第3話 見張り台の雑談


「ふい~っと。じゃあ俺はコッチを見張るから、お前は逆方向な」


「お、おう」


 俺たちは里の中心に立てられた見張り台に登り、2人で背中合わせに周囲の監視を始めた。


 見張り台は先程のロプスじいさんよりデカく、かなり遠くまで見渡せる。


 監視と言っても、特にやることはない。


 ただ、村の外を眺めて外敵――人間や他のモンスター――が来ないかどうかを見て、来たら背後の銅鑼を鳴らすだけ。


 敵じゃないならそれでよし、もし何かあったときには、先程のロプスじいさんのような戦闘に特化した他の『目玉族』がやってくれるという寸法だ。


 ……俺たちも戦ったらどうかって? いやいや、冗談を言っちゃいけない。


 俺たちは『目玉族』の中でもとびっきりに弱い『でかめだま属』で、戦闘に割り込みなんかしたら一撃の下に葬り去られることだろう。

 文字通り一撃で。


 その代わり視力だけは他の『目玉族』よりも比較的強いので、この見張り業務にピッタリって訳だ。



 ……以上、コッチの俺の記憶より。



(……それにしても、本当に『一つ目』のモンスターしかいないんだな……)


 高台に登ると、いろんなものが見えてくる。


 家の前でせっせと洗濯物を干すヤツもいれば、昼間っから酒(?)を飲んで地面に寝転ぶヤツもいる。


 威勢よく狩りの訓練をする若い衆(多分)もいれば、それを教える熟練の狩人(多分)もいる。


 前世の知識とすり合わせると、まるで縄文~弥生時代の暮らしを見ているみたいだった。


 ただ、そうやって暮らしている面々が全員『一つ目のモンスター』ということだけは、まだまだ見慣れるものではない。


「……そういえば、見張りはいつまで続ければいいんだ?」


 俺が尋ねると、ドライはふてくされたように答える。


「いつまでって、夜の交代の時間までだろ。つっても、今の季節は昼が長いから、その分昼担当が損する役回りなんだけどな。

 ……ったく、いくら俺らが役立たずの『でかめだま属』だからって、いっちばん長い時間帯に強制的に割り振られるのは納得行かねーよ! な!」


「お、おう……そうだそうだ!」


 ドライの呼びかけに、俺は雑に同意を返した。ホント下手だな、俺の演技!


「ああくそ、強くなりてー。そしたらこんな役割から開放されて、もっと楽しくてカッコいい役職につけるのにな。あーあ、何か『スキル』でも覚醒しねーかなー」


「スキル?」


 そんなドライのつぶやきに、俺はふと聞き返してしまった。


 が、これは『前世の感覚』が漏れ出してしまった訳ではない。『レフト』の記憶を辿っても存在しない、つまりは純粋に『俺』が知らない話題だったからだ。


「なんだお前、知らねーの? ほら、アレだよ。超超超超極稀に、何かのきっかけでその種族に由来する『特殊能力』が発現するって噂」


「『特殊能力』……へぇ、そんなのが」


 なんだかわくわくする話だ。


『特殊能力』……いったいどんなものだろうか?


 空中浮遊? スーパーパワー? うんうん、夢のある話である。


(……いや、待てよ? 『その種族に由来する』ってことは……)


 それを踏まえると、何だかイヤな予感が俺の頭を横切った。


 俺の種族は……確か『でかめだま』。転生してきたばかりのときに、ドライが言っていたな。


 そんな『でかめだま』の種族的特性と言えば、「視力が良い」「視野が広い」……くらいのものである。



 ……あれ? これ、もし俺に『特殊能力』が発現したとして、何ができるようになるんだ?



「……なぁドライ。例えば俺たちに『スキル』が覚醒したとしてさ、どんなものになるのかな」


 俺は薄ら寒い未来を想像して、助けを求めるようにドライに尋ねた。


 俺より『スキル』に詳しい彼なら、何か知っているかもしれないから……


「ん? そりゃもう、何かカッコいいものになるに決まってんだろ! 

なんかこう、どかーん‼ みたいな」


「『どかーん』……ねぇ。……具体的には、何かビジョンある?」


「ぐ、具体的には……おう、そうだな。ええと、ええーっと……目からビームっ!」


「おお!」


「そんでもって、ビームが着弾したところから、火柱ボワ――ッ!」


「おおおっ!」


 そうかそうか、その手があったか!

 彼の語るド派手なビジョンに、俺もすっかり大興奮。


 自分たちがこの『見張り台』からビームを放って、外敵を打ち倒す……


 そんな妄想が頭の中に広がり、俺はもう大満足であった。


「凄い! 俺も欲しいなその『スキル』! 早く覚醒しないかな~」


「ま、『スキル』が覚醒すんのは、同じ種族の中で100年に1匹くらいらしいけどな。『スキル』の内容も、別に想像したとおりになるワケじゃないらしいし……」


「……100年に1匹⁉」


 ああ、終わった。


 俺はその確率を聞いて、ぐだーっと天を仰いで諦めのポーズを取る。


 ……だって100年に1匹だってさ! 

 人間に換算すると、100年に1人の逸材ってことだろ?


 ○年に一度の逸材、と言われる人物は何人か思い浮かぶが、100年レベルだとそう人数もいまい。


 というか、そんな人物見当たるのだろうか……あ、○谷翔平が100年に1人だっけか? すげぇ。


「ムリだ。俺は○谷にはなれないよ……」


「……大○って誰だ? お前の知り合い?」


「あ、いや、忘れてくれ」


 またうっかりボロを出してしまうところだった。


 俺の俗っぽいところも相まって、独り言が地雷すぎる。気をつけねば。


「……ま、俺が言うのもなんだが、『スキル』に関してはあんまり深く期待しないことだな。

 何か、運良く発現したはいいものの、そのせいで人間たちから襲われる……なんてこともあるみたいだし」


「人間が⁉」


「ああ。『スキル』が宿ったモンスターの『身体』(パーツ)は高く売れるからだとか何とか。まったくひどい奴らだぜ……」


 その話にも驚いたが、俺が始めに驚いたのは、もっと根本的な部分だった。


(いるのか……この世界に、『人間』が!)


 これは『元・人間』として聴き逃がせない事実である。


 モンスターに囲まれている現状、俺はモンスターとして生きるしかないと思っていた。


 だが、人間が存在するならば話は別だ。


 もしなんかこう、上手く行けば……俺は、人間の社会で、人間として生きることができるかもしれない。


 そうすれば、いつ『人間バレ』して殺されるともしれないこの状況から、一応は脱出することができるだろう。


 ……あ、でも今の俺は見た目が『でかめだま』なんだった。それさえどうにかなればなぁ……


「はぁ……」


 俺は、どうやって息をしているのかもわからないからだでため息をついた。


 けれど、ひとまずはこの『体』と『環境』で生きていくしかあるまい。


 とにかく生きる。

 今はそれだけを考えて、周囲に合わせていこう。

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