第三章 夫の様子が変です①


 これまでがうそのように、日々はのんびりとおだやかに進んだ。

 ……と、思っているのは、マルグリットだけである。

 ばんさん会の終わったマルグリットは持参したまつなドレスにもどり、使用人とともに食事をとっていた。ユミラのしっを受け使用人たちも精いっぱいマルグリットをののしるようになっていたが、


「貴族のれいじょうとは思えないづら!」

(ナット、へそくりが奥さんにバレたっていうの、だいじょうだったかしら)

「あなたにお似合いなのはルシアン様ではなくてゆかみがきよ!」

(フェリスのおは最高ってドレアが言っていたわ。わたしもいつか食べてみたい)

「食事が終わったらいつくばって床を磨くことね!」

(アンナは今日も元気ね)


 り声にたいせいのあるマルグリットには気にならない。

 同じテーブルで食事をとったことで使用人たちの顔と名前はいっするようになっていたし、厳格な女主人のいない場所で彼らがうっかりとこぼす会話も耳に入っていた。だから、彼らがよい意味でへいぼんな使用人であり、たあいもないことをどうりょうとぼやきあいながら暮らしていることを知っている。


(クラヴェル家も、昔はそうだったのよね……でもわたしをかばった使用人たちは次々とめさせられて……)


 とつぐ直前の、くつのような場所になってしまったのだった。

 晩餐会でひと月ぶりに顔をあわせたイサベラは、マルグリットの心に変わらぬきょうを呼び起こした。けれど、ド・ブロイ家の使用人たちはそんなことはない。


「……ちょっと!! 聞いているの!?」

「え? ああ、うん、床磨きね。道具を貸してちょうだい」


 バンッとアンナにテーブルをたたかれ、マルグリットは顔をあげた。

 床磨きなら実家でやらされていた。この家には磨いたはしからどろき散らかしていく人間はいないからすぐに終わるだろう。


「ごめんなさい。怒鳴られると別のことを考えるくせがついてしまって。場所はどこ? ろうも引いたほうがいいかしら」

「……!!」

「あ、そうだ、これ。ハンカチなの。アンナの名前をしゅうしたからよかったら……」

「いりません!!」


 真っ赤になったアンナがかたをいからせてキッチンを出ていく。


「……ゆかそうはしなくていいのかしら?」


 周囲の使用人たちをふりむきたずねれば、彼らも視線をらしてそそくさとした。

 ぽつんとひとりになってしまったマルグリットは首をかしげ、食べ終わったうつわを片付けると北のはなれに戻っていく。

 そんなマルグリットを見つめる視線があった。

 ルシアンだ。


 晩餐会を終えてからのち、ルシアンはマルグリットの様子をうかがっていた。

 幼いころからド・ブロイこうしゃく家のあとりとして厳しく育てられ、人々の上に立つ人間であれと教えられたルシアンにとって、使用人たちからぞんざいなあつかいを受けて笑っていられるマルグリットは理解不能な存在だった。

 一方で、彼の冷静な思考は、マルグリットの意図を推測してもいた。

 王家からド・ブロイ家とクラヴェル家に課せられた期待は、両家がこんいんによってこれまでのあつれきを解消し、力を合わせて国境の確固たるとりでとなること。その期待を忠実にすいこうするためには、いがみあい続ける現状は欠点にしかならない。

 自分をせいにし、おうには理想的なたいぐうを報告することで、マルグリットはド・ブロイ家になにも生みださないむなしさをうったえているのではないだろうか──。

 マルグリットからすれば虚しいのは実家のクラヴェル家なのだが、ルシアンは知らない。

 ──ルシアン様はわたくしとお話をしてくださいます。

 エミレンヌに語ったマルグリットのはずんだ声が、自信をもって「そうだ」と言えないルシアンの心をめつける。


(彼女の言葉が真実になるよう、彼女と話をしなくては)


