第一章

第1話 めざめるめだま

「――きろ、おい、起きろって」

「……ん?」


 隣から何だかコミカルな声が聞こえてきて、俺はそれに呼び起こされるように意識を取り戻した。


 何故かまぶたが開かず、その声の主の姿は見えないが……聞いたことのない声だ。一体誰だ?


「……フト、レフト、おーい、いい加減目ぇ覚ませよ」


「……んん」


 そうは言っても、瞼が開かないんだよ。


 何でだ……力を入れてはいるんだが、まるで持ち上がる気配がない。


 あ……いや、「力を入れる場所」が違うのか? 今は何と言うか、瞼を閉じたまま、その下の眼球だけをグリグリと動かしているような。


 てか、そもそも「瞼を開ける」って、そんな難しいことだったっけ。


 そんなに頑張らなくても、ただ普通に、「目の前のものを見よう」と思えば……


「……んっ」


 そう思考をシフトさせた瞬間、俺の瞼は驚くほどあっさりと開かれた。


 燦燦さんさんと降り注ぐ日光が眩しい。


 目の前に広がるは青空、その中にいくつかの綿雲わたぐもが浮かんでいて、今日はとてもいい天気だ……



「おい」


 ――突如、視界に「触手しょくしゅをうねらす目玉の怪物」が映らなければ。



「ぎゃあああああ⁉」

「うおおおおお⁉ み、耳元でそんなでっかい声出すなよ‼」


 そう叫ぶ怪物を目の前に、俺はヒジョーに慌てふためきながら、あおむけの姿勢のまま手足をばたつかせて数メートル後退した。


「はぁ……はぁ……バ、バケモノ……‼」


「ハァ⁉ おいおい、どうかしちまったのか? 『モンスター』ならともかく、『バケモノ』とはなんだ『バケモノ』とは!

 ったく、わざわざ昼寝してるお前を起こしに来てやったってのに、ヒデェ言い草だぜ……」


 そう言いながら、『そいつ』は触手を器用にうねらせ、「やれやれ」といった仕草を取る。


「う……」


 実に器用、だからこそ気持ち悪い。


 その『目玉の怪物』は、人間の腰ほどの大きさの『目玉』が『カタツムリの足』(なんかぐにゃぐにゃしている部分)に乗っかっているような見た目だった。


 体色は赤ともオレンジとも言い難い複雑なグラデーションで、所々浮き上がっている血管がドクドクと波打っている。


 そして、腕の代わりに体中から十数本の『触手』が伸びており、肝心の目玉は悪魔のように真っ赤に充血していて……



 一言で表すと、『キモ怖』な見た目をしているのだった。



「う、ひぃぃぃぃ⁉ キモい! 目玉キモい!」


「……オイオイオイ、こりゃマジで幻覚でも見せられてんのか? 俺だ、ドライだよ。お前の友人で同じ『目玉の里』のお隣さん。加えて見張り番でのバディでもある。OK?」


「……ハァ、ハァ……?」


『彼』のフレンドリーな口調と、どうやらおそってはこないような雰囲気に、俺は徐々に落ち着きを取り戻していた。


 もちろん、未だ恐怖とパニックは俺の中で渦巻いている。


 だが、彼のことをじっくりと見ているうちに、俺の中に何故か『安心感』が芽生えてきているのだ。


 まるで10年来の親友、いや、生まれた頃から彼のことを知っているみたいに……

 ということは。


「お前、もしかして俺のことを知ってるのか……?」


「おおっと、まさかの記憶喪失オチ⁉ そっちかー! どうやら俺のアテは外れたようだな。

 それじゃあ説明してしんぜよう、俺の名前は『ドライアイ』のドライ。お前の友人で『目玉の里』の――」


「いや、それはさっき聞いた。今は……俺の情報を教えてほしい」


「……ありゃ、これはもしかしてガチパターン? 茶化さないで真面目に答えたほうがいい感じ?」


「うん」


 俺が極めて真面目にそう返すと、『彼』は頭を抱え(るように触手を動かし)ながら話し始める。


「……それじゃ、思い出したらそこで止めてくれよ? 

