第二話 地獄の獄卒3――夕食会

 自宅に戻ればレースゲームをしている市松に、テレビ画面をキラキラとした眼差しで見つめている目目連。一同は戻ってきた二人に気付けば、おかえりと声をかけてきた。

 楼香は言葉の響きに微笑み、荷物をどんどん冷蔵庫にしまっていけば、夕飯の支度をしていく。下準備だろうおそらく。

 目目連は変わらず雲外鏡と呼ばれる銅鏡で辺りを写しまくり、市松のレースを実況している。

「ああ、それもうちょっと早めに使えばいいのに!」

「コツがあるんですよ、今はタイミングじゃありません」

「でも、いまじゃないかなー。いまじゃないかなー。僕はいまだとおもうなー。あーあ、ほら負けそうだ。やっぱりなー!」

「貴方が邪魔するからでしょう? 集中力が消えるんですよ、お黙りくそがきクン」

「がきじゃないもおーん、僕は多分貴方くらいと同い年だよ」

「妖怪若作り! あー、もう本当に五月蠅くて困っちゃう」


 レースゲームは市松の集中力が欠いて、五位という中途半端な位置で終わってしまった。

 いつもの市松なら一位か二位までにはいくのに、相当目目連が五月蠅かったのだろう。

 材料の下ごしらえが終われば、冷蔵が必要なものは冷蔵庫に入れておき、あとはラップに包んでおく。

 風呂の支度だけでもしておこうと、楼香は市松達の喧噪を珍しそうに見てから風呂場に引っ込む。サンダルを足に引っかけて、ゴム手袋を片手に風呂掃除をし始めれば、後ろからぱしゃぱしゃとフラッシュの焚かれる感覚。

 振り返れば、目目連が雲外鏡を向けていて、ついに楼香は困り果てた。


「ねえ、それっていわゆるカメラ?」

「そうだね、動画も写真も撮れる!」

「ならやめてくれないかな、ある程度なら許容範囲だったけど、そうやってなんでもこうでも撮られるのは嫌な気持ちになる」

「なんでえ? 思い出だよ思い出。それに宣伝になるじゃん、今ほら見てる人多い。千人超えたよ」

「生中継するのやめろっつってんだよ、聞こえないのかくそがき!」

「なんだよ、市松もお前も! くそがきくそがきって! 僕は大人だ、動画を撮って何が悪い、思い出になるじゃないか!」

「限度があるだろ! その鏡をよこせっ、宿を出るまで没収だ!」

「わーん、やだあ! やだよ、やだやだ! やめろよお!」

「楼香落ち着け、没収しないほうがいい」

「鶯宿! なんでだよ!」

 慌てて大声に驚いてやってきた鶯宿は場を察すると、楼香を諫め。大事そうにぐすぐすと雲外鏡を抱える目目連へ鶯宿は溜息をついた。


「楼香、お前は宿になるという事実を認識しろ。宿は公共の場だ、主人の部屋以外は公開しているんだろう? なら撮られるのは覚悟しなければならない」

「む……」

「だけど目目連、ココのルールは覚えているな。主人が絶対だ、なら撮って良いかと聞かなきゃいけない。それが最低限のマナーだ」

「で、でもお雲外鏡はどうせずっと人間界を無断で撮ってる状態なんだよ?」

「でももくそもない。無断をやめろって話だ。それが守れないなら宿も終わり、ほら頼んでみろ」

 鶯宿の言葉に目目連はむうとぷるぷるチワワのように震えてから上目遣いで楼香を見つめ、楼香は改めて撮影について考えてみる。

 確かに日本の宿泊施設で、撮影禁止の場所など滅多にない気はする。鶯宿の言葉はもっともだった。

「家主さん、撮っていい?」

「一つだけ聞かせて。どうしてそんなに撮りたいの?」

「……そ、れは」

「言えないのね、判った。撮って良いけど、風呂の中だけは撮るの止めて頂戴。裸シーンをばらまくなんて冗談じゃないから」

「わ、わかった、ありがとう」

「お風呂洗い終わったら入りな。その間にお布団の支度しておくから。撮っても問題ないように綺麗に敷いておくわ」


 楼香の妥協に目目連は嬉しそうに笑うと楼香に抱きついた。

 お風呂掃除でサンダルを履いていた楼香は若干滑りそうになりながらも目目連を抱き留め。鶯宿を見やって口パクで有難うと告げれば、鶯宿は肩を竦めて戻っていった。


 *


 食事の時間になれば、出汁の味を調えて鍋をこしらえていく。

 ある程度煮立てば、コンロに移動し、土鍋でぐつぐつ煮立つキムチ鍋の出来上がりだ。

 客である目目連と、主役の鶯宿に肉をたっぷりよそってやり。市松には鱈ちりを入れてみる。市松は肉より魚の気分だったのか、ご機嫌で受け取り。楼香は自分の分には、白菜や野菜をたっぷりと入れた。


