第六話 タイムカプセル1――鶯宿の葛藤



 楼香はもう五月になる時期に、庭掃除をしていた。

 祖父がいなくなってからすっかり世話を忘れていた庭先は荒れている。

 桃の花の手入れだけは欠かさずいれていたので、桃の花だけはしっかりと丈夫だが、どうにもそこから広がる野草が悲惨だ。

 桃の花は両親の結婚の折りに、家の購入と共に植えられた木なのでとことん大事にしたい。

 ずっとずっと桃の木だけは枯らすことないよう気を配り続けている。

 桃の木と一緒に育ってきた感覚でもあったのだ。


 楼香は荒れていた花壇も手入れしようとゴールデンウィーク近くに手を出したのだ。

 休みが少しばかり多いからあっという間に手入れで日にちが過ぎ去ってもまだ体力の調整が整えられる。それどころか他にも花を植えてもいいかもしれないと考えれば少しばかり浮かれる。

 家庭菜園もいいかもしれないと花壇を手入れしていれば、そこから古びた缶箱に出くわす。

 缶には日にちと年月が書いてあり、開ければ少しだけ埃っぽい。

 ほんの少し咽せてから缶箱の中身を漁れば、ゲームのカードや、アニメのイラスト、写真や昔大事にしていた髪ゴム。竜道から貰った夜店の玩具指輪まである。

 ――タイムカプセルだ、とようやく気付いた物のいまいち思い出せない。

 何をどうしていれたのかは判らない、とくに賞味期限がいつかわからない御菓子の箱は触りたくない。

 一枚の写真に気付くと、写真は二枚にわかれていて、ちぎれていた。

 

