第五話 初めての手紙2――お礼
買い出しの帰り道にて、楼香は荷物を持ち直すと、鶯宿が重いのかと気遣って荷物を攫っていった。
ただでさえ荷物は鶯宿は三つも持っていたのに、四つに増やしてもけろりとしているし、さらりと自然に持つのだからずるいと、楼香は感謝交じりの照れを隠した。
「ねえ、鶯宿は地獄で何をしているの」
「何って獄卒だよ、言っただろ」
「そういうんじゃなくてさ、あんたの仕事の役割ってなんだろうっておもって」
「人間にあの世のことはあまり教えちゃならねえんだ。残念だな」
「ちぇ、何よ、けち。ねえ、アンタって友達いたこといる? 馬鹿にしてるとかじゃなくて、純粋な質問」
「……どうだろうな、いたけど。もういないのと同じだ」
「どうして? 大事な人だったんじゃないの」
「あいつが望んだのは、友達一人じゃなく、大勢の友達だった。そこがずれだな、俺との。俺はそいつだけでよかった」
「……それって好きだったの?」
「馬鹿言うな。腐れ縁だ。嫌いじゃなかったけど、大事だったけど、好きじゃない」
「離れていったからじゃなくて?」
「……あいつはもっと大勢と仲良くしたかったし、何より人間のが好きで憧れだったんだ。同じ鬼でもこうも違う」
「……鬼は受け入れられたの?」
「大勢の人に愛されて、今では小さな社で祭られているよ。今も人を追っかけ回している、愛されたい人がいるらしい」
「あら、離れたわりに詳しいじゃない」
「市松と今度はそいつが腐れ縁だから、情報が入ってくるんだ」
「市松とはどう知り合ったの」
「……捜し物を、知っていたから近づいた」
「捜し物ってなあに」
「仕事関係のものだ、なんだやけに聞きたがるな、どうした」
「んー、知っていきたいなって。あんたのこと。折角知り合った縁だし、仲良くしたいじゃん。ならさ、知っていくのって大事でしょ。何が好きで何が嫌か」
楼香の言葉に鶯宿は面食らい、瞬くと楼香は先に進んでいく。
けんけんぱをしながら先へ歩いて行き、楼香は鶯宿に答えていった。
「あたし、この先わかんないなら、知りたいことはその場で知りたいよ」
「判らない話もあるかもしれねえぞ」
「いいよ、構わない。といってもあんたには判らないか、あたしの事情。お父さん達はね、多分あたしの命のランプを探しに行ったんだ」
「命のランプ?」
「そう、ギリシャの童話でね。寿命が油の量なんだ、ギリシャランプに詰まっている。蒼柘榴は多分、ギリシャランプの管理人だ。でも、あたしのランプをなくしたと言っていた」
「……そう簡単になくすんじゃねえよ」
「あの表情はなんか訳ありだったみたいだけどね。ランプは壊れかけだったんだって、最後に見た時。なら油はたっぷりでも、先に体が壊れちゃう」
「……壊れない」
「壊れるよ」
「うるっせえな、壊れないんだよお前は! 元気で馬鹿騒ぎしてりゃいいんだよ、地獄すら追い返した女だ、威張ってろ!」
鶯宿の不機嫌さに楼香はびくっとしてから振り返った後に、ふふ、と切ない微苦笑を浮かべて鶯宿の頭を撫でた。
鶯宿は今にも泣きそうだ。
「そんな顔をするやつがいるなら、あたしの今にも意味はある、ありがとう」
「……ばかなやつだ、愚かだよお前は」
「そうかもね、あたしは、とても、ばかだ」
夕焼けを浴びながら、子供達が素通りしていく。学校帰りの子供達が帰宅していく姿を遠目に、
*
家に帰れば困った顔の家鳴りがいた。
家鳴りは困った表情で楼香にこそっと話しかけた。
「あのね、ぼくらね、七人なの。この体に七人居る。でもね二人はハンバーグがよくて、五人は豚肉が食べたいって言ってる」