 お前の名前はレフト。俺と同じ『目玉の里』の一員で、種族は『でかめだま』。

 俺と一緒に『暗闇の洞窟』の中で生まれおち、その後は腐れ縁でズルズルと付き合いを続けることはや数年。もはや友人を通り越してソウルフレンドを突き抜けソウルブラザーズ、里じゃ『見張り台の双眼そうがん』として有名な俺らは――」


「……あ、ああ、もういい、ありがとな……ドライ」


「フッ、ようやくぇ覚めたか? レフト」


 そうだ。


』は『でかめだまのレフト』。


 眼の前のコイツと同じ『目玉族』で、里では『見張り番』の仕事を任されている。


 それ以外には特に何の変哲へんてつもない、ただのモンスターであるのだが……


(……けれど『』は、確かに『立花千春たちばなちはる』でもある)


 そうだ。


 記憶に生々しくこびりつく、交通事故を起こした後の死の記憶。


 段々と体から血の気が引いていくあの感覚は、実際に体験したものにしかわかるまい。


 そして、それだけではない。


 俺は確かに『』としての20数年の記憶も持ち合わせている。


 好きだった食べ物や愛するペットの名前、ローンで買った車の車種とその残金の額まで……



(俺は……『』したのか)



 俺の足りない語彙力で表すならば、その表現がしっくりくる。


 輪廻転生、確か仏教の教えのはず。


 その考えに従うと、前世の俺は死に、その『意識』だけが新しい世界に生まれかわったのだ。


「……ん、待てよ? それじゃあ今、俺は……」



 今の俺の体って、一体どっちなんだ?



 それを確認したかったが、あいにく周囲は草原。ここに『鏡』などという人工物があるはずがない。

 何か、代わりになるものはないだろうか。例えば水たまりとか、磨かれた石とか……


「オイオイ、どうしたブラザー? 記憶喪失はもう治ったんだろ? だったら何をそんなに慌てて――」


「……あった!」


「うおお⁉」


 見つけた! こんな場所で、唯一『鏡』の代わりになりそうなモノ!。

 それに気がつくや否や、俺はダッシュでドライの下に近寄った。



「え? え? 今度は何だよ? 今日のお前、やっぱり変だぞ?」


「ヘイ、ストップブラザー! あんまり動かれると、瞳に写った俺の姿が――」


 そう。俺が見つけたのは、ドライの『目玉』に映り込む像。


 SNSとかで『被写体の瞳に写り込んだモノから特定する』なんてことを聞いたことがあったが、その知識がまさかこんなところで生きるとは……



 と、そんなことを考えながら、俺は彼の頭をつかんで動かし、光の角度を調整しながら覗き込む。

 すると。



「……お、おいおいおいおい、やっぱりそういうことか……」



 そこには、『でかめだま』の名に相応しい、『』が写っていた。


「こ……コレが俺⁉ 俺がコレ⁉ 目玉一つに手足が2つ、文字通りの『でかめだま』!」


「……どした? 今日のお前、やっぱ変だぞ」


「なんだって⁉ ……ああ、いや、なんでもない。ゴメン、なんかテンション上がってて……」


 ドライにに注意され(わかりづらい)、俺はなんとか落ち着きを取り戻す。


 取り乱してしまったのは、突然こんなことに巻き込まれた混乱と興奮とが入り混じって精神状態が不安定だったせいだろう。


 普段の俺(前世基準)はこんなことする性格じゃないし、コッチの俺も、記憶をたどる限りどうやらこんなお調子者キャラではないらしい。


 どちらかというと、ドライのほうが盛り上げ役を買って出るような性格だ。ドライなのに。


「……ま、何はともあれ、起きたんならいいや。とっとと『見張り』いこーぜ、遅れたら怒られちまう」

「あ、ああ、そうだな」


 そう返事をして、俺はカタツムリのような足でのそのそと歩き出す(?)彼の後ろについていく。


 向かう先は――俺たちの『里』だ。俺の記憶が正しければ。

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