第15話 帝国

 反乱劇から数日があっという間に経った。

 無事にロングウィンを捕らえられて、反乱は成功した。

 こちらには怪我人こそ出たけれど、みんな、軽傷で済んでいる。

 男爵様に聞いたところによると、こちら側の損害がほとんどなかったのは、グレイが大活躍してくれたお陰らしい。

 でも州都を占領してめでたしめでたしとはいかないのが現実と物語の違い。

 州都を占領し、それから各地域に部隊を派遣して、ロングウィンの私兵を捕らえ、盗賊を退治して州を平和にするのに二週間。

 その間に、私と男爵様で帳簿の整理をおこない、州の倉を開放して飢えた民たちに食糧の配給を実施したり、水銀中毒に陥っている他の地域の人たちのためにポーションを生成したりとやることは山のようにあった。

 でもこれも将来の王妃となるべく厳しい教育を受けていたことが役に立ってくれた。

 前世の私だったら数字の羅列を見ただけで卒倒していただろうけど。

 だからこそ、怪しい点にも気付くことができた。

 私はその疑問を解消するため、政庁を出て牢へ向かう。

 警備の兵士さんたちにご苦労様と声をかけ、向かう先はかつて男爵様が入れられていた檻の前。

「あら、ぜんぜん食べていないじゃない。無理は健康に悪いわ」


 私が声をかけると、石壁に背中を預けていたロングウィンが青白い顔を向けてくる。


「……黙れ、悪党」

「ずいぶんね」

「帳簿を調べているんだけど、州の倉にあるものと数字が合わないの。差額をどこへやったの?」

「誰がしゃべるか」

「侯爵様は礼儀をご存じないのね。――歌え口よ、汝の心を開け」


 最初からこうすれば良かった。

 気分の悪い罵詈雑言を聞かなくて済んだのに。

 ロングウィンの眼から光が消える。


「改めて聞くわ。差額はどこ?」

「マリーに送った」

「国王ではなく?」

「……この国はもう終わりだ。王への忠義など意味はない」


 私はやれやれと頭を振った。

 マリーにお金を送って国王へのとりなしを頼み、その間に自分は蓄財に励んで折を見て国外逃亡――そんなところだろう。

 ロングウィンのことを忠臣と思い込んでいる王は今ごろ何をしているのだろう。

 ま、どうでもいいけど。

 指を鳴らして呪文を解除すれば、ロングウィンははっとしたような表情で、私を見る。


「何もしゃべらないぞ、牝狐!」

「知りたいことは分かったし、当分、会うこともないわ。それじゃあね」


 ローブの裾を翻し、牢を後にする。

 背後で何かわめきちらしているようだったけど、聞くだけ無駄よね。

 地下牢を出て自分の部屋に戻ろうとした最中、中庭でグレイの声が響く。


「よーし、次は誰だっ」


 足を向けると、兵士たちが揃い、その中心にグレイがいた。

 兵士は訓練用の槍を手にし、拳だけのグレイと向き合っている。

 両者の真ん中に立った兵士が「はじめ!」と声を上げると、兵士がグレイめがけ槍を振るう。

 グレイは態勢を低くし、突き出された槍の一撃を最小限の動きで避けると、容易く槍を折ってしまう。それでも兵士は素手で諦めず飛びかかる。

 グレイは兵士の腹に拳を叩きつける。兵士はくの字に身体を折って足下から崩れ落ちた。


「根性はあるようだけどな、視線で動きがバレバレだ」

「……あ、ありがとうございました」

「次はどいつだ!?」


 グレイの気迫に、遠巻きにする兵士たちは互いに顔を見合わせ、

「お前いけよ」

「い、いや……持病の癪が……」

 そんなやりとりをしている。


「なんだなんだ、もう終わりか! これじゃあ訓練にならないだろっ!」

「頑張っているみたいね、グレイ」

「お、アンネ、どうした?」

「ちょっと野暮用。そっちは?」

「見ての通り、鍛えてるんだ」

「くれぐれもケガはさせないようにね。鍛えるはずなのにケガをさせてしまったらどうしようもないんだから」

「分かってる。これでも手加減をしてるんだ」


 えぇ、と兵士の中からどよめきが走った。

 私は苦笑いしてしまう。


「本当に気を付けてよ?」


 そこへ「アンネローザ様、こちらにいらっしゃったのですね」と文官が駆け込んできた。


「? どうかした?」

「男爵様がお探しです」

「分かった。すぐ行くわ。――それじゃ、グレイ、訓練、頑張ってね!」

「おう! ――さあさあ、強くなりたきゃかかってこい!」


 本当に分かってるのかなぁ。

 背中でグレイの威勢のいい声を聞きながら、私は男爵様の元へ向かう。



 私は文官と共に、男爵様のいらっしゃる執務室を訪ねた。


「男爵様、私をお探しだとか」

「アンネローザ様」


 男爵様は人払いをして、私と二人きりになった。