「良い匂いですね、キムチ鍋って不思議です。鍋の中でも日常感があるのに飽きない」

「水炊きもいいけどね」

「俺はこの味初めて目にするんだが、赤いんだな」

「もっともーっと赤い鍋も存在するよ! 火鍋っていう。僕食べたことないんだあ」

「今日作ったのはそこまで辛めじゃないよ、味噌も入ってるし。和風よりの味」

 楼香は手を合わせると、一同も真似して手を合わせた。

「いただきます!」

 声を重ねればそこからは思い思いに自由に鍋を食べる。

 付け合わせにホウレンソウのおひたしや、揚げ出し豆腐、きんぴらゴボウを置いといて。漬物は野沢菜と赤カブ。

 赤カブに齧り付いた市松は微妙そうな顔をしてから、きんぴらゴボウを気に入ったのかもりもりと食べている。

 目目連は揚げ出し豆腐にめんつゆをかけてとろとろと暖かな豆腐の舌触りを楽しんでいた。

 肝心の鶯宿はキムチ鍋をしっかり味わって食べて、咀嚼を終えると少しだけ感動した眼差しで鍋を見つめていた。


「俺の知っている鍋じゃない」

「鶯宿の知ってる鍋ってどんな鍋だったの」

「水炊きみたいなやつ」

「日本の鍋物は大体水炊きから始まってるところが強い気がする。それか味噌汁だよね」


 目目連の言葉に楼香はそういえばこの場にいる者は、楼香以外は相当な年なのだと思い知る。

 楼香は目目連に視線を向け、揚げ出し豆腐を口にしながら話しかけた。


「あんたは随分と人間文化に詳しいんだね」

「え、ああ。だって、僕ずっと見てきたから。ずっとずーっと見てきたんだ、つい最近まで」

「つい最近はなんでやめたんだ」

「やめさせられたんだよ。人間は障子を嫌うようになったもの。手入れが大変だからって」

「障子がないと駄目なのかあんたは」

「障子に取り憑く怪異だからね」


 障子越しに目がいっぱいでるんだよー! と目目連は騒ぎ立てながら身振り手振りで、どうだすごいだろうとアピールしていく。

 少しずつ楼香は目目連のことが伝わってきた。

 目目連はもしかしたら、障子のある家を久しぶりに見つけられて嬉しくて、テンションがあがった結果撮影したのではないのかと。

 先ほどから見ていると、目目連は愛嬌はいいものの五月蠅く感じる人も多そうで、存在感が鮮烈だ。

 相性が悪い人はとことん悪い印象も見受けられる。曖昧な位置づけのされにくい性格といっていい。

 端的に言えばかまってちゃんというやつだ。楼香から見た目目連は、楼香や鶯宿が相手をすればとても嬉しそうでにこやかになるし。反応が大きくなっていく。

 最初は判らなかったが、大はしゃぎなのだろう。それもこれも、障子のある家を見つけたから。

 それだけ目目連には障子は大事だったのだろう。


「また鍋食べにおいで」

「次はすき焼きにして。牛肉食べたい!」

「その分対価は高くなるよ」

「ええっ! じゃあ次は雑炊で我慢する……」

「冗談だよ。雑炊だけで終わる寂しい宿があってたまるかよ」

「……! もう! 家主さん人が悪い! そんなことすると夜中に忍び込んでアイス食べちゃうんだから!」


 ふすふすと小動物のようにお怒りの目目連は拗ねながら鍋を食べていき、雑談をしている間に〆の時間だ。

 うどんを落として煮込みながら卵を人数分入れてやる。次第にうどんは煮詰まっていき、美味しそうな匂いが再び立ちこめる。

 〆の文化は鶯宿はなかったのか、目を瞬かせてじっと〆を見つめていた。

 市松は相変わらず手渡されれば食べるのが速く、ぺろりと平らげて腹を摩り「ご馳走様です、楼香さんのご飯は美味しい」と満足げだった。

「楼香、卵はどのタイミングで食べればいいんだ」

「全部好きに食べてイイよ、間でも最初でも最後でも。誰も取り上げたりしないよ」

 楼香の言葉に鶯宿は恐る恐る食べれば、はふはふと熱さに舌を熱しすぎたのか慌てて麦茶を飲んだ。

「なかなかの熱爆弾だ」

「一気に全部一口で卵食べようとするからよ、鶯宿さん子供みたいなところたまにあるよね」

 市松の言葉に鶯宿は表された通り、子供らしさを顕わにべえ、と舌を見せた。


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