第三話 冥府の不幸2――からあげアレンジ


 鶯宿はその後楼香にメールを貰い、宿の決まり事と対価の話だけ蒼柘榴に済ませておき、楼香の帰宅を待つ。他の説明は楼香に任せようという寸法だ。

 楼香は職場が近いため早めに帰宅し、和室で転た寝している蒼柘榴と、リビングのカウチソファーで寝ている鶯宿を見つめて笑った。


「子供みたいな寝顔してる。写真撮ったら売れないかな」

「楼香さん、駄目よ。怪異は写真には意識しないと写らない」

 後ろからひょこっと道の途中で出会った市松が楼香の後ろから覗き込んで笑った。

 市松は鶯宿に近づいて頬をつんつんつついて遊んでいる。魘されている様を愉しげに起こさない程度のかまちょをしていた。


「さて、ご飯作ろうかな。からあげは塩ニンニクと醤油味どっちがいい?」

「僕はオーソドックスなのが宜しいね。醤油味でお願いします」

「祖父さん秘伝の裏技みせてやるよ」

「裏技? そんなゲームみたいなことあるの」

「バターを油の中にいれちゃうの」

「へえ? 料理ってわけわかんない、事前にいろんなことしておくと、伏線回収みたいになるの。でもうまくいくかどうかは、その人のセンスによるの」

「化学反応だとおもってるよ、あたしは。料理は実験だって」


 楼香がそのまま夕飯の支度をすれば、徐々に漂う揚げ物の香りに蒼柘榴が最初は起きた。

 蒼柘榴が寝ぼけた眼で、でかい巨体を起こしリビングまでにやってくる。楼香の家は大きな作りのため、蒼柘榴の背丈でも少しはなんとかなった。


「良い香りがとてもする」

「おお、おはよう。あんたやっぱりでかいねえ」

「日本人がおちびなんです、といいたいところですが。日本人だけじゃなく、二メートルは超えると流石に目立つみたいネエ」

「……初めまして、ええとどなた?」


 市松が問いかける頃にちょうど鶯宿も目を擦りながら起きて会話を聞いている。蒼柘榴は名乗りは二度手間にはならないだろうと見込み、改めて名乗った。


「蒼柘榴デス、何の怪異かは秘密でお願いしまス。悪さは多分、しない、かな」

「するようなやつなら追い出さないといけないですからね、それなら助かります」

「ああと、鶯宿くんにも話したのだけれど。三回? 三日? っていうのかな、泊まりたい」

「明後日帰宅ってことかな?」

「それそれ。日本の観光に来て、ガシャポン回しにきたのだけれど、推しが当たらないんデスよお」

「どのガチャ目当てですか」

「袖に詰まった猫シリーズデス」

「あ、それなら、隣町のがいっぱい置いてありましたよ」

「本当? 君もよくガチャするんデスか」

「収集癖のあるやつに頼まれて、先日巡ったばかりです。人気ありますよね」

「とても素晴らしい情報、有難う!」


 楼香が食卓に惣菜を並べ、寝ぼけ眼の鶯宿にも手伝わせる。あとの惣菜はトマトとレタスのサラダに、茄子のお味噌汁、ホウレンソウとベーコンのバターソテーに、ちりめんじゃこ。