 男爵様はテーブルにこの辺りの周辺地図を広げる。


「帝国のことです」

「動きが?」

「いいえ。今もって……。だからこそ、アンネローザ様のお考えが聞きたかったのです。帝国がどうして優位にたちながら沈黙を保って射るのか」


 たしかに不気味だ。

 私たちは周辺地図を睨む。地図の上には色分けされた駒が置かれている。

 赤い駒が帝国、青い駒が私たちの戦力。

 正直、帝国がこのまま進軍すれば、グレイがどれだけ兵を鍛えても無駄に終わってしまうだろう。戦力が違い過ぎる。

 魔法を使ったとしても追い返せるかどうかは、微妙なところ。

 数人、数十人程度ならなんとかできるけど、軍隊は数万レベル。

 シルヴァがいてくれれば何とかなるかもしれないけど、隠遁している彼を頼れないし、シルヴァだって関わりたくないと言うだろう。

 そもそも今、私が魔法の力を使って一つの州を占領したなんて知ったら、「お前に魔法を教えるのは間違っていた」と言われかねない。いや、絶対に言われる。

 でもしょうがいないの。目の前で苦しんでいる人たちがいて、私の力を使えばその人たちを助けられるのなら、手を差し出すべきじゃない?

 私は胸の内で、ここにはいないシルヴァに言い訳をする。


「アンネローザ様、いかがされました?」

「っ。ご、ごめんなさい。ちょっとぼーっとして……」

「ここ何週間も働きづめですから、当然ですね。少しお休み下さい」

「いいえ、男爵様。そんな悠長なことは言ってはいられません。私たちがどうして王国への叛逆を行ったのか。苦しむ民を救わんがためでしょう」

「アンネローザ様……。はいっ」


 私は地図を眺めていると、あることに思い至った。


「――帝国は待っているのではないでしょうか」

「待つ? 何をですか?」

「王国という砂上の楼閣が崩れるのを……」

「は?」

「帝国との戦いで王国軍が壊滅したのは周知の事実です。しかし帝国がその勝利に乗じ、王国の領土に侵攻すれば、帝国は侵略者になってしまう」


 ここまではいいだろうかと私は男爵様を見る。男爵様が頷くのを確認して、続きを話す。


「当然、侵略した土地の人々は反発するはず。それに王都まではかなりの距離がある。大軍を動かせばどれだけ速く移動できたとしても半月はかかるでしょう。さらに大軍を維持すためにはしっかりとした補給線が必要になるでしょうけど、帝国は決して豊かな国ではありません。自然、物資は現地調達に依存することになる。そうしたら王国への重税であえぐ民は帝国への反発をますます強める……」

「そうなりましょう」

「私が州都に来るまで立ち寄った村では王国を悪し様に言い、帝国に占領してもらったほうがマシだと言う村の人がいました。それほど民は王への不満が溜まっている。もし、帝国が現在、占領している地域で善政を敷けば……」


 男爵様は可能性に気付き、はっとした顔になった。


「民のほうから帝国への忠誠を誓う者が出てくる?」

「それを帝国は待っているのかもしれません。忠誠を誓うまでいかなくとも、民が苦しめば、救世主として自らの存在を喧伝することもできるかも。もし帝国がそれを考えているのなら、彼らが動かないのも理由になりませんか? うまくいけば、戦わずして多くの領土を得られるかもしれないのですから」

「……確かに」

「まあ、もしこの考えが正しくとも、今の私たちには日々の業務をこなすことしかできませんけれど」

「考えが聞けて助かりました」

「では失礼いたします」


 男爵様に頭を下げ、部屋を出た。

 大変なことになった。

 王国と帝国は戦争をしている。

 たしかにゲーム上、王国編と帝国編をクリアすると、二つの国々がそれぞれまとまったその後を描く真エンディングというべきグランドルートが開放され、そこで両国は一触即発の事態になる。

 ゲームでは最終的に王国編なら王妃マリーの、帝国編ならヒロイン・シュラの力で戦争はぎりぎりのところで回避できていたはず。

 でもすでに帝国は王国軍を壊滅させてしまっている……。

 それは、この世界の住人たちがプレイヤーではない、自分の意思で行動しているからだ。

 そもそも死ぬはずだった悪役令嬢アンネローザが生存してしまっているのだから、ゲーム通りいかないのは当たり前。


「ここはアンネローザとしてどうするべきなのかしら。戦争の拡大を食い止める? それとも……他になにかできることがある……?」


 でもそんなこと可能なのだろうか。

 裏設定の知識を活かして魔法使いになったまでは良かったとはいえ、問題が山積みなのは変わらない。

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