 そんな決意を胸に、ルシアンは北の離れへ向かった。


 図書室わきにあたえられた自室では、マルグリットが読書にぼっとう中だった。

 マルグリットにとって現在の暮らしは最高である。イサベラは使用人がするさいな仕事までマルグリットにさせてはいちいちなんくせをつけていたため、ひとりの時間などなかった。

 ド・ブロイ家には、ぼうだいな蔵書と自由時間の両方がある。ちまたで人気のぼうけん小説をふけり、亡国の王女のぐうな人生に感情移入してごうきゅうしたとしても、だれからもとがめられない。


(つらい旅の果てにようやく愛する人を見つけたのね……ああ、なんてすばらしいの)


 マルグリットがそんな幸福にひたりきっていたところへ、ルシアンは現れてしまった。

 ノックの音にマルグリットは飛びあがるとなみだぬぐう。


「俺だ」

「は、はい、ただいま!」


 いつものドレスにショールを羽織り、ドアを開ける。


「ルシアン様。なんのようでしょうか」

「……」


 ルシアンは答えない。まゆを寄せ、こわばった顔つきでマルグリットの部屋をながめている。


(こんな部屋に住まわされていたのか……まるきり使用人の部屋ではないか)


 マルグリットのしんしつを離れに作ったということはユミラから聞いていた。住み込みの管理人が使っていた小部屋だということも一応は聞いた。

 使用人にも身分の上下があり、しつなどの上級使用人であれば家具付きの広い部屋が与えられる。ルシアンは図書室わきのその部屋がどのようなものかを知らず、それなりのものになるよう改装でもほどこしたのだろうとなっとくしていた。

 だが、自分の目で見たマルグリットの部屋は、とびらを開ければ全体がわたせてしまえるほどせまい一間だけの部屋で、家具はベッドと机、クローゼットしかない。

 ついでマルグリットに視線を移すと、困ったようにルシアンを見返す彼女の目にはうっすらと涙がかび、鼻の頭が不自然に赤らんでいる。


「……泣いていたのか」

「えっ、ああ、はい。本を読んでおりまして」


 マルグリットは机に置かれた小説を示すが、ルシアンにはとっの噓にしか思えない。


(やはり本心はつらいのだ)


 当たり前だ、と自責の念にられる。

 クラヴェルはくしゃくや彼女の妹のように、明らかに敵対する態度をとるのならばこれほどの扱いを受けていたとしてもごうとくだとはなすことができただろう。

(だが彼女はなにもしていない。ド・ブロイ家をおとしめるようなことはなにも)

 むしろ王妃にとりなしてくれた。

 そしてまた、晩餐会でかざったマルグリットのしんのあるゆうさを見たルシアンには、今のボロきれのような姿はびんさをさそうものであった。


「本当のことを言ってくれ」

(どうしたのかしら、ルシアン様……?)


 部屋に入ろうともせずうなだれるルシアンに、マルグリットはあせった。彼のはやてんを、マルグリットもまた理解できない。


「俺に言いたいことがあるだろう?」


 顔をあげ、ルシアンは問う。

 はじまりはたがいに不本意な王家の命令であったが、彼女は考えうる限り最大のかんようさをもってそれに従った。なのにド・ブロイ家の誰もが彼女を手ひどく扱ったのだ。

 どんな非難も受け入れる。

 そうかくをして正面から向きあったマルグリットは、しんげな表情をしていた。


(俺を信じてもいないのに、言えるわけがないか)


