第16話 再会
私は今日も今日とて書類と向き合う。今日は部屋に、護衛役のグレイがいてくれるがさっきから何度、大口を開けて欠伸をしているのだろう。
すごく天気が良くて、絶交のひなたぼっこ日和なのは認めるけど、そこまで欠伸をされると、長い文章と向き合っているのがすごく馬鹿らしく思えてしまう……。
「こんな文章の山、よく読むよなぁ」
「やることがないんだったら、グレイも手伝ってくれる?」
「おいおい、俺はお前の魔法で人の形をしてるだけで、狼だぞ? 狼に文字が読めるかよ」
「でも兵士の稽古は喜んでやってくれてるじゃない」
「あれは頭使わなくていいからな」
「それは分かるけど……。じゃあ、文字を教えるから……」
「嫌だ、無理。面倒」
「……もう」
そこへ男爵様がとびこんできた。
その表情には焦りの色が浮かんでいる。
「アンネリーゼ様! 大変ですっ!」
「帝国ですか、王国ですか?」
これほどまでに男爵様が慌てられる理由なんて現状、限られている。
「帝国です」
「動き出したのですか?」
「違います。帝国から使者が来ました。今城門の前にとめおいておりますが、いかがしましょうか。追い返すべきか」
「用件は?」
「この州の責任者と話したい、と」
「使者はどれほどの兵を連れているんですか?」
「二人です。兵士らしき男と文官」
「伏兵の可能性は?」
「ありません。衛兵が周辺を探りましたから、間違いありません」
「……会うだけ会ったほうがいいでしょう。帝国の出方をみてみましょう。話し合いですが、私に任せていただけます?」
「それはもちろん」
男爵は兵に命じ、使者を政庁へ招くよう命じた。
すぐに政庁が部屋を出ていく。
男爵様も「では、後ほど」と部屋を去った。
「帝国の兵か。どんだけ強いんだろうな」
「グレイ、変なことは絶対にしないでよ。一つ間違えたらそれこそ戦争になるんだから」
「安心しろ。相手が何もしなきゃ俺だって何もしない」
「……だといいんだけど」
私は使者を迎える部屋へ向かう。
すでに帝国から使者が来ていることは広まっているようで、廊下にいる文官や兵たちは落ち着かない様子。
たしかに交渉の結果次第で、帝国軍がこの州都に殺到してくるかもしれないと思えば、生きた心地がしないのも分かる。
いざとなったら魔法で相手を追い返すことも考えなければいけないと考えつつ、まずは相手がどう出るかを見極めなきゃ。
私は部屋に入ると、男爵様と肩を並べるようにして席に着いた。
グレイは部屋の片隅に腕を組み、私たちの背後で待機する。
しばらくして兵の先導で、帝国からの使者が部屋に入って来た。
中年の文官、そのあとに続く人物に私は息を呑んだ。
黒い甲冑姿の兵士だった。
兜は顔全体を覆うデザインで、素顔は分からない。
その腰には幅の広い剣を佩いている。
私たちは立ち上がり、使者を出迎えた。
帝国の文官が恭しく頭を下げる。
「このたびはお会い頂き、ありがとうございます。皇帝陛下からの勅命を受けて参りました、ゾルトと申します。この武人は私の護衛役でございます」
なまずのようなヒゲ、そして爬虫類のように瞬きが少ないギョロ眼が印象的な文官。
「この州の責任者、ルドルフ・グラハム」
「そちらは?」
ゾルトがが私を見る。
「私のアドバイザーであり、交渉の責任者です」
私は深々と頭を下げた。
「よろしくお願いいたします。アンネローザと申します」
「……アンネローザ……」
反応したのは、護衛。兜ごしにくぐもった声が漏れた。声からして男性だ。
「ここは戦場ではありません。もしよろしければ兜をお取り下さい。そのように顔も見せぬのでは、落ち着きませんから」
ゾルトがちらりと視線を、護衛にやる。
男がおもむろに兜を外す。
兜の向こうから現れたのは、黒髪に、漆黒の切れ長の瞳。肌は赤銅色。野性的で不用意に近寄れば斬られるような鋭い雰囲気は武人そのもの。
しかし堂々とした体格とは裏腹に、その表情には幼さがある。
「……っ!」
私は思わず胸に手をやる。鼓動が早い。
嘘……。あぁ、嘘嘘嘘……!
「シャリオ……」
私はこらえきれなくなって、声をこぼす。
護衛の男が私を見る。
私は震える手で帽子を取る。
頭の上でまとめていた髪がはらりと背中に流れ落ちた。
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