 漬物は本日はキュウリの浅漬けにしてみた。ある程度食卓に並べば、飲み物を尋ねる。

「冷たいお茶と温かいお茶どっちがいい?」

「あー、冷たいお水がいいデス」

「僕は暖かいお茶で」

「鶯宿も暖かいお茶だよね?」

「冷えはよくないからな、体に」


 全員で席に着けば、テレビは適当なバラエティ番組を流して、全員で戴きますと手を合わせた。

 唐揚げを見つめて、蒼柘榴は一つ試しに食べてみる。

「驚きました、ワタクシは日本の唐揚げは、どうにもマヨネーズつけたくなるのですが。楼香くんの唐揚げ、とても美味しい」

「ね? 醤油ニンニクにしてよかったでしょう」

「肉はやっぱり全ての栄養だなー、楼香だけど俺はマヨネーズつける」

「はいはい、調味料は好きにして」

「ああっ、折角の美味しい唐揚げ、マヨネーズ勿体ないけどワタクシもつけたのもたべたいです。美味しい物の美味しいレベルがあがる。鶯宿くん、次貸してクダサイ」

「よく見てろ、蒼柘榴。本当のからあげってやつを教えてやる」


 鶯宿は冷蔵庫から追加でチリソースも取ってくれば、マヨネーズとチリソースを自分の小皿に乗せ、唐揚げを絡ませた。

 市松はうげ、と声を潜ませた。

「ものすごいハイカロリーで、こってりしてそう……」

「これが日本ってやつだ、食べてみろ」

「楼香さん、この人放っておいていいんですか」

「スイートチリソースに嵌まっちゃってるのよ、こいつ。味わったことない味で珍しくて、サラダもスイートチリソースとマヨネーズの組み合わせばかり。それでこのスタイルだから敵だよもう」

「おお……日本の和文化が崩れて、新たな文化が……文明開化の音が聞こえる」


 鶯宿のお勧め通り小皿で蒼柘榴が試せば、美味しさを感じる舌が一致したのか、蒼柘榴はひどく感激し。鶯宿に涙目でありがとうありがとうと、感謝をし続けた。

 その後もやいのやいのしながら食事していると、蒼柘榴が微笑んで楼香を見つめていた。

 気付いた楼香がどうしたのかと小首傾げれば、蒼柘榴は水をこくんと飲んだ。


「賑やかな食事、初めてなんデス。家族は居るけど、そうですね……ばらばらだったり。静かなご飯ばかりだったので」

「ふうん、静かな食事の場所かあ。最近だとあたしも少しありがたさがわかるな。天国だと長い箸で互いに食べさせるんだろ、あれも穏やかそうだよな」

「地獄だと……海外の地獄か、冥府だと。食べたら二度と現世に戻れない。もしも、楼香くんは冥府の食べ物を食べたらどうする?」

 話題が少しだけ何かに触れたのか、鶯宿は蒼柘榴を睨み付けているが、蒼柘榴は飄々としている。

 楼香はそうだな、と虚空を見上げ一同の様子を気にしていないし。市松も辺りに漂う空気に肩を竦めた。

「あたし、今多分なにがあっても死なないから、多分その冥府の食べ物も無効になるよ」

「どうしテですか?」

「だってパパとママたちが、必死になってまで生き抜いたあたしが、簡単に死んだら三文芝居だって怒るし。シェイクスピアが裸足で天国の門をどつきたおすくらいには理不尽だもの」

「ふふ、つまり。短命は今の君には、絶対に訪れない災難だと」

「そうよ、あたしさまはもう決めたの。なんだってどうしたって、誰よりも長く生きてやるって」

 楼香の言葉に機嫌を良くした様子の蒼柘榴は目元に笑いじわを作り、にこにことして味噌汁を啜った。


「楼香くん。君はそうだ、生きた方が良い」


 *


 夜更けに和室の縁側で、桃を眺める。

 お風呂は二メートルの体にはたいそう窮屈なので、近くの銭湯を借りてみたが気持ちよく。風の冷たさも程よくて、どうにも猫のようにすぐ転た寝を好んでしまいそうだと、蒼柘榴は微苦笑して桃を眺めている。

 桃を眺めていると、楼香がやってきてサイダーをサービスしてくれた。お風呂を使えなかったお詫びのつもりのようだ。

 蒼柘榴は楼香を手招き、少し雑談しないかと仕草で伝えた。軽いジェスチャーに楼香は頷き、蒼柘榴の隣に座ると大人と子供のような差がでてしまう。それだけ蒼柘榴が巨体なのだろう。