「何やってるんだ楼香」

「鶯宿、みてみて、綺麗?」

 楼香は玩具の指輪を当てはめると、鶯宿に鼻で笑われてむくれる。

「子供の頃の初恋か」

「そうそ、初恋相手に貰ったんだけど、とんでもないくずだったのよね。結婚しようねって言ってたのに浮気するし、浮気女と結婚するし」

「結婚しなくて良かった相手じゃないか」

「それはそうだけど、それくらい大好きな相手だったのよ、欠かせない奴だと思っていたのになあ」

「この先結婚は他の相手としないのか」

「うーん、わかんないなあ」

 鶯宿は話題選びに失敗した顔をしていたので、微苦笑を向けて気にしないようにと微笑んだ。

 ――楼香は十才のころから、いつ死ぬか判らない恐怖であったはずにちがいない。

 と、質問した後悔をしているに違いない顔をしている。鶯宿はこう見えて気遣い屋だし、気配りは物凄く丁寧だ。

 最近はうっかりする癖があるけど、それほど気を許している証に見えて、楼香は段々雑に扱われる行為に心地よさを感じていた。

 だからこそ、今の会話だけで距離がまた遠のくのは寂しかった。


「ねえ、鶯宿」

「何だよ」

「誰もお婿さん見つからなかったら貰ってくれる?」

「何言ってるんだばーーーか!!」


 鶯宿は飲みかけの麦茶を噴き出してむせ込むと、死にそうな顔で楼香へ睨み付けるのだが、楼香からは鶯宿の顔が赤らんで見える。

 冗談で言ったのにこういう可愛くてうぶなところが、見目の格好良さに反映されない残念さだなと楼香はけらけら笑うと缶箱に蓋をして、一度休憩するために家に上がった。

 鶯宿は缶箱に視線をやってから、楼香に視線を追いかける――少しだけ苦みを感じている。


 *


「鶯宿さん、二人っきりですね♡ 僕待っていたの、このときを。大事なイベントですよ、僕のとっておきのフラグ、貴方にあげちゃう!」

「お前の粗末な裏声演技は寒気がするな」

「ああひどい、せっかく耳よりなお話ししようとしたのに」


 楼香はそのままお風呂に入り出かけていけば、鶯宿と立ち寄った市松の二人きりだ確かに。

 裏声でうら若き乙女の雰囲気を作り出し、顔まで丁寧に可愛らしい女子を模した顔にしてる身を張った冗談に、鶯宿は冷たさだけを返す。

 ここで下手に怒ったりすれば市松のペースに乗ってしまうだけだ、と市松に麦茶を出してやってから茶菓子に、煎餅を添える。


「五月は柏餅がおすすめですよ」

「客側が茶菓子をリクエストするんじゃない、商談でもないんだろ」

「柏餅の葉っぱべりべり剥がす瞬間好きなんですけどね。まあいいや、鶯宿さん。あのね、僕も人のこと言えないのだけれど、楼香さんに何か感情籠もってません?」

「……そんな、ことは」

「地獄へ行かせたくないって顔してますよ、貴方最近」


 市松の言葉に鶯宿はぐっと息をのみ、口をすぼめて拗ねる。視線を反らせば判りやすく嘘つきの顔だ。

 市松はのっぺらぼうの顔に戻して、瞳のない顔に戻る。

 表情は口角と眉のみの状態で鶯宿に問い詰めていく。冷静な声の後ろで、テレビでは子供用の教育番組が繰り広げられている。消し忘れたため、微かな騒音だ。


「貴方の仕事の応援で僕は、貴方と手を組んだんだけどな」

「そ、れは。そうだ。判ってる、判ってるぞ。でも、邪魔が入るんだ」

「邪魔ってなあに」

「なんか死に神っぽいのとか……上司はもう帰ってきてもいいと言ってるくらいには、死に神が影響している」

「それはまずいですねえ、貴方にはもう少し居て貰わないと」

「……楼香が、なんで地獄行きか、接すれば接するほど判らないんだ。ゆる股女でもない、不良だった時期はあっても、そこまでの悪人じゃない……」

「天国行くにも地獄の裁判経てからだから、手続き的には妥当でしょう?」

「だとしても、理不尽だ。そう、理不尽なんだ、あいつはもっと生きていい」

「鶯宿さん?」

「あいつは、もっと。もっと生きないと許せない」


 鶯宿は愚図り掛けの子供のように視線を俯かせて、只管カーペットを睨んでいる。気まずそうにぼそぼそと役割を忘れて言い訳すれば、市松は笑いたくなった。

 自分と似た匂いを感じるから、市松からすれば鶯宿は嫌いになれないなと感じたのだ。


「楼香さんに生きていて欲しいんですか?」

「そう、だ」

「なら手っ取り早い手段がありますよ」

「なんだ」

「貴方はもう関わらないことです。役割を肯定しながら楼香さんの寿命を否定するなら、それはもう貴方、獄卒じゃないんですよ」

「……いち、まつ」


 鶯宿は顔をぱっとあげて、見棄てられたような傷付いた表情を見せた。目を震わせ、見開いてから唇を噛みしめ、またぐっと地面に目は伏せる。


「判ってる。関わるなと言われた結果、あの死に神が手を回した結果、楼香に今すぐ地獄に来る必要性はなくなった。第二の寿命が許された」

「でも貴方は自分のお役目的に許せないのでしょう」

「そうだ。俺は獄卒だ、フェアじゃない。他のやつにフェアじゃないと、裁けない。裁く奴の配下としてはまずい」

「僕だったら仕事しなくていいって言われたら喜んで、そのままさぼりながら関わるふりしちゃいますけど。貴方のその真面目さは美徳ながら醜い」

「……矛盾してるんだ、判るんだ。でも、まだ、結論が出ないんだ。俺が何をしたいのか判らないし、何故楼香のランプに関わりがあるのか判らない」

「ランプと関わりが判ったらどうするんです」

「決まってる。器を直してやる」

「出た、特有の依怙贔屓えこひいき。貴方の親友もそうでした、人間に肩入れして依怙贔屓。貴方たちはきっと、人間を愛さずには居られない性質なんです」

「特有?」

「昔話や神話を見ると大体一目惚れなんですよね。面白いですよね、何故惚れたかはあまりつらつら語られない。一つ判るのは瞬きするほどの時間が経てば婚姻している」

「……吉野はともかく。俺は惚れてるんじゃないとおもう」

「そう思いたい気持ちは身が痛くなるほど判りますとも、ねえ鶯宿さん。貴方、このままでいくと本当にただの鬼になりますよ。獄卒じゃなくて、悪鬼に。そうなればいつかは僕の先生も喰らうかも知れない、敵になっちゃう」

「……ますます、あいつとの身分差が出てくるな、嫌になるぜ……はあ、ちょっと外行ってくる」

「どうして」

「頭が考えすぎで沸騰しそうだ、走って冷やしてくる」

「ならお留守番はお任せを」


 鶯宿がくらくらしながら出て行けば、外は真っ青に明るい晴れた空なのに、お天気雨が降っている。

 何処か明るい気持ちと、鬱屈した思いが併発し、鶯宿は顔を歪ませて駆けだした。






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