第六話 タイムカプセル2――安心感

「あれ、市松来てたんだ、留守番有難う」

「いいえ~、鶯宿さんなら少しお外に出てます。きっと今晩は帰らないか、あと少しで帰ってくるかのどちらかですよ」

「そうか、プリンでも食べていく?」

「餌付け上手な人ですねえ、是非ともお願いします」

「あれ、でも御菓子食べた後ある!?」

「あらばれちゃった、っはは。大人しく引き上げます、ねえ楼香さん」

「なに、プリン土産によこせって?」

「それも魅力的だけどちょっと違うお話し。楼香さんは、人じゃない相手をどう思ってます? 端的に言えば、怪異や人外はお好き?」

「今のところ害がないから好きだよ」

「じゃあ害をなす存在が現れた時に、僕らはどう見える?」

「なってみないと判らないけどあんまり変わらないと思うな。あんたらは個別でしょ、それってひとそれぞれってのとあんまりかわらねーじゃん」

「……馬鹿正直な人、損しますよ貴方」


 市松はお面をつけて改めて「さようなら」と窓から出て行く。縁側の窓を追いかけるように眺めれば、先ほど放置したタイムカプセルがある。

 タイムカプセルを手に取って、もう一度箱を開け、写真を見れば目を見張る。



「……――うそ、こんなことって」


 ちぎれた写真の片方は、どう見ても両親と幼い頃の自分。それだけならまだしも、今と寸分変わらない鶯宿が映っている。

 父親が鶯宿と自分を無理矢理並ばせて、気恥ずかしげな鶯宿の写真だ。


「……――なにを、あたしは、忘れている?」


 楼香はちぎれていた写真を重ね、張り合わせてみる。一致した写真。

 鶯宿を見た瞬間、楼香の体内にぐるりと熱い火が巡り、ぶわりと片手に炎となって出現した。


 燃えさかる火は写真を一気に燃やしてしまい、まるで泡沫の夢のような感覚を味わうが炎は未だに消えない。

 それどころか炎が出てくれば鼓動が五月蠅くて、手も熱くて堪らなく痛い。


「いやだ、助けて」

 楼香は目を瞑り、助けを願う。

 炎はぼうぼうと燃えさかり、楼香の手を腕を燃やしてしまいそうな勢いだった。


「いやだ! 嫌だ、あつい!」

「楼香! どうしたんだ!」


 外の走りから帰ってきた鶯宿が楼香の様子に気付けば、塀から登ってきて縁側に駆け寄り、楼香の手を握る。

 楼香の手から溢れた炎は、鶯宿を食わんとする勢いで燃えさかっていたのに、鶯宿が両手で包み込めばじゅわっと消えていった。


 楼香は混乱しながら、鶯宿を見つめた。


「あんた……いったい……」

「いってて……大丈夫か」

「……鶯宿、有難う」


 楼香の心に、少しだけ芽生えた気持ちがある。

 それはほんのりと蝋燭に灯る炎のように、ぽつんとした小さな灯火。


 鶯宿は絶対に、自分の味方だ、と保証されたような気持ちになった楼香だった。

 楼香はぼろぼろと涙しながら、あの写真について問いかけようとしたものの、もう燃えさかった後で炭になっている。

 あまり口にすべきでもない気がする、恐らく鶯宿も忘れているのだろう。


「……有難う」


 心から感謝しながら、楼香は鶯宿の黒ずんだ手を両手で握りしめて労った。



 *



 電信柱から市松は眺めてから、ビルの屋上に移動した。

 ビルの屋上で口笛を吹いて、手帳にメモしていく。

 現状の楼香の身の回りを画いたメモだった。市松はくすくすと笑って、メモをぱたんと閉じた。


「とっても良い調子! いいですね、そのまま思い出してくれればいいのにね、勿体ないねえ」

「楽しそうじゃアねえか、仲間に入れてくれねえか」

「おや、兎太郎とたろう、来るのが遅かったじゃないですか」


 ぼさぼさの黒髪に兎面をずらした顔には、ところどころ無精髭が生えている。鍛えられた肉質的な体は肉弾戦に確実に負ける想定しかできない。その肉体を覆い隠すようなヴァンパイアコートだ。そのくせ日頃から武術は苦手だとこの男は称するのだから、その肉体はどう作り上げたんだと聞きたくなる。

 トラッキングブーツを慣らして、兎面の男は市松にべえと舌を見せて大笑いした。

 兎面の男が面をずらせば、市松同様顔のない男だった。


「その宴、いつ入場できるんだ」

「簡単ですよ、お前が先生に構うのをやめれば混ぜてさしあげる」

「駄目だ、お前の玩具はとても面白いんだ。何せお前が必死になる、これほど愉快なことってないだろ」

「だから代わりの玩具を用意してるでしょう、楼香さんです」

「ほう」


 市松は楼香を小人にした幻を手の中で生み出せば、楼香の幻を手の中に掴んで、丁寧にリボンでラッピングして兎太郎へ差し出した。


「きっと気に入ると思うの。冥府の王に、獄卒が関わってるからつつきがいがある。かまちょのお前にはとっても向いてると思いますよ」

「ふうん、考えておく。それにしても恐ろしい男だよ、大事な人のためにそいつの同族を差し出し、親切面だ。小生しょうせいには真似できねえや」

「人間は愚かでか弱い生き物、だからこそ僕らが――管理しないと壊れてしまう。大事な箱庭の中で傷付かないようにしてるだけです」

「どうだか、どこまでが本音かわかんねーなおまえは。面白そうになってからちょっかいかけるよ、それまではまだまだ自由に過ごす」

「お互い食えない奴って思ってますよご安心を。そのまま誰にも関心を持たなければ何事も起きないのに、気に入られた先生が可哀想」


 市松の真剣な皮肉を聞けば、兎太郎はきひひと下卑た笑みで肩を竦め、一礼をしながら後ずさり、そのまま消えていった。

 虹がはっきりと見える空は清々しいのに、市松の心は完全には晴れないのだった。


「狐の嫁入りみたいに、綺麗な天気うそになれたらいいのに」


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