第2話 目玉たちの里


 草原から森に入り、鬱蒼うっそうとした木々の間をくぐり抜けていくと、途端に開けた場所に出る。


 それが、俺たちの住む里――通称『目玉めだまさと』だ。


「たっだいまー」


 門の守衛しゅえいと軽く挨拶を交わすドライの後ろについて、俺も里の中に入った。


 門をくぐると、そこはお世辞にも文明レベルが高いとは言えない、原始的な集落。


 建物も道具も、見渡すかぎりのすべてが石や木を加工した自然由来。


 しかも、その加工技術もお粗末なもので、道具類は石を木の棒にくくりつけたようなものだし、里を囲う柵だってただ木材を並べただけである。


「ここが……『目玉の里』」

「そうよ! 俺たちの故郷ふるさとってワケだ」


 ポロッとこぼしてしまった俺の言葉に、ドライは軽くノってくる。


 ――いや、今のは危険だ。


 まだ『前世の感覚』が色濃く残っている現状、失言しつげんや不審な行動には気をつけなくてはならない。


『転生』して身よりもなく、さらにモンスターに囲まれたこの状況……この先もし俺が『転生者』――つまり『人間』であることがバレたら、どうなるか分かったものではない。


 いや、明確に『転生者』としてではなくとも、『異端いたん』扱いされたら俺はそれで終わる。


(……生きたければ、コッチの記憶を頼りに、できるだけ自然に振る舞おう……)


 そう肝にめいじて、俺は彼の後ろをついていく。



 ドシーン、ドシーン――



 すると、ちょっと進んだところで、地面を鳴らす大きな足音が近づいてきた。


「よう、ドライにレフト。今日の『見張り番』はお前たちか」


「おっす、ロプスのじっちゃん。今日もまた釣りにいくのか? その巨体じゃ、水ん中に影ができてすぐバレちまうだろうに」


「ギガハハハ、それがそうでもなくてな。この時期だと影が魚のいい避暑地ひしょちになるみたいで、糸たらしてるだけで釣れるんだぜ」


 2人が楽しそうに談笑だんしょうするのを、俺は大人しく黙って聞いていた。


 俺たちの目の前にいる『一つ目の巨人』は、『ギガロプス』のロプスじいさん。


 その辺の家の高さは超える筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの巨体に、木の皮で仕立てた申し訳程度の衣服。


 今となっては一本角が生えるだけのツルツルの頭には、昔はふっさふさの毛が生えていたらしいが、真実がどうなのかは不明である。


 そして、釣りが趣味な彼は、いつもその身長と同じくらいのデカい竿(自家製)を持って近くの川にまで出かける。


 釣りにいく際に巨大な竿と木のバケツを持って歩くその姿は、しかし見た目と裏腹に親しみを覚える……そうだ。


 ……以上、コッチの俺の記憶より。


「……おいレフト、どうしたそんなポカーンとして。暑さにでもやられたか? 今日は暑いからな、ちゃんと水飲むんだぞ」


「あ、ああ、うん。そうするよ」


 俺は少しどもりながらそう答え、精一杯の愛想笑い(目玉だけど)を浮かべた。


 上手く笑えていたかどうか自信がなかったが、しかしどうやら伝わったようで、ロプスじいさんはニカリと笑顔を返してくれた。


 ……その拍子に、岩でも噛み砕けそうな犬歯がギラリと光る。


「そんじゃあな。こっから長いだろうけど、頑張れよ二人とも。ギガハハハハ!」


「はーい」


「……はい」


 ロプスじいさんは豪快に笑いながら、後ろ手を振りながら門を出ていった。


「よーし、そんじゃあ俺たちも張り切って見張りを――レフト?」


「…………」



 ……ひぃええ~~~っ、怖えええええ~~~~~ッ!



 俺が会話に加わらず、黙って話を聞いていた理由。


 そうだよ、怖いからだよ!


 コッチの俺の感覚では彼は気のいいじいさんなのだが、いかんせん『前世』の俺からすると、ドライ以上の『バケモノ』である。


 彼を例えるならば、一番近いのは『鬼』だろうか。


 もはや建築物レベルの巨体に、ドスの聞いた低い声。


 見下されるだけでも怖いのに、それがずずいっと俺の眼前がんぜんに体を屈めて近づいてくるのだから、『前世』のままの俺だったらここでちびってしまっていただろう。いやマジで。


「おーい、レフト?」


「ひゃ、ひゃい⁉」


 今後のことを考えると、これ以上ボロがでそうな行動は避けるべきなのだが、これはもう仕方がないと割り切ったほうがいいかもしれない。


 だってムリ。生理的に怖いんだもん。


 段々と時間をかけて、慣れていくしかないだろう。


 ……俺が慣れる前に、ドライのやつに感づかれなければいいけれど。


「ま、つーことで頑張ろうぜ、見張り」


「お、おう。いや、うん? えっと、はい?」


「……どしたお前。もしあれなら、今日は誰かに代わってもらって――」


「い……いやいやいや! やる! いつも通り俺がやるから大丈夫! いつも通り!」



 ……言ったそばからこんな調子で、俺は生き延びる自信を少しだけ失った。



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