 ルシアンは心の中でたんそくする。

 だが、じょじょにマルグリットの表情は、想定外に明るいものになり、


「どうして知っているのですか!? わたしが、言えなかったこと……」

「考えればわかることだ。エミレンヌ王妃にはああ言ってくれたが、俺はこれまで君の意見に耳をかたむけてこなかった」

「いいえ、そんな……では、言わせていただきますが」


 マルグリットはほおを染める。もじもじと指先をあわせてから、決心したように顔をあげ、


「わたし、ド・ブロイ領で、海が見たいのです!!」

「……は?」

「え?」


 放たれた願いに思わずろんな声をあげてしまったルシアンを、こちらもおどろいた顔でマルグリットが見つめた。

 ふたりのあいだに数秒のちんもくが流れた。

 見つめあうまなしには互いのにんしきがあるらしいという確信が宿っているのだが、それがなんなのかはふたりともわからなかった。

 口火を切ったのはルシアンだ。


「……領地へ行きたいのか」

「は、はい……」

「海……?」

「そうです。海を見るのが、わたしの夢で……」

「……そうか」

「はい……」

「そのためにド・ブロイ家に嫁いだのか?」

「ええと……」


 マルグリットは思い返してみた。

 一番の理由は王家からの命令であり、妹がいやがったからなのだが、マルグリット自身の気持ちとしては、ド・ブロイ領に行けば海が見られるということが重要だった。


「そう……ですね。そういう期待も大きかったです……」


 だから、なおにそれを口にしたのだが、


(なんだろう、すごく空気が重たくなったような気がするわ……)


 ルシアンの表情は真顔のまま、しかしどうだにしない身体からだからは形容しがたいげんというかすごみがただよっている。


「そうか……」

「……あの、わたし、ちがえましたか?」


 おそるおそる尋ねるマルグリットに、ルシアンはため息をついた。

 言いたいことがあるのではないか、というまわりくどい尋ね方がすでに自身のおよごしを表していたと気づいたからだ。


「わが家での暮らしはどうかと気になっている」

「ド・ブロイ家での暮らしですか? もちろん、すばらしいものだと思っております」

「……」

「……間違えましたか?」

そくとうされると余計にがないな」


 マルグリットが本心からそう言っていることが、さすがにルシアンにも伝わった。

 妻となった女性とのあいだになにやら認識の齟齬がある。それはわかった。問題は、それがどこから来るのかわからないということだ。


「君と俺とでは価値観の前提が大きく異なっているようだ」

「申し訳ありません……」

「謝ることではない。だが、俺には君が今の生活をすばらしいと言う理由がわからない」


 ルシアンの言葉にしゅんと肩を落としていたマルグリットは顔をあげた。


「ああ、それなら、実家よりもよほどよい暮らしをさせていただいているからですわ」


 だから気にしないでください、というつもりで。にこやかながおで、あっさりとマルグリットは告げる──それがふたたびのばくだん発言とは気づかずに。


「実家よりもよい暮らし……?」

(あっ)


 いっそうげんな顔つきになったルシアンがマルグリットをえる。


「待て、実家でどんな暮らしをしてきたというのだ?」

「それは……」


 ド・ブロイ家での嫌がらせが生ぬるく感じられる程度の暮らしをしてきたのだが、それを告げることは、マルグリットが追い出されるようにして嫁いできた裏側を語るに等しく、今さらながらに失言だったと気づく。

 口をつぐむも、時はすでにおそく。


「お前の妹が言っていた……」


 妹を出され、マルグリットの表情が初めてかたいものになった。

 ルシアンののうに晩餐会でのイサベラの台詞せりふがよみがえる。

 ──クラヴェル家では、やっかいばらいができてせいせいしておりますのよ。

 あれは母ユミラへのしゅ返しなのだと、ルシアンは受けとっていた。クラヴェル家からすればマルグリットは不要な存在なのだと主張することで、ド・ブロイ家を貶めようとしていたのだと。


(まさか……本心だったのか?)


 本心から、姉をじゃ者扱いし、宿敵であるド・ブロイ家に嫁がされいじかれていることをよろこんでいたというのか。

 ぞわ、と総毛立つような感覚──わきあがったのは、いかりだった。

 殺気すら感じさせるルシアンの表情に、マルグリットは飛びあがりそうになる。


おこっていらっしゃる! わたしが、クラヴェル家にとって価値のない人間だとわかったから……!)