「すみませんネエ、人間の外見、うまく調整できなくて。何百年も調整してるんデスけどね、これでも。百回に一回くらいならうまくいくけどどうにもなあ」

「大丈夫だけど、夜眠れるかな。布団だけど寒かったらもう一枚布団だすからね」

「助かります……」

「ねえ。あんた、冥府とかの関係者でしょう。パパとママのこと何か知ってるんでしょう? さっきの会話でちょっと判ったよ」

「……んふ、そんなこと気付いている割には。冷静ですね」

「あんたには何か衝動的に行動してはいけない気配がしていてね。それに悪い気配もあまりしない。本当に悪い奴なら、泊まりに来ないし。あの占いのときに攫っていくだけだ」

「……楼香くん、貴方はその選択肢。きっと自ら、不幸を選んでいる。それでもこの会話を続ける? 他の話題にしない? きっと明日の天気とか魅力的デスよ」

「お天気なんかじじばばになってからでも話せる。あたしは、あんたが何か目的があって来たのだと判っている。でも、嫌な予感がしないからあんたに直接聞いてる。それだと話せない? まだ信頼できない?」

「いいえ、料理には人間性が出まス。貴方の料理は大変素晴らしくて、食事だって作法も行儀も美しい。食事は生き方もポリシーも人への扱いも出ます。お供してワタクシは、満足もしました。宜しい、不幸を選んだ貴方に誠実を向けましょう」


 楼香を見つめてから、蒼柘榴はサイダーをとくとくとコップに注ぎ、楼香に手渡す。

 己が飲むのではなく、楼香に勧める親切さをアピールしてから、ゆっくりと打ち明けていく。楼香は注がれたサイダーの気泡がぷちぷちとのし上がっていく様を見れば、気泡毎口腔に含みしゅわしゅわと弾け具合ごと飲み込んだ。


「貴方もきっと辿り着いてる『命のランプ』、あれの不幸はワタクシです。ご両親はワタクシに、ランプを頼み込んだんデス。ランプの油を、自分たちから君のランプへ足してくれと」

「……なんだ、やっぱりそれなら、あたしは何があっても死なない」

「そうですね、目分量で当時見た記憶ですとここ八十年ばかりは無事でス。それくらいの量は保証できます、何せ二人分の時間だ。ただ、これはワタクシと貴方しか知らない話しですが、正直に打ち明けますネ」


 桃の花弁がざらりと揺れ、一気に桃の香りとともに、ヴァニラの深い匂いが楼香の鼻孔を擽った。香りは甘くスパイシーで、フェロモンのように楼香を誘う。

 ――真剣な眼差しに込められた意味とと状況とは裏腹に。

 月明かりに金色の瞳は、深刻な色を帯びて楼香を映した。

「ご両親がご帰国なさった頃に、ワタクシの管理していた君のランプは何処かへ消えました」


 楼香はごくりと喉を鳴らし、蒼柘榴の懺悔が籠もった掌のキスを許し、掌を握る所作をそのままにした。

 否、気持ちはそれどころじゃなかった。


「ただなくしたのであればそこまで焦りません。問題は記憶が確かであれば、最後に見かけた君のランプは今にも壊れそうだった」

「それはつまり……」

「油の量は余裕があっても器は判らない。君はいつ死ぬか、判らない」



 *



 階段に腰を掛け、鶯宿は二人の遣り取りを聞いていた。

 テレビは静かで、市松も帰って行った今。誰も騒ぐ者がいないとなれば、自然と会話は響き渡る。

 鶯宿は階段の五段目辺りに腰掛け、ランプの話を興味深く聞いていた。


「……ランプ、か」


 そこで真っ先に思い出せるのは本来は楼香の両親の資料のはずだ。あれだけ家捜しした後なのだから、そこで両親を思い出して情報を繋げてもいいはずなのに。

 鶯宿はもっと深くに、何かを感じ取っている。正確にはランプそのものが引っかかっている。


「俺は何を知っているんだ……?」


 楼香のランプが壊れていると聞いて浮かんだ形は、具体的だった。それは妄想なのか、それとも現実に何かの折りに見た景色なのかは判断できない。

 ただ、妙な現実味があり。

 それと同時に蒼柘榴の存在感に畏怖をする。酷い過保護な存在や、強烈な気配の正体が分かった瞬間だ。

 きっと、蒼柘榴は楼香の神なのだ――。

 楼香を寵愛する神域の存在に、鶯宿は手の震えを抑えるのに一生懸命で。気配があとは覗き見を許さない感覚がしたので、鶯宿はさっさと部屋に戻った。


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