第五話 初めての手紙1――家鳴り




 地獄に戻って鶯宿は死に神について調べれば、日本には死に神という存在は明確には存在しないのだと思い知る。

 明確に司るのは、海外の神々なので蒼柘榴の存在と一致する。

 しかし肝心の本人は、仕事道具がなければ効果を発揮しないと口にしている。そんな死に神がいるのだろうか。

 そういえば明確に死に神ではなくとも、日本にも死を齎す妖怪もいるにはいる。怪異はそれこそ死を齎す可能性もあるからこそ畏れられている。

 今後、そういった者が楼香を狙ってきたとき、自分のする行為や信念は何なのだろう、と鶯宿は考え込む。


(たった一人。たった一人だ、見逃してやってもいいじゃないか)


 鶯宿は生真面目な鶯宿らしくない考えに至れば、ふうと前髪を掻き上げた。

 前髪を掻き上げて赤い空を見上げていれば、側に巨体の鬼がやってくる。上司だ。

 巨体をぶるんぶるん揺らし、黒い髪の毛にアフロめいた鬼が自分の上司である。

 上司は鶯宿に気まずそうな表情で、顎をさすりながら声をかけた。


「おめえ、白﨑楼香の担当だったよな」

「ああはい、今のところ調査中です」

「上からの命令だ、それには関わるなとのことだ。正確に言えば、調査は続けながら楼香の周りには気を遣えってことだな」

「周り……?」

「外来種がいるんだろう、楼香の周りに。そいつはとんでもなくやんごとない身分の御方だ、丁重に関わらないようにしろ」

「……――まさか」


 蒼柘榴があの後閻魔越しに何か指示したのか。閻魔に直接指示を頼めるほどの身分だというのかと目を見開く。

 死に神だとしたらあまり気にしなくても良かった話が、間接的に調べるなと指示されるほどの存在になってくるなら話は別だ。


「どういう方か知ってるんでしょう、何者ですかあの人」

「聞くな、知るな。俺から言えるのは、もうあの女に関わるなだ。ぶっちゃけると調査も放置していい」

「腐った組織ですねえ、偉いのに言われたら撤回ですか」

「上も下もそこは変わんないんだよ、どこの世界も金持ちと金を操る権力者には敵わないんだ。金より強いのは暴力だ、地獄はもっとも判りやすい暴力の縮図だろ」

「しかしそうですか、権力使ってまでばれたくなかったってのははっきりしました、有難う御座います」

 鶯宿は上司に嫌味交じりに告げれば、だんっと書類整理していた机をだんっと叩いて立ち上がり。そのまま出張用の現世行き札を何枚か回収しながら出て行く。

 鶯宿は脳内に飄々とした蒼柘榴のにこにことした笑みを思い出すだけで腹立たしくなった。

「何が何でもばれたくないって姿勢で、ぼろをだしたな」

 鶯宿にひとまず伝わったのは、蒼柘榴が神にしても上位の存在だというのは伝わった。

 海外の神で上位、なおかつ死が関わっているのならばあとは何者かは絞れる。

 絞った結果何者か伝わるのはきっと蒼柘榴も、承知済みかもしれない。想定しながら禁止してきたという行為に意味がある。

 存在を仄めかして「危険だからおやめなさい」と警告しているのだ。楼香に関わる現状を。


「おもしれえ、なら絶対、楼香の謎を暴いてやる」


 鶯宿はいつもの儀式で廃寺までワープすればそのまま楼香の家にまで向かう。最寄り駅のゴミ箱に空になった駅弁のゴミを押し込み、あとは電柱までジャンプで飛んでいけば、電柱の頂点をジャンプして伝い走り、時折電線を走り抜け。楼香の家に辿り着いた。

 電線に腰掛け楼香の家の様子を見てみれば、楼香は昼間なのに家に居る。ということは、今日は休みなのだろうか。


「いったいなんだって、お前が何をしたっていうんだ」


 鶯宿はうんざりとしながら思い描いた死に神を脳内で殴っておく。

 電線から飛び降り、着地すればぱらぱらと埃や体内電気を払い、髪型を整えておく。

 チャイムを鳴らそうとした瞬間、小鬼七人と目が合う。小鬼は七人で背中を乗り合い、玄関のチャイムまで背丈を七人がかりで届かせれば、チャイムが鳴ったところで七人は崩れ落ちた。