 ド・ブロイ家は一人むす、次期当主であるルシアンを夫とした。それに対して、クラヴェル家でもものにされていたマルグリットが妻では、いがとれないのは当然。


「お許しください!」


 ルシアンの足元に身をせ、マルグリットは許しをうた。ルシアンがぎょっとした顔になる。


「待て! なぜお前が謝るのだ」

「それは──わたしが、クラヴェル家を代表する人間ではないからです。ルシアン様はいずれド・ブロイ家をぐお方。けれどもわたしは──」


 マルグリットでは、いくらモーリスに友好的な態度を求めたとしても、モーリスはがんとして応じないだろう。イサベラの言うことならなんでも聞くだろうに。

 対するルシアンも、マルグリットの言葉に焦りを感じていた。なぜなら、彼の怒りのほこさきは、クラヴェル家におけるマルグリットの立場に対してであるが──彼女が政治的に無価値だからではなく。

 クラヴェル家が彼女をじゃけんに扱っていたことが許せないからだ。


「……顔をあげろ」


 おそるおそるルシアンを見るマルグリットにいつもの明るさはない。彼女はただひたすらにルシアンの心情をおもんぱかっては、自身がド・ブロイ家の役に立たないと心配している。

 じょよめり道具もなにもないままに嫁いできたマルグリット。

 ずいぶんと手のんだ当てつけだと思った。どうしてそのとき、彼女の立場をしんしゃくしてやらなかったのか。


「……もしかして、わたしのことを可哀想かわいそうだと思ってくださったんですか……?」


 顔をあげろと言ったままだまり込んでしまったルシアンに、マルグリットが眉をさげる。怒りの燃えたあと、悲しみに似た色が深海色のひとみによぎったのを、マルグリットは見た。

 ルシアンはまた顔をしかめた。可哀想などというにんぎょうでなまやさしい感情ではないのだ、自分の胸に生じたものは。


「……なぜ笑っている?」


 マルグリットは笑っていた。

 室温にあたためられたクリームのように、やわらかくふんわりとした、それでいてどこかはかなげなかおで。


「えっ、いえ、最近、つい笑ってしまうことが多くて……申し訳ありません」


 マルグリットはまた顔を伏せた。まさか、心配されるのがうれしかったとは言えない。シャロン以外の誰かに心配してもらったのは初めてかもしれない。

 だがその内心はルシアンに伝わってしまったようだ。


「クラヴェル家のやつら、ばんな連中だと思ってはいたが、まさか自分のむすめを──」

「まあまあ。父や妹に悪気は……あるんですが。ほら、物語にはよくあることですし」

「よくあることではないから物語になっているんだ!」


 先ほど読んでいたという本を指さされ、ルシアンは思わず大声をあげてしまう。ハッと我に返るも、マルグリットは変わらずに笑っている。この程度のせいには慣れっこなのだ。それがわかるようになるとますます怒りは強くなる。


(俺は、どうしてこんなに……)


 こんわくするルシアンを見上げ、マルグリットのほうも真面目な顔を作ろうとがんばっているのだが、どうしても口元がゆるんでしまう。


(やっぱりルシアン様はやさしいお方だわ)


 自分の推測は正しかったのだ。夫になった人はやさしい人だった。ただそれだけ、と言われるかもしれないが、マルグリットにとっては涙が出るほど嬉しい事実だった。

 ほかほかと湯気を立てそうに頰を上気させて、マルグリットは笑った。


「ルシアン様とけっこんできて、わたしはとっても幸せです」

「──!!」

「ルシアン様?」

「……だ」

「え?」


 しぼり出すような声が聞こえた。ルシアンの目がわっている、ような気がする。なんだろうかと近よったマルグリットの耳に、今度ははっきりと、


「移動だ」


 そう告げる低い声が聞こえた。


 ルシアンのつるの一声で、またたに部屋の移動が行われた。

 といってももとからマルグリットの私物はほとんどない。晩餐会で着たドレスはこんなところには置いておけないとユミラの預かりになっているし、かくされたドレスやくつの半分はまだ見つかっていないので、嫁いできたときよりもさらに身軽になっていた。

