヤツなのだと言う事を。


そして私は深く…静かに、“力”を“通”じさせるのだった―――





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