 七人がぎゃらぎゃら笑い合いながら、互いを指さしている。

 小鬼を見れば鶯宿は、楼香がくるまでに小さく諭した。


「この宿にくるなら、人の姿をしなきゃいけないんだ」

「そうなの、わかった、待って。おーけい、おーけい。わかったよ、ぼくら」

 小鬼たちは一箇所に固まり、瞬きすれば一人の子供になっていた。子供の持ってるぬいぐるみは六体でどれも、くすくすと騒いでいる。

「これならいい? これならいい? これがいい?」

「大丈夫だ、可愛らしい顔になるんだな、人間になると」

「そうすると悪戯してもあまり怒られない」

「賢いやつらだ」

 代表が一人子供姿になったのか、中で入れ替わるのかはまだ想像はつかぬが、これでひとまずはいいだろうと、チャイムを鳴らし楼香が出てきた。


 *



「家鳴り?」

「そう、家をゆさゆさするね、僕ら。僕ら七人で一人。いま一人にしてる。一人の形」

「なるほど、おうちあまり揺すったら駄目だからね今日は」

「どうして? ゆすゆすしたい」

「おうちが痛んじゃう。今はもう死んだ大事な人達が残したお家だから、大事に使いたいんだ」

「……わかったあ、それなら。だいじ判る。ぼくら気をつける」

「とはいえ、ゆさゆさしたいのが目当てでしょう? 一回だけならいいよ、きちんと考えて一回を選んでね」

「! うん、わかった、僕ら大事に一回使う」


 にひひと子供は笑みを浮かべて、現在人気のある和室に転がり込んでいった。

 楼香は子供の好きな料理は何だろうと思案する。カレーか、オムライスか、ハンバーグか。

「きっとハンバーグがいいですよ、それもつなぎを使わない奴」

 しゅたりと縁側に下りてきたのは市松。家鳴りは市松に気付くとケラケラ笑って楼香のもとに連れてきた。市松は家鳴りに連れてこられて、片手をひらりと払うように挨拶をした。

「そこまで来てたのでね、ついでにお邪魔します」

「宣伝してくれてるみたいね、ありがとう」

「そりゃあただ飯、それも美味しい手料理ご馳走してもらえるもの。楼香さんは天性の料理センスに感謝するといいですよ、貴方の立派な才能だ」

「他にも才能はあるから、あまり目立たないけどな」

「まあ貴方の特技、他には僕思いつかないのだけれどなあに? その筋肉の見える腕で米俵でも持てたりするとか?」

「否定できねえけどさ。そうだな、あたしには他にもいっぱい特技あるんだ、たとえばそうだな、仕事が出来るとか。頭が良いとか、可愛いとか」

「自惚れご馳走様です、僕は貴方より可愛らしい人を知ってるのでカウントされません、次回また挑戦を」

「何だよ、世辞くらい言ってくれてもいいのにな」

「顔には拘りがあるので、難しいですねえ。美は僕の基本なの」


 市松はさらりと告げれば、楼香は少しだけむっとした。容姿を貶されただけではなく、否定されたような感覚に少しだけ寂しさを覚えた。

 成り行きを見守っていた鶯宿は市松に飽きた家鳴りの相手をしてやり、庭先でボールで遊びはじめる。


「ところで最近この辺りで兎さんのお面のひと見てません?」

「市松の知り合いか? こっちにはきてないよ」

「そう、ならもし来たら教えてネ、僕のとびきり気になる人なの」

「色恋?」

「だったら素敵だったんですけどねえ、残念ながら諸事情です。お話しはできないのですけれど、きっと僕がそいつの行方を知ってると楼香さんにも助けになるかも」

「……お前、またなんか企んでやがるね?」

「とおんでもなあい、僕は品行方正、いつだって正しく清い。僕ほど立派な怪異はいませんよ」

「そうやってすぐとぼける。まあいいよ、お前の企みはだいたいこっちには害がないから」

「あら、信用してくださるんですね、有難う、このまますっとぼけさせていただきます」


 市松は機嫌良さそうにリビングでテレビゲームのセッティングをし始める。すっかり自分の家のようなくつろぎ方だ。

 楼香は市松が何をしているかは判らないが、何となく悪い予感もしないし、市松には恩があるしで信じたい気持ちでいっぱいになる。

 それにどこかこの男を疑えない気持ちもあるし、見棄てられない感覚もあった。

 父親の顔と久しぶりに出会わせてくれたからか、と楼香は自己分析すれば、市松に留守番を頼み。早速鶯宿と買い出しに向かう。


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