 マルグリットはいまだに首をひねっている。


(王家の方々の目もある手前、わたしの生活を調ととのえざるをえないのだわ)


 エミレンヌの問いを思い返してそう考え、ほかの者には聞こえないようにそっと、


「あの、ルシアン様、このようなことをしていただかなくともわたしはド・ブロイ家に不利になるようなことを言ったりしません」


 とささやいたのだが、ルシアンは余計に眉をつりあげて口をつぐんでしまった。


(とにかく黙って言うとおりにしろということね)


 新しい部屋はルシアンの部屋のとなりに定められた。

 使用人たちが働きまわって、木目のつやも美しい鏡台やだながてきぱきと設置され、金そうしょくの施された時計がかべにかけられ、せんさいな文様のえがかれたティーセットがいく組も硝子ガラスだなかざられた。

 調えられてゆく部屋をかんとくしていたルシアンは、やがてマルグリットへ歩みよると、かたひざをついてマルグリットの手をとった。


「これまでの扱い、申し訳なかった。ド・ブロイ家次期当主として、不在の父に代わり謝罪する」

「え……っ」


 凄みのある表情と声は、理解をわずかにおくらせた。


「えっ、ええっ!? ルシアン様!? 顔をあげてください! 許すもなにも、むしろわたしがこんなところに住まわせていただいて、本当にいいのですか?」

「当然だ。ここは妻になる者の正式な寝室だ」

(正式な場所なら、わたしがいたらだめなんじゃないかしら!?)


 まだ驚き続けているマルグリットの前で、ルシアンは壁のドアを指さす。


「あのドアは俺の寝室につながっている」


 ルシアンがぐっとなにかをみ込むような顔になった。


「開かないようにかぎをかけておく」

「はい、わかりました」


 立ち入るなという意味だろう、とマルグリットは受けとった。


(一応かんきょうは調えてやるけど、正妻面するなってことよね!?)


 混乱しているうちにすべての準備は調ったらしかった。使用人たちはそそくさと部屋を出てゆき、あとにはルシアンとマルグリットが残る。

 見まわした部屋は、まるで夢のようだった。どこもかしこも磨き抜かれてきらめいた部屋は、マルグリットには見慣れぬもので、げんじつばなれした美しさがあった。

 両手を広げ、くるりとまわると、空気をふくんだスカートがやわらかくはためく。弾む胸のままに、歌いだしたい、おどりだしたい気分──と考えかけて、ハッと気づく。


「も、申し訳ありません」


 ルシアンは目を細めてマルグリットのよろこびように見入っていたのだが、深々と頭をさげられると、すぐに顔をそむけた。


てきなお部屋を用意していただきありがとうございます」

「礼には及ばない。……君は俺の、妻なのだから。明日はドレスを用意させる」


 そのまま、顔をあげる前にルシアンは背を向けて立ち去ってしまったから、やはりマルグリットから真っ赤になったルシアンの顔は見えなかったし、赤くなった耳の先も、くろかみに隠れて気づかなかった。


 マルグリットの生活は一変した。次期こうしゃくじんらしくなった、と言ってもよいだろう。


「し、白い……!!」


 新しい部屋の新しいベッドの前で、マルグリットはきんちょうに顔をこわばらせていた。

 ベッドにかれたシーツは、これまでの少しうすよごれたシーツではなく、しわひとつない純白のシーツだった。マルグリットのために新品をおろしたのだから当然だ。


(横たわるのがもったいない……!)


 着古してよれたで乗りあげていいものではないと思う。この部屋で、マルグリットだけが浮いている。


(こんな暮らしをされていて、わたしを見たら、ユミラお義母かあさまも怒るはずだわ……)


 嫁いできて初めて、マルグリットはねむれぬ夜をすごした。

 そのうえ、翌日の夕暮れには、ルシアンは宣言どおり大量のドレスや装飾品を運び込んだのだった。

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