「簡単なものでよければ、いいよ。ハンバーグ止めて豚肉の生姜焼きでもいい? ハンバーグも小さめの作ろうか」
「いいの? こまらない? あまえていいの? ぼくら喜んじゃう、いいの?」
「喜んで良いよ、あんたたちどことなく可愛いし」
楼香が家鳴りを撫でれば、家鳴りはわああああと大喜びではしゃいで和室に戻っていった。
市松がレースゲームを休憩し、台所に顔を見せて、冷蔵庫から漬物をつまみ食いしている。
「よろしいのそんなに甘くしちゃって?」
「子供は甘えてるうちが花だよ、甘やかすのは大人の仕事」
「僕も子供に戻りたいな、それで楼香さんにご飯の家作って貰う」
「べちょべちょしてそうな家だな……」
「御菓子みたいにはいかないですよね。柱はケバブの肉で、扉は鶏皮餃子……気持ち悪そうなのでなしで」
「あんたのそういう潔いところ気に入ってる」
楼香は噴き出してご飯の支度をし始める。今日のご飯は、にんじんと大根のなますに、タコを少し入れる。吸盤だけ入れて他は明日たこ焼きにしてしまおう。
メインはハンバーグ少しと生姜焼き、味噌汁は茄子の味噌汁。茄子は色がつかないように工夫して入れる。
もう一品何か欲しいなと、楼香は厚揚げと鶏皮で煮詰め、味付けをめんつゆで調えた。
完成すれば運び、食卓に並べる。その頃には市松はレースゲームを片付け、飲み物を設置してくれている。
ご飯は鶯宿がよそってくれて、あとは並べ終われば席に座る。テレビは旅行番組にしておいて、気楽な気持ちで見られる物にしておく。
「じゃあ、いただきます」
「わー、良い匂い」
「僕はニンニク派なんですけどね、ニンニクで豚を焼くのが好きです」
「文句あるなら食べなくていいのよ市松」
「まさかあ、こんな匂いさせておいてお預けなんて誰寄りも酷い怪異ですよ。楼香さんのこと怪異扱いしますよ」
「なんて怪異?」
「妖怪メシうまい女」
「なんか違う意味に捉えられそうな名前だね、美味しい?」
鶯宿と家鳴りを見やれば鶯宿はこれまた味付けに感動していた。家鳴りも大喜びで味わって食べている。小さめのハンバーグもお気に入りの様子だ。
「神さま仏様……」
「祈っちゃうの獄卒さん? 生姜焼きそんなにお好きですか」
「これはまたこってりと甘辛で素晴らしい……俺の知っていた食事っていったいなんだったんだ、本当に同じ日本生まれか……」
「しょうがないですよ、鶯宿さん、塩で水炊きする人だったんですもの」
「革命だなこれは……この
鶯宿は悔しがりながらがつがつとご飯を食べている。
鶯宿の悔しさに合わせて家鳴りは家を揺らし、全員で大笑いしていた。
*
翌日家鳴りを見送り楼香は布団を干そうと部屋に入る。家鳴りからの置き手紙が畳まれた布団の上に重なっていて、楼香は手紙をかさりと捲る。
中には乱雑だけど一生懸命に書いただろう文字が詰め込まれていた。
「ぼくらいつも、貴方の味方するよ、ぼくらいつも貴方好きよ。おにくね、ニンニク派なのじつはぼくらも。でも、生姜焼きも気に入った。楼香、楼香、貴方の宿すてき」
それは感謝の籠もった宿の感想だった。
楼香は家鳴りからの手紙に少しだけ目を見張り、ほんの少し胸が温かくなる感覚がした。
最初は自衛のために始めた宿だったのに、いつからか怪異がくるのが楽しみになってくる。それはきっとこんな風に暖かい出会いもあるからなのだろう。
楼香は大事に手紙を部屋の、机の引き出しの中にしまって置いた。
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