第二話 地獄の獄卒4――視線

 夜更けに楼香は喉が渇いて階段を下りて、水を飲みに行く。市松は帰宅し、鶯宿は隣の部屋。目目連は一階の和室だ。

 他にも部屋は二つあり。どちらも洋室だが、そちらは今回は使わず。今朝方換気だけはしておいてあるし、掃除もしてはある。

 台所までくれば目目連は薄明かりに気付く。テレビをかけっぱなしに見つめている目目連の姿だ。

 目目連は楼香と目が合えば手を柔くあげ、楼香は水を汲んでからコップ片手に近づいた。

「寝ないの?」

「なんだか勿体なくて」

「勿体ない?」

「僕ね、何でも見えちゃうんだ。障子にある部屋のことなら何でも。この部屋だって、お爺さんの生前から見ていた。お爺さんの大事にしていた部屋だ」

「祖父さんを知っているのか」

「見ていただけだけどね。貴方のことをとても愛していて、貴方のことが羨ましかった。あれだけ障子を大事にする人に愛されたらどれだけ幸せだろうって」

「……そうだな、幸せだよ、ずっと」

「だからココが民宿になって嬉しい、けど。僕は人間との接し方を忘れたから、長いこと関わってなくて。とても、めんどくさかったと思う」

「そうだな、何でもかんでも撮影はたしかにね。でも、鶯宿の言うとおり、もうこの家は怪異の公共施設だ。あたしの意識の問題でもあるから。この家では怪異の姿しちゃいけないってルールだけどさ。寝るときだけ、障子に取り憑いていいよ」

「……ほんと?! いいの?! ありがとう、楼香ちゃん。障子のある家ってもう、滅多になくてさ。僕みたいな、障子が住まいの怪異は消えてきてるんだ、だから障子のあるこの家を沢山撮りたかった記憶だけだと怖かった」

「ずっとこの家がある保障はできねえけど……また泊まりにおいで、かまってちゃん」

「はは、失礼なやつう! ねえ、ありがと」


 目目連は歯を見せ笑うと、テレビのチャンネルを楼香に任せて部屋に戻っていった。

 楼香はテレビに流れるクラシック音楽に自然の景色を眺め、水を飲んだ。


 *


 次の日、目目連には見張りをしてもらった。もう空き巣が入らないように、対価として一週間は見守って貰おうと決めたのだ。

 楼香は朝になれば慌ただしく支度をして、皆と顔を突き合わせて食事する暇も無く、遅刻を防ぐために慌てて家を出て行く。

 楼香を見送る鶯宿に目目連は声を掛けた。


「獄卒が簡単に地獄から現世にくるとは思えないんだけど。あの人間に関わるならやめてよね、僕楼香ちゃん気に入ったよ」

「そうだな俺も見逃したい人間になってきた。お前との遣り取りは、何処か面白くもあったからな」

「覗いていたのお、えっち!」

「警備員なんだ、何処かしら監視して起きていても不思議じゃないだろう」

「そうなんだけどお。貴方は何処が気に入ったの」

「そうだな……言葉が通じるなら、対等に扱うところかな。それと、料理の腕が気に入ったよ」


 鶯宿は小さく笑って、ポケットから取り出した札に「出張期限の延長の申し出」と書き込んだ。

 どうやらしばらくの間は楼香は、地獄送りにすぐさまされない様子らしい。

 事情を調べるつもりなのだと目目連は気付く。鶯宿は札にライターで火を点ければ、燃やし。燃えた塵を足で潰し、熱さに顔を歪め笑った。焦げ臭い香りがぷおんと漂う。


「あの女を見つめる気配にも興味はある」

「ああ、やっぱり。感じるよね、偉大なるお力を」

「どこの誰だか知らねえが、相当な加護を持っているよ」

「楼香ちゃんって、とても。死の匂いに呪われてるね」



 目目連は朝ご飯にと置いてあったトーストをさくりと囓りながら、不機嫌そうに笑った。


「楼香ちゃんに怪異が集まったらどうなるんだろうね、この視線の主は」

「どうもしない。きっと、些末な存在なんだ俺らは」



 鶯宿はうめくと、玄関の出先に置いてあるアロマキャンドルを掴み。予測しうる視線の主との対峙を予感すれば嫌気が差した。



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